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第二章 時忘れの森
03
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塔の魔導士に兄を助けてもらおうとやって来たというのに、肝心の魔導士が留守で、さらには数日帰ってこないと言われてしまった。
グレティアは途方に暮れてしまい、呆然として男を見つめた。
「今から森を出るのは無理だろう? とりあえず中に入ったらどうだ?」
目が合った男はそう言った。
低い声は鼓膜に心地よかったが、言われた内容の方にグレティアは大きく目を見開いた。
「え? 中に、ですか?」
「ああ……」
男がゆっくりと近づいてくる。
「でも、ここって魔導士さんのお屋敷なんじゃ」
「そうだが、別に問題ない」
「え……」
あっさりと肯定されて、グレティアはさらに戸惑った。
そうこうしているうちに男はすぐ目の前までやって来て扉を開けた。
「魔導士のテオからは留守を任されている。あとで咎められることはないから安心しろ」
「……はい」
背の高い男を自然見上げる形になり、グレティアは頷いた。
それから思い切って屋敷の中に足を踏み入れる。
屋敷の中は外観と同じく綺麗な空間が広がっていた。
壁にかけられた風景画や装飾品はすべて古いアンティークで揃えられているようだ。床の絨毯も落ち着いた深緑でグレティアの足音を吸収するようだった。
玄関ホールの真ん中で立ち止まっていると、背後で男が扉を閉める気配がした。
「俺はシャルヴァだ」
「ありがとうございます。グレティアといいます……」
グレティアは振り返って名乗り、ぺこりと頭を下げた。
「塔の魔導士……テオさんの助手さんですか?」
グレティアがそう尋ねるとシャルヴァは首を横に振った。
「いや、俺は――弟子みたいなものだ。この屋敷でテオに世話になっている」
「弟子……」
(じゃあこの人も魔導士なんだ……)
見たところ年はそれほど変わらなそうに見えるが、淡々とした印象からは謎めいた雰囲気が感じられた。
「立ち話もなんだ。茶でも淹れよう」
そう言ってシャルヴァは正面の扉を押し開けると中に入っていく。
グレティアも後に続いた。
中には長椅子とローテーブルが置かれていて応接間らしい部屋だ。
「座って待っていてくれ」
シャルヴァはそう言って暖炉に火を入れると、隣の部屋に入っていった。
グレティアは頷き椅子に腰掛けると、ぐるりとあたりを見回した。
(まさか留守だとは思わなかった……)
心の中で呟いて、そっと肩を落とす。
これではもう兄にはどうあっても会えないかもしれない。
「待たせたな」
声に振り返るとシャルヴァがティーカップを乗せたトレイを持って立っていた。
「いえ、ありがとうございます」
グレティアは軽く礼を言ってカップを受け取った。紅茶のよい香りが鼻をくすぐる。一口飲むとじんわりと温かさが広がっていった。
「美味しい……」
自然と口からこぼれる。
ほっと息をついてカップをテーブルに置いた。
それを見届けたシャルヴァがテーブルを挟んだ正面に腰を下ろす。
「あの、私、兄を助けてもらいたくてここまで来たんです。テオさんは数日戻らないってどれくらいなんでしょうか?」
「――……早ければ三日ほど、長いと十日くらいだな」
「そう、ですか……」
どちらにしてもそれでは間に合わない。
グレティアは唇をかみしめてうつむいた。
もう絶望的だ。
鼻の奥が痛くなって目頭に熱が集まる。じんわりと視界が滲んだ。
「どうして兄を助けたいんだ?」
「……赤拷に咬まれてしまって、毒の症状がひどいんです。このままでは助からないと村のお医者様に言われて」
「なるほど。――それならテオに頼まなくても俺でも助けられる」
「えっ……⁉」
シャルヴァの言葉にグレティアは驚いて顔を上げた。
瞬きをした拍子に涙がぽろりとこぼれ落ちる。
「今、なんて……?」
「お前の兄を助けることは俺にもできると言ったんだ」
「ほ、本当ですか⁉」
グレティアは思わずシャルヴァの方へと身を乗り出した。
「ああ。――ただし報酬は俺の望むものを差し出してもらう」
