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2年生編(特進クラス編)
第14話 生存戦略の分岐点
しおりを挟む特進クラスの廃止決定。
その事実は、教室の空気を真空のように重くしていた。
担任の**西園寺(さいおんじ)**は、職員室での折衝(せっしょう)のため不在。生徒たちだけが残された教室で、緊急の作戦会議が開かれていた。
「……愚劣だ」
**天上(てんじょう)**が、ホワイトボードを拳で叩いた。
「管理できないから排除するだと? 教育者の風上にも置けん。俺が理事長室に乗り込み、論理(ロジック)でねじ伏せてやる。俺の知性において、論破できない相手など存在しない」
**統(すばる)**が、冷ややかな視線を送る。
「非効率だ。相手は『感情』と『保身』で動いている組織だ。論理は通じない。勝率は〇・一%未満」
「ならばどうする! 黙って殺されるのを待つのか!」
「……現実的な解はない。僕たちが各クラスに分散し、そこで静かに卒業を待つのが、最もエネルギー消費の少ない生存戦略だ」
統の言葉は、正論だが残酷だった。
分散。それは、**静(しずか)**にとっては死刑宣告であり、**美波(みなみ)**にとっては矯正施設送り(転校)の確定を意味する。
**虚(うつろ)**が、机に頬杖をついて呟いた。
「……結局、無駄だったんですよ。僕たちがどんなに足掻いても、社会という巨大なシステムのエラー処理で消される。……諦めましょう」
重苦しい沈黙。
誰もが、無力感に打ちひしがれていた。
一年前の**湊(みなと)**なら、ここで諦めていたかもしれない。「仕方ない」と割り切って、またヘッドホンをして世界を遮断していただろう。
だが、今は違う。
「……バラバラになっても、消えるわけじゃない」
不意に、蚊の鳴くような声がした。
**蓮(れん)**だった。
彼は顔を真っ赤にして、膝の上で開いたノートをぎゅっと握りしめていた。
「ぼ、僕たちは……もう、接続(コネクト)してる。だから……教室がなくなっても……」
蓮は、彼なりの精一杯の希望を口にしたのだ。
僕たちの絆(ネットワーク)は、物理的な場所がなくなっても消えないはずだ、と。
その健気な言葉に、静が涙ぐむ。
だが、湊は首を横に振った。
「……いや、それじゃダメだ」
湊は立ち上がり、蓮の目を見て、そして全員を見渡した。
「接続しているだけじゃ、生き残れない。僕らには『サーバー』が必要なんだ。……この特殊なOSを稼働させ続けるための、高負荷に耐えられる専用の環境が」
普通クラスに混ざれば、静は擬態し、天上は孤立し、アリスは迫害され、美波は壊れる。
絆だけで守れるほど、彼らのスペックは柔(やわ)ではない。
「箱」を守らなければ、中身も腐る。
「西園寺先生に、取引(ディール)を持ちかける」
湊の声に、力が宿る。
「学校側が僕らを排除したい理由は『管理コスト』と『リスク』だ。だが、学校という組織には、それ以上に欲しくてたまらないものがある」
天上ガ眉を上げる。「……実績、か」
湊は頷いた。
「進学実績だ。特に、東大や海外トップ大への合格者数は、私立高校にとって経営の生命線になる。……僕たち全員が、次の全国模試でA判定を叩き出し、トップランキングを独占する。そうすれば、学校側は僕らを切り捨てられない」
教室がざわついた。
それは、「更生(良い子になる)」ことへの拒絶であり、「実力(スペック)」による脅迫だった。
媚びるのではない。圧倒的な価値を見せつけて、黙らせるのだ。
「……面白い」
天上が、獰猛な笑みを浮かべた。
「神である俺たちの価値を、数字という下等な物差しで証明してやるわけか。……悪くない余興だ」
アリスが、パチパチと高速で瞬きをする。
「計算開始……。全員の偏差値を平均七五以上に引き上げるには、学習効率の最適化が必要です。現在のカリキュラムでは不可能です」
「だから、やるんだ」
湊はホワイトボードの前に立った。
「僕たちのやり方で。……全員、戦闘配置につけ」
***
そこからの特進クラスは、狂気じみていた。
教室内には、複数のホワイトボードが持ち込まれ、複雑なフローチャートと数式で埋め尽くされた。
「アリス! 過去一〇年分の過去問の傾向分析(データマイニング)、まだか!」
「完了しています。出題パターンの偏りから、次回の問題を九三%の精度で予測しました。……これより、予想問題の生成アルゴリズムを実行します」
「統! 全員の学習スケジュールの最適化だ! 無駄な時間は一秒も作るな!」
