242 / 339
後編 第三章「荒れる砂漠」
死の闘技3
しおりを挟む
「私はアリス・ヴェル・トレラント。いずれお前たちの首を取りに来るものだ」
「なっ……」
「にしても、いいのか? こんなところで、私の相手をしていて。耳が確かなのであれば、この叫びが聞こえているはずだが」
勇者がアリスと対峙している間も、アリスが放った魔獣は人々を殺している。
ジョルネイダの数少ない人民が、蹂躙されていく。
それにこの場にいるのは、金持ちがほとんどだ。勇者に支援している貴族なども多くを占める。
それらが無惨に殺されていくのは、彼らとしても芳しくない。
「安心しろ。私は今回、人間を殺す気はない。私は――な」
「くそっ……」
豊成もそれをわかっているのか、仲間を連れて救助へと走った。
アリスはそれを見送りつつ、周囲を見渡した。
観客席は惨殺された肉塊が転がっている。鬱憤が相当蓄積していたのだろう。魔獣たちも止まる様子が見られない。
「…………さて」
勇者が目の前から消えたことで、アリスは表情を変えた。
魔王たる振る舞いを捨てて、普段のアリスへと戻る。
「魔獣は一匹残らずペットにする気でいるからなぁ。殺されちゃたまんないよ。――あー、ルーシー」
『はいっ! あなたの魔術師、ルーシー・フェルですっ♡』
アリスはルーシーへと通信魔術を飛ばした。
一人でも回収作業は可能だが、ルーシーがいてくれたほうが楽なのだ。
それに今は勇者が救助へと回ったため、何かと邪魔をしてくれる助っ人がいる。ルーシーであれば魔獣を守りつつ、勇者をいなして、転送も可能だ。
「ジョルネイダで手に入れたペットが殺されそうなんだ。門を開くから、転送を手伝ってよ」
『おっまかせくださ~い!』
〈転移門〉を開くと、思ったよりも早くルーシーが現れる。
魔術学校が始まったため、彼女も忙しいかと思っていたがそうではないらしい。
「休憩中だった?」
「いえ! マーちゃんに教える才能がないと言われたんで、ブラブラしてただけです!」
「あ、そ、そう……」
ルーシーは教師には向いていないようだ。言われてみれば彼女は、感覚で生きているタイプ。
言語化して何かを説明するのは苦手なのだろう。
ルーシーが教壇に立って、説明をして……マリルが頭を抱える。一連の光景が浮かんで、アリスはちょっとだけマリルに申し訳なくなった。
能力的には申し分ない――というよりも、あの学校では最も強いため、出来ればルーシーに教えてもらいたかったのだろうが、残念ながら叶わなかったようだ。
ルーシーは闘技場内へ降り立つと、キョロキョロとあたりを見渡している。
破壊の限り、虐殺の限りを尽くされている会場は、まさに地獄だ。
「にしてもヤバいことになってますね!」
「うん。今までの鬱憤を晴らさせてる。あ、勇者もその辺にいるから、気を付けてね」
「りょ! です!」
そう返事をすると、ルーシーはすぐに飛び立った。
アリスもそれを追おうとしたが、ふと思い出す。
一緒に来ていたグレゴワールたちだ。事前通達もしないまま、アリスは蹂躙を始めてしまった。
無事を確認していないが、大丈夫なのだろうか――と。
「予告しなかったけど、グレゴワールも死んでないよなぁ? ヨナーシュたちがいるから、きちんと逃がせたといいけど……」
「アーリス様~!」
不安に思っていると、上方から声がかかる。
上から降ってきたのは、心配していた対象のヨナーシュたち――ではなく、最初にこの場に召喚した魔獣たちだった。
獅子の頭に山羊の胴、毒蛇の尾を持つキマイラ。
そしてその妹である、九つの頭を持つ巨大な蛇、ヒュドラ。
エキドナに借りてきた部下たちだ。
「ああ、ヒュドラ」
「アリス様、アリス様! たのしいです! アリガトござます!」
「ちょっと、ヒュドラ。〝有難う御座います〟でしょう。しっかり言いなさい、アリス様に失礼ですよ」
ヒュドラとキマイラは、今までも出陣する機会を与えていたが、完全に力を振るうことを許可しなかった。
それも、ヒュドラの毒攻撃が絶大な力を誇るから。
