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第九章 伝手
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「向こうにも同じ光球が浮かんでるはずだよ。こっちの姿は見えてないけど声は聞こえるようにしてある」
テオの言葉にシャルヴァはわかったと頷いて、改めて光球を見据えた。
「おい、トマス。こっちには証拠がある。おまえが赤拷の毒を購入した記録だ」
光球に向かってシャルヴァははっきりと言い放った。
と、向こう側のトマスとフリッツが顔を見合わせる。
『記録だと……?』
「リゼオンが手に入れていたんだ。お前の署名も入っている。グレティアに罪を着せようとしても無駄だ」
『リゼオンめ。いつの間に……。いや、そんなもの、おまえたちが偽装したんだろう!』
トマスの表情に明らかな動揺は見えていたが、強気な口調でそう返してきた。
そんなトマスに、テオが小さく笑い声を漏らした。それから彼はシャルヴァの手から文書を抜き取り紙面に目を走らせる。表面に手をかざせば、緑色の文様が浮かび上がる。
「残念。これは国から正式に発行されてる文書だ。偽装するのは難しいね」
『――ッ!』
「村の皆の前で本当のことを言ってもらう」
『なんだと⁉』
「今、屋敷には村の連中が集まってるんだろう? グレティアの無実を証明してもらう」
シャルヴァがそう冷静な態度で続けると、笑い出したのはトマスではなくフリッツだった。
『馬鹿馬鹿しい。なにが証拠だ。貴様らのような得体の知れぬ魔導士どもが揃ってなにか言ったところで皆が信じるわけがない。好きなだけ勝手に吠えていろ』
「得体が知れないだってさ。まあ、仕方ないか」
横で聞いていたテオが面白そうに肩をすくめた。彼がなぜそんな反応をするのか、シャルヴァは理由を知っていたけれど特に言及はしなかった。
「――だけど、その様子だと村長はトマスの行いを知っていたみたいだね? ということは二人はぐるだったのかな? 補助金の申請には村長も関わるもんね」
あちら側には見えていないだろうが、テオが笑っているのは声音から伝わったようだった。
テオの言葉にフリッツの顔が見る間に青ざめていった。
次に声を上げたのはトマスだ。
『だ、だから、なんだと言うんだ⁉ 死人は出ていなかった。リゼオンが余計な口を出さなければグレティアもこれまで通りの生活ができたんだ。愚かな兄妹め。おまえたちも同類だ。罪をかぶって無駄死にすればいい』
「――……つまり自分たちの罪を認めるんだな?」
シャルヴァが静かに告げると、フリッツが不敵に笑った。
『我々が認めたところで村の連中は貴様らの言葉を信じたりしないぞ。無駄なことだ』
「認めるんだね?」
テオがにこにこと暗い笑みを浮かべたまま追随する。
『ああ、そうだ。赤拷の毒を使った。これで満足か⁉ まったくしつこい連中だ』
『これから村の精鋭たちで花追い亭に向かう。覚悟しておけ』
トマスとフリッツの声が響き渡ったところで、テオが手を軽く振った。
途端、光の球が消える。
シャルヴァはため息をついてからテオに視線を向ける。
「これからどうなる?」
「あとは村の人達を信じて待つだけだけど……。――ああ、よかった。大丈夫みたいだ」
テオの言葉にシャルヴァは眉根を寄せた。
「どういうことだ?」
「ほら、聞こえない?」
テオが視線を動かすのを追うと、ちょうど屋敷の中から人々の怒号が聞こえてきた。
「あの声は……?」
耳を澄ますと、グレティアの無実を訴える言葉やトマスやフリッツを糾弾する言葉が途切れ途切れで耳に届いた。
シャルヴァは目を見開いてテオを見た。
「おまえ、なにをしたんだ?」
「なに、簡単なことだよ。僕たちが見ていた光球と同じものを広間に集まっていた村の人達にも見せたんだ。つまり、さっきまでの会話は村の人達も聞いてたってこと」
空中でくるりと指を回して、テオが勝ち誇ったような表情を見せた。
