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前編 第四章「愚者、救済と芽吹く悪」
貪欲
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なんともない日常。アリスは特にこれからの計画を決めておらず、ブラブラと魔王城をふらついたり、アベスカに行っては子供達とじゃれ合ったりしていた。
ルーシーのもとへ行って、色々と見聞きするのもいいが、頻繁に行けばアリスをもてなすために時間を取ってしまう。そのたびに研究開発が滞るのであれば、むしろ高頻度での訪問は避けるべきだろう。
そんなわけで暇な彼女は、ただ魔王城とアベスカを行き来しているだけだ。
新たに旅をしたりして、知見を広げるのも候補としてある。しかしこれ以上派手に動いてしまうと、勇者達にも存在が知れ渡ってしまう。既に一度会っている仲だが、マイラの死を迎えた一行は余計に警戒心が強まっていることだろう。
一度一緒に旅行を共にしたとは言え、こんなタイミングでアリスが現れれば不審に思うはずだ。
元々疑われていた故に、やりづらいことだった。
ぼんやりと魔王城の廊下をぶらついていれば、アリスの脳内に通信が入る。それは幹部でも何でも無く、パルドウィン王国に置いてきていたプロスペロ・メチェナーテからであった。
『――お久しぶりです、アリス様』
「おー、プロスペロ。元気にしてる?」
『はい。こちらの国の方も親切にしてくださり、順調で――じゃなくてっ! 僕のことはどうでもいいんです。国中が一大ニュースで持ちきりなんですよ!』
「んん~? なになに?」
ちょうど暇していたアリスだ。暇から脱却できるのであれば、一般人であるプロスペロのいう〝一大ニュース〟でも満足できるだろう。へらへらといつものちゃらけた態度で話を聞けば、重々しい声色でプロスペロが続ける。
『勇者オリヴァーと、魔術師ユリアナの間に、子供が出来たらしいのです』
その一言は、アリスに衝撃を与えるには十分すぎた。あまりの出来事に、彼女は返答の言葉を出せずにいる。口をパクパクと阿呆らしく開口させ、出すはずだった言葉は空気として抜け出た。
脳をも揺さぶる驚愕のニュースに、アリスの中の感情が目まぐるしく回る。激しい怒りにも、喜び、悲しみ、様々な感情にも取れる何かが一気に押し寄せた。
それらが通り過ぎて収束すれば、一つの〝欲望〟に到達する。
「……!」
『まだひと月程度しか経過していないようです。マリーナ様が気づかれたとかで……。あ、マリーナ様というのは――』
「うん、知ってる。オリヴァーの母親でしょ」
『あっ、ご存知でしたか……。号外の新聞が、飛ぶように売れてるんです』
「そう……」
街中がどれくらい混乱と祝福に陥っているかを、プロスペロが興奮しながら実況している。しかしその言葉の一つも、アリスの耳には届かなかった。返す言葉は生返事で、何一つとして脳みそに刻まれていない。
アリスの思考は既に別のものへとすり替わっていたのだ。どす黒く、汚れて、深淵の底にある、なにかのように。
「……そうか、そうか……子供……」
『アリス様?』
「いや、なんでもない。でかした、プロスペロ。今月の給金は、弾んでおく……」
『え!? いいんですか?』
「あぁ……貰っておけ……」
『ありがとうござ――』
プロスペロが感謝を口にしていたが、アリスは気にせず通信を切った。いつもの彼女ならばしないことだ。だがそれをも、他人を思いやることをできなくなるほど。今の彼女は欲にまみれていた。
一人残された廊下。だだっ広い魔王城で、誰かとすれ違うことは滅多にない。普段幹部やヴァルデマル達が使用する部屋の付近ならばまだしも、ここは出入りの少ない場所だった。
誰もいない空間で、アリスはふるふると肩を震わせていた。恐ろしさや絶望からではなかった。これは、歓喜――笑いからくる、震えだ。
