魔王アリスは、正義の味方を殺したい。

ボヌ無音

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前編 第二章「アリスの旅行」

洗礼の泉1

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「ふーん。英雄ねえ……」
「もう引退したけどね。それでも名前はいろんな人が知ってると思う」
「そっかぁ……」

 英雄だの勇者だの、慕われる騎士団長だの。そんなことはアリスにとってどうでもいい。
だが気になったのは、数少ない190レベル台に到達しているということ。
レベル差はあれど、目の前にいる子供よりも経験はある手前、警戒する必要がある。
 たまたまこの勇者一行が知らないだけで、アリスの使用している魔術を見破る術を持っていればそこでおしまいだ。
いくらこの世界の常識を超えて、強大な力を得ているとは言えども、高レベル所持者が攻撃してきたら苦戦を強いられる。

(勇者だけを視野に入れていたな。これは想定外……。緊急時に転移して、殺しきれるだろうか?)

 そしてアンゼルムの両親も、オリヴァーの両親に匹敵する強者というのだからなおさらだ。
途中でハインツに相談する時間があればいいのだが、オリヴァー達の目がある以上難しいだろう。
出発前のようにどこかの街にて、個室で寝泊まり出来るのならばまだしも、そう上手くいくはずもない。

「そうだ。折角観光も兼ねてるんだったら、洗礼の湖とか見てみないか?」
「洗礼の湖?」
「洗礼の湖っていうのは、祈り捧げるとそれに応えて精霊が現れて、魔術の適性をみてくれるところなんだ」
「へ、へー……」
「どうかな?」
(――いやいやいや! どう考えてもアウトでしょ!)

 アリスは体力値魔力値、魔術耐性、物理耐性から何から何まで。全ての値がカウントストップしている。
もちろん得意属性なんて、全てである。
 つまるところ適性なんて調べたときには、全属性に対して適しているという馬鹿げた結果が出てしまうのだ。
 ただの兵士の一人として通している以上、そんな結果が出てしまうのは明らかに疑われる異常事態。
機械や人の占いなどならば、なんとなく誤魔化しようもあるが――相手は自然だ。
言い訳するのも見苦しい。
それが全て、完璧完全な結果になってしまう。

(行けるわけないじゃん! これも策略の一つ!? ここまでおおっぴろげに、暴こうとするわけ!?)

 冷や汗をかく感覚がする。人間時代によく味わっていた感覚を、人ではなくなった今でも感じるとは思わなかった。
この旅では選択を誤ったり、下手に拒否したりすると疑われる場合がある。
だからこういった時にどう出るべきかアリスはわからない。
 麻子ヒトの思考は「神秘的な場所なら行ってみたい」ではあるが、アリス魔王の思考では「バレる可能性がある場所なんて絶対に嫌だ」だ。
そんなジレンマを抱えつつ、なんとか誤魔化せないかと声を振り絞る。

「ど、どうしようかなぁ~?」
「い、行きません……か?」
「えっ!?」

 後押ししてきたのは、意外にもユリアナだった。
控えめな彼女が発言するとは、誰も思わなかった。それは短時間しか一緒にいなかったアリスも一緒だ。

「適性を見なくても、綺麗なところなの。観光地でもあるんです」
「ふ、ふーん。なら行こうかな」
「はっ、はい! 休憩地点としても、丁度いいところにあるので、ぜひ!」

 ユリアナのおかげ、というのはアリスからしたら癪ではあるものの。
この発言によって「診断は断っても良い」という雰囲気が出た。
これにより麻子とアリスの欲望が、同時に満たされることとなる。

「そうだな、あの湖ならば……。昼頃には着くだろう。僕も寄るのは賛成だ。コゼットとマイラはどうだ?」
「アタシも賛成!」
「わ、私も、賛成……だ、ね」
「じゃあ決まりだね。せっかくなら適性もみたかったけど……」
(勘弁してくれー!)

