魔王アリスは、正義の味方を殺したい。

ボヌ無音

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スピンオフ「デュインズ」

隣に立つもの1

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 魔王城内――
 アリス一行は、魔王のいる場所も特定できず、ウロウロと彷徨っていた。彼女達の後ろには死体が転がっており、愚かにもアリスへの戦いを挑んだ者達だったものだ。
 魔王にも、アリスの侵入に関しては伝わっているはず。だが想像よりも動きが緩やかだ。死んでいった者達は、侵入した不審者に対応しているだけ。魔王の首を狙おうとしている者を、必死で阻もうと意気込む様子もない。
 軍を総動員して攻撃を仕掛けてくる様子もない。主としての余裕なのか、それともアリスの実力を見極められない愚か者なのか。

「やっぱり一筋縄じゃ行かないね。迷子になっちゃった」
「そんなこと仰って……。この人間に聞けばいいでしょう」
「そ、そうです、お教えします!」
「教えてくれてもいいけどさぁ。つまんないじゃん」
「やはり遊んでおられますね、アリス様?」
「えへ」

 魔力で拡張されているアリスの魔王城とは違い、この城はたいした大きさはない。もちろん、人間の城などに比べれば遥かに巨大だ。
 アリスも〝酔う〟ことなどなく、索敵を済ますことが出来る。
 だがそうしてしまえば、即座に終わってしまう。大いに盛り上げた映画のラストシーンが、たったの一分で終わってみろ。
 感動の再会だったとしても、恐怖の虐殺だったとしても、ヒーローの大逆転だったとしても。たった数秒、数分程度のシーンを華やかと言えるだろうか。

 遊んでいるアリスに対して、連れてきていた部下の一人が手を挙げる。
 「はいはーい!」と元気に挙手をしたのは、リーレイだ。ベルがいない中で、もっとも機動力があるのはアリスを除いてリーレイとなる。
 だから彼は索敵のための、立候補をしたのだ。

「僕が見てきましょうかぁ?」
「大丈夫だよ。そばにいて守ってくれるかな?」
「えへっ、はぁーい♡」

 などと、談笑していたときだった。アリス達のいる廊下に、冷風が流れる。涼やかで心地のいい風だったはずなのだが、廊下の気温は急激に下がった。室内だと言うのに極寒の雪山にいるかのようだ。
 人間では凍える寒さだったが、人ならざるものであるアリスらには関係ない。ペールも瞬時に魔術で体を保護した。
 この周囲の気温を変化させられるなど、先程アリス達に挑んできた魔族では出来なかったこと。城へやってきて初めて手応えの有りそうな敵に、アリスは興奮を隠しきれない。

「なになに?」
「なにか来ます、お下がりください」

 エンプティはアリスの前に立つと、あたりを警戒し始めた。
 どこかから女の声が反響する。声の場所は分からず、まるで幽霊に遊ばれているかのようだ。くすくすとからかうような、囁くような声が廊下中に響き渡っていた。
 周囲の気温低下も相まって、おどろおどろしい空気に満ちる。この雰囲気だけでも、帰ってしまいたいと思わせる。
 幽霊相手には〝通常の〟物理攻撃も通用しないため、パーティーによってはこれだけで引き返す理由にもなり得る。
 アリス達が引き返すわけもなく。かえって、すぐ姿を見せない相手に苛立っていた。

「腹の立つ笑い声ですな」
「パラケルススおじさまぁ、僕こわーいぃ♡ハグしてくれればなおるかもぉ♡」
「ルーシー、対処しなさい」
「モチ! わかってっし! 〈絶対固有空間・常常つねづね〉」

 スキルを唱えると、一瞬だけあたりが暗闇に支配される。すぐに闇が消え去れば、特に中断されることなくスキルが成功したことを意味していた。
 スキル成功と同時に、パンッと薄いガラスが割れるような音がした。なにかの魔術が取り消されたのだ。スキルの副効果である魔術解除が適応されていた。
 一行の目の前に現れたのは、文字通り薄い女。体が透けていて、ゆらゆらと揺らめくその姿は、紛うことなきレイスであった。
 女――マージュは魔術がキャンセルされたことで、少々不快そうにアリス達を睨んでいた。
 レベル199ともなるレイスのマージュは、今までそういった経験はなかったのだろう。
 強者に出会うという経験が。

