魔王アリスは、正義の味方を殺したい。

ボヌ無音

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前編 第二章「アリスの旅行」

港町

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 イルクナー。アリ=マイアの中では、他国との関わりが最も多い国。
沿岸部に都市や居住地区が集中しており、アベスカと比べて小さな村落が点在するわけではない。
 また、国王の住むいわゆる「城」なるものは存在せず、街で一番大きな教会がその代わりとなっていた。
一応「王」が統治しているものの、神官が治めていると言った方が近い。

 それはイルクナーがアリ=マイア教の厳格派であることを意味する。
彼らの中での順序は、王よりもアリ=マイア教なのだ。

「うわ~、海ですか? 初めて見ました」
「あれはデカいだけで川らしいよ」
「え!? あれが……」

 歩き始めて数分。まだ街は遠くに見える。
 丘からまだ下り始めたばかりで、かすかな遠方には水辺が見える。あまりにも幅が広いがこれは河川――という括りらしい。
 日本人が琵琶湖を見て海と勘違いするようなレベルだろう。海を見た事のあるアリス――園 麻子ですら琵琶湖を見た時は驚いたものだ。

「ここに来て初めて、外に出たって感じがわきました」
「そう? よかった」
「えへへ。連れてきてくれて、ありがとうございます。アリス様」
「こちらこそ。あ、街では様付けやめてね」
「は、はい……」

 ガブリエラはイルクナーどころか、アベスカから出たことはない。しかも仲間がかばって守るような弱いサキュバスだ。
サキュバスというだけでも相当弱いというのに、それなのだからガブリエラは本当に仲間の中では弱い方なのだ。

 だからこそこの旅に必要なのだ。
気分転換、暇つぶしの旅行。そういう理由だったが、それは建前だ。
 アリスは内にある自分の力を理解している。しかし頭で分かっているだけで、実際動いたときにちゃんと発揮できるかというのは別である。
アリスと同じタイミングでやってきた部下ではあるが、決定的な違いがある。
 アリスは前世の記憶を引き継いでいて、魔族というステータスがプラスされて思考が少し歪んでいるが――その程度だ。
しかし、部下はアリスに「そういう風に作られた」わけで、前世の記憶や考えが邪魔をするアリスとは異なる。

 与えられた能力を、与えられた設定で動かせる。
人間だった頃がない彼らに、躊躇などない。

 アリスはこの旅で更に自分の中にある能力に順応し、職場とは違う――命が掛かった場所での臨機応変に対応し、魔王として上に立つものとして、さらなる高みを目指していた。
これも、我が子達に失望されないため。勇者を殺すために。

 ぐぎゅるるるる――と。
 アリスの決意を折るような抜けた音が響く。その頓狂な音を笑うように、草原には風が吹いた。
アリスは食事を必要としない体故に、この音の根源はガブリエラであった。

「す、すみませぇん……。しばらく食べてなくって……」
「あー……」

 サキュバスであるガブリエラは、〝体液〟を取り込んで魔力や体力に置き換えている。トロールの一件からガブリエラはずっとアリスと共にあり、〝食事行為〟を行えていないのだ。

「街まで持つ?」
「はっ、はい! それくらいは!」
「じゃあちょっと急ごうか」



 イルクナー、アベスカ側門にて。
 アリスとガブリエラは、昼がすぎる前には門に辿り着けていた。
門には眠そうな守衛が二人。片方は槍を、片方は剣を持っている。眠気を誘うほど暇だということなのだろう。
魔王城も隣接していて、常に緊張感のあるアベスカとは大違いだ。
 世界中に魔王の影響が出ていないことはやはり、あのアベスカが犠牲を払ったおかげともいえよう。
しかしそれとて、この者たちは感謝している様子は見受けられない。

 守衛二人はアリス達に気付くと、そこでようやく気を引き締めた。手にしていた武器で地面を叩く。威嚇の意味も含まれているようだ。
仕事モードになったのか、先程の眠たげな表情はどこへやら。きつく睨む視線が二人を突き刺した。

「そこの者、止まれ。入国証を」
「はい」

 アリスはポケットから、ライニール直筆の入国証を取り出す。同じアリ=マイアを信じる同盟国家なのだから、そこまで警戒する必要無いんじゃないの――だなんてアリスは思った。
 しかし戦争の一件もあってアベスカは特に警戒されていて、先程の「戦争を自国が犠牲になることで、他国へ漏れ出るのを防いだ」という自己犠牲の精神は認められていない。

