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第3章:冒険者、始めました
第23話:助太刀、時々、巻き込まれ 〜あなたたちと一緒にいると、なぜか事故が起きる〜
ザクッ、ザクッ、ボキリ。
湿った腐葉土を踏みしめる厚底の革靴の音と、枯れ枝が砕ける硬質な音が、薄暗い森の奥深くで不規則なリズムを刻んでいた。
ケルダム近郊の森、そのさらに深部。
頭上を覆い尽くす何百年もの樹齢を誇る巨木たちは、互いの枝葉を複雑に絡み合わせ、太陽の光を容赦なく遮断している。わずかに生い茂る葉の隙間から、針のように細く鋭い光の筋が幾本も差し込み、宙を舞う胞子や土埃を黄金色に浮かび上がらせていた。
風が吹き抜けるたび、頭上の樹冠がザワザワと海のうねりのように波打ち、足元のシダ植物がカサカサとすれる。鼻腔を突くのは、むせ返るような濃密な緑の匂いと、どこか鉄を思わせる湿った土の香りだ。
ガクは、その深い森の冷たい空気を肺の底まで吸い込み、そして、長いため息とともに吐き出した。
(なぜ、こうなるんだ……)
ガクの視線の先では、今日も今日とて「ベテラン」を自称する三人が、見事なまでの不協和音を奏でていた。
先頭を歩くハガンは、無駄に巨大な戦斧を木の枝に引っ掛けては「ぬおおっ!?」と奇声を上げている。その後ろで、ドルセンは苔むした石碑の破片を見つけては「おお、これは古代の……」と立ち止まり、一行の歩みを致命的に遅らせていた。そしてサラは、額に青筋を立てながら「ハガン、静かに歩け! ドルセン、道草を食うな!」と、森中の魔物に自分たちの居場所を知らせるかのような大声で怒鳴り散らしている。
ガクは、自分の内側にある「平穏な冒険者ライフ」への過剰な期待が、すでに風前の灯火であることを悟っていた。彼らに「普通の連携」を求めること自体が、そもそもの間違いなのだ。思い通りにならない現実に直面したとき、それに抗おうと執着するから苦しい。ならばいっそ、この混沌をありのままに受け入れてしまった方が楽なのではないか。
そんな悟りに近い境地にガクが至りかけた、その瞬間だった。
ズンッ……!
足元の地面が、微かに、しかし確かな重量を持って揺れた。
革靴の底を通して伝わってくる、地盤そのものを叩きつけるような重い震動。
サラがピタリと怒鳴るのをやめ、ハガンが戦斧を構え、ドルセンが杖を握り直す。森のざわめきが、嘘のようにピタリと止んだ。小鳥の囀りも、虫の音も消えた。圧倒的な『捕食者』の接近を、森全体が本能で恐れ、息を潜めているのだ。
ズズンッ! メキィッ、バキバキバキィッ!!
木立の向こう側から、地響きのような足音とともに、太い樹木の幹がへし折られる暴力的な音が響き渡った。
「オーガだ!」
サラが、顔面を蒼白にしながら叫んだ。
鬱蒼とした緑を掻き分けて姿を現したのは、二メートルを優に超える赤銅色の巨体だった。岩のように隆起した筋肉、額から突き出た歪な一本角、そして、口の端から粘着質な涎を垂らし、血走った眼球でこちらをギョロリと睨みつける醜悪な顔。獣の脂と、腐った肉の悪臭が突風とともに吹き付け、ガクの鼻腔を激しく蹂躙した。
オーガは、サラたちめがけて、まるで暴走する土砂崩れのように突進してきた 。
「散れ! 陣形を組め!」
サラが冷静な判断で、空気を切り裂くような鋭い指示を飛ばす 。
しかし、彼女の悲痛な叫びは、誰の耳にも届いていなかった。
「おおおおおっ! 俺が止める!!」
ハガンが、己の力量も省みず、血湧き肉躍るという顔で正面から雄叫びを上げて飛び出した 。が、見事に木の根に足を取られ、派手な音を立ててすっ転び、うつ伏せのままズザーッと地面を滑っていく 。
「大地の精霊よ、古の盟約に従い、我にその大いなる力を……」
後方では、ドルセンが杖を天に掲げ、悠長にもほどがある長ったらしい詠唱を紡ぎ始めていた 。オーガの巨腕が振り下ろされるまでに、到底間に合うはずのない絶望的なタイムラグだ。
各自がバラバラに動き、まったく連携が取れていない 。
サラの絶望に染まった目が、転倒したハガンと、迫り来るオーガの巨大な拳を交互に捉えた。