レベル150以下の存在は即死し、それ以上でも三日足らずで死亡してしまう毒。後遺症がなく完全治療が可能なのは、Sランク以上の高度な魔術だけ。
Sランクも人間種では到底辿り着けない高みであることから、この場にいる誰もが死亡が確定している。
そんな圧倒的な効果を持っている毒なだけあって、以前は使用を制限させていた。
だからこそ、今こうして無制限で駆け回れるのが楽しいのだろう。
「アリス様。お聞きしていた通り、例の富豪を避けて攻撃をしております」
「そう、ありがと」
「こちらに来る前に確認しましたが、無事に逃げ切れたようです。ヨナーシュ様方も無事を確認しました」
「そりゃよかった」
先程の心配はなくなって、アリスはホッとする。
グレゴワールは正直どうでもいいと言えばどうでもいいが、せっかくジョルネイダで初めて出来た縁だ。
このまま雑に死んでもらうのも勿体ない。
ヨナーシュたちに関しても、高レベルの魔族は貴重だ。改めて育成するには労力がかかるため、こんなところで死なれたら困る。
さて、二人は一旦報告の為に戻ってきたものの、まだ魔獣たちの運搬作業が残っている。
勇者を撹乱しつつ、この場に残った愚かな人間どもを殺し尽くして貰わねばならない。
「一応二人には防御バフをかけたけど、レベル差があるからね。戦わないで絶対に逃げを選んで。闘技場内にはルーシーも飛び回ってるから、助けを呼ぶこと」
「はい。もちろんです」
「戦いたい! 戦いたい!」
勇者ともなれば、ヒュドラ相手に善戦するだろう。
毒が付与されてしまえば死へ一直線だが、それよりも前にヒュドラが倒される確率の方が高い。
アリスとて、それが分かりきっていてヒュドラを送り出すような真似はしない。
しかしヒュドラは精神年齢が低いのか、納得がいかないようだ。姉であるキマイラに諭されても、ブンブンと頭を横に振っている。
「駄目ですよ、ヒュドラ」
「うぅーっ!」
「そんなに戦いたいなら、今度私が手合わせしようか?」
「いいんですか!? やるやる!!」
「もう、ヒュドラ! アリス様も……」
ヒュドラは無邪気に喜んでいる。
二体は、エキドナの子供という設定にしたわりには、あまり彼女とは似通っていない。
似ているところがあるとすれば、幹部が持つ部下の中で最も硬い防御を誇るところだろう。
実践においても引けを取らず、防衛戦でも力を発揮する。防御値は部下の中で最も高く設定したのだから、当然だ。
そうは言っても、勇者の攻撃に勝てる訳では無い。
エキドナならば無傷だろうが、ヒュドラもキマイラもレベルが160ほどしかない。
レベル199の、この世界の最高レベルを持つ勇者相手であれば、確実に負ける。
だから彼女たちには、逃げを選んでもらうのだ。
「あはは。さてと、そろそろ回収の手伝いに行こうかな」
「はい。では残っている人間を、蹴散らしてまいります」
「毒だあ~!」
三人が会話をしている間に、ルーシーが黙々と魔獣の運び出しを行っている。
アリスもそれに参戦しようと動き出せば、キマイラとヒュドラもまた観戦席へと飛び込んで行った。
◆
勇者たちが魔獣と客との間に入り、応戦しているものの、その戦いは難航している。
勇者である三人の攻撃が、ほぼ通らないのだ。
彼らからすれば、レベルの低い魔獣のはずなのに、死ぬ様子どころか怪我を負っている様子も見られない。
「ひぃいい!」
「うわああぁあぁ!」
三人が試行錯誤している間も、こうして命は無惨に奪われていく。
「……多分、アリス様の仕業ですね」
「絶対そうだろ」
「すっごーい! 間近で見れないのが悔しいぃ……」
「……は、ハハ、ははは……。さ、逆らわないでおこう……」
「何か仰っしゃりました?」
「いえっ! なっななな、なにもっ!!」
ヨナーシュたちは、混乱する会場のなかで比較的安全に撤退が可能だった。
当たり前だが比較的安い――それでも庶民からすればありえない金額だが――一般席と違って、グレゴワールの滞在していたのはVIP席だ。なにかがあった場合、優先的に逃げられるように出来ている。
