魔王アリスは、正義の味方を殺したい。

ボヌ無音

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後編 第四章「楽園の守護者」

航路と昔話

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 ブライアンに言われた日時に、アリスは港へ来ていた。来ていたと言っても〈転移門〉をまたぐだけだ。
 もちろんだが魔王の姿ではない。旅行をする際に使用する、旅装束の女の姿。人間態である。
 そして当たり前のように旅道具すら持っていない。

 案内された船は、比較的小さな船だった。一般的な船に比べれば遥かに大きなサイズだが、パルドウィンが所有する船を考慮すれば小さい方だ。
 連れていく人数が大人数だからではないからだ。
 本来であればもっと大きな船を、何隻も用意する。兵士も何百と用意をし、魔術師や薬師、その他補助要員を連れて出発する。
 パルドウィンが戦力不足になっていることもそうだが、今回同行する魔王軍が、その数百の戦力以上の働きをしてくれるからだ。
 今回連れて行くのは、必要最低限。
 船乗りに、救護班。船着き場は安全であるため、彼らはそこで待機する。

 ブライアンは、一人で現れたアリスを見て驚いている。
 アリス一人でも事足りるのだろうが、魔王側も人員を選定すると聞いていたため、誰も居ないことを疑問に思ったのだ。

「あの……アリス様。供回りの方は?」
「向こうについたら転移させる。彼らも仕事があるからな」
「あ、はい……」

 船はアリス、そしてアレックスやダニーらを乗せると、パルドウィンの港をあとにした。


 船が出発するとすぐ、アリスは「寝る」とだけいって部屋にこもってしまった。
 誰も魔王をもてなしたくなかったため、それを咎めるものもいない。
 天候も良好で、魔王は静か。船旅は順調な始まりだった。

 デッキには、アレックスとダニーがいた。
 お互いに割り振られた部屋にいてもよかったのだが、船員やほかの乗組員たちが忙しなく動き回っており、休めるような様子ではなかった。
 パルドウィンから永久の庭まで、数日。順調に行けば三日程度で到着できる。
 その短い間で、彼らはアリスたちをサポートできるように完璧にしておかねばならない。人数も少ないこともあって、それはさらに忙しくなる。
 アレックスたちもその作業に加わりたかったが、誰もが口を揃えて「島での探索をしてくださる方々の、お手を煩わせるわけにはいきません」と、キッパリ断られてしまうのだ。

 そんなわけで、逃げてきた先がデッキ。天候が良いため、ぽかぽかと暖かい。
 アレックスはダニーを見つけると、勢いよく頭を下げた。

「ダニー様っ。ご挨拶が遅れました、アレックス・トイと申します」
「……堅苦しいのはよしてくれ。俺は引退した爺だ」
「な、そんなことありません! 引退し、片腕でもなお――冒険者として名を馳せていると耳にしております」
「……はぁ」

 ハッキリ言えば、ダニーはアレックスのような熱意のある若者は苦手だった。
 同じ歳の頃の自分が情熱を持っていなかったことと、歳をとって更にそれがなくなっていったことが大きい。

 アレックスは褒めてくれるものの、騎士団でのダニーの働きは至って普通だ。
 周りより少しだけ剣の腕がいいから騎士団に入り、特にこれといった目標もなくただただ生きる。
 歳をとってきた頃、腕を失ったこともあってそれを引退の理由にした。
 そんなたいして褒められる訳でもない人生を送っている。

「お前だってその歳で、そのレベルだ。十分すごいだろ」
「……すごくありません。レベルが高くとも歳のせいで、戦争に行けませんでしたから」
「あー、でも行ったら死んでただろ? あの魔王さん、ほとんどを殺したそうじゃないか」
「だからこそです! 戦争に行かずのうのうと過している、自分が許せないんです!」

 熱意を持って話すアレックスを見て、ダニーは嘆息した。
 戦争には、仮病や言い訳を使って行かなかった大人たちだっている。ダニーからすれば懸命な判断とも言えるが、この少年はそうはいかないのだろう。
 〝行かなかった罪〟を背負って生きるよりは、〝行った名誉で死ぬ〟方がいいらしい。
 ダニーには理解し難いことだった。