死。その一文字が、三人の脳裏に生々しくよぎったはずだ。
(あーあ……本当に、世話が焼けるな)
ガクは、ついに自分の中にあった「目立たないようにする」というブレーキを、完全に手放した。
彼が求めていたのは「普通」を演じることによる平穏だった。しかし、目の前で不器用にもがくこのおかしな連中を見殺しにしてまで守りたい「普通」など、彼の中にはもう一ミリも残っていなかった。
ガクは、ふっと息を吐き、無造作に一歩前へと踏み出した 。
その瞬間、世界から一切の『音』が消えた。
いや、ガクの極限まで高められた集中力が、周囲の時間を泥のように遅く感じさせていたのだ。
ガクは右手をスッと前にかざした。彼の脳裏にあるのは、前世の物理法則の記憶。空気の気圧差、地盤の液状化、そして電位差のショート。
『風』。
イメージが魔力に変換され、オーガの足元に向かって強烈なダウンバーストが叩きつけられる。
ボコォッ!という鈍い音とともに、オーガの足元の地面がすり鉢状に陥没した 。突進の勢いを利用されたオーガは、無様に体勢を崩し、前のめりに倒れ込む。
『土』。
間髪入れず、ガクは地面に視線を落とす。陥没した土砂が、まるで意思を持つ巨大な蛇のようにうねり上がり、オーガの太い両足と胴体を一瞬にして雁字搦めに拘束する 。石のように硬化していく土が、オーガの骨をミシミシと軋ませた。
『雷』。
トドメだ。ガクは指先をオーガの脳天に向けた。
空中の電子が急激に収束し、バチバチと青白い火花が弾ける。オゾンの焦げたような鋭い匂いが立ち込めた直後。
閃光。
音を置き去りにした一条の落雷が、一直線にオーガの眉間を貫いた。
遅れて、鼓膜を破るような轟音(ドォォォォン!)が森を揺るがす。
全身を青白い電流に焼かれたオーガは、白目を剥き、口から黒い煙を吐き出しながら、ピクリとも動かなくなった 。
ここまでの間、わずか三秒 。
ガクが静かに手を下ろすと、周囲に舞い上がっていた土埃が、パラパラと葉の上に落ちる音だけが残った。
静寂。
先ほどのギルドでの沈黙とは違う。それは、圧倒的な力を見せつけられた者たちが、己の理解を超えた現象に対して脳の処理を完全に停止させてしまったことによる、空白の静寂だった。
風が吹き抜け、ガクの前髪を揺らす。
サラ、ドルセン、そして地面に這いつくばったままのハガンの三人が、瞬きすら忘れたようにガクを凝視していた 。
彼らの額からは、滝のような冷や汗が流れ落ちている。信じられないもの、いや、存在してはならない規格外のバケモノを見てしまったという畏怖の表情。
沈黙を破ったのは、ドルセンの震える、掠れた声だった。
「お、お主……今、詠唱したか?」 「してないです」
ガクは、平然と即答した。
「なっ……! なぜ、風、土、雷と、三属性もの魔法を連続で……!」
サラが、信じられないものを見る目で問い詰める。
「使えるので」
あまりにも身も蓋もない真実。術式という「補助輪」を必要としないガクにとって、属性の切り替えなど、呼吸をするのと同じくらい自然なことだった。
「なんで……俺より、強いんだああああああ……ッ!」 地面に突っ伏していたハガンが、のろのろと膝をつき、そのまま天を仰いで絶望の叫びを上げた 。その目からは、戦士としてのプライドが粉砕された大粒の涙が、キラキラとこぼれ落ちていた。
「とりあえず、帰りますよ」
ガクは、膝の土を払いながら、呆然とする三人に向かって手を差し伸べた。
その言葉には、もはや焦りも、自分を取り繕う気負いもなかった。
帰り道は、言うまでもなくいつもの光景だった。
ハガンが再び木の根に躓いて派手に転び、ドルセンが珍しいキノコを見つけては立ち止まり、サラが青筋を立てて二人を怒鳴り散らし続ける 。
「ハガン、前を見て歩け! ドルセン、それは幻覚を見る毒キノコだ、捨てろ!」
「うるさい! わしの大発見に口出しするな!」
「あいたーっ! 誰だこんなところに石を置いたのは!」
ガクは、深い深いため息をついた。
だが、その足は自然とハガンが転ぶ前に風魔法で小石を吹き飛ばし、ドルセンの手から毒キノコを土魔法で絡め取り、サラの怒声が森中に響かないよう、そっと音を遮断する壁を展開していた 。