それに闘技場が間近にあるあの場所とは違い、少し小高い場所に出来ている。
魔獣が襲うよりも先に、逃げられるというわけだ。
「VIP席が上部にあって助かりましたね。金を積んでいる人間は、比較的逃げやすく助かりやすい」
「それは、どうも……」
「とはいえうかうかしていれば死にますから。早く行きますよ」
「はっ、はい」
警備員が誘導しているのに従いながら、ヨナーシュたちも急ぐ。
グレゴワールからすれば魔獣が襲ってくることが危険だが、ヨナーシュたち魔人からすれば、勇者に見つかることも危険にさらされることになる。
茜はともかく、ヨナーシュとフィリベルトはレベル150近辺だ。スキルや魔術でステータスを見られた場合、敵対勢力だとすぐに分かってしまう。
勇者たちの注意が会場に向いている今、こうして急いで逃げるしかない。
「にしても、事前に教えてくれりゃいいのにな」
「わかる~」
「先に通知をして、我々だけ逃げたら真っ先に疑われます。逃げるだけならば我々でも可能ですし、元勇者のアカネ様もおられますから」
「な~るほど」
ヨナーシュは茜の戦闘能力を知らない。
しかし、アリスの殴打を受けてピンピンしていたと知れば、何となく分かるだろう。
レベル200たる高みであるアリスの、魔術付与すらない普通の拳であっても、その攻撃力は相当なものだ。
下手すればフィリベルトやヨナーシュならば、死んでしまうかもしれない。
ゆえにヨナーシュは、茜の力を信じていた。
四人が急いでいれば、誘導員に苦情を入れている富豪が見えた。
この状況でも自分の文句を言いたいという、ある意味褒められた精神だ。
ヨナーシュはグレゴワールをチラリと見ると、たまたまグレゴワールと目が合った。グレゴワールは首を激しく横に振り、「自分はそんな馬鹿な行為しません!」と意思を表す。
「そうですよね。せっかく我々が逃しているのに、自ら命を絶つような愚行をするはずがありませんよね」
「もっ、もも、モチロンです!!」
「ヨナーシュ、お前こいつに何言ったんだ?」
「後学のためにも教えてよ!」
「フフフッ……」
「ひぃ……」
タトゥーの大量に入ったスキンヘッド男が、長髪の優男に怯えているのはなかなか稀な例である。
ヨナーシュも、ここずっとアリスに怯えていた。それもあってか、久々に上に立つ存在として力を振るえて、全盛期を思い出して楽しそうである。
『三人とも』
「!」
「通信?」
「わぁ♡」
広い闘技場から逃げている最中、アリスからやっと通信が来る。
あれだけ散々暴れまわっておいて、今更連絡が来たのだ。
とりあえず忘れられてないことにだけホッと胸をなでおろした。
『私はこの子達を城まで連れてく。しばらくしたらそっちに戻るから、そのままスライムを連れて宿まで戻って』
「かしこまりました」
『じゃ』
アリスは伝えたいことだけを言うと、さっさと通信を切ってしまった。
短い通信だったが、ヨナーシュが内容を理解するには十分だった。アリスの意図を理解した彼は、頭を抱える。
「この子達と言ってましたね……」
「? ああ」
「複数体をペットにするつもりですね、アリス様」
「えぇ!? 私だけで十分じゃない!?」
「今は突っ込む気力もないので無視します。我々は屋敷に戻りましょう。もう今日はトーナメントどころではありませんから」
「で、では行きましょうか」
「はい」
四人はグレゴワールの屋敷へと戻ることにした。
「なっ……」
「にしても、いいのか? こんなところで、私の相手をしていて。耳が確かなのであれば、この叫びが聞こえているはずだが」
勇者がアリスと対峙している間も、アリスが放った魔獣は人々を殺している。
ジョルネイダの数少ない人民が、蹂躙されていく。
それにこの場にいるのは、金持ちがほとんどだ。勇者に支援している貴族なども多くを占める。
それらが無惨に殺されていくのは、彼らとしても芳しくない。
「安心しろ。私は今回、人間を殺す気はない。私は――な」
「くそっ……」
豊成もそれをわかっているのか、仲間を連れて救助へと走った。
アリスはそれを見送りつつ、周囲を見渡した。
