20 / 51
概念使いの憂鬱と言語化不能な太陽
第4話:熱力学第二法則(エントロピー)の増大と即興的錬金術
しおりを挟む
文化祭。それは、学園という閉鎖空間において、非日常性が日常を侵食する特異点。 我が二年三組が導き出した解は、『戦国武将タピオカ茶屋』という、歴史学的にも食品衛生的にも正気を疑うキメラ的企画だった。 武将がタピオカを振る舞う。この文脈の欠落したコンセプトに、僕は当初、激しいめまいを覚えた。だが、クラスメイトという名の民衆は、このカオスを熱狂をもって支持したのだ。
当日。僕は「兵糧庫」と名付けられた厨房エリアで、巨大な寸胴鍋と対峙していた。
「水温98度で安定。デンプン質の糊化プロセス、順調。残り茹で時間、300秒……」
僕の任務は、黒い真珠――タピオカの生成(ボイル)だ。 白鳥麗奈さんが作成した『対文化祭用完全作戦マニュアル(Ver.5.0)』によれば、茹で時間は誤差プラスマイナス5秒以内で管理されなければならない。 僕はストップウォッチを片手に、鍋の中で踊る黒い粒子たちを見つめる。これは料理ではない。錬金術だ。完璧な弾力(モチモチ感)を生み出すための、神聖なる儀式なのだ。
店の外からは、伊達政宗に扮した輝くんの「Let's Party!!」という、時代考証を完全に無視したシャウトと、巴御前(ギャル仕様)となった杏さんの「マジ神!」という現代語が聞こえてくる。 カオスだ。だが、このカオスを裏で支えているのは、僕と麗奈さんの論理(ロジック)であるという自負が、僕にはあった。
しかし。 世界は、僕の計算通りには回らない。熱力学第二法則が示す通り、秩序あるものは必ず無秩序(カオス)へと向かうのだ。
昼のピークタイム。津波のような来客数(モブの群れ)。 兵糧庫は戦場と化した。 「おい、タピオカまだか!」 「氷が足りねえ!」
焦燥が伝染し、判断力が鈍る。 そして、悲劇は起きた。 誰かの肘が、次のバッチを用意していたボウルに当たり――
ガシャン!
乾いた音と共に、僕たちの生命線である乾燥タピオカが、床一面に散乱した。 黒い絶望が、床を埋め尽くす。 在庫ゼロ。再生成不能。 それは、この企画の物理的な「死」を意味していた。
「ぜ、ぜんめつ……。タピオカが、全滅しました……!」
僕の悲鳴に、時が止まる。 そして、その報告を聞いた麗奈さんが、崩れ落ちた。 彼女の完璧な計算が、予測不能な現実の前に敗北した瞬間だった。彼女の瞳から涙がこぼれる。それは、論理の塔が崩壊した音のように聞こえた。
(……終わった。僕たちは、敗北したのだ)
思考停止。マニュアルに「タピオカ全滅時の対応」は記載されていない。僕の処理能力(CPU)も限界を迎えていた。 だが。 この絶望的な状況(バッドエンド)確定のシナリオを、笑い飛ばすバグキャラクターが一人だけ存在した。
「計画通り、いかねえから、面白いんじゃん」
輝くんだった。 彼は眼帯を麗奈さんに貸し、「伊達政宗の涙」などという即興の設定を付与して、彼女を肯定した。 そして、教室中に響き渡る声で叫んだ。
「秋葉! 代わりの飲み物! なんでもいいから、作れ!」
――なっ!? なんでもいい、だと? マニュアルは? レシピは? 衛生管理責任者の許可は? 僕の脳内で、理性の警報が鳴り響く。だが、輝くんの瞳は、迷いなく僕を信じていた。「お前ならできるだろ」と、無言の圧力を放っていた。
(……僕に、即興(アドリブ)をやれと言うのか。この、計算機(コンピュータ)のような僕に)
震える手が、近くにあった麦茶のパックを掴む。 思考するな。感じろ。 今、求められているのは「正解」ではない。「物語」だ。 タピオカという物質の欠落を埋める、新たな概念の構築だ。
僕は麦茶をピッチャーに注ぎ込み、そこにありったけの氷を投入した。 ただの麦茶ではない。これは――
「……これは、『将軍の涙』だ……! 琥珀色に輝く、憂国の液体……!」
口から出任せが飛び出した。 水無月さんが、レジの看板を書き換える。 『将軍の涙(麦茶)、無料にて振る舞い中』 輝くんが笑う。杏さんが客を煽る。麗奈さんが、涙目で、でも少しだけ笑っている。
教室中が、爆笑と熱気に包まれる。 タピオカはない。売上もない。 計画は破綻し、論理は死んだ。 なのに、なぜだ。 この胸の奥から湧き上がってくる、得体の知れない高揚感は。
僕は麦茶を注ぎ続けながら、悟った。 完璧なマニュアル通りに動く世界よりも、バグだらけで、予測不能で、パッチを当てながら進むこの泥臭い世界の方が、遥かに「解像度が高い」のだと。
その日、僕たちが提供したのはタピオカではなかった。 「失敗すらもエンターテインメントに変える」という、魔法のような体験だった。
当日。僕は「兵糧庫」と名付けられた厨房エリアで、巨大な寸胴鍋と対峙していた。
「水温98度で安定。デンプン質の糊化プロセス、順調。残り茹で時間、300秒……」
僕の任務は、黒い真珠――タピオカの生成(ボイル)だ。 白鳥麗奈さんが作成した『対文化祭用完全作戦マニュアル(Ver.5.0)』によれば、茹で時間は誤差プラスマイナス5秒以内で管理されなければならない。 僕はストップウォッチを片手に、鍋の中で踊る黒い粒子たちを見つめる。これは料理ではない。錬金術だ。完璧な弾力(モチモチ感)を生み出すための、神聖なる儀式なのだ。
店の外からは、伊達政宗に扮した輝くんの「Let's Party!!」という、時代考証を完全に無視したシャウトと、巴御前(ギャル仕様)となった杏さんの「マジ神!」という現代語が聞こえてくる。 カオスだ。だが、このカオスを裏で支えているのは、僕と麗奈さんの論理(ロジック)であるという自負が、僕にはあった。
しかし。 世界は、僕の計算通りには回らない。熱力学第二法則が示す通り、秩序あるものは必ず無秩序(カオス)へと向かうのだ。
昼のピークタイム。津波のような来客数(モブの群れ)。 兵糧庫は戦場と化した。 「おい、タピオカまだか!」 「氷が足りねえ!」
焦燥が伝染し、判断力が鈍る。 そして、悲劇は起きた。 誰かの肘が、次のバッチを用意していたボウルに当たり――
ガシャン!
