詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku

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第9章:最終決戦!魔王と創造主

第83話:最古の転生者 「継承者が現れ続ける限り、この世界は変わらない覧お前はそれでいいのか」

タカシが語り始めた。

その声は、魔王城の冷え切った玉座の間に、ひどく不釣り合いな温度を持っていた。

「この世界に転生して最初の数十年は、楽しかった」 

タカシが目を細めると、黒い石壁に囲まれたこの空間に、まるで幻影のようにかつての鮮やかな風景が重なって見えた気がした。

視界の端から端まで広がる、どこまでも青い空。太陽の光が埃を反射するのではなく、むせ返るような緑の匂いを含んだ大気を黄金色に染め上げる。膝まである柔らかな草の海を風が通り抜けると、「ザワワワッ」と大きく波打ち、葉と葉が擦れ合うカサカサという乾いた音が鼓膜を優しく撫でる。土を蹴って走る革靴の軽快な音。隣で笑う仲間の声。逆光の中、彼らの長く伸びた影が、どこまでも続く街道に落ちていた覧。

「魔法を覚え、旅をして、仲間を作り、冒険をした。この世界の仕組みが面白かった。お前たちが歩いてきた道と、おそらく似たようなものだった」 

誰も何も言わなかった。  幻影は消え、彼らは再び、何百年も空気が入れ替わっていないカビと埃の匂いがする冷たい床の上に立っていた。ハガンが大槌を構えたまま、いつ殴りかかればいいのかタイミングを見失い、腕の筋肉をぷるぷると震わせている。その金属鎧が擦れる「チキッ」という微かな音が、奇妙なほど大きく響く。

「百年が過ぎた頃に、気づいた」と、タカシが続けた。その声から、急激に温度が失われていく。「この世界は覧繰り返す」 

「繰り返す?」とガクが聞いた。 

「英雄が現れる。悪を倒す。平和になる。しばらくして、また悪が生まれる。また英雄が現れる。また倒す。また平和になる覧永遠に、同じことが繰り返されている」 

タカシが、ステンドグラスの破片が散らばる窓のない壁を見た。 

「俺は二百年かけてその構造を調べた。なぜ繰り返すのかを。そしてわかった覧魔王の封印が、それを生んでいる」 

ドクン、と。ガクの心臓が不自然に大きく跳ねた。額から滲み出た一粒の冷や汗が、こめかみを伝い、顎の先から黒い石の床へと落ちる。「ピチャン」という微かな水音が、ガクの耳の奥で爆音のように響き渡った。

胸の奥底で、かつて見た壁画の記述が、火花を散らして蘇る。
(封印の三条件。一つは継承者の系譜が断絶しないこと覧) 

「魔王は完全に消滅していない」とタカシが言った。「封印されているだけだ。封印が維持される限り、魔王は消えない。消えないものは必ず、いつか復活する条件が整う。だから世界は繰り返す」 

「封印を壊せばいいと思った?」 ソフィアが、極限の緊張状態の中でひどく冷静な声で聞いた。 

「そうだ」とタカシが答えた。「しかし封印を壊すだけでは魔王が復活するだけになる。だから俺は考えた覧封印が解けると同時に、消滅させる力が必要だ。消滅させるには、古代魔法の継承者の力が必要だ」 

全員が、ハッとしてガクを見た。 タカシも、その老いない瞳で真っ直ぐにガクを貫いた。 

「継承者が自らの意志で封印を解き、同時に消滅させる。それが唯一の方法だ。しかし覧継承者は封印を維持するために動くようにできている。石板が、エルフの記録が、アルカディアの民が覧全て、継承者に『封印を守れ』と刷り込む仕組みになっている」 

ガクの脳内で、バラバラだったパズルのピースが、恐ろしい勢いで噛み合っていく。硬いアスファルトに頭を打ち付けられたような衝撃だった。
苔むした遺跡で見つけた「継承」の石板。エルフの里で聞かされた「数百年前の継承者」の美談。封印の扉が、自分の魔力でいとも簡単に開いたあの不気味な感触。そして、アルカディアの民の「継承者が来る日を待っていた」という祈りの声。

(全部覧俺に「封印を守れ」と、この世界が強要していたのか!) 