そう言ってシャルヴァが煽情的にも見える表情でにやりと笑った。
鳶色の瞳がほんの一瞬紅く煌めいたように見えて、グレティアはぎくりとしてしまった。
グレティアは途方に暮れてしまい、呆然として男を見つめた。
「今から森を出るのは無理だろう? とりあえず中に入ったらどうだ?」
目が合った男はそう言った。
低い声は鼓膜に心地よかったが、言われた内容の方にグレティアは大きく目を見開いた。
「え? 中に、ですか?」
「ああ……」
男がゆっくりと近づいてくる。
「でも、ここって魔導士さんのお屋敷なんじゃ」
「そうだが、別に問題ない」
「え……」
あっさりと肯定されて、グレティアはさらに戸惑った。
そうこうしているうちに男はすぐ目の前までやって来て扉を開けた。
「魔導士のテオからは留守を任されている。あとで咎められることはないから安心しろ」
「……はい」
背の高い男を自然見上げる形になり、グレティアは頷いた。
それから思い切って屋敷の中に足を踏み入れる。
屋敷の中は外観と同じく綺麗な空間が広がっていた。
壁にかけられた風景画や装飾品はすべて古いアンティークで揃えられているようだ。床の絨毯も落ち着いた深緑でグレティアの足音を吸収するようだった。
玄関ホールの真ん中で立ち止まっていると、背後で男が扉を閉める気配がした。
「俺はシャルヴァだ」
「ありがとうございます。グレティアといいます……」
グレティアは振り返って名乗り、ぺこりと頭を下げた。
「塔の魔導士……テオさんの助手さんですか?」
グレティアがそう尋ねるとシャルヴァは首を横に振った。
「いや、俺は――弟子みたいなものだ。この屋敷でテオに世話になっている」
「弟子……」
(じゃあこの人も魔導士なんだ……)
見たところ年はそれほど変わらなそうに見えるが、淡々とした印象からは謎めいた雰囲気が感じられた。
「立ち話もなんだ。茶でも淹れよう」
そう言ってシャルヴァは正面の扉を押し開けると中に入っていく。
グレティアも後に続いた。
中には長椅子とローテーブルが置かれていて応接間らしい部屋だ。
「座って待っていてくれ」
シャルヴァはそう言って暖炉に火を入れると、隣の部屋に入っていった。
グレティアは頷き椅子に腰掛けると、ぐるりとあたりを見回した。
(まさか留守だとは思わなかった……)
心の中で呟いて、そっと肩を落とす。
これではもう兄にはどうあっても会えないかもしれない。
「待たせたな」
声に振り返るとシャルヴァがティーカップを乗せたトレイを持って立っていた。
「いえ、ありがとうございます」
グレティアは軽く礼を言ってカップを受け取った。紅茶のよい香りが鼻をくすぐる。一口飲むとじんわりと温かさが広がっていった。
「美味しい……」
自然と口からこぼれる。
ほっと息をついてカップをテーブルに置いた。
それを見届けたシャルヴァがテーブルを挟んだ正面に腰を下ろす。
「あの、私、兄を助けてもらいたくてここまで来たんです。テオさんは数日戻らないってどれくらいなんでしょうか?」
「――……早ければ三日ほど、長いと十日くらいだな」
「そう、ですか……」
どちらにしてもそれでは間に合わない。
グレティアは唇をかみしめてうつむいた。
もう絶望的だ。
鼻の奥が痛くなって目頭に熱が集まる。じんわりと視界が滲んだ。
「どうして兄を助けたいんだ?」
「……赤拷に咬まれてしまって、毒の症状がひどいんです。このままでは助からないと村のお医者様に言われて」
「なるほど。――それならテオに頼まなくても俺でも助けられる」
「えっ……⁉」
シャルヴァの言葉にグレティアは驚いて顔を上げた。
瞬きをした拍子に涙がぽろりとこぼれ落ちる。
「今、なんて……?」
「お前の兄を助けることは俺にもできると言ったんだ」
「ほ、本当ですか⁉」
グレティアは思わずシャルヴァの方へと身を乗り出した。
「ああ。――ただし報酬は俺の望むものを差し出してもらう」
そう言ってシャルヴァが煽情的にも見える表情でにやりと笑った。
鳶色の瞳がほんの一瞬紅く煌めいたように見えて、グレティアはぎくりとしてしまった。
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