「……ふん」
「レイスか、納得だねー」
「アリス様! ここはあーしにやらせてくださーい!」
「ん、じゃあ任せようかな」
「やりぃ!」

 ルーシーにとって、こうして前線に出るのは殆ど初めてだ。今までの仕事は周りの幹部のサポートばかりだったため、アリスのために戦うことなどなかった。
 別段、ルーシーが戦闘をしたいというわけではない。
 作戦を考えるのは得意ではないし、そういうのが得意な幹部は他に多くいる。どちらかといえば、ルーシーは誰かの先導をするよりも、周りをよく見て気を配るタイプだ。
 気さくな性格と、フレンドリーな愛らしさ。
 主戦力としての実力を持っているものの、ルーシーは後方に配置されてバックアップを得意とする幹部だった。

 だがそれは、アリスのために戦いたくない――アリスに良いところを見せたくないという理由にはならない。
 戦える能力があるのであれば、そんな舞台が用意されたのであれば。ルーシーも他の幹部同様に、自分はあなたの自慢の子供ですと張り切りたいのである。

 一方で、マージュは更に苛立ちを覚えていた。
 彼女を見た者は誰一人として、こんな余裕綽々と会話をしている様子はなかった。怯えるか、得意の魔術で突っ込んでくるか、逃げ出すか。そういう人間ばかりだ。
 だがそんな人ばかりだったからこそ、彼女は馬鹿にされているという自覚はあまりなかった。
 ただただどうしてだか、腹が立つ。それだけだった。ここで馬鹿にされている事実に気付けていれば、彼女の未来も少しは明るかったのかもしれない。

「貴女達、何者? 瘴気にも耐えているようだし、私の魔術を掻き消すなんて……」
「アリス様は魔王ヘイカで、あーしらはその直属の部下だし!」
「はあ? 私のヴァルナル以外の魔王がいるわけないじゃない。愛しい愛しい彼こそ、この世界の至高なる魔王なのよ」

 マージュがそう言うと、ルーシーの後方でスライムの青筋が立つ。明らかな殺気が発せられているのに、誰もが気付いていた。

「ルーシーに任せたけれど、なぜだか私が殺してやりたくなったわ……」

 こぼした言葉にアリスは、この殺気の意味を理解した。マージュとエンプティ。同族嫌悪である。
 エンプティはそのことに気付いていないようだが、アリスを含めこの場にいた幹部もわかっていた。
 マージュもエンプティも、互いに主人を愛しているという事実が同じ。そしてそれは、自身の主人がこの世で最も素晴らしいという感情も同じ。
 だからこそそれが気に食わない。両者とも自分の主人のほうが上だと思っているからだ。

「れ、レイスとスライムじゃ、相性が悪いんじゃないかなあ?」
「そうでしょうか? 私も魔術は一通り扱えますよ?」
「あー、んー、えーっと……エンプティにはそばにいて欲しいな?」
「ルーシーに任せましょうか♡」

 アリスはなんとかエンプティを宥めて、ルーシーの戦いを安心して見られる環境を作る。
 当然だがエンプティは、パラケルススのように戦闘が不得意な幹部ではないため、レイスと戦っても勝利は出来るだろう。
 問題は結果ではなく、過程だ。同じような気質の二人が戦ったとき、地獄のような空間が生まれることだろう。
 出来ればそれは避けたい。

「エンプティの分まで、あーしが――わからせてあげるし!」

 ルーシーは杖を取り出すと、意識を集中させた。地鳴りとともに召喚されたのは、光属性を纏った精霊が三体。
 ルーシーほどの魔術師ともなれば、召喚する精霊の練度も高くなる。一瞬にして廊下は、神聖な気で包まれた。
 人間程度の召喚士による精霊とは違い、幹部仲間から召喚された光の精霊は強力で、その場にいたソンビのパラケルススと悪魔のシスター・ユータリスが怯む。
 あからさまに顔をしかめて、気分が悪そうにしていた。

 アリスはそれに気付いてすぐ、周囲に瘴気を纏った。人であれば耐えられないと考慮して、ペールにはそれを弾く魔術の付与も忘れない。
 それらをさり気なく行ったことで、ペールも含めて、幹部たちはアリスに敬意の念を送っていた。
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