「だから俺は別の方法を試みた」 
タカシが、ひどく事務的な、まるで明日の天気を語るような口調で続けた。

「継承者が封印を解かないなら、別の手段で封印を弱体化させる。四天王を生み出し、各地に混乱を起こし、世界の守護者を疲弊させ、封印の条件を一つずつ崩していく覧そしてその過程で継承者自身を鍛え上げ、最終的に魔王を消滅させる力をつけさせる」 

玉座の間に、数秒間の、完全な真空のような沈黙が落ちた。
そして、その沈黙を破ったのは、バルガスの素っ頓狂な声だった。

「……は? 待て待て待て。お前、今なんて言った?」
バルガスが剣をだらりと下げ、信じられないものを見るような目でタカシを指差した。「俺たちが死に物狂いで倒してきた四天王も、魔物の大群も、全部お前が用意した『ガクの育成プログラム』だったってことか!?」

「俺を鍛えるために、これだけのことを」 
ガクは、湧き上がる怒りよりも先に、激しい脱力感に襲われた。世界を救う壮大な冒険の果てにあったのは、たった一人の男の「世界を完成させたい」という異常な執着が生み出した、極悪非道な自作自演のマッチポンプだったのだ。

「それだけではない」とタカシが静かに言った。「俺自身には、もう消滅させるだけの力がない。何百年も生きていると、魔力は強くなるが覧純粋さが失われる。術式で積み上げた力には限界がある。継承者の力だけが、根源まで届く」 

「なぜ最初からそれを言わなかった!」ガクが声を荒げた。 

「言っても信じるか?」とタカシが問い返した。「『世界を救うために魔王を消滅させてくれ』と言って、お前は従ったか」 

ガクは言葉に詰まり、唇を噛んだ。  血の味がした。

「俺の方法は非道だった」とタカシが淡々と認めた。「キメラを作り、人体実験を行い、多くの者を傷つけた。それは否定しない。しかし覧俺の目的は一点だけだ。この世界を、永遠の繰り返しから解放すること」 

「エリスの父は死にました」 エリスが、震える声で、しかしはっきりと石の床に言葉を叩きつけた。 「三つ目の一族は滅びました。ミリアの仲間は、全員いなくなりました」 

タカシが、少しだけ目を伏せた。「知っている」 

「知っていて、やったのですね」ミリアの声には、かつてないほどの鋭い殺気が混じっていた。 

「そうだ」 

部屋の空気が、鉛のように重くなった。  怒り、悲しみ、そして「自分たちの旅は、この男の手のひらの上だったのか」という徒労感が、全員の肩に重くのしかかる。思い通りにいかない、などというレベルではない。世界の前提そのものが狂っていたのだ。

「一つだけ聞いていいですか」とガクが言った。  汗で滑る杖の柄を、痛いほど強く握りしめる。

「言え」 

「あなたは今覧何百年もかけてやってきたことを、正しかったと思っていますか」 

タカシが長い間、黙った。 
その沈黙は、何百年という膨大な時間の重さそのものだった。玉座の間に、呼吸の音さえ消え失せる。

「わからない」とタカシが最終的に言った。「数百年前は確信があった。今は覧わからない。お前たちを見ていると、俺が百年目に失ったものが、まだそこにある気がして」 

「何を失ったんですか」 

「仲間が死ぬことへの、悲しみだ」とタカシが答えた。「俺はいつの頃からか覧悲しまなくなった」 

再び、重苦しい沈黙。 
それは、タカシという男の抱える底知れない空虚さの証明だった。世界を救うという大義名分(執着)に囚われすぎた結果、一番大切な「心」を落としてしまった男の、滑稽で悲惨な末路。

「俺の論理が間違っていると思うか」とタカシがガクに聞いた。 

「間違っているとは言えない」とガクが答えた。「世界が繰り返しているというのは、本当かもしれない。封印を完全に終わらせる必要があるというのも、本当かもしれない。でも覧」 

ガクは、しっかりと両足で床を踏みしめ、タカシの空虚な目を睨み返した。

「仲間が死ぬことへの悲しみを失ったとき、あなたは何のためにそれをするのかを失ったと思います」 

タカシの目が、見開かれた。 
まるで、何百年も前に掛けられた呪いが、たった今、ひび割れたかのように。

タカシがガクをしばらく見た。 「そうかもしれない」とタカシが言った。そして、深く、ひどく人間臭いため息をついた。「では始めよう。俺一人では動かせないものを、今から起こす」 

タカシが白衣の袖を翻し、奥の院の方向へと手をかざした。 

ズズズ……ズゴゴゴゴォォォ……ッ!!!

途端に、足元の黒い石畳が激しく跳ねた。
地の底から、凄まじい質量の何かが目覚め、這い上がってくるようなおぞましい振動が、彼らの靴底から全身へと伝わっていく。 

壁の石がひび割れ、パラパラと粉塵が舞い落ちる。

「おいおいおい!」バルガスが体勢を崩しそうになりながら叫んだ。
「終わってない! 最悪の自作自演の、一番でかい尻拭いが残ってやがる!!」

地の底からの地鳴りが、玉座の間を恐怖と絶望の色で染め上げていく。
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