観客席は惨殺された肉塊が転がっている。鬱憤が相当蓄積していたのだろう。魔獣たちも止まる様子が見られない。
「…………さて」
勇者が目の前から消えたことで、アリスは表情を変えた。
魔王たる振る舞いを捨てて、普段のアリスへと戻る。
「魔獣は一匹残らずペットにする気でいるからなぁ。殺されちゃたまんないよ。――あー、ルーシー」
『はいっ! あなたの魔術師、ルーシー・フェルですっ♡』
アリスはルーシーへと通信魔術を飛ばした。
一人でも回収作業は可能だが、ルーシーがいてくれたほうが楽なのだ。
それに今は勇者が救助へと回ったため、何かと邪魔をしてくれる助っ人がいる。ルーシーであれば魔獣を守りつつ、勇者をいなして、転送も可能だ。
「ジョルネイダで手に入れたペットが殺されそうなんだ。門を開くから、転送を手伝ってよ」
『おっまかせくださ~い!』
〈転移門〉を開くと、思ったよりも早くルーシーが現れる。
魔術学校が始まったため、彼女も忙しいかと思っていたがそうではないらしい。
「休憩中だった?」
「いえ! マーちゃんに教える才能がないと言われたんで、ブラブラしてただけです!」
「あ、そ、そう……」
ルーシーは教師には向いていないようだ。言われてみれば彼女は、感覚で生きているタイプ。
言語化して何かを説明するのは苦手なのだろう。
ルーシーが教壇に立って、説明をして……マリルが頭を抱える。一連の光景が浮かんで、アリスはちょっとだけマリルに申し訳なくなった。
能力的には申し分ない――というよりも、あの学校では最も強いため、出来ればルーシーに教えてもらいたかったのだろうが、残念ながら叶わなかったようだ。
ルーシーは闘技場内へ降り立つと、キョロキョロとあたりを見渡している。
破壊の限り、虐殺の限りを尽くされている会場は、まさに地獄だ。
「にしてもヤバいことになってますね!」
「うん。今までの鬱憤を晴らさせてる。あ、勇者もその辺にいるから、気を付けてね」
「りょ! です!」
そう返事をすると、ルーシーはすぐに飛び立った。
アリスもそれを追おうとしたが、ふと思い出す。
一緒に来ていたグレゴワールたちだ。事前通達もしないまま、アリスは蹂躙を始めてしまった。
無事を確認していないが、大丈夫なのだろうか――と。
「予告しなかったけど、グレゴワールも死んでないよなぁ? ヨナーシュたちがいるから、きちんと逃がせたといいけど……」
「アーリス様~!」
不安に思っていると、上方から声がかかる。
上から降ってきたのは、心配していた対象のヨナーシュたち――ではなく、最初にこの場に召喚した魔獣たちだった。
獅子の頭に山羊の胴、毒蛇の尾を持つキマイラ。
そしてその妹である、九つの頭を持つ巨大な蛇、ヒュドラ。
エキドナに借りてきた部下たちだ。
「ああ、ヒュドラ」
「アリス様、アリス様! たのしいです! アリガトござます!」
「ちょっと、ヒュドラ。〝有難う御座います〟でしょう。しっかり言いなさい、アリス様に失礼ですよ」
ヒュドラとキマイラは、今までも出陣する機会を与えていたが、完全に力を振るうことを許可しなかった。
それも、ヒュドラの毒攻撃が絶大な力を誇るから。
レベル150以下の存在は即死し、それ以上でも三日足らずで死亡してしまう毒。後遺症がなく完全治療が可能なのは、Sランク以上の高度な魔術だけ。
Sランクも人間種では到底辿り着けない高みであることから、この場にいる誰もが死亡が確定している。
そんな圧倒的な効果を持っている毒なだけあって、以前は使用を制限させていた。
だからこそ、今こうして無制限で駆け回れるのが楽しいのだろう。
「アリス様。お聞きしていた通り、例の富豪を避けて攻撃をしております」
「そう、ありがと」
「こちらに来る前に確認しましたが、無事に逃げ切れたようです。ヨナーシュ様方も無事を確認しました」
「そりゃよかった」
先程の心配はなくなって、アリスはホッとする。
グレゴワールは正直どうでもいいと言えばどうでもいいが、せっかくジョルネイダで初めて出来た縁だ。