「証拠があるとはいえ、僕の権力だけじゃ村の人達を収めるのは難しそうだったからね。それなら自白を聞かせる方がてっとり早いだろ?」
「そういうことか……」
ふむと納得して、シャルヴァは頷いた。
それから程なくして、トマスとフリッツが数人の村人たちに引き摺られるようにして屋敷から出てきた。
縄で拘束されたトマスとフリッツはテオとシャルヴァを見ると途端に騒ぎ立て始めた。
「あんなやつらの戯言を信じるのか⁉ 毒から救ったのは私だぞ!」
「さっきのは全て魔導士が見せた幻影だ! 正式な調査もなく我々を捕らえるなど後悔するぞ!」
「ぎゃんぎゃんうるさいな。――そんなに調査してほしいんなら明日にでも騎士団を派遣するから」
テオが不機嫌そうに二人を見下ろして口を開いた。
「あ、そうそう。ついでに君たちも証拠と一緒に王都に連行するからそのつもりでね」
「な……っ!」
「なにをっ⁉ 貴様ごときにそんな権限――……」
「残念。そんな権限があるんだなぁ」
テオが言いながらローブの襟元を引っ張った。
「それはっ⁉ 宮廷魔導士の――⁉」
白いローブの襟元には金細工に縁取られた翠玉に王家の紋章が彫られたインタリオが輝いていた。
それを見たトマスにフリッツが信じられないと言った様子でテオを凝視する。村の者たちもざわつき始めた。
「僕の大事なお姫様から賜った物なんだ」
テオがにやりと笑った。
そんなやりとりを横目に見て、シャルヴァは思わずため息をこぼした。そして、そのまま視線を空へと向けた。
「グレティアの無実は証明されたな……」
◆
村中が騒ぎになるなか、シャルヴァとテオはひとまずその場を離れた。
すっかり夜の帳が下りてしまった夜空の下、シャルヴァとテオは花追い亭の前まで来ていた。
「さて、君の大切な彼女に会っていきたいところだけど、明日の準備もあるし王宮に戻るよ」
テオがやれやれという風に長くため息をついた。
「俺だけではどうにもならなかった。助かった。感謝する」
シャルヴァはそう素直に礼を言った。
その言葉にテオは一瞬目を丸くして、それからふっと笑みを深くした。
テオの言葉にシャルヴァはわかったと頷いて、改めて光球を見据えた。
「おい、トマス。こっちには証拠がある。おまえが赤拷の毒を購入した記録だ」
光球に向かってシャルヴァははっきりと言い放った。
と、向こう側のトマスとフリッツが顔を見合わせる。
『記録だと……?』
「リゼオンが手に入れていたんだ。お前の署名も入っている。グレティアに罪を着せようとしても無駄だ」
『リゼオンめ。いつの間に……。いや、そんなもの、おまえたちが偽装したんだろう!』
トマスの表情に明らかな動揺は見えていたが、強気な口調でそう返してきた。
そんなトマスに、テオが小さく笑い声を漏らした。それから彼はシャルヴァの手から文書を抜き取り紙面に目を走らせる。表面に手をかざせば、緑色の文様が浮かび上がる。
「残念。これは国から正式に発行されてる文書だ。偽装するのは難しいね」
『――ッ!』
「村の皆の前で本当のことを言ってもらう」
『なんだと⁉』
「今、屋敷には村の連中が集まってるんだろう? グレティアの無実を証明してもらう」
シャルヴァがそう冷静な態度で続けると、笑い出したのはトマスではなくフリッツだった。
『馬鹿馬鹿しい。なにが証拠だ。貴様らのような得体の知れぬ魔導士どもが揃ってなにか言ったところで皆が信じるわけがない。好きなだけ勝手に吠えていろ』
「得体が知れないだってさ。まあ、仕方ないか」
横で聞いていたテオが面白そうに肩をすくめた。彼がなぜそんな反応をするのか、シャルヴァは理由を知っていたけれど特に言及はしなかった。
「――だけど、その様子だと村長はトマスの行いを知っていたみたいだね? ということは二人はぐるだったのかな? 補助金の申請には村長も関わるもんね」
あちら側には見えていないだろうが、テオが笑っているのは声音から伝わったようだった。