「ふ、く……ふ、フフ……あーっはっはっはっは! 勇者の子供! そうか! あの血脈が受け継がれるのか!」
広く長い廊下にアリスの声が響き渡るが、それ以外は異様に静かだ。
一人興奮しているアリスに対して、誰かが相槌を打つわけでもない。狂ったように、アリスは一人で笑い続けている。
大声を出して酷く笑っているというのに、彼女の瞳は笑ってすらいなかった。暗い水底を見つめるように、濁って汚れている。
「……ふぅ、ははっ――欲しい」
一息つくと、アリスはそう言った。誰も聞いていないというのに、まるで宣言するように、言い聞かせるようにそれだけ言った。
「欲しいな。勇者とその連れの子供。私の手中に欲しい」
彼女の中に生まれた薄汚れた、濁った貪欲な感情。勇者オリヴァーと大魔術師ユリアナの、子供が欲しい。愛玩動物のように手元に置いているサキュバスのガブリエラなんかよりも、ふわふわもこもこの可愛らしい魔術師スノウズなんかよりも。
あの二人の間に出来た子供が欲しい。奪いたい。手元において、己の肉親を殺していくさまを見せてあげたい。
オリヴァーとユリアナには、子供を奪われた絶望を。これからやってくるであろう死への恐怖を。
その子供には、魔王に育てられる闇を。目の前で自分を産んでくれた親が死んでいく狂気を。
「ハインツ」
『は!』
「誘拐するぞ」
『は!?』
興奮気味のアリスは、いつもより増して説明が下手になっていたが、ハインツが何とか理解したおかげで長くならずに済んだ。
とにかく伝えたかったのは、勇者に子供が出来たこと。そしてアリスが、絶対にそれが欲しいということ。
それに説明をしていけば、アリスの狂ったまでに高まっていた気分が落ち着いていく。しかし頭はハッキリとまだ見ぬ勇者の子供に執着していた。
ハインツが理解し終えたころには、いつものアリスに戻っていた。
『――なるほどッ、勇者の子供ですか!』
「どうしても欲しい。エンプティがなんと言おうとも欲しい」
『アリス様がそこまでお強く言われるのでしたら、止める理由もございませんッ! して、作戦はございますか!』
「うーん、そうだなぁ……」
勇者の子供となれば、誘拐するには相応の作戦が必要だ。マイラが殺された今、パルドウィンの警戒網はより一層高まっていることだろう。アリスの欲望だけで、何も計画せずに突き進むわけにはいかない。
アリスはしばらく考えて、思いついた案をハインツに話した。大層な内容ではなかったが、元人間ということも考慮すれば問題ない範囲だろう。
『――そうですね、確かにその編成でしたら可能でしょう!』
「いい機会だから、これを機にみんなが私抜きで〝勇者の足止め〟が出来るかをチェックしたいな」
アリス抜きで勇者とまともに対峙したのは、パラケルススだけだ。しかもそれは惨敗とも言える。突然の出来事だったということと、たまたま相性の悪い属性を連発されたこともある。
しかしそれでも、圧倒的に高いレベルである幹部が敗北を見せつけてしまった。最終的には全て殺したとしても、パラケルススが未だに本調子でないのは事実。
『それは良いお考えですッ! 足止め、となりますとッ』
「うん。殺さないで」
『承知いたしました! 幹部の殆どが出払うとなりますと、少々城内の警戒度を上げるべきですね!』
今回の作戦では、幹部の過半数が戦闘に赴く。アリスの欲しいという〝もの〟を手にするために、駆り出されるのだ。
しかし代わりにアリスは外には出ない。魔王城にて、無事に全てが終わるのを見届けているのだ。
「そうだね。まぁでも私がいるから大丈夫、かな? あぁあと、ヴァルデマルはこの間隷属魔術を使ったから、それも頭に入れておいて」
『おぉ! より信頼度が上がりましたッ! では失礼致します!』
