詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku

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第4章:王女と腐敗の王国

第31話:いざ、王城へ!

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王都アステリアの空は、まるで熟練の職人が丹精込めて磨き上げた巨大なサファイアの宝玉のように、どこまでも深く、そして一点の曇りもなく澄み渡っていた。晩秋の太陽が投げかける光は、夏のそれのような肌を焼く鋭さをすっかりと失い、代わりに老賢人の眼差しのような、穏やかで優しい温もりを帯びている。その黄金色の光は、壮麗な王都を構成する一つ一つの石畳を丁寧に染め上げ、等間隔に植えられた街路樹や、行き交う人々の影を、まるで影絵芝居の一場面のように、くっきりと、しかしどこか物悲しさを感じさせるほど穏やかに描き出していた。

大陸を吹き渡る乾いた風が、街路樹の枝を優しく揺らすたびに、生命の季節を終えた葉がカサカサと小気味よい音を立てて舞い落ちる。それはまるで、過ぎ去りし夏への哀悼を奏でる小さな楽団のようでもあった。夏の間にその勢力を誇示していた、むせ返るような生命力に満ちた緑の香りは、今はもうすっかりと影を潜めている。代わりに、鼻腔をくすぐるのは、収穫を終えた畑から運ばれてくる乾いた土の匂いと、降り積もった落ち葉が朽ちていく、どこか懐かしいような甘く切ない香りだった。大気の全てが、一つの季節の終わりと、新たな季節の到来を告げているかのようであった。街角のパン屋から漂う焼きたてのパンの香ばしい匂いや、時折すれ違う貴婦人からふわりと香る高価な香油の甘い香りが、それらの自然の香りと混じり合い、王都アステリアならではの、複雑で洗練された空気感を醸し出していた。

そんな、吟遊詩人が竪琴を爪弾きながら歌い上げる詩の一節にでもなりそうな、完璧なまでに調和の取れた穏やかな昼下がり。その完成された芸術品のような風景の中に、インクの染みを落としたかのように不釣り合いな一団が、王都のメインストリートを、まるで自分たちの裏庭であるかのように、我が物顔で闊歩していた。彼らの足音は、周囲の洗練された人々の静かな靴音とは異なり、どこか荒々しく、大地を踏みしめる力が漲っている。その存在感は、穏やかな午後の空気を根こそぎ破壊し、周囲の注目を否応なく集めていた。

「ひゃー!すっごい!見てガク!あれ、全部お菓子じゃない!?私の故郷の村の家より大きいわよ!」

一団の先頭で、まるで初めて見る世界に解き放たれた子犬のように目をキラキラさせているのは、サラだった。風に揺れる**金色の髪**は無造作に束ねられ、日に焼けた健康的な肌には、冒険の途中でついたであろう小さな傷跡がいくつか見て取れる。彼女が身にまとっているのは、動きやすさを重視した革製の軽鎧と、着古した麻のチュニック。王都の貴婦人たちが纏う、繊細なレースや光沢のある絹のドレスとは、あまりにも対照的だ。そんな場違いな格好の彼女が、興奮のあまりほとんど跳ねるようにして指さす先には、王侯貴族御用達として名高い高級菓子店のショーウィンドウが、午後の光を浴びて燦然と輝いていた。その中には、城や帆船、伝説の生き物などを模した、芸術的なまでに精緻な砂糖菓子やチョコレートのディスプレイが、これ見よがしに鎮座している。その一つ一つが、庶民の年収に匹敵するほどの値段がつけられていることを、サラは知る由もなかった。

その隣で、今にもショーウィンドウに駆け寄り、ガラスにかじりつきそうな勢いの彼女の頭を、一団のリーダーであるガクが、やれやれとでも言いたげな呆れ顔で、軽く、しかし的確に小突いた。

「落ち着けサラ。お前は買い食いしに来た観光客か。俺たちは、一応、王女様に招待された『賓客』なんだぞ」

ガクの声は、まだ少年期の高さを残しつつも、多くの修羅場を乗り越えてきた者だけが持つ、不思議な落ち着きと説得力を備えていた。彼の服装もサラと大差なく、実用性一辺倒の旅装束だ。しかし、その腰に下げられた一振りの剣は、飾り気こそないものの、使い込まれ、手入れの行き届いた逸品であることが窺える。彼の目は、サラが見ている華やかなディスプレイではなく、その周囲を行き交う人々の、彼らに向けられる視線の方を冷静に観察していた。