 この世界は明日があるかわからない世界だ。それはたとえ、勇者がヴァルデマル魔王を静かにさせてもである。
そんな世界の住民が、他国の犠牲を素晴らしいと思えるだろうか。当然そんなことないのだ。
 あぁ、そう。でも私は俺は生きている。よかった。
それでおしまい。そんな様子に、アリスは少し苛立った。
――滅ぼしてしまっても、いいのかもしれない。そう思った。

「なっ!? ライニール国王直々の……、おい、さっさと扉を開けろ!」
(一応国王名義だと、それなりに扱ってくれるんだな……)

 アリスの見たライニール像は、わがままで頭の悪い男だったが、国王を名乗るだけあってまともな対応になるのだ。
国民がどんな印象を抱いているかは知らないが、「目上の者として敬意を払う対象」だという存在であることはわかった。
 それだけでもアリスには十分だ。今後ライニールという存在がちゃんと使人間なのだと再認識出来たのだから。

 アリス達が問題のない存在だと分かれば、門に付けられた人間用の小さな出入り口が開く。
 開けた人間はアリス達を見ると、怯えた様子で笑った。
王にゆかりのある者に失礼にならないよう伺っているのだろうが、その態度自体が不敬ではないか……とアリスは不安になった。

「ガブリエラ。私は港へ直行して、船の様子を確認するね」
「分かりました! サクッと食べて合流しますね」

 出入りの多い港町。精力のある男はゴロゴロいるだろう。
アベスカから出たことのないガブリエラは、未知なる男の味に希望を抱いていた。キラキラと目を輝かせている。
本当にサクッと終わるのか心配なその表情だが、アリスはガブリエラを信じて一旦分かれることにした。

(港は――あっちか)

 人の流れをみながら見知らぬ街を歩く。潮風も届くような街だからか、家の作りが少ししっかりしているように見えた。
しかし色味はカラフルで、目移りする上に見ていて楽しい。なんだかようやく旅行をしている気分に浸れた気がして、心がホッする。

(いやいや、ダメダメ。一応特訓も兼ねてるんだから……)

 首を横に振り港へ急ぐ。
 港へ向かうほど人の流れは混み合い、賑わい、活気を増していく。住宅街ばかりだった街並みが変わっていく。露店、武器屋、売り込みをする少女。
何より目がついたところは、みなの顔に笑顔が宿っていること。
 犠牲者のアベスカとは全く違う。彼らも彼らなりに馴染んで生活していたが、やはり直接的な被害がなかっただけあってみなの顔は明るかった。

(これが勇者の守った世界……)

 そしてこれから、彼女が壊す世界。
改めて考えたが、別段罪悪感など湧かなかった。そこは人ではなくなった自分に感謝をした。

 しかしこことて完璧な街ではない。路地を覗けば治安の悪い地域が多々ある。
 ぶつかる人の波。気付かぬ内に滑り込む手。彼らは手練なのかもしれないが、全てを揃えた完璧な存在のアリスにとっては、その程度見破るのは容易い。
残念なことに滑り込ませた先にはなにもない。アリスは着の身着のまま旅行をしているようなもの。

 しかしそれとて、所持品が無いわけではない。全て魔術空間で収納しているのだ。もしここから盗めるようなものがいれば、それこそ亜空間スキルを所持しているエンプティくらいだろう。
 ポケットになにもないことに気付けば、小さく「チッ」と聞こえてくる。
 別にアリスも深追いはしない。彼らも彼らで生活が掛かっているのかも知れない。盗まれたものがないし、彼らを追い詰める材料にはなり得ないだろう。

 そんな人混みを抜け、やっと出てきた目的地。
視界が開けると、うっすらと潮の香りが風に乗っているような気がした――そこは海のような川だった。

「うわ……広いな……」

 だがそんな川と空を見せないと言うばかりに、多数の漁船や旅客船がとまる。イルクナー自体はあまり大きな国ではないのに、港のその広さに驚かされる。
パルドウィン王国になんて行ったら、もっと大規模なのだ。アリスは子供のように心を踊らせた。

 港には様々なものがあった。
 大声で指示を出しながら忙しなく走り回る船員。イルクナーは他国に一番接している地点だ。だからこうしてアリ=マイアを代表する交易の要になっている。
きっと住んでいる子供達は、船員に夢見ていることだろう。
 そして行き交う大小様々な物資の数々。園 麻子で居た頃と違って、ここは剣と魔術の世界。当然物資を運ぶのも、車やフォークリフトなどではなく――魔術である。
アベスカよりも魔術を扱える人間が多いようで、ここでは大活躍しているようだ。
 更にここには船を待つ人間もいるし、それを送る人間もいる。それは出稼ぎであったり、勉強だったり、旅行であったり、理由は様々だ。