(面倒くさい。本当に面倒くさい連中だ。……でも)
不思議と、嫌な気分ではなかった。
完璧な計画も、理想の冒険者像も、彼らと一緒にいるとすべてが台無しになる。だが、その計算通りにいかないドタバタが、前世の無機質で孤独だった病室での日々には決して存在しなかった「生きている」という生々しい実感を与えてくれていた。
ガクは、自分が彼らのお世話係にすっかり収まってしまっていることに気づきながらも 、口元が微かに緩むのを止められなかった。
数日後。
ケルダムのギルドは、今日も朝からむせ返るような熱気と酒の匂いに包まれていた。
受付カウンターの前で、ゴドウから新たな依頼書を受け取ったガクは、ふと隣を見て、絶句した。
「……え、また一緒ですか」 そこには、まるで打ち合わせでもしたかのように、当然の顔をして並んで立つサラ、ドルセン、ハガンの三人の姿があった 。
サラが、腕を組みながらじろりとガクを睨みつける。
「文句あるか」
その瞳の奥には、以前のような諦めの色はなく、どこかガクに対する絶対的な信頼と、照れ隠しのような強がりが見え隠れしていた。
「……ないけど」
ガクが肩をすくめて答えると、サラはふっと口角を上げた。
「じゃあ行くぞ」
ハガンが「おう! 今日も頼むぞ、ガク!」と肩を叩き、ドルセンが「ふん、わしの魔法の背中をしっかり見て学ぶがいい」とふんぞり返る。
気がつくと、ガクは四人でギルドの分厚い扉を押し開け、外のまばゆい光の中へと歩み出していた 。
強いから懐かれたのではない。ただ、気がつけば、いつの間にか一緒にいることが「当たり前」の日常になっていたのだ 。
(まあ、悪くないか)
ケルダムの青い空の下、四人の影が並んで伸びていく。
ガクは、このままこの騒がしい連中と、それなりに楽しいドタバタの日々が続いていくのだろうと、無意識のうちに信じ切っていた。
しかし、彼らはまだ知らなかった。
この世界の暗部で、生命の理をねじ曲げるおぞましい『禁忌』が、すでに産声を上げ、深い森の奥底で彼らを待ち受けていることを——。
風に乗って、森の奥から、獣でも人でもない何かの、苦しげな鳴き声が微かに響いた気がした。
湿った腐葉土を踏みしめる厚底の革靴の音と、枯れ枝が砕ける硬質な音が、薄暗い森の奥深くで不規則なリズムを刻んでいた。
ケルダム近郊の森、そのさらに深部。
頭上を覆い尽くす何百年もの樹齢を誇る巨木たちは、互いの枝葉を複雑に絡み合わせ、太陽の光を容赦なく遮断している。わずかに生い茂る葉の隙間から、針のように細く鋭い光の筋が幾本も差し込み、宙を舞う胞子や土埃を黄金色に浮かび上がらせていた。
風が吹き抜けるたび、頭上の樹冠がザワザワと海のうねりのように波打ち、足元のシダ植物がカサカサとすれる。鼻腔を突くのは、むせ返るような濃密な緑の匂いと、どこか鉄を思わせる湿った土の香りだ。
ガクは、その深い森の冷たい空気を肺の底まで吸い込み、そして、長いため息とともに吐き出した。
(なぜ、こうなるんだ……)
ガクの視線の先では、今日も今日とて「ベテラン」を自称する三人が、見事なまでの不協和音を奏でていた。
先頭を歩くハガンは、無駄に巨大な戦斧を木の枝に引っ掛けては「ぬおおっ!?」と奇声を上げている。その後ろで、ドルセンは苔むした石碑の破片を見つけては「おお、これは古代の……」と立ち止まり、一行の歩みを致命的に遅らせていた。そしてサラは、額に青筋を立てながら「ハガン、静かに歩け! ドルセン、道草を食うな!」と、森中の魔物に自分たちの居場所を知らせるかのような大声で怒鳴り散らしている。
ガクは、自分の内側にある「平穏な冒険者ライフ」への過剰な期待が、すでに風前の灯火であることを悟っていた。彼らに「普通の連携」を求めること自体が、そもそもの間違いなのだ。思い通りにならない現実に直面したとき、それに抗おうと執着するから苦しい。ならばいっそ、この混沌をありのままに受け入れてしまった方が楽なのではないか。
そんな悟りに近い境地にガクが至りかけた、その瞬間だった。
ズンッ……!
