死にたい俺、不老不死を呪った神を殺す旅に出たら、訳アリ美女たちと日本を救う羽目になった件

Gaku

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中国・四国編

第26話『牛鬼の純情』

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愛媛の道を抜け、一行はついに高知県へと足を踏み入れた。太平洋に面したこの土地は、これまでの瀬戸内側の穏やかな風景とは違い、どこか荒々しく、そして生命力に満ち溢れていた。黒潮が打ち寄せる海岸線、どこまでも続くかのような水平線、そして、内陸に入れば、まるで世界の屋根のように深く、険しい山々が連なっている。

彼らが滞在することになったのは、そんな高知の山間にひっそりと存在する、地図にもようやく載るか載らないかといった規模の小さな村だった。四万十川の、さらにその支流の、またその源流に近い場所にあり、携帯電話の電波などという文明の利器は、村の入り口でとっくの昔に息絶えていた。村の家々は、まるで谷底に身を寄せ合うように集まり、その周りを、樹齢何百年であろうかという巨大な木々が、緑色の城壁のように取り囲んでいる。

「空気が、濃いな…」
村に一つしかない商店の軒先でラムネを飲んでいた悠人が、しみじみと呟いた。
「出雲の時みたいにピリピリはしないけど、何ていうか、植物の匂いがすごい。土と、水と、葉っぱの匂いが混じり合って、むせ返るようだ」
「マイナスイオンってやつだな! 体にいい感じがするぜ!」
猛が、店のばあちゃんから貰ったきゅうりを、味噌もつけずにボリボリと齧っている。その姿は、野生の熊と何ら変わりなかった。

村は、穏やかだった。村人たちは、よそ者である一行を警戒しつつも、どこか人懐っこく、畑で採れたばかりだというトマトやナスを分けてくれたりした。子供たちは、莉奈のハイテクワゴンに興味津々で、一日中その周りをうろちょろしている。
しかし、そんな平和な村にも、一つだけ、決して近づいてはならないと固く禁じられた場所があった。

「牛鬼(うしおに)の淵には、絶対に行っちゃならん」
宿の主人は、囲炉裏の火を見つめながら、低い声で言った。
「あの淵には、この土地で最も恐ろしい化け物、牛鬼様が棲んでおられる。昔から、淵に近づいた者は、魂を喰われて二度と戻ってはこん。村の守り神様でもあるが、同時に、決して機嫌を損ねてはならん、荒ぶる神様なんじゃ」

その話を聞き、一行は顔を見合わせた。
[cite_start]「牛鬼…ねえ」[cite: 1]
アキラが、面白そうに口の端を吊り上げた。
[cite_start]「西日本、特にこの辺りの海や川によく現れる、牛と鬼が合体したような妖怪ね。伝承じゃ、人を襲って食うって話だけど」[cite: 1]
「そんなもんがいるなら、俺が一発殴って退治してやんよ!」
猛が息巻くが、健吾に「お前はまず、自分の足のまめを治せ」と頭を叩かれていた。

その夜のことだった。
夕食を終え、それぞれが思い思いの時間を過ごしていた。悠人は縁側で月を見ながら酒を飲み、慧とアキラは囲炉裏を囲んで何やら難しい話をしている。猛と健吾は、明日のために車のメンテナンスに余念がない。
ふと、莉奈が気づいた。
「あれ? 美咲ちゃんは?」
そういえば、夕食の後、「少し、夜風にあたってきますわ」と言って宿を出て行ったきり、彼女の姿が見えない。
最初は誰も、気にも留めていなかった。あの、気品と胆力を兼ね備えた少女だ。少し散歩しているだけだろう、と。
しかし、一時間が過ぎ、二時間が過ぎても、美咲は戻ってこなかった。

「まさか…」
宿の主人の顔が、みるみるうちに青ざめていく。
「あのお嬢様、牛鬼の淵の方向へ歩いていくのを見た者が…」
その言葉に、村は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。
「牛鬼様の生贄にされたんじゃ!」
「祟りじゃ、よそ者を入れたから祟りが起きたんじゃ!」
村人たちの、恐怖と猜疑心に満ちた視線が、一行に突き刺さる。
慧が「落ち着いてください、まずは警察に…」と言いかけるが、この村には駐在所すらない。もちろん、電話も通じない。完全に孤立した、陸の孤島だった。