「おっと。やばいやばい。こんなことしてる場合じゃないよね」

 はっと我に返る。ガブリエラが〝食事〟を終える前に、船の手配を済ませねばならない。パルドウィンのような大きな国に向かう船であれば、頻繁に出ているはずなのだ。
 キョロキョロと周りを見渡せば、ちょうど受付のような小屋を見つける。掘っ立て小屋のような簡素な場所だった。
そこに船員以外の一般人も入っていっていることから、案内所であることには間違いない。

 アリスもその流れについて中に入ると、簡素な椅子と机、書類を管理するであろう書庫、そして数名のスタッフ。外の小屋具合からは想像出来なかったが、案外しっかりと案内所になっていた。
 ひとつ受付が開いていたので、滑り込むようにアリスはそこへ向かう。愛想のいい女性スタッフが笑顔を向けてくる。

「こんにちは。イルクナー港へようこそ。どういったご用件でしょうか?」
「えっと、パルドウィンに行きたくて」
「あー……」

 国名を出した途端、女性スタッフの顔色が悪くなる。
理由も分からず焦っていると、横に居た漁師らしき小太りの男が声を荒げた。

「あんたぁ、田舎もんかぁ!? この時期っつっちゃぁ、毎年の戦争の時期じゃねぇか!」
「せ、戦争ですか」
「おうよ!」

 小屋の窓を割らんばかりの大声に、アリスはたじろぐ。
ハインツばりの大声で、普段から聞いてなれていたはずだった。しかしハインツは〝アリスが好きに造った大切な我が子〟であり、そこらにいるただのうるさい男ではないのだ。
だから少々嫌な顔をした。

 見知らぬ男の大声よりも、それ以前に知らなかったことの驚きが押し寄せた。
――戦争。
 普通に考えれば、この世の戦争が魔王戦争ひとつだけというのもおかしな話だ。人間がいればそれだけ意見の食い違いや、必要なもの、奪わねばならないことが発生する。
それはこの世界の中では比較的、発展をしているパルドウィンも一緒だ。
 しかしパルドウィンの場合は、ないものを奪う側ではなく、あるから奪われる側なのだ。

(ちゃんと調べるべきだった……。もしかしてこの雰囲気、船が出せないってこと……?)

 パルドウィンと戦争になっているのは、年々居住地区を蝕むように侵食している砂丘地帯が存在する国・ジョルネイダだ。
戦争自体はパルドウィンとジョルネイダの間を流れる川の、川幅が最も狭くなる場所で行われる。
 四国を取り巻く中央の大きな河川よりも山寄りのため、船の航行に邪魔が及ぶ場所ではない。それは漁師や操縦士も承知していることだ。
しかしそれを分かっていても、君子危うきに近寄らず。誰が好んで戦争が起こる場所に行こうか。

 そんなわけでイルクナーの人々は、この時期になるとパルドウィンとジョルネイダを避けるようになる。
 今日の港の忙しさも、戦争前の最後の出入りだったようで、普段以上に賑わっていたのだった。

「だがよぉ、そこまでして行きてぇなら一人――一組だけいるぜ」
「ど、どなたですか!?」
「覚悟しろよ。あいつは嵐を呼ぶ。あいつの動かす日にゃ、誰も帰れねえんじゃねぇかってぐれぇ、海が荒ぶるんだ!」

 そう言う割には熱意を持って語る漁師。
 天候を操る人間――と思ったが、彼の話しぶりからして純粋に雨男なだけだろう。
それにアリスは本当に天候を操れる。嵐が現れるのであれば、こちらの魔術でかき消せばいい話だ。
 問題が嵐だけならば何も心配いらない。アリスに断る理由なんてなかった。
 アリスは受付からその漁師についてのメモを受け取り、案内所を出た。

 するとこの人混みの中でも見つけやすい、ピンク色の頭がうろついているのが目に入る。分かれてからたいして時間は経過していないのに、もう終わったのだ。
彼女の言う「サクッと食べる」というのは、本当にサクッと、らしい。

「ガブリエラ」
「! アリス――さん!」
「うん。早かったね」
「はい! 私達サキュバスは〝そういう人〟を見分けるコツがあるんですよ」

 それを聞くとアリスは女でよかったな……と苦笑いした。
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