足元の地面が、微かに、しかし確かな重量を持って揺れた。
革靴の底を通して伝わってくる、地盤そのものを叩きつけるような重い震動。
サラがピタリと怒鳴るのをやめ、ハガンが戦斧を構え、ドルセンが杖を握り直す。森のざわめきが、嘘のようにピタリと止んだ。小鳥の囀りも、虫の音も消えた。圧倒的な『捕食者』の接近を、森全体が本能で恐れ、息を潜めているのだ。
ズズンッ! メキィッ、バキバキバキィッ!!
木立の向こう側から、地響きのような足音とともに、太い樹木の幹がへし折られる暴力的な音が響き渡った。
「オーガだ!」
サラが、顔面を蒼白にしながら叫んだ。
鬱蒼とした緑を掻き分けて姿を現したのは、二メートルを優に超える赤銅色の巨体だった。岩のように隆起した筋肉、額から突き出た歪な一本角、そして、口の端から粘着質な涎を垂らし、血走った眼球でこちらをギョロリと睨みつける醜悪な顔。獣の脂と、腐った肉の悪臭が突風とともに吹き付け、ガクの鼻腔を激しく蹂躙した。
オーガは、サラたちめがけて、まるで暴走する土砂崩れのように突進してきた 。
「散れ! 陣形を組め!」
サラが冷静な判断で、空気を切り裂くような鋭い指示を飛ばす 。
しかし、彼女の悲痛な叫びは、誰の耳にも届いていなかった。
「おおおおおっ! 俺が止める!!」
ハガンが、己の力量も省みず、血湧き肉躍るという顔で正面から雄叫びを上げて飛び出した 。が、見事に木の根に足を取られ、派手な音を立ててすっ転び、うつ伏せのままズザーッと地面を滑っていく 。
「大地の精霊よ、古の盟約に従い、我にその大いなる力を……」
後方では、ドルセンが杖を天に掲げ、悠長にもほどがある長ったらしい詠唱を紡ぎ始めていた 。オーガの巨腕が振り下ろされるまでに、到底間に合うはずのない絶望的なタイムラグだ。
各自がバラバラに動き、まったく連携が取れていない 。
サラの絶望に染まった目が、転倒したハガンと、迫り来るオーガの巨大な拳を交互に捉えた。
死。その一文字が、三人の脳裏に生々しくよぎったはずだ。
(あーあ……本当に、世話が焼けるな)
ガクは、ついに自分の中にあった「目立たないようにする」というブレーキを、完全に手放した。
彼が求めていたのは「普通」を演じることによる平穏だった。しかし、目の前で不器用にもがくこのおかしな連中を見殺しにしてまで守りたい「普通」など、彼の中にはもう一ミリも残っていなかった。
ガクは、ふっと息を吐き、無造作に一歩前へと踏み出した 。
その瞬間、世界から一切の『音』が消えた。
いや、ガクの極限まで高められた集中力が、周囲の時間を泥のように遅く感じさせていたのだ。
ガクは右手をスッと前にかざした。彼の脳裏にあるのは、前世の物理法則の記憶。空気の気圧差、地盤の液状化、そして電位差のショート。
『風』。
イメージが魔力に変換され、オーガの足元に向かって強烈なダウンバーストが叩きつけられる。
ボコォッ!という鈍い音とともに、オーガの足元の地面がすり鉢状に陥没した 。突進の勢いを利用されたオーガは、無様に体勢を崩し、前のめりに倒れ込む。
『土』。
間髪入れず、ガクは地面に視線を落とす。陥没した土砂が、まるで意思を持つ巨大な蛇のようにうねり上がり、オーガの太い両足と胴体を一瞬にして雁字搦めに拘束する 。石のように硬化していく土が、オーガの骨をミシミシと軋ませた。
『雷』。
トドメだ。ガクは指先をオーガの脳天に向けた。
空中の電子が急激に収束し、バチバチと青白い火花が弾ける。オゾンの焦げたような鋭い匂いが立ち込めた直後。
閃光。
音を置き去りにした一条の落雷が、一直線にオーガの眉間を貫いた。
遅れて、鼓膜を破るような轟音(ドォォォォン!)が森を揺るがす。
全身を青白い電流に焼かれたオーガは、白目を剥き、口から黒い煙を吐き出しながら、ピクリとも動かなくなった 。
ここまでの間、わずか三秒 。
ガクが静かに手を下ろすと、周囲に舞い上がっていた土埃が、パラパラと葉の上に落ちる音だけが残った。
静寂。
先ほどのギルドでの沈黙とは違う。それは、圧倒的な力を見せつけられた者たちが、己の理解を超えた現象に対して脳の処理を完全に停止させてしまったことによる、空白の静寂だった。