乾いた音と共に、僕たちの生命線である乾燥タピオカが、床一面に散乱した。 黒い絶望が、床を埋め尽くす。 在庫ゼロ。再生成不能。 それは、この企画の物理的な「死」を意味していた。
「ぜ、ぜんめつ……。タピオカが、全滅しました……!」
僕の悲鳴に、時が止まる。 そして、その報告を聞いた麗奈さんが、崩れ落ちた。 彼女の完璧な計算が、予測不能な現実の前に敗北した瞬間だった。彼女の瞳から涙がこぼれる。それは、論理の塔が崩壊した音のように聞こえた。
(……終わった。僕たちは、敗北したのだ)
思考停止。マニュアルに「タピオカ全滅時の対応」は記載されていない。僕の処理能力(CPU)も限界を迎えていた。 だが。 この絶望的な状況(バッドエンド)確定のシナリオを、笑い飛ばすバグキャラクターが一人だけ存在した。
「計画通り、いかねえから、面白いんじゃん」
輝くんだった。 彼は眼帯を麗奈さんに貸し、「伊達政宗の涙」などという即興の設定を付与して、彼女を肯定した。 そして、教室中に響き渡る声で叫んだ。
「秋葉! 代わりの飲み物! なんでもいいから、作れ!」
――なっ!? なんでもいい、だと? マニュアルは? レシピは? 衛生管理責任者の許可は? 僕の脳内で、理性の警報が鳴り響く。だが、輝くんの瞳は、迷いなく僕を信じていた。「お前ならできるだろ」と、無言の圧力を放っていた。
(……僕に、即興(アドリブ)をやれと言うのか。この、計算機(コンピュータ)のような僕に)
震える手が、近くにあった麦茶のパックを掴む。 思考するな。感じろ。 今、求められているのは「正解」ではない。「物語」だ。 タピオカという物質の欠落を埋める、新たな概念の構築だ。
僕は麦茶をピッチャーに注ぎ込み、そこにありったけの氷を投入した。 ただの麦茶ではない。これは――
「……これは、『将軍の涙』だ……! 琥珀色に輝く、憂国の液体……!」
口から出任せが飛び出した。 水無月さんが、レジの看板を書き換える。 『将軍の涙(麦茶)、無料にて振る舞い中』 輝くんが笑う。杏さんが客を煽る。麗奈さんが、涙目で、でも少しだけ笑っている。
教室中が、爆笑と熱気に包まれる。 タピオカはない。売上もない。 計画は破綻し、論理は死んだ。 なのに、なぜだ。 この胸の奥から湧き上がってくる、得体の知れない高揚感は。
僕は麦茶を注ぎ続けながら、悟った。 完璧なマニュアル通りに動く世界よりも、バグだらけで、予測不能で、パッチを当てながら進むこの泥臭い世界の方が、遥かに「解像度が高い」のだと。
その日、僕たちが提供したのはタピオカではなかった。 「失敗すらもエンターテインメントに変える」という、魔法のような体験だった。
0
あなたにおすすめの小説
冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?
由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。
皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。
ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。
「誰が、お前を愛していないと言った」
守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。
これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
イケメン御曹司、地味子へのストーカー始めました 〜マイナス余命1日〜
和泉杏咲
恋愛
表紙イラストは「帳カオル」様に描いていただきました……!眼福です(´ω`)
https://twitter.com/tobari_kaoru
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私は間も無く死ぬ。だから、彼に別れを告げたいのだ。それなのに……
なぜ、私だけがこんな目に遭うのか。
なぜ、私だけにこんなに執着するのか。
私は間も無く死んでしまう。
どうか、私のことは忘れて……。
だから私は、あえて言うの。
バイバイって。
死を覚悟した少女と、彼女を一途(?)に追いかけた少年の追いかけっこの終わりの始まりのお話。
<登場人物>
矢部雪穂:ガリ勉してエリート中学校に入学した努力少女。小説家志望
悠木 清:雪穂のクラスメイト。金持ち&ギフテッドと呼ばれるほどの天才奇人イケメン御曹司
山田:清に仕えるスーパー執事
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
カモフラ婚~CEOは溺愛したくてたまらない!~
伊吹美香
恋愛
ウエディングプランナーとして働く菱崎由華
結婚式当日に花嫁に逃げられた建築会社CEOの月城蒼空
幼馴染の二人が偶然再会し、花嫁に逃げられた蒼空のメンツのために、カモフラージュ婚をしてしまう二人。
割り切った結婚かと思いきや、小さいころからずっと由華のことを想っていた蒼空が、このチャンスを逃すはずがない。
思いっきり溺愛する蒼空に、由華は翻弄されまくりでパニック。
二人の結婚生活は一体どうなる?
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる