星乙女の涙 〜最強魔導士の歪な溺愛と堅物騎士の監視〜

桜雨ゆか

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4 事後検分 消えない熱

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「本当に、君は素晴らしいね」

 ルシオンは、寝具の上に転がった真珠を指先で拾い上げた。
 月の光を閉じ込めたような、乳白色の結晶。だが、ルシオンがその瞳に宿したのは、手に入れた宝珠への満足感だけではなかった。
 彼は真珠を一瞥すると、すぐにそれを手のひらに握り込み、視線を再び腕の中のシエルカへと戻した。

「……この真珠さえ、君の美しさの欠片に過ぎない。僕をここまで満たしてくれるのは、この世界に君しかいないんだ」

 ルシオンは恍惚とした表情で、シエルカの額に張り付いた銀髪を優しく払い、そのこめかみに深く吸い付くような口づけを落とした。
 彼にとって、この真珠はシエルカが自分を受け入れたという『証』であり、本当に欲しいのは、自分なしでは形を保てなくなった彼女そのものなのだ。

「――満足か、ルシオン。術式は終了したのだろう?」

 背後で、ロウルの氷のように冷たい声が響いた。
 ロウルは一歩踏み出し、二人の間に割って入るようにして、寝台の上にぐったりと横たわるシエルカを見下ろした。

「シエルカは限界だ。意識も混濁している。……これ以上の接触は、彼女の身体に障る。すぐに休ませるべきだ」

 ロウルの言葉は、騎士としての、そして管理室直属の騎士としての正論だった。だが、その瞳はルシオンに抱き寄せられているシエルカの無防備な肩を、鋭く射抜いている。

「わかってる。そんなに怖い顔で見ないでほしいな。……そうだね、今の彼女には深い眠りが必要だ。ゆっくり休ませてあげて」

 ルシオンは名残惜しそうに、けれどシエルカの体調を最優先に考え、ゆっくりと彼女を解放した。
 その隙を逃さず、ロウルは羽毛のように軽いシエルカを、壊れ物を扱うような手つきで、けれど力強く抱き上げる。

「……管理室への報告は後ほど行う。彼女の自室への移送は俺が担当する。これ以上、魔導士である貴様の濃厚な魔力に当てさせるわけにはいかない」

 ロウルはシエルカを胸板に密着させ、その体温を確かめるように腕に力を込めた。職務という名目だが、その行為には確かな独占の欲求が滲んでいる。

「ふぅん……。――ま、いいや。ご苦労様。でも、忘れないで。シエルカは僕専属の星乙女にする。目覚めた彼女が最初に求めるのは、僕だ」

 ルシオンの優雅で不穏な笑い声を背中に浴びながら、ロウルは白い密室を後にした。
 腕の中のシエルカは、時折うなされるように「……ル、シオン……さま……」と小さく唇を震わせる。
 その声を聴くたび、ロウルの歩幅はわずかに早まった。
 離宮へと続く静かな回廊で、彼は自分にしか聞こえないほどの低い声で、一度だけ毒を吐く。

「……腕の中で違う男の名を呼ばれるのは、不愉快なものだな」


      ✢


 深い闇の中を漂っていたシエルカの意識は、肌を撫でる柔らかな絹の感触と、聞き慣れた離宮の静寂によって、ゆっくりと現実へと引き戻された。

「……ん、ぅ……」

 重い瞼を持ち上げると、そこは住み慣れた『聖典の離宮』の自室だった。窓からは月明かりが差し込み、彼女の銀髪を青白く照らしている。
 だが、目覚めた瞬間に襲ってきたのは、安らぎではなく、内側から身体を焼き焦がすような正体不明の『渇き』だった。

(あつい……。まだ、身体が……変、なの……っ)

 ルシオンに注ぎ込まれた濃厚な魔力の残滓が、シエルカの体内でいまだに燻っている。
 呼吸をするたびに、鎖骨の銀の鱗が疼き、衣服が擦れるだけで背筋に甘い戦慄が走る。
 シエルカは、自分の指先が、あの漆黒の魔導士の感触を求めて震えていることに気づき、愕然とした。

「……目覚めたか」

 低く、重厚な声。
 シエルカが弾かれたように顔を向けると、天蓋付き寝台の傍ら、ロウルが椅子に座っていた。彼は色素の薄い金髪を月光に晒しながら、険しい緑の瞳でシエルカを凝視している。

「ロ、ロウル……さま……?」

 シエルカは霞む意識の中で、真っ先に自分が行った『務め』のことを思い出した。

「あ、あの、調律は……っ、滞りなく終わりましたでしょうか? わたし、ちゃんとルシオン様のお役に……」

 その言葉を聞いた瞬間、ロウルの眉間に深い皺が寄った。騎士としての無表情を保とうとしてはいるが、その双眸には隠しきれない不機嫌な色が過る。

「……問題なかった。あのような異常な調律を受け入れたのだ、不備などあろうはずがない。貴女が心配すべきは他人のことではなく、自分の身だろう」

 突き放すような冷たい響きに、シエルカは小さく身を竦めた。

「……気分はどうだ。ルシオンの魔力による『星の熱』は、収まったか」
「星の、熱……? あ……、まだ、その……っ、身体は、熱い、です……」

 シエルカが衣の胸元を無意識に押さえると、ロウルの視線が鋭くそこへ落ちた。
 ロウルは椅子から立ち上がり、シエルカの枕元に腰を下ろした。騎士特有の威圧感と、鉄の匂いが混じった体温が、シエルカを包み込む。

「星乙女の中でも、鱗を持つのは貴女だけだ。それこそが人魚の血を最も濃く継いでいる、上位の証。……それゆえに他者の魔力の影響も受けやすい」

 ロウルは大きな手を伸ばすと、ためらいなく、シエルカの衣の襟元に指をかけた。

「きゃっ……⁉  ロ、ロウル様……?」
「動かないでもらってもいいか? ……検分だ。貴女の体内に残った魔力が、鱗にどのような変質をもたらしているか、管理室に報告する義務がある」

 断固とした、拒絶を許さない事務的な声。だが、襟元を広げられたシエルカの視界に入ったロウルの指先は、わずかに震えていた。  
 ロウルはシエルカの鎖骨の銀の鱗へと視線を落とす。
 月光を弾いて鈍く輝く、銀の鱗。
 それは魚のそれのように剥がれ落ちそうなものではなく、硬質化した皮膚の連なりだ。
 ロウルがその端に指を這わせる。

「……皮膚というには硬く、だが生きているように脈打っている」

 ロウルの低い声が、シエルカの耳元で重く響いた。

「んんっ……!」

 指先がゆっくりと、硬い皮膚の表面をごりごりと削るように這い、皮膚がこすれる摩擦の熱と、鱗の硬さが内側の肉に食い込む圧迫感。逃げ場のないその硬い刺激は、シエルカの体内に溜まった熱を、容赦なくかき回した。

「っ、あ……。ロウル、さま……っ。そこ、は……っ、は、ぁっ……!」

 ロウルが指先で鱗の端を軽く弾くようにすると、鎖骨全体がジリジリと痺れるような快感に襲われる。
 まるで自分という器が、彼の硬い指先によって無理やりこじ開けられ、まさに中身を『検分』されているような、言いようのない羞恥と恐怖。

「あ、あ、あっ! だめ、です……っ! ああっ!」

 ロウルはもはや、自分の指先がシエルカをどれほど追い詰めているか、気づいていないようだった。
 無機質な銀の鱗――その硬質な手触りに魅了されたかのように、指の腹で何度も強く撫で上げ、時にはやんわりと爪を立ててその表面を執拗に引っ掻いた。

「ん……っ、あ、あぁ……っ! ロウル、さまぁ……!」

 ルシオンが舌で溶かすような触れ方であったなら、ロウルはまるで、硬い殻を無理やり剥がそうとするような、荒々しい侵食だった。

「っはあ……、はあ……」

  ロウルは荒い息を吐きながら、シエルカの鎖骨に浮き出た銀の襞を、剥き出しの宝石でも扱うように凝視し続けた。指が触れるたび、シエルカの身体が跳ね、寝具に散らばる銀髪が月光に乱れる。

「……これほどまでに熱を帯び、震えるのか」
「っ、ひ……ぁ、っ……! もっ、お願い、です……っ」

 シエルカの意識は、ロウルの指が与える硬い刺激の連続に、白く塗りつぶされそうになっていた。
 回復室で経験したような絶頂にこそ至らないが、出口のない熱を執拗にかき回され続ける地獄のような快感。 ついに耐えきれなくなったシエルカは、涙で頬を濡らしながら、震える手でロウルの服の袖に縋り付いた。

「……やめ、てください……っ。ロウル、さま……もう、やめてぇ……っ、あう、……っ」

 掠れた声で、泣きながらの懇願。 その涙を流すシエルカの姿を見て、ようやくロウルの指がぴたりと止まった。

「……――っ!」

 彼はハッとしたようにシエルカから指を離すと、自身の手のひらを見つめ、それから震えるシエルカへと視線を戻した。
 鎖骨の鱗は、さんざんにいじくり回されたことで銀の光を増し、赤く火照った肌の上で、無惨なほどに艶かしく脈打っている。

「――失礼した。検分は、終了だ」

 ロウルはそう言い捨てると、突き放すような勢いで立ち上がった。 だが、扉へ向かおうとした彼の足が、ふと止まる。

「……ゆっくり休んでくれ。明朝、また迎えに来る」

 ロウルは背を向けたまま、絞り出すような低い声で付け加えた。
 その声には、先ほどまでの冷徹な『検分』とは違う、戸惑いと不器用な労わりが滲んでいた。バタン、と扉が閉まる音が、静まり返った離宮に響く。

 一人残されたシエルカは、乱れた衣の胸元を、自身の手のひらでそっと押さえた。
 そこにはまだ、ロウルの無骨な指先が残していった、硬い熱が、じんわりと脈打っている。

(ロウル様……。すごく必死な顔をしてらした……)

 泣きながらの懇願に、彼はまるで自分が傷ついたかのような、苦しげな表情を見せていた。

(ルシオン様も、ロウル様も……)

 なぜ、自分なんかに、あんなにも激しく、熱い視線を向けるのだろう。

「……あつい……っ」

 自分の身体が、自分だけのものではなくなっていく。
 彼らの魔力や熱に塗り替えられていくことに、恐怖はある。けれど、同時に、冷え切っていた自分の世界が、彼らの情熱で強引に満たされていくことへの、抗いがたい高揚感が胸の奥に灯っていた。
 シエルカは銀の鱗を抱えるようにして、火照った顔を枕に沈めた。
『素晴らしい』と言ったルシオンの微笑みと、鱗を見つめるロウルの強い眼差しを思い出しながら、シエルカは熱い吐息とともに、深い眠りへと落ちていった。
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