無能と蔑まれた僕だけが知る世界の嘘。敵であるはずの怪物の少女に恋したので、人類を裏切り世界を滅ぼす。

Gaku

文字の大きさ
40 / 70
第2部:討伐部隊・転機編

第40話:玲奈の盾

しおりを挟む


再び、戦闘が始まった。
雨は完全に上がり、分厚い雲の切れ間から、まるで巨大な傷口から流れ出す血のように、鮮烈な夕陽が差し込んでいた。その赤い光は、廃墟の濡れた鉄骨を、地面にできた無数の水たまりを、そして兵士たちの流した血を、等しく不気味なまでに美しく染め上げていた。それは、世界の終わりを思わせるような、荘厳で、そして残酷な光景だった。

怪物の猛攻は、後方に位置する司令車両に、その全ての憎悪を集中させていた。
学習した怪物は、この混沌とした戦場で、誰を殺せば部隊の機能が完全に停止するのか、その「脳」がどこにあるのかを、完全に見抜いていたのだ。
轟音と共に、司令車両は巨大な爪の一撃で玩具のように横転させられる。内部の機器が火花を散らし、譲は衝撃で脇腹を強打しながら、割れた窓から泥濘へと引きずり出された。
目の前に、巨大な怪物の顎が迫る。開かれた口からは、おびただしい数の鋭利な牙と、腐臭を放つ唾液が見えた。インカムからは、仲間たちの絶叫が、ノイズ混じりに響き渡る。
『譲っ!』
『宮沢! 逃げろ!』
誰もが、彼の死を確信した。譲自身もまた、今度こそ終わりだと、どこか冷静に、自らの運命を受け入れようとしていた。

その、刹那だった。

空から、一筋の白い閃光が舞い降りた。
それは、夕陽の赤い光を全身に反射させ、まるで神話に出てくる純白の騎士のように、神々しく、そして猛々しく、譲の前に立ちはだかった。
神楽院玲奈の駆る、ヴァルキリーだった。
彼女は、その華奢な機体一つで、譲へと殺到する怪物の全ての攻撃を、正面から受け止め始めた。
それは、常識では考えられない光景だった。怪物の鉤爪が、彼女の機体に命中する、まさにその寸前。世界の時間が、ほんの一瞬だけ引き伸ばされたかのように、攻撃の軌道が僅かに、しかし確実に逸れていく。それは、彼女だけが持つ、因果律そのものに干渉するかのような、神の領域の能力だった。
しかし、その奇跡の代償は、あまりにも大きかった。
防ぎきれなかった衝撃が、彼女の機体の純白の装甲を、まるで薄いガラス細工のように、いとも容易く砕いていく。キィン、と悲鳴のような金属音と共に、美しい装甲の破片が、夕陽の光を乱反射させながら、スローモーションのように宙を舞った。

『玲奈さん! 無茶だ!』
『神楽院! 早くそこから離れろ!』
インカムから、颯太や剛の悲痛な叫びが聞こえる。だが、彼女は動かない。剥がれ落ちた装甲の隙間から、内部のケーブルがむき出しになり、痛々しい火花を散らしている。それでもなお、彼女は、まるでこの世の全ての理不尽からたった一人を守ろうとする母親のように、譲の前に、仁王立ちで立ち続けていた。
譲の目に映るその光景は、彼の短い人生の中で、最も美しく、そして、最も胸が張り裂けそうになるほど、痛々しいものだった。

「なぜ……」
負傷した脇腹の痛みも忘れ、譲は泥濘の中から、天を仰ぐようにして叫んだ。
「なぜ、僕なんかを、庇うんだ!」
彼女ほどの能力者なら、自分のような足手まといを見捨てれば、もっと楽に、もっと有利に戦えるはずだ。こんな無駄な消耗をする必要など、どこにもないはずだった。