 そんなアリスの心情をよそに、一同は湖に向かって歩き出した。






「今日は妙に人が少ないね」

 街から歩いて暫く。着実に湖へと歩を進めていたものの、道中誰にも出くわさないのだ。
 中心地から逸れているため、人と出会うのはあまり多いとは言えない。
しかし湖は観光地でもあるので、定期的に行き交う人が溢れているはずなのだ。

「観光地だから、この道は賑わってるはずなんだけど……」
「そうだな。僕も妙に不気味な静けさだと思う」
「動物たちも、なんだかヘンだよ」
「大丈夫……か、ね」
「し、心配ですね」

 勇者達が神妙な面持ちで警戒するなか、アリスは疑問に思っていた。
、と。

(探知は使わないのかな? さっきからずっと引っかかってるけど……)

 アリスは数キロ前から、気付いていた。
見知らぬ土地で見知らぬ場所に向かう道中。
オリヴァーにアリスの魔術がわからないと気付いた以上、どんどん大胆になっていって、今となっては常に警戒網を敷いているほどだ。
 常に周囲の探知を広げて、今後やってくるであろう危機に備えている。
しかし今は〝アリス・ヴェル・トレラント〟ではなく、〝アリス〟として振る舞わなければならない。
故に事前に危機を察知しておいて、それっぽい演技をするために心の準備をしているのだ。

 まだまだエンカウントする場所には到達していないが、暫く先に待ち伏せされている。
気配からして人間ではなく、魔物だと断定できる。アベスカや魔王城周辺にいるような、雑魚モンスターと大差はない。
 ゴブリン、オーガ程度だとアリスは判断している。
待ち伏せしているだけあって、知恵のあるものが先導しているのだ。
 アリスにとって、この国はおろかこの世界の魔物の事情など知らない。
だから、誰が率いているとか、普段はこんなことないのにとかは全くわからない。
だが唯一いえることは、この先で待っている魔物が大した強さではないということだ。

「……あの」

 オリヴァーが深刻そうにアリスに尋ねた。ここまで来てしまえば、彼女を疑っているという類の発言ではないと分かっている。

「アベスカの人達は、俺のことを恨んでるよね」
「……あー」
「……言わなくていいよ。やっぱりそうなんだね」
(へー、一応気にしてるんだ)

 オリヴァーのあの判断は国に帰ってから様々な人に色んな意見を言われてきた。
正しい判断をしたという人もいれば、魔王なのだから殺すべきだと非難する声も多い。
 もっとも、人をやめて人に害をなすことをしてきた魔王だ。
殺されて当然なのだが――パルドウィン王国は、魔王からの被害を直接的には受けていない。
故に国民の中ではオリヴァーの行為を許容する人間も多かったのだ。
慈悲のある勇者だと賞賛する声すらあった。
 アベスカが犠牲になったお陰で成せたことである。
だが当然アベスカの人間は許容するだなんて考えはまったくない。みながオリヴァーを恨み憎んでいる。魔王を殺せない腰抜けだと腹が立っているのだ。

 オリヴァーもそれを全く知らないわけではない。
アベスカに魔術や魔道具の技術がない分、アリ=マイアの情報が流れてくるのは遅い。
 しかしそれでも、新聞や人の噂で聞くことがある。
アベスカの人間は、オリヴァーの判断を許していない――と。
 だから時々、正しくなかったのかと思うことがあるのだ。
でもあそこで虐殺すれば、魔王と同じことだ。オリヴァーはいつもそう考えて、自分の判断ミスだという気持ちを押し込んでいる。

「優しいんだか、エゴなんだか……」
「ん? 何か言った?」
「……なんでもないよ」
「オリヴァー!」

 珍しくアンゼルムが叫ぶ。
血相を変えてやってきたアンゼルムが指をさすその先には、魔物がうじゃうじゃ存在した。
 アリスの探知通りの量と強さだ。目視してもそれは変わらない。
 アンゼルムの驚き加減からして、本当に索敵は行っていなかったのだ。
表ではアリスも驚きつつ、内心で呆れていた。これが今を担う英雄なのか、と。

「……くそ、人がいないのはこういうことか……! ごめんね、アリス」
「元々危険地帯に行くんだから、気にしないで」
「君は依頼主だ。下がってて」

 パーティーの五人が前に出る。その陣形は長い間、お互いで結論を出した最高のものなのだろう。
メインアタッカーであるオリヴァーが先頭、囲むようにサブアタッカーであるアンゼルムとユリアナ、サポーターのコゼットとマイラは一番後ろだ。

(お手並み拝見、と)
「ぷ、ふふっ」
「こらこら」
「えへっ、すみません」

 いくら依頼主とは言え、当代魔王であるアリスを守る勇者という様子は、さぞ面白おかしいだろう。
一緒に守られていたガブリエラは、堪えきれずに笑いを漏らす。
 弱いサキュバスのガブリエラからすれば、冒険者や勇者などといった自分を狩る存在が、逆に守ってくるのは異様な事態だ。
仲間ですら体験したことのない出来事だろう。

