コミュ障ぼっちの私の目標は「石」。なのに新学期初日、隣の陽キャ王子に「お前、面白いな!」と絡まれ計画が完全崩壊。

Gaku

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白鳥麗奈の計算外な青春

第3話:完璧な脚本(マニュアル)、従わぬ演者たち

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文化祭前日。  教室は、熱気と塗料の匂い、そして終わらない作業への焦燥感に包まれていた。  段ボールで作られた城門、模造紙に書かれたメニュー表、あちこちに散乱するガムテープの残骸。それはまさに「戦場」と呼ぶにふさわしい光景だった。    しかし、私は動じない。  私の手の中には、この混沌を秩序へと変えるための聖典――『運営マニュアル Ver.2.1(最終稿)』があるのだから。

「秋葉くん、ストップ」

 私は、教室の隅に即席で作られた調理スペース(通称:兵糧庫)へと踏み込んだ。そこでは、秋葉雄太が巨大な寸胴鍋の前で、何やら怪しげな印を結んでいる。

「タピオカの茹で時間は、沸騰したお湯で15分、その後蒸らし20分とマニュアルの7ページに記載したはずよ。なぜあなたは、鍋に向かって呪文を唱えているの?」

「白鳥さん、これは呪文ではありません。タピオカという澱粉質の分子構造に、感謝と祈りを捧げることで食感を最適化する『儀式』です。マニュアルの時間管理だけでは、彼らのポテンシャルは引き出せません」

 秋葉くんは眼鏡を曇らせながら、大真面目に答える。  頭が痛い。分子構造に祈りは届かない。届くのは熱エネルギーだけだ。

「却下よ。儀式を行っている間のタイムロスは、回転率の低下に直結します。祈る暇があったらタイマーを見なさい」

 私は彼の手から怪しげな杖(菜箸)を取り上げ、タイマーをセットした。秋葉くんが「ああ、僕の聖域が……!」と嘆いているが無視する。

 次だ。接客班。  教室の中央では、段ボール甲冑を身につけた男子たちがリハーサルを行っていた。

「いらっしゃいませー! マジ美味いタピオカあるよー!」

 私はバインダーで自分の額を叩きたくなる衝動を抑え、彼らの前で仁王立ちになった。

「夏野さん、朝陽くん。あなたたちの設定は『戦国武将』および『武家の娘』です。『マジ美味い』は室町後期の語彙には存在しません」

「えー、麗奈、細かすぎ! 雰囲気だって、雰囲気!」

 夏野杏が、派手な着崩した浴衣姿で不満げに口を尖らせる。彼女のその格好は、マニュアルの「清楚な町娘」という指定を完全に無視し、歌舞伎町のイベントか何かのようだ。

「雰囲気とは、ディテールの積み重ねによって生まれるものです。朝陽くん、あなたのその眼帯もおかしいわ。伊達政宗公の設定なのに、なぜ背中に『天下布武』と書いてあるの?」

「カッコいいからに決まってんだろ! 信長の魂も背負ってんだよ!」

 朝陽輝がニカっと笑ってサムズアップする。  史実の混合。キャラクターの崩壊。  私のマニュアルには『伊達政宗:隻眼の英雄。クールな振る舞いで客を魅了する』と定義されている。しかし目の前の彼は、ただの『眼帯をした元気なバカ』だ。

「……はぁ。とにかく、セリフはマニュアル通りにお願いします。顧客満足度が下がります」 「へーい」

 全く、響いていない。  彼らは私の完璧な指示を、「うるさい小言」程度にしか捉えていないのだ。  私は苛立ちを隠しながら、レジ担当の席へと向かった。そこには、水無月静さんがちょこんと座っていた。

「水無月さん、レジの操作手順は覚えた?」 「……あ、はい。マニュアル、読みました。……すごいですね、これ。全部書いてあって」

 彼女は、私の作った分厚いマニュアルを、付箋まで貼って丁寧に読んでくれていた。  今日初めて、まともな反応が返ってきた気がする。

「そう、全部書いてあるの。これ通りにやれば、絶対に失敗しないわ」 「……うん。白鳥さんは、すごいね」

 水無月さんのその言葉には、皮肉も反発もない、純粋な尊敬の色があった。  私は少しだけ、胸のつかえが取れるような気がした。そうだ、私は間違っていない。このクラスを成功させるために、誰かが泥をかぶって管理しなければならないのだ。

 その時、教室の反対側からドッと大きな笑い声が上がった。  見ると、輝がタピオカをシェイカーで振るパフォーマンスをして、蓋が外れて中身をぶちまけていた。杏が腹を抱えて笑い、秋葉くんが「物理演算の失敗ですね」と茶化している。

 失敗。無駄。非効率。  なのに、彼らは楽しそうだ。  夕日に照らされたその光景は、マニュアルには決して書き込めない「青春」という名の輝きを放っているように見えた。

 私は、その輪に入れない。  私は管理者だ。楽しむ側ではない。彼らが道を踏み外さないように監視し、修正するのが私の役目。  でも、なぜだろう。  バインダーを抱きしめる腕に、少しだけ力がこもる。

(羨ましいなんて、思っていない。私は、結果を出すだけ)

 ポケットの中でスマートフォンが振動した。母からのメッセージだ。  『模試の結果、見ました。数学が2点落ちていますね。文化祭にかまけて気が緩んでいるのでは?』

 冷たい氷が背筋を走る。  結果を出さなければ、私の居場所はない。家にも、学校にも。  だから、この文化祭は絶対に成功させなければならないのだ。たとえ、みんなに「うるさい委員長」と嫌われようとも。

「朝陽くん! 床を拭きなさい! 衛生管理マニュアル第3条違反よ!」

 私は声を張り上げた。  笑い声の輪の外側から、必死に。  私の完璧な計画が、明日、あんな形で崩れ去るとも知らずに、私はただひたすらに、崩壊しかける秩序を繋ぎ止めようとしていた。
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