詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku

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第9章:最終決戦!魔王と創造主

第87話:ゲームオーバー

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ドサリ。

それは、戦場の喧騒の中ではあまりにも小さな音だった。 だが、その音は、俺たちの時を止めるには十分すぎた。

空から落ちてきた人影が、無機質な黒曜石の床に力なく叩きつけられたのだ。 糸の切れた操り人形のように。 手足は奇妙な方向に投げ出され、胸からは赤黒い血が止めどなく溢れ出し、冷たい床に広がっていく。

「―――ガ、ク?」

サラが、震える声でその名を呼んだ。 だが、返事はない。 いつもなら、どんなにボロボロになっても、「いてて」と苦笑いしながら立ち上がってくれるはずの少年は、ピクリとも動かなかった。

「嘘……でしょ?」 サラの顔から、血の気が引いていく。 「嫌よ……ねえ、起きてよ。ガク! ちょっと!」 彼女は半狂乱になって駆け寄り、その血まみれの体を抱き起こす。 だが、その体は冷たかった。 心臓の鼓動は、止まっていた。

「あーあ。言っただろう? 余所見をするからだって」

頭上から、気の抜けた声が降ってきた。 ゼロだ。 彼はまるで、散らかった部屋を見下ろすような、面倒くさそうな顔で宙に浮いていた。

「主人公(ヒーロー)が、仲間のピンチに気を取られて脇腹を刺される。三流の悲劇だよ。あまりにもベタすぎて、あくびが出るね」 ゼロは肩をすくめると、冷酷に宣告した。

「ガク・フォン・アルベイン。プレイヤーロスト。ゲームオーバーだ」

その言葉が、凍りついた空気を叩き割った。

「てめぇえええええええええええええっ!!!!」 絶叫したのはハガンだった。 彼の目からは大粒の涙が溢れ出し、その顔は憤怒で鬼のように歪んでいた。 「よくも! よくも兄貴を! 殺しやがったなああああああああ!」

ハガンは理性を失い、神器「神撃の鉄槌」を振り回して、空中にいるゼロへと跳躍しようとした。 だが。

ズドンッ!

その跳躍より速く、巨大な黒い影がハガンの前に立ちはだかった。 最強の魔王だ。 感情のない紅蓮の瞳が、虫けらを見るようにハガンを見下ろしている。

「邪魔だああああああああ!」 ハガンが鉄槌を叩きつける。 だが、魔王はそれを素手で受け止めた。 そして、そのままハガンの体を鷲掴みにすると、まるでゴミでも捨てるかのように地面へと叩きつけた。

グシャアッ!

嫌な音が響いた。 ハガンの口から、大量の鮮血と内臓の破片が吐き出される。 「が、はっ……」 金剛石のように硬いはずのハガンの肋骨が、全て砕け散った音だった。

「ハガン!」 「こっちを見ている余裕があるのかい?」 ゼロが指を鳴らす。 魔王の背中から、無数の黒い触手が槍のように伸び、後衛にいた魔法使いたちを襲った。

「きゃあああああっ!」 「うわああああああ!」 フィオナが、エリスが、ミリアが、吹き飛ばされる。 ドルセンが障壁を展開しようとするが、その圧倒的な質量の前には紙切れ同然だった。 「ぬぐォッ!」 老魔導師の体もまた、枯れ木のように宙を舞った。

「みんな!」 アリシアとセリアが悲鳴を上げる。 だが、彼女たちを守るべき前衛はもういない。

「これで、おしまい」 ゼロが指揮者のようにタクトを振る。 魔王が、その巨大な魔剣をゆっくりと振り上げた。 狙うは、まだ息のあるサラと、守る力を失った姫と聖女。

「くっ……!」 サラは、ガクの亡骸を背に庇うようにして、震える足で立ち上がった。 片手には刃こぼれした紅蓮の剣。 もう、魔力は残っていない。 勝てる見込みなんて、万に一つもない。

彼女は剣を構えた。

「無駄だ」

ゼロが退屈そうに呟くのと、魔王が指先を軽く弾いたのは同時だった。

パリンッ――。

硬質で、しかし儚い音が響いた。 サラの愛剣「紅蓮」は、魔王の圧倒的な力の余波だけで、まるで飴細工のように無惨にも砕け散った。

足元に転がる、輝きを失った刃の残骸。 彼女の手に残っているのは、ボロボロになった柄だけ。

それでも、彼女はその折れた柄だけを強く、強く握りしめた。

「死なせない……」 サラは、血を吐きながら、睨みつけた。 「こいつだけは……ガクだけは……絶対に、渡さない……ッ!」

その姿は、痛々しいほどに美しく、そして絶望的だった。 ゼロは、そんな彼女の姿を見て、少しだけ眉を動かした。

「まだ抵抗するのかい? 武器もない、彼ももう死んでいるんだよ? 死体を守って何になる? データの残骸に、意味なんてないのに」

「意味なら……あるわよ!」 サラが叫ぶ。 「こいつは……ガクは! 私たちに、生きる意味をくれた! 居場所をくれた! だから……今度は私たちが、こいつの居場所を守る番なのよッ!」

「そう、ですか。非合理的だねえ」 ゼロはつまらなそうに溜息をついた。 「なら、その『想い』ごと、消えてなくなるといい」

魔王の剣が、振り下ろされた。

「ガクッ!」 「ガク様!」 「ガクさん!」

死の瞬間。 彼女たちが叫んだのは、神への祈りでも、助けを求める言葉でもなかった。 ただ、愛する少年の名前だった。

ズンッ――。

巨大な衝撃が、玉座の間を揺らした。 土煙が舞い上がり、視界を遮る。

サラたちの体は、血の海に沈んだ。 誰も動かない。 声もしない。

完全な、敗北。 絶対的な、絶望。

「はい、お疲れ様」 ゼロは、瓦礫の山となった凄惨な光景を見下ろし、満足げに頷いた。 「これでバグ(イレギュラー)の排除は完了だ。あとは、世界をリセットして、また最初から……」

彼がそう言いかけて、背を向けようとした、その時だった。

ピクリ。

血の海の中で。 心臓が止まっていたはずの少年の指先が、微かに動いた。

物語は、まだ終わっていなかった。 いや、ここからが本当の始まりだったのだ。

全ての終わりと、全ての始まりの狭間で。 少年の魂は今、遠い遠い場所で、懐かしい呼び声を聞いていた。
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