 武器のぶつかる音がして、戦いが始まったのだと気付く。
アリスは視線を、ガブリエラからオリヴァー達に戻した。

「はぁあ!」
「〈煌きの連矢シャイン・アローズ〉!」

 オリヴァーが片手剣を持ち、切り込んでいく。
それを補助するように、ユリアナが光の矢を打ち込んでいる。
恋人同士なだけあって連携は完璧だ。うち漏らしもなく、ユリアナを抜けて魔物が進んでくる気配もない。
 アンゼルム達も警戒しているものの、手を出す暇すらない。
たまにマイラが身体強化や防御魔術を展開しているものの、それだけにとどまっている。

「二人には悪いが、僕も参戦してくるか。最近暇で、鈍っているだろうからな」
「ほんっとアンゼルムって、モノ好きだよねー」
「魔術は、い、いる?」
「要らないとも。僕を誰だと?」
「はいはい。あの偉大なるヨース家の跡取り息子様ですよーだ」
「チッ、言い方が頭に来るな」
「とっとといけバカ貴族!」

 コゼットに蹴られながら、アンゼルムも前衛に出た。
 アンゼルムをはじめとするヨース家は、基本的に魔術師の家系だ。父親は騎士団を率いているものの、魔術を得意としている。
それはアンゼルムも同じであった。
 ヨース一族に遺伝される紫色の瞳。これはその人間が有する、魔術の強さを表している。
瞳の紫が濃いほど、その力は強い。
アンゼルムもその瞳の色は濃い。今後を期待されている跡取りなのだ。

「〈流水のアクアティック・踊り子ダンサー〉」

 アンゼルムがそう唱えると、彼の目の前の空間に水が現れる。ボコボコと姿を変えていくその水の塊は、最終的に美しい女の姿へと変わった。
 空中でくるくると、踊るように浮遊している。アンゼルムの周りを行ったり来たりしているそれは、この魔術で召喚された精霊のようなものだ。

「やれ」
「♪」

 アンゼルムが指示を出せば、踊り子は即座に動いた。
ゴブリンの周囲を浮遊したと思えば、一瞬でゴブリンが水の塊に包まれる。息もできないまま、ゴブリンはその塊の中で溺れていく。
一匹、二匹、と踊り子はゴブリンを水の塊の中へと沈めていく。
 それだけではなく、すきを見ては指先から高速の水を放つ。一回だけではなく何度も何度も。
一度の攻撃力は高くないが、何発も撃ち込まれてしまえばそれは凶器になる。
数発もの水の弾丸に貫かれた魔物は、バタバタとその場に倒れていった。

「うっわ、えっぐー」
「アンゼルムの戦いは、いつも……こわい……ね」
「容赦ないよねー。アタシはそれが、精霊にも反映されてると思うよ……」

 アンゼルムが参戦したことにより、更に後方は安全になった。
完全に隙間を縫って、やってくる魔物はないだろう。

(なるほどなるほど。それにやっぱり勇者はオールマイティーだねぇ。魔術も使いつつ、剣も使う)

 アリスは後方にてゆっくりと観察していた。
喜ばしいことに魔物の数はそこそこ多い。パーティーのフルメンバーが参戦していないおかげで、今戦っているメンバーの戦い方をじっくりと見ることが出来た。

 オリヴァーは両親から受け継いだ、その剣と魔術を完璧に使いこなしている。魔物の動きを読んで、防御と攻撃をうまく使い分けている。
 ユリアナはそれに匹敵する魔術師だ。途中途中でオリヴァーの支援をしつつ、高火力の攻撃魔術を叩き込んでいる。
 アンゼルムは精霊を召喚して眺めているだけと思いきや、その精霊が召喚されている時間を見れば力が分かるだろう。
今使った魔術は、使用者の魔力量で継続時間が左右されるのだ。五分以上継続しているとなると、相当な魔力を保持していることになる。

(やっぱり勇者パーティーは伊達じゃないってことか、でも……)

 だがそれら全ても、アリスには劣る。
 オリヴァーがどれだけ剣術を頑張ろうが、魔術に秀でようが関係ない。彼女の中には、この世界の全てが入っている。
武術も、魔術も、剣術も、何もかも全て。
 保有する魔力量も、この世界のカウントストップレベルを凌駕している。
アンゼルムが五分十分と精霊を舞わせたとしても、彼女のフィンガースナップ一つでそれが消しさってしまうのだから。
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