通信がに切れると、アリスはニタニタと笑い出す。これだけの幹部が動く作戦である。絶対と言っていいほど、失敗は有り得ない。
必ず、欲しい物がもうすぐ手元に届くということだ。
「ふふ、ふふふ……」
待ちきれないアリスは、ずっと薄気味悪いほほえみを浮かべているのだった。
ルーシーのもとへ行って、色々と見聞きするのもいいが、頻繁に行けばアリスをもてなすために時間を取ってしまう。そのたびに研究開発が滞るのであれば、むしろ高頻度での訪問は避けるべきだろう。
そんなわけで暇な彼女は、ただ魔王城とアベスカを行き来しているだけだ。
新たに旅をしたりして、知見を広げるのも候補としてある。しかしこれ以上派手に動いてしまうと、勇者達にも存在が知れ渡ってしまう。既に一度会っている仲だが、マイラの死を迎えた一行は余計に警戒心が強まっていることだろう。
一度一緒に旅行を共にしたとは言え、こんなタイミングでアリスが現れれば不審に思うはずだ。
元々疑われていた故に、やりづらいことだった。
ぼんやりと魔王城の廊下をぶらついていれば、アリスの脳内に通信が入る。それは幹部でも何でも無く、パルドウィン王国に置いてきていたプロスペロ・メチェナーテからであった。
『――お久しぶりです、アリス様』
「おー、プロスペロ。元気にしてる?」
『はい。こちらの国の方も親切にしてくださり、順調で――じゃなくてっ! 僕のことはどうでもいいんです。国中が一大ニュースで持ちきりなんですよ!』
「んん~? なになに?」
ちょうど暇していたアリスだ。暇から脱却できるのであれば、一般人であるプロスペロのいう〝一大ニュース〟でも満足できるだろう。へらへらといつものちゃらけた態度で話を聞けば、重々しい声色でプロスペロが続ける。
『勇者オリヴァーと、魔術師ユリアナの間に、子供が出来たらしいのです』
その一言は、アリスに衝撃を与えるには十分すぎた。あまりの出来事に、彼女は返答の言葉を出せずにいる。口をパクパクと阿呆らしく開口させ、出すはずだった言葉は空気として抜け出た。
脳をも揺さぶる驚愕のニュースに、アリスの中の感情が目まぐるしく回る。激しい怒りにも、喜び、悲しみ、様々な感情にも取れる何かが一気に押し寄せた。
それらが通り過ぎて収束すれば、一つの〝欲望〟に到達する。
「……!」
『まだひと月程度しか経過していないようです。マリーナ様が気づかれたとかで……。あ、マリーナ様というのは――』
「うん、知ってる。オリヴァーの母親でしょ」
『あっ、ご存知でしたか……。号外の新聞が、飛ぶように売れてるんです』
「そう……」
街中がどれくらい混乱と祝福に陥っているかを、プロスペロが興奮しながら実況している。しかしその言葉の一つも、アリスの耳には届かなかった。返す言葉は生返事で、何一つとして脳みそに刻まれていない。
アリスの思考は既に別のものへとすり替わっていたのだ。どす黒く、汚れて、深淵の底にある、なにかのように。
「……そうか、そうか……子供……」
『アリス様?』
「いや、なんでもない。でかした、プロスペロ。今月の給金は、弾んでおく……」
『え!? いいんですか?』
「あぁ……貰っておけ……」
『ありがとうござ――』
プロスペロが感謝を口にしていたが、アリスは気にせず通信を切った。いつもの彼女ならばしないことだ。だがそれをも、他人を思いやることをできなくなるほど。今の彼女は欲にまみれていた。
一人残された廊下。だだっ広い魔王城で、誰かとすれ違うことは滅多にない。普段幹部やヴァルデマル達が使用する部屋の付近ならばまだしも、ここは出入りの少ない場所だった。
誰もいない空間で、アリスはふるふると肩を震わせていた。恐ろしさや絶望からではなかった。これは、歓喜――笑いからくる、震えだ。
「ふ、く……ふ、フフ……あーっはっはっはっは! 勇者の子供! そうか! あの血脈が受け継がれるのか!」
広く長い廊下にアリスの声が響き渡るが、それ以外は異様に静かだ。
一人興奮しているアリスに対して、誰かが相槌を打つわけでもない。狂ったように、アリスは一人で笑い続けている。
大声を出して酷く笑っているというのに、彼女の瞳は笑ってすらいなかった。暗い水底を見つめるように、濁って汚れている。
「……ふぅ、ははっ――欲しい」
一息つくと、アリスはそう言った。誰も聞いていないというのに、まるで宣言するように、言い聞かせるようにそれだけ言った。
「欲しいな。勇者とその連れの子供。私の手中に欲しい」
彼女の中に生まれた薄汚れた、濁った貪欲な感情。勇者オリヴァーと大魔術師ユリアナの、子供が欲しい。愛玩動物のように手元に置いているサキュバスのガブリエラなんかよりも、ふわふわもこもこの可愛らしい魔術師スノウズなんかよりも。
あの二人の間に出来た子供が欲しい。奪いたい。手元において、己の肉親を殺していくさまを見せてあげたい。
オリヴァーとユリアナには、子供を奪われた絶望を。これからやってくるであろう死への恐怖を。
その子供には、魔王に育てられる闇を。目の前で自分を産んでくれた親が死んでいく狂気を。
「ハインツ」
『は!』
「誘拐するぞ」
『は!?』
興奮気味のアリスは、いつもより増して説明が下手になっていたが、ハインツが何とか理解したおかげで長くならずに済んだ。
とにかく伝えたかったのは、勇者に子供が出来たこと。そしてアリスが、絶対にそれが欲しいということ。
それに説明をしていけば、アリスの狂ったまでに高まっていた気分が落ち着いていく。しかし頭はハッキリとまだ見ぬ勇者の子供に執着していた。
ハインツが理解し終えたころには、いつものアリスに戻っていた。
『――なるほどッ、勇者の子供ですか!』
「どうしても欲しい。エンプティがなんと言おうとも欲しい」
『アリス様がそこまでお強く言われるのでしたら、止める理由もございませんッ! して、作戦はございますか!』
「うーん、そうだなぁ……」
勇者の子供となれば、誘拐するには相応の作戦が必要だ。マイラが殺された今、パルドウィンの警戒網はより一層高まっていることだろう。アリスの欲望だけで、何も計画せずに突き進むわけにはいかない。
アリスはしばらく考えて、思いついた案をハインツに話した。大層な内容ではなかったが、元人間ということも考慮すれば問題ない範囲だろう。
『――そうですね、確かにその編成でしたら可能でしょう!』
「いい機会だから、これを機にみんなが私抜きで〝勇者の足止め〟が出来るかをチェックしたいな」
アリス抜きで勇者とまともに対峙したのは、パラケルススだけだ。しかもそれは惨敗とも言える。突然の出来事だったということと、たまたま相性の悪い属性を連発されたこともある。
しかしそれでも、圧倒的に高いレベルである幹部が敗北を見せつけてしまった。最終的には全て殺したとしても、パラケルススが未だに本調子でないのは事実。
『それは良いお考えですッ! 足止め、となりますとッ』
「うん。殺さないで」
『承知いたしました! 幹部の殆どが出払うとなりますと、少々城内の警戒度を上げるべきですね!』
今回の作戦では、幹部の過半数が戦闘に赴く。アリスの欲しいという〝もの〟を手にするために、駆り出されるのだ。
しかし代わりにアリスは外には出ない。魔王城にて、無事に全てが終わるのを見届けているのだ。
「そうだね。まぁでも私がいるから大丈夫、かな? あぁあと、ヴァルデマルはこの間隷属魔術を使ったから、それも頭に入れておいて」
『おぉ! より信頼度が上がりましたッ! では失礼致します!』
通信がに切れると、アリスはニタニタと笑い出す。これだけの幹部が動く作戦である。絶対と言っていいほど、失敗は有り得ない。
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