このまま雑に死んでもらうのも勿体ない。
ヨナーシュたちに関しても、高レベルの魔族は貴重だ。改めて育成するには労力がかかるため、こんなところで死なれたら困る。
さて、二人は一旦報告の為に戻ってきたものの、まだ魔獣たちの運搬作業が残っている。
勇者を撹乱しつつ、この場に残った愚かな人間どもを殺し尽くして貰わねばならない。
「一応二人には防御バフをかけたけど、レベル差があるからね。戦わないで絶対に逃げを選んで。闘技場内にはルーシーも飛び回ってるから、助けを呼ぶこと」
「はい。もちろんです」
「戦いたい! 戦いたい!」
勇者ともなれば、ヒュドラ相手に善戦するだろう。
毒が付与されてしまえば死へ一直線だが、それよりも前にヒュドラが倒される確率の方が高い。
アリスとて、それが分かりきっていてヒュドラを送り出すような真似はしない。
しかしヒュドラは精神年齢が低いのか、納得がいかないようだ。姉であるキマイラに諭されても、ブンブンと頭を横に振っている。
「駄目ですよ、ヒュドラ」
「うぅーっ!」
「そんなに戦いたいなら、今度私が手合わせしようか?」
「いいんですか!? やるやる!!」
「もう、ヒュドラ! アリス様も……」
ヒュドラは無邪気に喜んでいる。
二体は、エキドナの子供という設定にしたわりには、あまり彼女とは似通っていない。
似ているところがあるとすれば、幹部が持つ部下の中で最も硬い防御を誇るところだろう。
実践においても引けを取らず、防衛戦でも力を発揮する。防御値は部下の中で最も高く設定したのだから、当然だ。
そうは言っても、勇者の攻撃に勝てる訳では無い。
エキドナならば無傷だろうが、ヒュドラもキマイラもレベルが160ほどしかない。
レベル199の、この世界の最高レベルを持つ勇者相手であれば、確実に負ける。
だから彼女たちには、逃げを選んでもらうのだ。
「あはは。さてと、そろそろ回収の手伝いに行こうかな」
「はい。では残っている人間を、蹴散らしてまいります」
「毒だあ~!」
三人が会話をしている間に、ルーシーが黙々と魔獣の運び出しを行っている。
アリスもそれに参戦しようと動き出せば、キマイラとヒュドラもまた観戦席へと飛び込んで行った。
◆
勇者たちが魔獣と客との間に入り、応戦しているものの、その戦いは難航している。
勇者である三人の攻撃が、ほぼ通らないのだ。
彼らからすれば、レベルの低い魔獣のはずなのに、死ぬ様子どころか怪我を負っている様子も見られない。
「ひぃいい!」
「うわああぁあぁ!」
三人が試行錯誤している間も、こうして命は無惨に奪われていく。
「……多分、アリス様の仕業ですね」
「絶対そうだろ」
「すっごーい! 間近で見れないのが悔しいぃ……」
「……は、ハハ、ははは……。さ、逆らわないでおこう……」
「何か仰っしゃりました?」
「いえっ! なっななな、なにもっ!!」
ヨナーシュたちは、混乱する会場のなかで比較的安全に撤退が可能だった。
当たり前だが比較的安い――それでも庶民からすればありえない金額だが――一般席と違って、グレゴワールの滞在していたのはVIP席だ。なにかがあった場合、優先的に逃げられるように出来ている。
それに闘技場が間近にあるあの場所とは違い、少し小高い場所に出来ている。
魔獣が襲うよりも先に、逃げられるというわけだ。
「VIP席が上部にあって助かりましたね。金を積んでいる人間は、比較的逃げやすく助かりやすい」
「それは、どうも……」
「とはいえうかうかしていれば死にますから。早く行きますよ」
「はっ、はい」
警備員が誘導しているのに従いながら、ヨナーシュたちも急ぐ。
グレゴワールからすれば魔獣が襲ってくることが危険だが、ヨナーシュたち魔人からすれば、勇者に見つかることも危険にさらされることになる。
茜はともかく、ヨナーシュとフィリベルトはレベル150近辺だ。スキルや魔術でステータスを見られた場合、敵対勢力だとすぐに分かってしまう。
勇者たちの注意が会場に向いている今、こうして急いで逃げるしかない。
