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師弟編

第53話 竜王対女神。

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女神は両手を横に広げると自身の背後に無数の光の剣を展開させる。

その剣は一本一本に細部まで装飾が施されているようで、実体の剣との遜色がない。
相当な力が込められていることが分かる。


「いきなさい、『英雄達の聖剣』」


女神がそう呟くと無数の剣達は剣先をティアドラへと向け、まるでミサイルかのように次々に彼女を襲う。
彼女は舌打ちをすると自身の前で魔力を圧縮させ、魔力による盾を創り出す。


この地を揺るがす程の激しい爆発音が響き続ける。

その威力は凄まじく、魔力の盾によって四散した剣の残滓でさえ、周囲を吹き飛ばす程の破壊力を持っていた。
まるで榴弾のように。
ティアドラは盾で防ぎながらもこのままではマズイことを察する。
女神の目的は白銀竜の討伐……そして。


『遺跡が壊れる前に……なんとかせぬと。』


そう、女神はここを破壊しに来たのだ。
女神にとってのアキレス腱とも言うべきこの遺跡を。

彼女は盾を眼前に展開したまま前進する。
このまま距離を詰めることで榴弾の如き破壊をする剣達を女神に跳ね返すのだ。
恐らく彼女はそれを嫌い、攻撃の手を止めるだろう。そしてその後は……。


女神との距離が瞬く間に縮んでいく。


彼女の目論見は見事的中したようで女神からの剣の射出が止まる。
ティアドラはその隙を見逃さない。
彼女は前進する前から息を大きく吸っていた。
灼熱のブレスを吐くために。
彼女は大きく口を開く。……そして。


『……ガハッ!?……ど、どうし……て。』


ブレスが出てこない。……だけではなく、息をすることもまともに動くことも出来ない。
彼女は瞬時に察する。呪いが発動したのだと。
だが彼女は理解もしていた。
エルナの肉体を持つ女神に対しては呪いは発生しえないことも。
ティアドラに掛けられた呪いは『女神の正体に関わる情報を漏らすことが出来ない』だ。
それは女神というの存在故に、女神自身が死ぬことも呪いの発動条件となる。
つまりティアドラは女神を直接的に殺すことが出来ない。
だが、今回は別だ。
女神はエルナの身体に憑依している。つまり、エルナを殺しても女神が死ぬことはない。
そう理解して彼女は攻撃をしようとしたのだ。……だが、呪いは発動した。


「アハハハハ!なんで呪いが発動したのか……気になっているみたいね?」


女神はティアドラを蔑むような目つきで笑う。
ティアドラは気づいた。いつの間にか彼女の手の上に光を放つ球体が浮かんでいることを。


『ゲホッ!……ゲホッ!……な、んじゃその……球は。』


彼女が何とか声を絞り出すと女神はチラリと球体に目を向ける。


「あぁ、これね。……気づくのが遅いんじゃない?ノロマな竜王様?」


女神はその球体を苦しんでいるティアドラの鼻先に近づける。
恐らく女神にとって重要な物であるはずなのに。


「これは……私の魂ともいうべき物を結晶化させたもの。勇者達がセイファートから旅立つ時にエルナにこれを保管しておいた指輪を渡しておいたの。巨大な魔族を弱体化させる神具だと言ってね。……何故か彼らはあなたに使わなかったんだけど。……よかったわね、ティアドラ。これを破壊すれば私を殺すことが出来るのよ?」


まぁあなたには出来ないでしょうけど。
女神は最後にそう言い残す。


ティアドラは絶望する。
これで彼女は女神に対する攻撃手段を失ったのだ。
そして……ここからの帰還は一層に厳しくなったであろう。


そこからの戦闘は只の虐殺であった。


女神は遺跡中に響くような笑い声を上げながら神力によって魔法を発動させる。
ティアドラは防戦一方で攻撃を凌ぐが、まだ呪いの効果が残っているのか少しづつ被弾し、傷を負っていく。
美しかった鱗は焼け焦げたようにボロボロになり、威厳を放っていた巨大な翼は無残にも半ばから折れてしまっていた。
遺跡もその余波を受け続け、多数の支柱が既に崩壊している。この空間もそれほど長くは保たないかもしれない。
ティアドラは決死の思いで爪を女神に振り下ろす……が。


『ガハッ!……や、はり……無理、か。』


その爪は女神を切り裂くことなく、呪いの発現により阻まれる。


「アハハハハ!無駄よ、無駄。なんせ私はこの世界の神なんですから」


女神はその美貌に似合わない醜悪な笑みを浮かべる。
ティアドラは観念したかのように脱力した。
遺跡の扉を護るように横たわる。


「さて……こんなもの、かしらね」


女神はそう呟くと魔法を唱え始める。
すると女神から光の矢のようなものが3本発生し、それぞれ勇者がいる方向へと飛んでいく。
その矢は勇者の胸元を貫き、彼らの身体が光に包まれ……そして。