『――あなたは、死んではいけない』

インカム越しに聞こえてきた玲奈の声は、いつものようにどこまでも冷たく、しかし、その奥に、どんな高熱の炎でも溶かすことのできない、鋼のような揺るぎない意志が宿っていた。
「僕がいなくたって、部隊は……!」
『違う』
彼女は、譲の言葉を、静かに、しかしきっぱりと遮った。
『あなたは、この混沌(カオス)とした戦場で、無数の可能性の中から、唯一、未来を指し示すことができる羅針盤。他の誰にも、その代わりは務まらない』
その言葉は、誰からも理解されず、「紙の上の英雄」と侮蔑され、「安全な場所からの高みの見物」と罵倒されてきた譲の存在そのものを、何よりも雄弁に、そして絶対的に肯定するものだった。
『あなたを失うことは、この部隊の損失ではない。人類全体の、損失よ』
譲の心臓が、大きく、痛いほどに脈打った。
『だから』
彼女は、最後の言葉を、まるで誓いを立てるかのように、静かに紡いだ。
『私が、あなたの盾になる』

その、見返りを一切求めない、あまりに純粋で、あまりに献身的な言葉(慈悲)を前に、譲の心の中で、これまで感じたことのない、熱く、そしてどうしようもなく切ない感情が、堰を切ったように溢れ出した。
それは、颯太に対して抱いてきた、焦がれるような劣等感ではなかった。
それは、剛に対して感じてきた、苛立ち混じりの反発心でもなかった。
この人を、失いたくない。
この人の、絶対的な信頼に、応えたい。
この人を、僕が、守りたい。
それは、彼が生まれて初めて抱いた、誰かのための、純粋な祈りだった。

譲は、脇腹から流れる血も、全身を打ち付ける痛みも、全て忘れていた。彼は、這うようにして、半壊し、煙を上げる司令車両のコクピットへと、必死に戻った。
彼の脳は、玲奈の信頼という、これ以上ないほどの強力な燃料(ポジティブ・フィードバック)を得て、ニューロンが焼き切れるのではないかと思うほどの、限界を超えた速度で回転を始めていた。
恐怖は、もうなかった。
絶望も、無力感も、全てがこの熱い感情の炎に焼かれて、消え失せていた。
彼女を救うため。
そして、彼女が信じてくれた「未来」を、この手で、絶対に掴み取るために。
譲の指が、最後の作戦を、自らの血に濡れたキーボードに、凄まじい速度で打ち込み始めた。
その瞳には、もはや劣等感に苛まれていた、かつての少年の影は微塵もなかった。
ただ、愛する人を守るための、静かで、しかし燃えるような決意の光だけが、夕陽よりもなお赤く、強く、宿っていた。
それは、孤独な異端児が、初めて誰かのために戦うことを決意した、始まりの合図だった。
しおりを挟む
感想 126

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中

あ、まん。
ファンタジー
仕事一筋40年。 結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。 定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。 だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。 唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。 化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。 彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。 現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。 これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。

王命って何ですか? 虐げられ才女は理不尽な我慢をやめることにした

まるまる⭐️
恋愛
【第18回恋愛小説大賞において優秀賞を頂戴致しました。応援頂いた読者の皆様に心よりの感謝を申し上げます。本当にありがとうございました】 その日、貴族裁判所前には多くの貴族達が傍聴券を求め、所狭しと行列を作っていた。 貴族達にとって注目すべき裁判が開かれるからだ。 現国王の妹王女の嫁ぎ先である建国以来の名門侯爵家が、新興貴族である伯爵家から訴えを起こされたこの裁判。 人々の関心を集めないはずがない。 裁判の冒頭、証言台に立った伯爵家長女は涙ながらに訴えた。 「私には婚約者がいました…。 彼を愛していました。でも、私とその方の婚約は破棄され、私は意に沿わぬ男性の元へと嫁ぎ、侯爵夫人となったのです。 そう…。誰も覆す事の出来ない王命と言う理不尽な制度によって…。 ですが、理不尽な制度には理不尽な扱いが待っていました…」 裁判開始早々、王命を理不尽だと公衆の面前で公言した彼女。裁判での証言でなければ不敬罪に問われても可笑しくはない発言だ。 だが、彼女はそんな事は全て承知の上であえてこの言葉を発した。   彼女はこれより少し前、嫁ぎ先の侯爵家から彼女の有責で離縁されている。原因は彼女の不貞行為だ。彼女はそれを否定し、この裁判に於いて自身の無実を証明しようとしているのだ。 次々に積み重ねられていく証言に次第に追い込まれていく侯爵家。明らかになっていく真実を傍聴席の貴族達は息を飲んで見守る。 裁判の最後、彼女は傍聴席に向かって訴えかけた。 「王命って何ですか?」と。 ✳︎不定期更新、設定ゆるゆるです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...