 それからというもの、アレックスが子犬のようについて回った。
 ダニーの過去について根掘り葉掘り聞いてきて、追い払おうにも今後一緒に島を回るためには変なことは言えない。
 仕方なくどうでもいい話に付き合っていれば、遠くに島が見えてきた。
 船員の話によれば、特に天候も悪くないため早く到着出来そうだという。
 このアレックスから開放されるなら良いことなのかもしれないが、誰も帰らない永久の庭だ。ダニーは複雑だった。

「順調に行けば、あと数時間で到着です」
「そうか。じゃあ魔王さんを起こしたほうがいいんじゃないか?」
「……あー」

 ダニーがそう言うと、船員は途端に顔色を悪くする。
 航海――正確には河川だが――が始まって、はや三日近く経過していた。初日にあの女は「寝る」といって部屋にこもり、それから出てきていない。
 何度か確認のために部屋に入ったようだが、文字通りずっと眠っているらしい。
 魔王も休息が必要なのだろうか、と誰もが首をひねっていた。
 それはともかく、パルドウィンの人間は未だに魔王に対していい印象を抱いていない。英雄様を狂わせた悪者で、若い勇者パーティーをことごとく殺した残虐者で、誰もが逆らえない絶対者。
 好き好んで魔王に話しかけるものなどおらず、いくら仕事だと言えども声をかけたくはないのだ。

「俺が言ってくるよ」
「そ、それは……」
「大丈夫。殺されるこたないだろ」

 心配そうな目線をよこす船員をよそに、ひらひらと手を振って、ダニーは魔王の眠っている部屋へ向かった。
 向かうまでの間も船員たちが上陸に向けて忙しなく動き回っている。彼らは戦闘に加わらなくとも、パルドウィンの二人へのサポート、そしてパルドウィンが初めて〝永久の庭から帰る〟伝説を残すために。

 走り回る船員たちの横を抜けて、部屋へと到着する。さほど広くはない船のため、ダニーはアリスの寝ている部屋にはすぐにたどり着いた。
 コンコンと一応ノックをしてみるも、返答がない。まさか無視でもしているのか、と思った。
 念のためひと声かけて、ダニーは扉に手をかける。

「……入るぞ?」

 よくよく考えたら、魔王とて女だったな――とダニーはふと思う。女性の部屋に入ることに少々の申し訳無さを感じつつ、用事があるのだと頭に言い聞かせる。
 中はシンとしていて、かすかな呼吸音だけが聞こえる。彼女の言う通りなのであれば、眠っているのだろう。
 視界から飛び込む情報も、それに間違いない。設置されていた簡素なベッドに、女魔王はごろりと寝転がっていた。
 ダニーは寝ていたときのために、声を落として話しかけた。

「起きてるか? あと数時間で、到着だそうだ」
「……」

 返事こそなかったものの、寝転がっていたアリスはごろりと体勢を変えて、ダニーの方へと向いた。
 いま起きたばかりという様子ではなく、目もはっきり開いている。となれば先程のノックは、あえて無視をされたということになる。
 ここに至るまでの申し訳無さを思い出して、ダニーは少しだけ苛立った。

「起きてるじゃないか」
「起きてるとも。睡眠は不要な存在だからねぇ」
「じゃあなんで……」
「んー……。味方どころか、供回りもいない。誰かが奇襲でもしてくるかと待っていたんだけど」
「……はぁ、あんたも人が悪い」
「あはは、そりゃどーも」

 アリスは体をぐっと伸ばす。そのまま起きるのかと思えば、猫のようにまたベッドへと転がってしまった。
 どうやら最終的に陸へと到着するまで、ずっと部屋に籠もっているらしい。安心といえば安心だが、飽きはしないのだろうかと心配になる。

「それに私はみんなに嫌われてるんだろ? 邪魔者は引きこもっていたほうが安心さ」
「そうかよ……」
「ついたらまた来てくれ。あの魔王は問題なかったって、船員を安心させてやって」
「はいはい」

 ダニーはそのまま部屋を出て、アリスについてのことを船員に説明した。
 元騎士団のダニーが言う事なのであれば、と誰もが信じていた。出てこない魔王に対しても不審に思うことはなく、到着までまた忙しく働き出すのだった。

 結局アリスは、最後の最後まで部屋から出てこなかった。
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