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師弟編

第45話 世界の改変を望まれた男。

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その日は結局ティアドラは帰ってこなかった。
おかげで時間つぶしにしていた薬作りに没頭できたため、薬のストックが沢山出来た。
ナキも最初は楽しそうにしていたのだが、一定の作業に飽きてきたこと・・・なにより俺が集中しすぎてナキの存在を忘れていたこともあり、大きな欠伸と謝罪をしながら自室へと戻っていった。
ふと窓から外を見ると辺りは暗くなっており、俺はようやく正気を取り戻したのだった。


「あれ・・・ティアドラは?」


こうして一日を終え、ティアドラのことが気になったが、俺は就寝することにした。







次の日。
起きるとティアドラがベッドで寝ていた。
どうやら昨日は夜遅くに帰って来たらしい。
俺は食事処から簡単な朝食を用意してもらい、彼女が起きたらすぐ食べれるように机の上に配膳しておいた。


「う、うーん・・・。」


暇つぶしの為に丸薬作りのための圧縮機の構想を考えているとティアドラが目を覚ます。


「お、起きたか。おはよう。」


彼女は寝ぼけ眼でこちらをぼんやりと眺めた後、目を擦りながら伸びをする。


「・・・おはよう。昨日は遅くなってすまんかったの。」


まだ眠そうにふらふらと立ち上がる。


「朝ごはん、用意してるよ。」


ティアドラが視線を机にやる。
どこかからギュルルルルルと何かの音が聞こえたが・・・指摘しないのが紳士というものであろう。


「おぉ!助かるの!」


ティアドラはそう言うと椅子に座り、朝食を食べ始めた。
そういえば彼女は昨日、何か食べたのだろうか。
俺は彼女の様子をじっと見る。
・・・この食べっぷりは食べてなさそうだな。
黙って自分の朝食を差し出す。
彼女はそれをじっと眺めていたが申し訳なさそうにしながら受け取った。


「・・・いいのか?」


俺が頷くと彼女は嬉しそうに食べだした。
少し俺のお腹の虫が鳴ったのだが・・・まぁいっか。





「ふぅ・・・食った食った。」


彼女は満腹になったのか満足そうな笑みを浮かべていた。


「昨日はお疲れだったな。・・・話、長かったんだね。」


俺は朝食を片付けながら尋ねる。
やはり昨日どのような話があったのかは気になる。


「まぁな。・・・魔族として・・・勇者への対応と・・・これから起こりうることの確認、かの。」


彼女は小難しい顔をしていた。
昨日のことを思い出しているのであろう。


「魔族・・・か。ティアドラって人のことどう思っているんだ?」


ティアドラが魔族であることは気づいていたが、改めてその事実に直面すると彼女が人のことをどう考えているかが気になった。


「どうと言ってもな・・・ワシも長いこと人とも、それから魔族とも深く関わって生きておる。どちらがどうという考えもない。言ってしまえば・・・お主の考えに近いのかもしれんの。ただ・・・。」


若干恥ずかしそうな顔をして言い詰まった。


「ただ?」


俺はそんな彼女の続きを促す。


「いずれはじゃが・・・これまでの歴史に深く刻み込まれた、数多の悲しみ、憎しみを乗り越えて・・・人と魔族が対等に、共に生きていけるような世界になれば良いと思っておる。例えるならそう、お主と・・・ワシのように。」


ティアドラは自身と俺を交互に指さす。


「人と魔族の世界の共存・・・か。」


彼女の言葉を反芻しながらこの宿のことを考える。


「そんなに難しいことなのか?この宿なんかティアドラの言う人と魔族の共存が上手く言っていると思うんだけど。」


この宿の従業員は全て獣人族で、客である人とも対等に話をしている。
他にもこのような場所はあうのではないだろうか。


「歴史に刻まれた感情というものはそう簡単に消えるものではない。この宿も建てる際には非常に問題になった。・・・それは見えないところで今も・・・な。一つの例ではあるのかもしれんが・・・まだまだ道半ばじゃの。」


残念そうにため息をついた後、真剣な眼差しで俺を見つめる。


「お主には期待しておる。ワシら魔族にも・・・もちろん人にも差別の目を持たないお主なら・・・この世界を改変することが出来るやもしれぬ。無限の戦乱という呪縛に囚われたこの世界を。」


俺達はしばらくの間見合っていた。
俺が・・・この世界を改変する?なんて馬鹿げたことを言っているのだろう。
そう言いたかったのだが・・・彼女の目つきは変わらず真剣なものだった。
何かしゃべろうと口を開きかけたとき、ティアドラの口が開く。


「・・・とは言ったが・・・ふふふ。ワシの考えに囚われる必要はない。お主がワシの元を離れたら・・・お主が思うまま、自由に生きるのじゃぞ?」


ティアドラは先ほどの自身の発言を否定する。
俺が彼女の元から離れる日はくるのだろうか。とりあえずはまだまだ来る日はなさそうに思える。
だが彼女の言葉は俺の心に深く刻み込まれた。
恩ある我が師の果てしない夢・・・いつか叶えてやりたい。


「まぁ・・・考えておくよ。」


俺は恥ずかしさを隠すようにそう答えた。


「さて、と・・・そろそろ帰るとするかの。懐かしの我が家へ。」


ティアドラは椅子から立ち上がり、大きく伸びをした。
懐かしとはいうが・・・ここに滞在したのは4日程だ。
だが内容の濃い日々だった為、確かに懐かしく感じている。


「ナキらにも挨拶をせねばならんしの。荷物をまとめたら下に降りるとするか。」


彼女はそう言うと保管の指輪を発動させ、瞬く間に自身のものを片付けていく。
俺はそれをみて慌てて片づけを始めた。
こういうとき、魔法の使えない俺は不便さを感じるのだ。




その後、俺達はトキハさん達に帰ることを告げる。
仲良くなったナキは鼻水をたらしながら泣いており、俺達との別れを惜しんでいた。
そういえばいつか渡したハンカチ・・・返してもらってないな。まぁそんなに高いものではないからいいんだけど。
とりあえずまたこの宿へと来ることを約束させられた。
次来るときはお金ちゃんと払いますからね。
俺がそう思いながらトキハさんを見ると・・・彼は何故か俺達の顔をじっと見つめていた。
何か言いたいことがあるのだろうか。
そう思いながらも俺達は宿を後にする。
ルギウスへ来た道を通り、転移魔法を発動させ、俺達は家へと帰ったのだった。
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