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太陽の独白
第5話:熱量(エネルギー)の法則
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七月。 テスト期間というのは、俺にとって拷問に近い。 部活はない。外は灼熱。教室は男子の熱気と絶望感でムンムンしている。教科書の文字は睡眠導入剤より効く。 俺は焼きそばパンをかじりながら、思考を停止させていた。
斜め前の席の、秋葉雄太。 いつも猫背で、分厚い眼鏡をかけた、いわゆるオタクだ。 普段はほとんど喋らない彼だが、俺は彼のこと嫌いじゃない。何かに没頭できるやつってのは、それだけでエネルギーがあるからだ。 彼の机の上には、いつも見たことのない美少女キャラのラノベが置かれている。正直、絵柄の区別はつかないが、彼がそれを大事にしているのはわかる。
その「大事な場所」に、土足で踏み込む連中が現れた。 クラスでも目立つグループの三人組だ。
「うわ、なにこれ。絵じゃん。こんなのに興奮してんの?」
下品な笑い声。 秋葉のカバンについているキーホルダーを指で弾いている。 秋葉が小さくなっているのが見えた。
俺の中で、カチリと何かが切り替わる音がした。 いじめは許さない、とか、そんな正義漢ぶったことじゃない。 ただ、単純に。 ダサいな、と思った。
人が大事にしてるもんを、理解できないからって嘲笑う。自分の価値観だけでマウントを取る。 それって、最高につまんない。見ててシラける。 俺の教室(テリトリー)で、そんなつまんない空気が流れるのは我慢ならなかった。
俺は席を立った。 どうする? 「やめろよ」って割って入るか? いや、それじゃ秋葉が余計に惨めになるかもしれない。「助けられた弱者」になっちまう。 俺がやりたいのは、この場の空気を変えることだ。 「バカにしてる対象」を、「面白い対象」に変えちまえばいい。
俺は、連中の背後に立った。 そして、秋葉のカバンで揺れている、そのピンク髪のキャラを覗き込んだ。
「――お前ら、何してんの?」
連中がビビって振り返る。 俺はそいつらを無視して、キーホルダーを指差した。
「へえ、そのアニメ、面白そうじゃん! 俺、見たことねえや。なんていうタイトルのやつ?」
演技じゃなかった。 半分は本気だ。だって、そのキャラ、身の丈に合わないデカい剣を持ってて、なんか強そうだったから。 教室が一瞬で静まり返った。 いじめてた連中は、毒気を抜かれたような顔をしている。俺が「いじり」に参加するわけでもなく、「注意」するわけでもなく、ただ「興味」を持ったことが、彼らの想定外だったんだろう。 連中は「ちっ」と舌打ちして去っていった。
残された秋葉は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。 疑っている。またバカにされると思っている。 だから俺は、真っ直ぐに聞いてやった。
「で、どうなの? 結局、このピンク髪の子、強いの?」
その一言で、秋葉の目が変わった。 怯えが消え、代わりに、自分の好きなものを語れる喜びが点火した。
「……彼女は、星詠みの魔導騎士、リリアンヌ・フォン・シュバルツシルト……」
そこから先は、俺の理解を超えた専門用語のオンパレードだった。 スターライト? 因果? よくわからん。 よくわからんが、すげえ熱量だ。 さっきまで背中を丸めていた秋葉が、今は目を輝かせて、早口で喋り倒している。 面白い。 やっぱり、人は何かに熱中している時が一番いい顔をする。
「へえ! 因果を断ち切る! ヤベえ、超カッケーじゃん! それってさ、俺が昨日、数学の小テストで赤点取ったっていう事実も無かったことにもできんの?」
俺が適当な解釈を言うと、秋葉は「いや、物理法則への直接干渉ではなく……」と真面目に訂正してくる。 この噛み合わなさもまた、最高に楽しい。
ふと、視線を感じた。 水無月だ。 彼女は弁当の箸を止めて、こっちを見ていた。 その目は、いつもの「無関心」じゃなかった。俺たちのやり取りを、まるで珍しい実験でも見るように、じっと観察していた。
(巻き込みたい)
衝動的にそう思った。 図書室であんな話をした後だ。無理強いはしないと決めた。 でも、今、この「楽しい空気」を、彼女にも吸わせたい。秋葉のこの面白い熱量を、彼女にも知ってほしい。 これは俺の「天気」だ。俺がそうしたいから、する。
「なあ、水無月! お前も聞いとけよ! このリリアンヌって子、マジでヤバいぞ! 聖剣から、因果を断ち切るビームが出るんだって!」
俺は勢いよく彼女に話を振った。 彼女はビクッとした。困惑している。 無視されるか? それとも冷たい視線か? どっちでもいい。ボールは投げた。
彼女は、しばらく口をパクパクさせていたが、やがて、ポツリと呟いた。
「……因果を、断ち切る……」
ただの復唱だった。 でも、俺にはそれが、彼女が俺たちの世界に一歩だけ足を踏み入れた証拠みたいに思えて、猛烈に嬉しかった。
「だろ? ヤバいだろ? 昨日の俺の赤点っていう因果も、マジで断ち切ってほしいわー」
俺は笑った。心からの笑顔で。 秋葉も、「だから、個人的な都合じゃなくて……」と困りながらも笑っている。 そして、水無月の口元も、ほんの数ミリだけど、緩んでいるのが見えた。
教室の淀んだ空気が、少しだけ動いた気がした。 太陽と、日陰の住人と、石ころ。 混ざり合うはずのない三人が、今、同じ話題で繋がっている。 「因果」とか難しいことはわかんねえけど。 俺が動けば、世界は変わる。 少なくとも、退屈な昼休みを、ちょっとだけ面白い時間に変えることはできた。 秋葉の眼鏡の奥の光と、水無月の緩んだ口元。 それを見れただけで、今日の俺はテスト前だっていうのに、最高に気分が良かった。
斜め前の席の、秋葉雄太。 いつも猫背で、分厚い眼鏡をかけた、いわゆるオタクだ。 普段はほとんど喋らない彼だが、俺は彼のこと嫌いじゃない。何かに没頭できるやつってのは、それだけでエネルギーがあるからだ。 彼の机の上には、いつも見たことのない美少女キャラのラノベが置かれている。正直、絵柄の区別はつかないが、彼がそれを大事にしているのはわかる。
その「大事な場所」に、土足で踏み込む連中が現れた。 クラスでも目立つグループの三人組だ。
「うわ、なにこれ。絵じゃん。こんなのに興奮してんの?」
下品な笑い声。 秋葉のカバンについているキーホルダーを指で弾いている。 秋葉が小さくなっているのが見えた。
俺の中で、カチリと何かが切り替わる音がした。 いじめは許さない、とか、そんな正義漢ぶったことじゃない。 ただ、単純に。 ダサいな、と思った。
人が大事にしてるもんを、理解できないからって嘲笑う。自分の価値観だけでマウントを取る。 それって、最高につまんない。見ててシラける。 俺の教室(テリトリー)で、そんなつまんない空気が流れるのは我慢ならなかった。
俺は席を立った。 どうする? 「やめろよ」って割って入るか? いや、それじゃ秋葉が余計に惨めになるかもしれない。「助けられた弱者」になっちまう。 俺がやりたいのは、この場の空気を変えることだ。 「バカにしてる対象」を、「面白い対象」に変えちまえばいい。
俺は、連中の背後に立った。 そして、秋葉のカバンで揺れている、そのピンク髪のキャラを覗き込んだ。
「――お前ら、何してんの?」
連中がビビって振り返る。 俺はそいつらを無視して、キーホルダーを指差した。
「へえ、そのアニメ、面白そうじゃん! 俺、見たことねえや。なんていうタイトルのやつ?」
演技じゃなかった。 半分は本気だ。だって、そのキャラ、身の丈に合わないデカい剣を持ってて、なんか強そうだったから。 教室が一瞬で静まり返った。 いじめてた連中は、毒気を抜かれたような顔をしている。俺が「いじり」に参加するわけでもなく、「注意」するわけでもなく、ただ「興味」を持ったことが、彼らの想定外だったんだろう。 連中は「ちっ」と舌打ちして去っていった。
残された秋葉は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。 疑っている。またバカにされると思っている。 だから俺は、真っ直ぐに聞いてやった。
「で、どうなの? 結局、このピンク髪の子、強いの?」
その一言で、秋葉の目が変わった。 怯えが消え、代わりに、自分の好きなものを語れる喜びが点火した。
「……彼女は、星詠みの魔導騎士、リリアンヌ・フォン・シュバルツシルト……」
そこから先は、俺の理解を超えた専門用語のオンパレードだった。 スターライト? 因果? よくわからん。 よくわからんが、すげえ熱量だ。 さっきまで背中を丸めていた秋葉が、今は目を輝かせて、早口で喋り倒している。 面白い。 やっぱり、人は何かに熱中している時が一番いい顔をする。
「へえ! 因果を断ち切る! ヤベえ、超カッケーじゃん! それってさ、俺が昨日、数学の小テストで赤点取ったっていう事実も無かったことにもできんの?」
俺が適当な解釈を言うと、秋葉は「いや、物理法則への直接干渉ではなく……」と真面目に訂正してくる。 この噛み合わなさもまた、最高に楽しい。
ふと、視線を感じた。 水無月だ。 彼女は弁当の箸を止めて、こっちを見ていた。 その目は、いつもの「無関心」じゃなかった。俺たちのやり取りを、まるで珍しい実験でも見るように、じっと観察していた。
(巻き込みたい)
衝動的にそう思った。 図書室であんな話をした後だ。無理強いはしないと決めた。 でも、今、この「楽しい空気」を、彼女にも吸わせたい。秋葉のこの面白い熱量を、彼女にも知ってほしい。 これは俺の「天気」だ。俺がそうしたいから、する。
「なあ、水無月! お前も聞いとけよ! このリリアンヌって子、マジでヤバいぞ! 聖剣から、因果を断ち切るビームが出るんだって!」
俺は勢いよく彼女に話を振った。 彼女はビクッとした。困惑している。 無視されるか? それとも冷たい視線か? どっちでもいい。ボールは投げた。
彼女は、しばらく口をパクパクさせていたが、やがて、ポツリと呟いた。
「……因果を、断ち切る……」
ただの復唱だった。 でも、俺にはそれが、彼女が俺たちの世界に一歩だけ足を踏み入れた証拠みたいに思えて、猛烈に嬉しかった。
「だろ? ヤバいだろ? 昨日の俺の赤点っていう因果も、マジで断ち切ってほしいわー」
俺は笑った。心からの笑顔で。 秋葉も、「だから、個人的な都合じゃなくて……」と困りながらも笑っている。 そして、水無月の口元も、ほんの数ミリだけど、緩んでいるのが見えた。
教室の淀んだ空気が、少しだけ動いた気がした。 太陽と、日陰の住人と、石ころ。 混ざり合うはずのない三人が、今、同じ話題で繋がっている。 「因果」とか難しいことはわかんねえけど。 俺が動けば、世界は変わる。 少なくとも、退屈な昼休みを、ちょっとだけ面白い時間に変えることはできた。 秋葉の眼鏡の奥の光と、水無月の緩んだ口元。 それを見れただけで、今日の俺はテスト前だっていうのに、最高に気分が良かった。
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