「…行くぞ」
悠人が、静かに立ち上がった。その瞳には、いつもの気だるさはなく、鋭い光が宿っていた。
「悠人さん…」
栞が、心配そうに彼を見上げる。
「大丈夫だ。あいつは、そんな簡単に喰われるようなタマじゃねえ」
悠人は、そう言ってニヤリと笑った。それは、仲間たちを安心させるための、いつもの強がりだったが、その裏に、燃えるような焦りと、そして、あの夜以来初めて感じる、強い決意があることを、仲間たちは感じ取っていた。



村人の制止を振り切り、一行は、提灯と懐中電灯を頼りに、夜の山道を進んでいた。
道は、険しかった。昼間は穏やかに見えた森も、夜の闇に包まれると、まるで生き物のように不気味な気配を放っている。木々の枝が、まるで骸骨の腕のように伸び、風が吹くたびに、人の呻き声のような音を立ててざわめいた。

「おい、栞。何か感じるか?」
先頭を歩く悠人が、背後の栞に尋ねる。
「はい。この先に、とても強い気配を感じます。でも…」
栞は、首をかしげた。
「悪意や、殺気とは少し違うんです。何て言えばいいのか…。とても、とても強い、『寂しさ』と、『悲しみ』のような…」

やがて一行は、その場所にたどり着いた。
川の流れが、まるで巨大な岩にぶつかって、深く、青黒く澱んでいる場所。
牛鬼の淵。
そこは、昼間でも日の光がほとんど届かないであろう、鬱蒼とした木々に囲まれていた。水面は、夜の闇を映して、底知れないほど黒く、静まり返っている。ただ、川の水が岩に当たる、ざあざあという音だけが、不気味に響き渡っていた。
莉奈が、特殊なゴーグルで周囲をスキャンする。
「…信じられない。この淵の底、空間が歪んでる。物理的に、ありえない深度よ。洞窟…? いや、違う。異界に繋がってる…?」

その時だった。
淵の水面が、大きく波立ち、中から、ゆっくりと、巨大な影が姿を現した。
「…出やがった」
猛が、ゴクリと唾を飲む。
それは、まさしく、伝承通りの姿だった。岩のようにゴツゴツとした、巨大な牛の胴体。その首の上には、二本の角と、鋭い牙を持つ、鬼の顔が乗っていた。そして、その顔の中心には、提灯のように赤く光る、巨大な一つ目。
牛鬼。
その体からは、何百年も生き続けてきた、圧倒的な存在感と、神聖さすら感じさせる威圧感が放たれていた。

『グルルルルル…』

牛鬼が、地響きのような低い唸り声を上げる。その一つ目が、侵入者である一行を、じろりと睨みつけた。
その、あまりのプレッシャーに、誰もが金縛りにあったように動けなかった。
「美咲ちゃんはどこ!?」
莉奈が叫ぶ。
牛鬼は、その問いに答えるかのように、ゆっくりと体をずらした。
そして、一行は、信じられない光景を目にした。

牛鬼の背後、淵の奥にある巨大な洞窟の入り口に、美咲が、ちょこんと座っていたのだ。
彼女は、全く怯える様子もなく、それどころか、困ったような、優しい笑みを浮かべていた。
「あら、皆さん。どうしてここに?」
「どうしてって、あんたを助けに…!」
猛が叫びかけるのを、悠人が手で制した。
美咲は、その手の中にあったものを、そっと牛鬼の前に差し出した。それは、宿から持ってきたであろう、大きなおにぎりだった。

「あなた、お腹は空いていないの? さっきから、ずっとお腹の音が、ぐーぐーと鳴っているわよ」

その、あまりにも場違いで、あまりにも呑気な言葉に、牛鬼は、戸惑っているようだった。その巨大な一つ目が、きょときょとと、美咲とおにぎりの間を行ったり来たりしている。
『グ、グオ…?』