「了解だ。……美波の集中力持続時間は四五分が限界だ。休憩時間をフィボナッチ数列に基づいて配置する。最も脳疲労が少ないリズムだ」
「虚! お前は『出題者の意図』を読め! 引っかけ問題のパターンを洗い出せ!」
「……人間の悪意を読むのは得意ですからね。性格の悪い出題者が好みそうなパラドックス、リストアップしておきましたよ」
「天上! お前は……」
「指図するな! 俺は全体を俯瞰(ふかん)し、貴様らがサボらないよう監視してやる!」
「……要するに何もしないってことか。まあいい、そこに座って威圧感だけ出してろ!」
怒号、打鍵音、チョークの音。
会話は相変わらず噛み合っていない。
「効率が悪い」「色が変だ」「俺を崇めろ」。
だが、その不協和音は、一つの巨大なエンジンとなって唸りを上げていた。
**美波**が、数式を見て頭を抱える。
「わかんない! この積分、ドロドロしてて気持ち悪い!」
すかさず**湊**が飛んでいく。
「美波、そのドロドロは『対数変換』でサラサラの水に変わる。……ほら、ここを見てみろ」
湊が式変形をして見せる。
「あ、本当だ! キラキラになった!」
「よし、その感覚(イメージ)を覚えろ。論理は後からついてくる!」
**静**は、古文単語の暗記に苦戦していた。
そこへ**蓮**が、無言でノートを差し出した。
単語の一つ一つに、その語源となった情景や感情の動きが、繊細なイラスト付きで描かれている。
「……これ、蓮くんが描いたの?」
蓮はコクりと頷く。
静は文字情報の丸暗記は苦手だが、そこに込められた「感情(8K情報)」とならリンクできる。
「ありがとう……! これなら覚えられる!」
廊下の窓の外。
ベランダの手すりに腰掛けて、**絵麻(えま)**がその様子を眺めていた。
彼女の手にはスケッチブックがあるが、今日は筆を動かしていない。
ただ、眩しそうに教室の中を見つめていた。
「……すごいね」
絵麻は独りごちた。
「色が、全然混ざってない。赤も青も金も黒も、バラバラのまま」
普通なら、色が多すぎれば濁って黒ずんでしまう。
あるいは、妥協し合って淡いパステルカラーになる。
けれど、今の彼らは違う。
原色のまま、互いの領域を侵さず、けれどギリギリのバランスで隣り合い、一つの強烈な「モザイク画(ステンドグラス)」を形成している。
「……これが、あの子たちの完成形なんだ」
絵麻は満足そうに微笑み、スケッチブックを閉じた。
もう、手出しは無用だ。
この絵は、彼ら自身の手で完成させるべきものだから。
***
一週間後。
全国模試の結果が返ってきた日。
職員室に、西園寺の笑い声が響いた。
「ハハハ! 見事だ! いやあ、痛快だねえ!」
西園寺の手には、ランキング表が握られていた。
学年トップ一〇のうち、八名が特進クラスの生徒。
特に天上、アリス、統の三名は、全国でも一桁台という異常値を叩き出していた。
さらに、成績下位だった美波や虚ですら、A判定ラインを余裕でクリアしている。
学年主任の京極は、ぐうの音も出ずに口をパクパクさせていた。
「こ、こんな……不正をしたんじゃないのか!?」
「まさか。彼らのプライドが許しませんよ」
西園寺は、ランキング表を京極の机に叩きつけた。
「これだけの『実績(エサ)』を与えられて、まだ彼らを追い出しますか? 理事長が知れば、損害賠償モノですよ」
「う、うう……」
取引成立。
特進クラスの首の皮は、鋼鉄の糸によって繋ぎ止められた。
教室。
結果を聞いた生徒たちは、歓声を上げることも、抱き合うこともなかった。
ただ、深く息を吐き、静かに視線を交わしただけだ。
湊は、目頭を揉んだ。
疲れた。死ぬほど疲れた。
だが、隣にいる静が、安堵の表情で微笑んでいるのを見て、疲れは吹き飛んだ。
「……守れたね」
静が囁く。
「ああ。なんとかね」
天上が、フンと鼻を鳴らした。
「当然の結果だ。神である俺が率いたのだからな」
アリスが即座に訂正する。
「データによれば、天上の貢献度は士気向上(モラル・アップ)のみです。実務的な貢献度は湊が一位です」
「黙れ計算機!」
いつもの罵り合い。
だが、そこには以前のような冷たい断絶はない。
背中を預け合い、共に死線を潜り抜けた「戦友(共犯者)」特有の、ぶっきらぼうな信頼があった。
僕たちは、友達じゃない。
分かり合えないし、手も繋がない。
けれど、この世界と戦う時、僕たちは最強の「チーム」になれる。
冬の西日が、ステンドグラスのような彼らを、鮮やかに照らし出していた。
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