風が吹き抜け、ガクの前髪を揺らす。
サラ、ドルセン、そして地面に這いつくばったままのハガンの三人が、瞬きすら忘れたようにガクを凝視していた 。
彼らの額からは、滝のような冷や汗が流れ落ちている。信じられないもの、いや、存在してはならない規格外のバケモノを見てしまったという畏怖の表情。
沈黙を破ったのは、ドルセンの震える、掠れた声だった。
「お、お主……今、詠唱したか?」 「してないです」
ガクは、平然と即答した。
「なっ……! なぜ、風、土、雷と、三属性もの魔法を連続で……!」
サラが、信じられないものを見る目で問い詰める。
「使えるので」
あまりにも身も蓋もない真実。術式という「補助輪」を必要としないガクにとって、属性の切り替えなど、呼吸をするのと同じくらい自然なことだった。
「なんで……俺より、強いんだああああああ……ッ!」 地面に突っ伏していたハガンが、のろのろと膝をつき、そのまま天を仰いで絶望の叫びを上げた 。その目からは、戦士としてのプライドが粉砕された大粒の涙が、キラキラとこぼれ落ちていた。
「とりあえず、帰りますよ」
ガクは、膝の土を払いながら、呆然とする三人に向かって手を差し伸べた。
その言葉には、もはや焦りも、自分を取り繕う気負いもなかった。
帰り道は、言うまでもなくいつもの光景だった。
ハガンが再び木の根に躓いて派手に転び、ドルセンが珍しいキノコを見つけては立ち止まり、サラが青筋を立てて二人を怒鳴り散らし続ける 。
「ハガン、前を見て歩け! ドルセン、それは幻覚を見る毒キノコだ、捨てろ!」
「うるさい! わしの大発見に口出しするな!」
「あいたーっ! 誰だこんなところに石を置いたのは!」
ガクは、深い深いため息をついた。
だが、その足は自然とハガンが転ぶ前に風魔法で小石を吹き飛ばし、ドルセンの手から毒キノコを土魔法で絡め取り、サラの怒声が森中に響かないよう、そっと音を遮断する壁を展開していた 。
(面倒くさい。本当に面倒くさい連中だ。……でも)
不思議と、嫌な気分ではなかった。
完璧な計画も、理想の冒険者像も、彼らと一緒にいるとすべてが台無しになる。だが、その計算通りにいかないドタバタが、前世の無機質で孤独だった病室での日々には決して存在しなかった「生きている」という生々しい実感を与えてくれていた。
ガクは、自分が彼らのお世話係にすっかり収まってしまっていることに気づきながらも 、口元が微かに緩むのを止められなかった。
数日後。
ケルダムのギルドは、今日も朝からむせ返るような熱気と酒の匂いに包まれていた。
受付カウンターの前で、ゴドウから新たな依頼書を受け取ったガクは、ふと隣を見て、絶句した。
「……え、また一緒ですか」 そこには、まるで打ち合わせでもしたかのように、当然の顔をして並んで立つサラ、ドルセン、ハガンの三人の姿があった 。
サラが、腕を組みながらじろりとガクを睨みつける。
「文句あるか」
その瞳の奥には、以前のような諦めの色はなく、どこかガクに対する絶対的な信頼と、照れ隠しのような強がりが見え隠れしていた。
「……ないけど」
ガクが肩をすくめて答えると、サラはふっと口角を上げた。
「じゃあ行くぞ」
ハガンが「おう! 今日も頼むぞ、ガク!」と肩を叩き、ドルセンが「ふん、わしの魔法の背中をしっかり見て学ぶがいい」とふんぞり返る。
気がつくと、ガクは四人でギルドの分厚い扉を押し開け、外のまばゆい光の中へと歩み出していた 。
強いから懐かれたのではない。ただ、気がつけば、いつの間にか一緒にいることが「当たり前」の日常になっていたのだ 。
(まあ、悪くないか)
ケルダムの青い空の下、四人の影が並んで伸びていく。
ガクは、このままこの騒がしい連中と、それなりに楽しいドタバタの日々が続いていくのだろうと、無意識のうちに信じ切っていた。
しかし、彼らはまだ知らなかった。
この世界の暗部で、生命の理をねじ曲げるおぞましい『禁忌』が、すでに産声を上げ、深い森の奥底で彼らを待ち受けていることを——。
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