その、意味不明な鳴き声の意味を、栞が、はっとした表情で通訳した。
「『お前は、俺が、怖くないのか…?』って、言ってます…」

美咲は、その言葉に、にっこりと微笑んだ。
「ええ、少しも。だって、あなたは、泣いているように見えましたもの」

泣いている?
一行は、牛鬼の顔を改めて見た。その、恐ろしい鬼の形相。しかし、美咲の言葉を受けてから見ると、確かに、その表情は、怒りや威嚇ではなく、まるで迷子になった子供のような、途方に暮れた悲しみを湛えているように見えなくもなかった。

『グオオオオオオオオン!』
牛鬼が、天を仰いで、咆哮した。それは、悲痛な叫びだった。
その叫びと共に、彼の心の声が、栞を通じて、嵐のように一行の脳内に流れ込んできた。

――寂しい。ずっと、ずっと、一人だった。
――俺は、昔は、この土地の神だった。人々は、俺に祈り、供え物をし、俺は、人々と共に、この土地を守ってきた。
――だが、いつからか、人は俺を忘れた。俺の姿を、ただ恐れるようになった。誰も、俺と話そうとはしない。誰も、俺の顔を見ようとはしない。
――ただ、怖い、怖い、と逃げていくだけ。
――寂しかった。苦しかった。
――この娘は、違った。生まれて初めて、俺の目を、真っ直ぐに見てくれた。俺を、恐れなかった。それが、ただ、嬉しかったのだ…。

何百年という、底なしの孤独。
忘れ去られた神の、悲痛な告白。
その、あまりにも純粋で、あまりにも切ない想いに、誰もが言葉を失った。

美咲は、ゆっくりと立ち上がると、牛鬼の、岩のようにゴツゴツとした巨大な足に、そっと手を触れた。
「そう。あなたは、怖くなんかない。ただ、ずっと一人で、寂しかったのね。大丈夫。もう、大丈夫よ」
その、聖母のような言葉に、牛鬼の、赤く光る巨大な一つ目から、ポロリ、と、涙とも呼ぶにはあまりに大きな雫が、こぼれ落ちた。
その雫は、地面に落ちると、ジュッ、と音を立てて、白い煙を上げた。

その光景を、悠人は、複雑な表情で見つめていた。
牛鬼の姿に、彼は、かつての自分自身の姿を、重ねていた。
孤独ゆえに心を閉ざし、他者を遠ざけ、ただ時間が過ぎるのを待っていた自分。誰にも理解されないと、勝手にいじけて、心を腐らせていた、何百年もの日々。
本当は、ただ、寂しかっただけなのだ。
本当は、誰かに、見つけてほしかっただけなのだ。

悠人は、力ずくで美咲を取り返そうと構えている猛の肩を、ぽんと叩いて制した。そして、ゆっくりと、牛鬼の前へと進み出た。
牛鬼は、悠人の姿を認めると、警戒するように、低く唸る。
悠人は、その巨大な一つ目を真っ直ぐに見据え、ふっと、息を吐いて笑った。

「おい。気持ちは、痛いほど分かる。俺も、お前と一緒で、ずっと一人だったからな」

その言葉に、牛鬼の唸り声が、ぴたりと止んだ。
悠人は、続ける。

「だがな、お前のやり方は、不器用すぎる。寂しいからって、いきなり女の子を連れ去るやつがあるか。そんなんじゃ、友達はできねえぞ。まずは、自己紹介からだろ、普通」

それは、説教でも、同情でもなかった。
同じ「孤独」という病を知る者からの、無骨で、不器用で、しかし、心の底からの真摯なアドバイスだった。
『…お前は、誰だ』
牛鬼の、問いかけるような心の声が響く。
「俺か? 俺は、藤原悠人。お前と同じ、しぶとく生き残りすぎちまった、ただの時代遅れだ」

牛鬼は、悠人の言葉に、そしてその瞳の奥にある、自分と同じ、深く、暗い孤独の色に、初めて自分を理解してくれる存在が現れたことを、悟った。
彼は、ゆっくりと、その巨大な頭を下げた。それは、降参でも、服従でもない。
初めて出会えた「友」に対する、心からの、敬意の証だった。
この日、一行は、恐ろしい妖怪を退治したわけではない。ただ、一人の、不器用で、孤独な友達を、見つけただけだった。
そして悠人は、その友達の姿を通して、自分自身が、もう孤独ではないことを、改めて、深く、深く、噛み締めていた。
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