テオの言葉にフリッツの顔が見る間に青ざめていった。
次に声を上げたのはトマスだ。
『だ、だから、なんだと言うんだ⁉ 死人は出ていなかった。リゼオンが余計な口を出さなければグレティアもこれまで通りの生活ができたんだ。愚かな兄妹め。おまえたちも同類だ。罪をかぶって無駄死にすればいい』
「――……つまり自分たちの罪を認めるんだな?」
シャルヴァが静かに告げると、フリッツが不敵に笑った。
『我々が認めたところで村の連中は貴様らの言葉を信じたりしないぞ。無駄なことだ』
「認めるんだね?」
テオがにこにこと暗い笑みを浮かべたまま追随する。
『ああ、そうだ。赤拷の毒を使った。これで満足か⁉ まったくしつこい連中だ』
『これから村の精鋭たちで花追い亭に向かう。覚悟しておけ』
トマスとフリッツの声が響き渡ったところで、テオが手を軽く振った。
途端、光の球が消える。
シャルヴァはため息をついてからテオに視線を向ける。
「これからどうなる?」
「あとは村の人達を信じて待つだけだけど……。――ああ、よかった。大丈夫みたいだ」
テオの言葉にシャルヴァは眉根を寄せた。
「どういうことだ?」
「ほら、聞こえない?」
テオが視線を動かすのを追うと、ちょうど屋敷の中から人々の怒号が聞こえてきた。
「あの声は……?」
耳を澄ますと、グレティアの無実を訴える言葉やトマスやフリッツを糾弾する言葉が途切れ途切れで耳に届いた。
シャルヴァは目を見開いてテオを見た。
「おまえ、なにをしたんだ?」
「なに、簡単なことだよ。僕たちが見ていた光球と同じものを広間に集まっていた村の人達にも見せたんだ。つまり、さっきまでの会話は村の人達も聞いてたってこと」
空中でくるりと指を回して、テオが勝ち誇ったような表情を見せた。
「証拠があるとはいえ、僕の権力だけじゃ村の人達を収めるのは難しそうだったからね。それなら自白を聞かせる方がてっとり早いだろ?」
「そういうことか……」
ふむと納得して、シャルヴァは頷いた。
それから程なくして、トマスとフリッツが数人の村人たちに引き摺られるようにして屋敷から出てきた。
縄で拘束されたトマスとフリッツはテオとシャルヴァを見ると途端に騒ぎ立て始めた。
「あんなやつらの戯言を信じるのか⁉ 毒から救ったのは私だぞ!」
「さっきのは全て魔導士が見せた幻影だ! 正式な調査もなく我々を捕らえるなど後悔するぞ!」
「ぎゃんぎゃんうるさいな。――そんなに調査してほしいんなら明日にでも騎士団を派遣するから」
テオが不機嫌そうに二人を見下ろして口を開いた。
「あ、そうそう。ついでに君たちも証拠と一緒に王都に連行するからそのつもりでね」
「な……っ!」
「なにをっ⁉ 貴様ごときにそんな権限――……」
「残念。そんな権限があるんだなぁ」
テオが言いながらローブの襟元を引っ張った。
「それはっ⁉ 宮廷魔導士の――⁉」
白いローブの襟元には金細工に縁取られた翠玉に王家の紋章が彫られたインタリオが輝いていた。
それを見たトマスにフリッツが信じられないと言った様子でテオを凝視する。村の者たちもざわつき始めた。
「僕の大事なお姫様から賜った物なんだ」
テオがにやりと笑った。
そんなやりとりを横目に見て、シャルヴァは思わずため息をこぼした。そして、そのまま視線を空へと向けた。
「グレティアの無実は証明されたな……」
◆
村中が騒ぎになるなか、シャルヴァとテオはひとまずその場を離れた。
すっかり夜の帳が下りてしまった夜空の下、シャルヴァとテオは花追い亭の前まで来ていた。
「さて、君の大切な彼女に会っていきたいところだけど、明日の準備もあるし王宮に戻るよ」
テオがやれやれという風に長くため息をついた。
「俺だけではどうにもならなかった。助かった。感謝する」
シャルヴァはそう素直に礼を言った。
その言葉にテオは一瞬目を丸くして、それからふっと笑みを深くした。
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