「ひんきゃく?それって、美味しいの?」

小突かれた頭をさすりながらも、サラの視線は依然として砂糖菓子の城に釘付けだ。彼女の純粋な問いに、ガクはこめかみをピクピクさせながら、深く、そして長い溜息をついた。

「……もういい」

これ以上何を言っても無駄だと悟ったガクが、早々に会話を打ち切ったその後ろでは、これまた王都の風景とは致命的に不釣り合いな、珍妙な二人組が、周囲の注目を一身に集めることに多大な貢献をしていた。

「ふぉっふぉっふぉ、これは見事なゴシック建築じゃわい。特に、あの窓枠のアーチ!鋭角に天を衝くその形状は、ただの装飾にあらず。マナの流れを効率的に集約し、建物全体に結界としての機能を持たせる、実に機能的なデザインじゃ!」

感嘆の声を漏らしているのは、長く豊かな白髭をたくわえ、先端の曲がった樫の杖を手にした、いかにも魔法使いといった風情の老人、ドルセンだ。彼の目は、サラが夢中になっていた菓子店ではなく、その隣に建つ、歴史を感じさせる石造りの建物にうっとりとした視線を送っていた。その瞳は、まるで恋人を見つめるかのように熱っぽく、皺の刻まれた指先が、空中をなぞるようにして建物の輪郭を確かめている。彼の身にまとうローブは、上質ではあるが、長年の旅によって裾は擦り切れ、随所に焦げ跡や薬品の染みのようなものが見受けられた。

そんな学究肌の老魔法使いの隣で、神に仕える身であるとは到底思えぬ筋骨隆々の大男が、全く別のものに目を輝かせていた。彼の名はハガン。神官服の上からでも、その鍛え上げられた筋肉の輪郭がはっきりとわかるほどの巨躯の持ち主である。

「ドルセン殿!あそこの屋台の串焼き、見ましたか!?あの肉の厚み、そして炭火の上で弾け、滴り落ちる肉汁!立ち上る香ばしい煙!おお、あれこそは、我が神が与え給うたもうた至高の恵み!まさに神の御業としか思えませんぞ!」

ハガンの巨体は、ドルセンが感心していた建物のアーチよりも、道端の小さな屋台から立ち上る煙の方に、磁石のように引き寄せられていた。彼の目は爛々と輝き、その口元からは、神への祈りではなく、食欲に忠実なよだれが垂れそうになっている。そのあまりの熱弁に、ドルセンは呆れたように自身の白髭をしごいた。

「ハガン殿、君の神は、いつも腹を空かせておるのう」

そう、彼らこそが、辺境の小さな村から始まり、行く先々の街や国で、大小様々な、そしてそのほとんどが後世に語り継がれることのない(主に器物損壊と珍騒動に関する)伝説を打ち立ててきた、冒険者パーティ「ガク一行」である。数週間前、一羽の鷲によって届けられた、王女アリシア直々の署名が入った招待状を、今や少しよれてしまったそれを懐に、彼らは王城へと向かっているのだ。

その服装は、どうひいき目に見ても、王女に招かれた「賓客」には到底見えない。彼らがメインストリートを歩むたびに、すれ違う人々は一瞬足を止め、振り返る。高価な絹のドレスを身につけた貴婦人たちは扇で口元を隠し、磨き上げられた騎士の鎧をまとった王国の騎士たちは眉をひそめる。好奇と、嘲笑と、そして明確な侮蔑が入り混じった無数の視線が、まるで物理的な矢のように、ぐさぐさと突き刺さってきた。

「(うわぁ……なんか、すっごい見られてる……。学園にいた時とは、また質の違う、ねっとりとした視線だ。まるで品評会の家畜にでもなった気分だな。査定されてる、って感じか?)」