「これは一体……どういうことなんだ?」


勇者達が復活した。傷は全て癒えているようだ。
彼らは何が起こったか分かっておらず、困惑のまま気づけば瀕死の状態となっているティアドラの元へと歩み寄っていく。

女神は彼らが来る前にティアドラの耳元に近づき、囁く。


「竜王を殺すのはやっぱり勇者じゃないとね!じゃあまたね、ティアドラ。……もう会うこともないでしょうけど」


そう言い残すと神々しいオーラが消える。
どうやらここから去っていったらしい。
だがエルナの手には依然として彼女の魂の結晶が握られていた。
エルナはポカンとした様子でティアドラを見ていたが、自身の近くにティアドラが居たことに気づくと慌てたように距離を取る。





そして4人が合流する。


「これは……僕が気絶している間に皆がやったのか?」


アリトが最初に口を開く。
サルガスとエルナは首を横に振るが、ベネッドはじっとティアドラを見つめている。


「俺は……見ていた。エルナに女神アトリアが宿り、白銀竜を瀕死にまで追い込んだんだ」


どうやらベネッドは先ほどのティアドラの攻撃を受けても気絶しなかったようだ。
強化されていたとはいえとんでもない生命力である。


「女神様が!?……女神様はどこへ!?」


エルナが周囲をキョロキョロと見渡す。


「分からないが……もうここにはいないようだ。その話はいい」


ベネッドはこの話はもう終わりだと言わんばかりに左手でエルナを制すと、右手で剣を抜き、ティアドラへと向ける。


「何故……俺に手加減した?」


彼の問いかけにティアドラは首を傾げた。


『はて、何のことかの。……女神の……加護とやらではないか?』


彼女はベネッドを挑発するかのようにすっとぼける。
彼は激高した。


「……ふざけるな!あの一撃!確実に俺は死んだと思った!……だが生きてた!気を失うこともなかった!何故あの場で俺を殺さなかった!」


先ほどの尾による一撃の件だ。
竜王から放たれた攻撃を無防備な状態で受けたのだ。通常であれば無事な訳がない。


『ふふふふふ。防御に優れた者でも容易く気絶するほどの威力にしたじゃったはずじゃが……思ったよりタフじゃな、お主。』


『気絶するほどの威力に』。
つまりは手加減したことを認めたのだ。
その言葉にベネッドは困惑する。


「お前、自分の立場が分かっているのか!?これは人と魔族の……戦争なんだぞ!?」


思わず彼は剣を振り上げる。
だがティアドラはそれに臆した様子はない。


『戦争……かの。それは誰が言っていたのじゃ?女神か?人か?……それとも魔族か?』


彼女はズイと鼻を剣先に近づける。
殺せるものならやってみろと言わんばかりに。


「それは……『歴史』だ、白銀竜よ。この世界の歴史は……常に人と魔族に戦いがあったことを語っている。これはこの世界の始まりからの……戦争だ」


彼らを静観していたアリトが口を開いた。
ティアドラはチラリと彼に目を向ける。


『歴史……か、これは面白いことをいう。お主達が知る歴史が常に正しいのか?その歴史を紡いだものは……今ではそのほとんどが死んでおるのじゃ。……如何様にでも騙ることが出来よう。』


彼女はその声色を柔らかいものへと変化させる。
……それは優しく導くように。


「正しく、知るべきなのじゃ。今やがんじがらめとなってしまったこの世界を、その成り立ちを……」


剣を振り上げているベネッドの手がかすかに震えている。
どうやら彼は迷っているようだ。
……ここでティアドラにとどめを刺すことを。


「ね、ねぇ!……この竜、ここで殺さないといけないのかな?私達の味方になってくれるんじゃない?」


エルナが皆に問いかける。
迷っているのは皆同じであった。
ここでこの白銀竜を殺すことは……果たしてこの世界にとっての益となるのだろうか。
この竜は殺すべきではない、そう判断したベネッドが振り上げた剣を下ろそうとした瞬間。


『殺すのです。眼前の白銀竜を。彼女は人類の宿敵なのです。……貴方達は……何のためにのですか?』


どこかから声が聞こえた。
彼らにとって存在意義ともいえる、絶対的な女神の……声。
その命令は呪縛のように彼らを縛り付ける。
ベネッドの震えが止まった。
他の3人も武器を構える。


……ここまでか。
ティアドラはそう察しながらも……満足していた。
それは何故か。


「ふふふふふ。お主らの心に少しでも楔を打てたようなら……ワシは満足じゃ。これからの長い人生、悩み続けるのじゃぞ?……よ」


彼女は笑みを浮かべる。
彼らは女神の言葉により操られてはいたが、ティアドラの言葉にハッとする。
その目には何故か……涙が浮かんでいた。
ベネッドは操られながらもなんとか言葉をひねり出す。


「本当に済まない……。これが……我らが女神の意思だ!」


剣を振り下ろす。
ティアドラはその直前、弟子の姿を見た気がした。


あぁ、シリウスよ。……死ぬ前にお主と話したかったよ……。


彼女の胸を勇者の剣が貫く。


「ティアドラァァァァ!!!」


誰かが彼女の名前を呼ぶ。……その声は遺跡中を木霊した。
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