魔王アリスは、正義の味方を殺したい。

ボヌ無音

文字の大きさ
206 / 339
後編 第二章「化け物たちの恋」

愛嬌

しおりを挟む
 パルドウィン、エキドナに与えられた書斎。
 部屋の中はきちんと片付けられていたが、デスクの上は大量の書類で溢れていた。
 エキドナが着任してからまだ一ヶ月も経過していない。しかし彼女は毎日、仕事に追われているのだ。
 この書斎には現在エキドナだけではなく、派手な衣装に身を包む大柄の人物も、一緒に詰めていた。

「そういうわけで、パルドウィンで一緒に働くことになった――マザー・フリルよっ! よろしくね、エキドナちゃん!」
「まぁ、まぁ……」

 彼女、マザー・フリルは、完全な人間相手を想定されて作成された幹部である。
 ヒール高も含めて、180センチはあるだろう身長。これだけならば、高身長のエキドナと並んでも大したインパクトにはならないだろう。
 しかし、彼女――彼は、女形デイムである。カラフルなドラァグクイーンのような化粧。派手なピンクとパープルのツートンカラーの、ボリュームのあるアップヘア。
 家政婦が纏うようなドレスは、酷く奇抜だ。エプロンまでもがギラギラとしている。
 縞模様のタイツに、これまた色の濃いパンプス。
 まるでおとぎの国から飛び出してきたような格好だった。

 流石のエキドナもインパクトに動揺を隠せていない。

「よろしくお願い致します……」
「早速だけど、アタクシのやることを説明してもいいかしら!?」
「はい、是非……」

 フリルはエキドナへ、アリスの考えを説明した。
 もちろん、人に接することが最も優れている幹部が送られてくる、ということはさらなる人間との信頼関係を築くためである。
 上層部は貴族の件もあり、力でねじ伏せたものの――問題は大半を占める一般市民だ。
 冒険者組合はあの調子で、心をひらいてくれる様子が見られない。アリスは説得のために献身的に通いつめるほど、健気じゃない。

 普通の人間達が駄目なのであれば、もっと下層へ目を向ければいい。
 悪魔だろうが天使だろうが、手を差し伸べねば死ぬかもしれない人たちへ。

 そんなわけで、アリスの目的はスラムや孤児へと向いた。
 パルドウィンに施設を建設し、保護出来るものは保護。独り立ちできそうなのであれば、それまでの援助を。
 家族をなくしたのであれば、それに変わる場所、もしくは里親を。
 マザー・フリルはそれのための運営者だ。

「なるほど……施設の運営……。平民が話を聞いてくれないので……弱者に目をつけたのですね……」
「そうなのよん。それにあたって、アタクシは人材を選定したいの」
「場所の御用意を致しますね……」
「助かるわぁ!」

 フリルは満面の笑みで、エキドナに感謝を述べた。
 エキドナは器用な返事も出来ずに、ただ静かに微笑むだけだった。
 ルーシーのようなタイプの明るい人物を相手したことはあるが、それとはまた別のタイプ。慣れない彼女は、まだまだやりづらいのだ。

「あぁ、あと。インキュバスちゃんとかサキュバスちゃんたちも、送り込まれると思うの」
「サキュバスですか……」
「正確には〝あの子たちの基準では性的不能なコ〟ね」
「……?」
「戦いにも、性行為にも、諜報にも向いていない子を、子守にするわけ」

 サキュバスとインキュバスは、最初期に仲間にした魔族のひとつ。
 同族内でもレベルや教養、技術的な面でも〝使える〟ものは、作戦を渡されて活用されている。
 しかし、サキュバスとインキュバス自体が魔族全体で見て、強い種族ではない。
 だから必然的に、その中で更に弱い個体となれば、割り振られる仕事も限られてくる。アリスとて扱うのに困るのだ。

 低レベルで弱いサキュバスは、魔王城のメイドのような仕事を頼まれているばかりだ。
 せっかく魅力的な容姿と技術を有しているのだから、もっと有効活用出来る場面があるのではないかと、常々思っていた。
 それに城には、ヴァルデマルが支配していた時代から尽くしているゴブリンがいる。アリスやパラケルススが、新たに生成したホムンクルスだっている。
 わざわざサキュバスが働く必要なんてないのだ。もちろん、本人たちが望みさえすれば、置いておくことも可能だ。

「それは……アリス様のご提案でしょうか……」
「だいたいそうねぇ。あの御方が可愛がっている――ガブリエラちゃんっていう、サキュバスの提案もあるでしょうけどっ」
「あぁ、なるほど……」
「素晴らしいお考えよね! みんながハッピーになれるんじゃない!? アタクシとしても大賛成だわ。流石はアリス様ねっ」
「えぇ、えぇ……」

 エキドナはここでようやく、困惑を捨てて微笑んだ。
 アリスの狙いを聞いたからだ。
 人間の弱き者にも手を差し伸べて、魔族の弱き者にも救いの手を伸ばす。やはり優しい方なのだと、彼女の中で結論付けた。

「それじゃあアタクシは、街を見て回るわ。どんな救済が必要なのか、計画を立てたくって」
「畏まりました……その、誰かを案内にお付けしましょうか……?」
「いいのかしら!? ぜひっ!」
「お待ち下さい、お待ち下さい……」

 エキドナは書斎の扉を開けて外に出る。
 廊下には護衛のパルドウィン兵士が待機していた。世界の常識を超える強さを持ったエキドナに対して、護衛など不要なのだが――パルドウィンの国からの敬意と思って、彼女はそのままにしている。
 兵士は急に部屋から出てきたエキドナに対して驚いていた。
 エキドナはその様子を気にすること無く、彼を部屋の中へと連れる。

「彼女は新しく魔王城より来た方です……。ともにパルドウィンの事業に携わることになります……。街の案内を頼みたいのです、頼みたいのです……」
「わ、わかりました! よ、よろしくお願いします……」
「ハァイ! アタクシはマザー・フリルよ。フリルと呼んで頂戴!」
「ふ、フリル様……」
「んもうっ、そんなに怖がらないでっ! 化け物じゃないんだから!」

 フリルがそう言っていても、ある意味彼女は化け物である。
 濃い化粧に派手なドレス。背の高い男が更にヒールを履いているのだ。直接的な化け物でなくても、恐ろしいと思ってしまうだろう。
 そもそもこの世界には、〝そっちの人間〟の知識すらないのだ。

 挨拶も済み、案内人を得たことで、フリルは部屋にいる理由を失った。
 仕事が山積みのエキドナのもとに、これ以上滞在するのは邪魔になるだろう。そう判断した彼女は、とっとと立ち去ることを決める。

「それじゃ、アタクシは行くわね!」
「はい……。お戻りになるまでに、話を進めておきますね……」
「ありがたいわ!」





「そんなに怯えないでくれる? 大丈夫よっ」
「……も、申し訳ありません……」

 街の重要拠点を数軒ほど案内されたが、兵士の態度は変わりなかった。
 これだけ怯えている理由は、あの戦争の生き残りだからだ。
 アリスから受けた仕打ちを思い出せば、その仲間がどれだけ残忍で恐ろしい存在なのか、痛感している。
 相手がどんな力を持っているか知らない以上、更に恐ろしく感じるだろう。

「アリス様は恐ろしい方だけれど、こうして生きているのよ?」
「……」
「幸運ね。これからあの方に尽くせば、きっといいことがあるわ」
「そう、なんでしょうか……」
「そうよ! あの御方は怖いところも多いけど、根は優しいわっ。私だって今回、ホームレスや孤児を救うために派遣されたのよ?」
「えっ」

 ここでようやっと、兵士は恐怖以外の顔を見せた。
 驚きに染まった顔を上げてフリルを見つめる。本当にそんなこと、有り得るのだろうか。そう問いただすような表情だった。
 フリルも、初めて違う表情を見せた兵士を見て、ふっと微笑んだ。フリルの中心はアリスだが、人間に寄り添うために作られた幹部だ。
 こうして少しでも人間が心を開いてくれることは、フリルにとってもいいことだった。

「だからそういった場所を見て回りたいの。案内を頼みたいのよ」
「……はい」
「じゃ、今度は腹ごしらえね!」
「自分の心配でしょうか。食事でしたら、問題ありません」
「何言ってるの! お腹ペコペコって顔よ!?」
「……うっ」
「あははっ、ささ、いきましょ!」
「ふっ、はい!」

 フリルがここまで寄り添えるのは、フリルのコミュニケーションスキルということもあるが、一番大きく働いているのはアリスから与えられたスキルだ。
 〈愛嬌フレンドリー〉。
 その名の通り、誰とでも打ち解けられるスキルだ。
 彼女の言うポジティブな発言は、微量ながらもバフがかかり、より相手に届きやすくなるのだ。
 とはいえ、酷く心に傷を負っている場合や、塞ぎ込んでしまったり、壊れてしまっていると通用しない。

 なんにせよ、魔王軍の幹部が持っているはずのないスキルなのは確かだ。
 だがアリスがわざわざ、神から許された〝新たな幹部枠〟を利用してまで作ったのだ。
 今後、マザー・フリルという存在は、パルドウィンで大きな役割を果たすことに、期待されているのだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

メグルユメ

パラサイト豚ねぎそば
ファンタジー
シキは勇者に選ばれた。それは誰かの望みなのか、ただの伝統なのかは分からない。しかし、シキは勇者に選ばれた。果たしてシキは勇者として何を成すのだろうか。

農民レベル99 天候と大地を操り世界最強

九頭七尾
ファンタジー
【農民】という天職を授かり、憧れていた戦士の夢を断念した少年ルイス。 仕方なく故郷の村で農業に従事し、十二年が経ったある日のこと、新しく就任したばかりの代官が訊ねてきて―― 「何だあの巨大な大根は? 一体どうやって収穫するのだ?」 「片手で抜けますけど? こんな感じで」 「200キロはありそうな大根を片手で……?」 「小麦の方も収穫しますね。えい」 「一帯の小麦が一瞬で刈り取られた!? 何をしたのだ!?」 「手刀で真空波を起こしただけですけど?」 その代官の勧めで、ルイスは冒険者になることに。 日々の農作業(?)を通し、最強の戦士に成長していた彼は、最年長ルーキーとして次々と規格外の戦果を挙げていくのだった。 「これは投擲用大根だ」 「「「投擲用大根???」」」

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。 授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。

【死に役転生】悪役貴族の冤罪処刑エンドは嫌なので、ストーリーが始まる前に鍛えまくったら、やりすぎたようです。

いな@
ファンタジー
【第一章完結】映画の撮影中に死んだのか、開始五分で処刑されるキャラに転生してしまったけど死にたくなんてないし、原作主人公のメインヒロインになる幼馴染みも可愛いから渡したくないと冤罪を着せられる前に死亡フラグをへし折ることにします。 そこで転生特典スキルの『超越者』のお陰で色んなトラブルと悪名の原因となっていた問題を解決していくことになります。 【第二章】 原作の開始である学園への入学式当日、原作主人公との出会いから始まります。 原作とは違う流れに戸惑いながらも、大切な仲間たち(増えます)と共に沢山の困難に立ち向かい、解決していきます。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

処理中です...