ガクは内心で冷や汗をかきながら、平静を装って歩き続ける。彼がかつて通っていた冒険者養成学園では、「規格外の問題児」として、あるいはその突出した実力から、ある意味で一目置かれる存在だった。そこでの視線は、畏怖や嫉妬、時には賞賛の色を帯びていた。しかし、ここは違う。ここは王都アステリア。生まれ持った血筋と、継承された家柄が、その人間の価値を絶対的に決定する、厳格な貴族社会の心臓部だ。平民であり、出自も定かでない仲間たちを連れたガクは、彼らにとって、理解不能で、得体の知れない、そして、自分たちの神聖な領域を汚す、不愉快な侵入者でしかないのだろう。

しばらく歩くと、やがて一行の目の前に、天を圧するような巨大な城門がその威容を現した。磨き上げられた白亜の壁は、どこまでも見上げなければ頂点が見えないほどの高さを誇り、まるで巨人が積み上げたかのように、寸分の隙もなく組み上げられている。壁面には、長年の風雨に耐えてきた歴史の重みが刻まれ、太陽の光を浴びて神々しく輝いていた。城門そのものは黒鉄でできており、無数のリベットが打ち込まれ、いかなる破壊槌をもってしてもびくともしないであろう重厚感を放っている。その門の上では、王家の紋章である「暁を告げる獅子」が金糸で刺繍された深紅の旗が、澄み切った秋風にはためいていた。

「で、でかい……」

先ほどまでお菓子に夢中だったサラが、あんぐりと口を開けたまま、まるで化石のように固まって呟いた。その素直な感想は、ドルセンやハガン、そしてガクを含めた一行全員の共通認識だった。門の両脇には、微動だにせず直立する衛兵が二人ずつ、合計四人立っている。全身を覆うのは、鏡のように磨き上げられた鋼鉄のプレートアーマー。その兜の隙間から覗く瞳は、一切の感情を排し、ただ前方の空間だけを監視している。彼らの寸分の隙もない立ち姿、磨き上げられた甲冑の輝き、腰に帯びたロングソードの柄を握る指先の力強さ。その一つ一つが、ここが王国の政治、軍事、文化の全てを司る中枢であることを、何よりも雄弁に物語っていた。

ガクは懐から王女の招待状を取り出し、衛兵の一人に恐る恐る提示した。衛兵はガクの手から招待状を受け取ると、その視線は招待状の羊皮紙と、ガクたちの薄汚れた服装との間を、侮蔑を隠そうともせずに数回往復させた。しかし、王女アリシアの直筆サインと王家の封蝋を確認すると、その態度は一変した。いや、正確には、表面的な態度だけは、丁寧なものへと変わった。

「お待ちしておりました、ガク様御一行。どうぞ、お通りください」

声のトーンこそ丁寧だったが、その兜の奥で光る目に浮かぶ侮蔑の色は、少しも薄れてはいない。まるで、道端の汚物でも見るかのような冷たい視線を全身に浴びながら、一行は、ついに王城の内部へと足を踏み入れた。

巨大な黒鉄の門が、地響きのような低い音を立てて開かれ、城内へと誘われる。そして、その一歩を踏み入れた瞬間、誰もが息をのんだ。

外の世界の喧騒が、まるで厚い壁に遮られたかのように、嘘のように遠ざかる。しんと静まり返った空間に響くのは、自分たちの荒々しいブーツの音だけだ。床は、寸分の狂いもなく磨き上げられた一枚岩のような大理石でできており、天井の光を反射して、まるで水面のように輝いている。一歩足を踏み出すたびに、旅の汚れがついた自分たちのブーツの跡が、その完璧な美しさを汚してしまうのではないかと、思わず気後れしてしまうほどだ。

遥か高くにある天井からは、数えきれないほどの大きさの異なる水晶が、シャンデリアの燭台にはめ込まれ、まるで星々を閉じ込めたかのように、幻想的な光を放っている。その光は、壁一面に掛けられた、巨大なタペストリーを柔らかく照らし出していた。タペストリーには、建国の英雄譚や、伝説の竜との戦い、歴代の王たちの偉業などが、色鮮やかな糸で緻密に織り込まれており、その一枚一枚が国宝級の価値を持つであろうことは、素人目にも明らかだった。

空気に漂うのは、外の乾いた土の匂いとは全く異なる、どこか甘く、そして心を落ち着かせるような高価な香油の香りと、古い石と木材が持つ独特の、荘厳な匂いが混じり合った香りだった。その全てが、この場所が俗世とは隔絶された、特別な空間であることを示していた。

「おお……」
「これは……」

ドルセンもサラも、ただただ呆然と周囲を見回す。誰もが、その、あまりの豪華絢爛さと、人間業とは思えぬほどのスケールに、言葉を失っていた。あれほど串焼きに執着していたハガンですら、厨房のことなどすっかり忘れ、神殿よりも荘厳な天井を、赤子のように口を開けて見上げていた。

しかし、その圧倒的な美しさに打ちのめされていた彼らの感動を、無遠慮にぶち壊すように、ねっとりとした粘着質な視線が、四方八方から突き刺さる。広大な廊下の柱の陰から、盆を抱えて足早に通り過ぎる侍女たちのひそひそ話から、そして、廊下の向こうから優雅に歩いてくる貴族たちの、明らかに彼らを値踏みする囁き声が、嫌でも耳に入ってきた。

「あれが、王女殿下がお呼びになったという、冒険者たちか」
「なんと、みすぼらしい。まるで、物乞いの集団だな。城の空気が汚れるわ」
「見てごらんなさい、あの一番前にいるあの男が、リーダーだと?冗談だろう。王女殿下も、何をお考えなのか」

聞こえよがしに放たれる、研ぎ澄まされた刃のような悪意の言葉に、サラの眉がぴくりと怒りに震えた。彼女の指の関節が、白くなるほど強く握りしめられる。

「ああん?やんのか、ゴラァ」

低く、地を這うような声で威嚇し、今にも一番近くで嘲笑していた小太りの貴族に飛びかかりそうなサラの両腕を、ガクと、一行の中で唯一、清楚な神官服をまとった少女セリアが、左右から慌てて掴んだ。

「サラ、やめろ!」「サラさん、お静かに!」

そんな、王城の荘厳な雰囲気には全くそぐわないドタバタ劇を、遠巻きに見ていた貴族たちは、さらに扇で口元を隠し、クスクスと鼻で笑う。その光景は、まるで上質な芝居を鑑賞しているかのようであった。

「(まぁ、そりゃそうだよなぁ……。いきなりこんな得体の知れない連中が現れたら、こうなるのが普通か)」

ガクは内心で溜息をつくと、仲間たちにだけ聞こえるように、小さな、しかし強い意志のこもった声で告げた。

「いいか、お前ら。絶対に、俺から離れるなよ。そして、何があっても、先に手を出すな。いいな?これは命令だ」

その、普段の気の抜けた彼からは想像もつかない、真剣で、有無を言わさぬ声色に、今にも爆発しそうだったサラも、呆気にとられていたドルセンも、こめかみに青筋を浮かべていたハガンも、そして心配そうにガクの顔を見つめていたセリアも、こくりと、しかし確かに頷いた。彼らは、ガクが本気で怒っている時、あるいは本気で何かを成し遂げようとしている時のこの声色を知っていた。

案内役の侍従に導かれ、一行が案内されたのは、目的の謁見の間へと続く、長い長い廊下だった。床には深紅の絨毯が敷き詰められ、足音を柔らかく吸収する。両脇には、歴代の王や、王国に尽くした伝説の騎士たちの肖像画が、金の額縁に収められて、ずらりと並んでいた。その描かれた人物たちは、どれもが威厳に満ちた表情で、まるで自分たちの末裔の城に土足で踏み込んできた不埒者たちを、厳しく見下ろしているかのようだった。

その時だった。

「おやおや、これはこれは。どちらの辺境からお越しになった、珍しいお客様かな?」

一行の進路を塞ぐように、一人の男が、わざとらしく、そしてゆっくりと立ちはだかった。歳は四十代ほどだろうか。腹の出たその体には、高価な紫色の絹で仕立てられた、過剰なまでに派手な金刺繍の装飾が施された服を身にまとっている。首元にはフリルのついたジャボを飾り、その指には、これみよがしに、ルビー、サファイア、エメラルドと、いくつもの大粒の宝石がはめ込まれた指輪が輝いていた。その顔は、長年の美食と怠惰な生活によって弛み、人を人とも思わぬような、傲慢で下品な笑みが、まるで仮面のように貼り付いていた。

「(出たな、典型的な、物語の序盤で主人公に絡んでくる、嫌味な小太り貴族……)」

ガクは、心の中で、テンプレート通りの展開にげんなりとため息をついた。男は、ガクたちの服装を、頭のてっぺんから、汚れたブーツのつま先まで、まるで家畜の品定めでもするかのように、じろじろと粘りつくような視線で眺め回すと、鼻で、ふん、と聞こえよがしに笑った。

「このような汚れた姿で、神聖なる王城に足を踏み入れるとは。王女殿下も、よほど酔狂なことをなさる。して、その腰にぶら下げているのは、ただの鉄屑ではなく、剣かね?まさかとは思うが、そのような物騒なものを、偉大なる国王陛下の御前まで、持っていくつもりではあるまいな?」

ねちっこい、まるで蛇が這うような、聞いているだけで不快になる声だった。その言葉の一つ一つが、明確な悪意と挑発に満ちていた。サラの額に、怒りを示す青筋がくっきりと浮かぶのが見える。ハガンの握りこぶしが、ミシミシと骨の軋む音を立てている。ドルセンですら、その穏やかな表情を消し、鋭い眼光で男を睨みつけていた。

空気が、張り詰める。一触即発。そんな言葉がぴったりの状況で、ガクはすっと一歩前に出ると、その表情から一切の敵意を消し、にこり、と人の良さそうな、どこか頼りなげにさえ見える笑みを浮かべて、深々と頭を下げた。

「これは、ご丁寧にどうも。俺たちは、王都の作法も何も、右も左も分かりませんで。もし、何か、我々の行いに失礼がありましたら、どうぞ、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」

その、あまりにも低姿勢で、下手に出た態度に、貴族の男は、一瞬、殴ろうと振り上げた拳の行き場を失ったかのように、拍子抜けしたような顔をした。しかし、すぐに、相手が自分に恐れをなしたのだと勝手に解釈し、さらに侮蔑的で、愉悦に満ちた笑みを口元に浮かべた。

「ふん、分かりきったことだ。まあ、良い。この私、バルトール辺境伯が、特別に許してやろう。せいぜい、慈悲深き王女殿下の御顔に、これ以上、泥を塗らぬことだな。田舎者たちよ」

そう言い残し、バルトールと名乗った男は、勝ち誇ったように、わざとガクの肩に自分の肩をぶつけるようにして、一行の横を通り過ぎていった。その背中は、勝利を確信した将軍のように、傲然と胸を張っている。

「……あのクソ野郎……!」

サラが、今にも、その丸々と太った背中に飛び蹴りを食らわさんばかりの勢いで、ギリギリと歯ぎしりする。ガクは、そんな彼女の震える肩を、ぽん、と軽く、しかし宥めるように叩いた。

「まあ、待て。ああいう手合いは、どこにでもいる。いちいち相手にするだけ、時間の無駄だ」
「しかし、ガク殿!あの無礼、神も許しはしませんぞ!」
「いいから。俺たちには、これからやるべきことがあるだろ?」

ガクは、怒りに燃える仲間たち一人一人の顔を見回し、そして、にやりと口の端を吊り上げた。その瞳には、先ほどまでの人の良さそうな頼りない光ではなく、全てを見通し、困難な状況すら楽しむかのような、悪戯っ子のような、そして、その奥に底知れないほどの強い光が宿っていた。

彼は、目の前の、巨大で、豪華絢爛で、そして、どこまでも胡散臭い人間たちの巣窟である、謁見の間の巨大な扉を、まっすぐに見据えた。その扉の向こうには、彼らを招いた王女が、そしてこの国の王が待っている。

ガクと、愉快で、騒がしくて、それでいて最高に頼りになる仲間たちの、王都を揺るがす新たな伝説の幕が、今、静かに(いや、おそらく、彼らのことだから、とんでもなく騒々しく)上がろうとしていた。
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