「にしても、事前に教えてくれりゃいいのにな」
「わかる~」
「先に通知をして、我々だけ逃げたら真っ先に疑われます。逃げるだけならば我々でも可能ですし、元勇者のアカネ様もおられますから」
「な~るほど」
ヨナーシュは茜の戦闘能力を知らない。
しかし、アリスの殴打を受けてピンピンしていたと知れば、何となく分かるだろう。
レベル200たる高みであるアリスの、魔術付与すらない普通の拳であっても、その攻撃力は相当なものだ。
下手すればフィリベルトやヨナーシュならば、死んでしまうかもしれない。
ゆえにヨナーシュは、茜の力を信じていた。
四人が急いでいれば、誘導員に苦情を入れている富豪が見えた。
この状況でも自分の文句を言いたいという、ある意味褒められた精神だ。
ヨナーシュはグレゴワールをチラリと見ると、たまたまグレゴワールと目が合った。グレゴワールは首を激しく横に振り、「自分はそんな馬鹿な行為しません!」と意思を表す。
「そうですよね。せっかく我々が逃しているのに、自ら命を絶つような愚行をするはずがありませんよね」
「もっ、もも、モチロンです!!」
「ヨナーシュ、お前こいつに何言ったんだ?」
「後学のためにも教えてよ!」
「フフフッ……」
「ひぃ……」
タトゥーの大量に入ったスキンヘッド男が、長髪の優男に怯えているのはなかなか稀な例である。
ヨナーシュも、ここずっとアリスに怯えていた。それもあってか、久々に上に立つ存在として力を振るえて、全盛期を思い出して楽しそうである。
『三人とも』
「!」
「通信?」
「わぁ♡」
広い闘技場から逃げている最中、アリスからやっと通信が来る。
あれだけ散々暴れまわっておいて、今更連絡が来たのだ。
とりあえず忘れられてないことにだけホッと胸をなでおろした。
『私はこの子達を城まで連れてく。しばらくしたらそっちに戻るから、そのままスライムを連れて宿まで戻って』
「かしこまりました」
『じゃ』
アリスは伝えたいことだけを言うと、さっさと通信を切ってしまった。
短い通信だったが、ヨナーシュが内容を理解するには十分だった。アリスの意図を理解した彼は、頭を抱える。
「この子達と言ってましたね……」
「? ああ」
「複数体をペットにするつもりですね、アリス様」
「えぇ!? 私だけで十分じゃない!?」
「今は突っ込む気力もないので無視します。我々は屋敷に戻りましょう。もう今日はトーナメントどころではありませんから」
「で、では行きましょうか」
「はい」
四人はグレゴワールの屋敷へと戻ることにした。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
幼女と執事が異世界で
天界
ファンタジー
宝くじを握り締めオレは死んだ。
当選金額は約3億。だがオレが死んだのは神の過失だった!
謝罪と称して3億分の贈り物を貰って転生したら異世界!?
おまけで貰った執事と共に異世界を満喫することを決めるオレ。
オレの人生はまだ始まったばかりだ!
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
【死に役転生】悪役貴族の冤罪処刑エンドは嫌なので、ストーリーが始まる前に鍛えまくったら、やりすぎたようです。
いな@
ファンタジー
【第一章完結】映画の撮影中に死んだのか、開始五分で処刑されるキャラに転生してしまったけど死にたくなんてないし、原作主人公のメインヒロインになる幼馴染みも可愛いから渡したくないと冤罪を着せられる前に死亡フラグをへし折ることにします。
そこで転生特典スキルの『超越者』のお陰で色んなトラブルと悪名の原因となっていた問題を解決していくことになります。
【第二章】
原作の開始である学園への入学式当日、原作主人公との出会いから始まります。
原作とは違う流れに戸惑いながらも、大切な仲間たち(増えます)と共に沢山の困難に立ち向かい、解決していきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる