魔王アリスは、正義の味方を殺したい。

ボヌ無音

文字の大きさ
269 / 339
後編 最終章「確約」

軍の対処

しおりを挟む
 アリスも好きな幹部たちと一緒にいれば、数時間という時の流れはすぐに過ぎる。
 ジョルネイダ公国の軍艦はもう岸辺まで来ており、兵士たちが地上に降りてくるのも一時間とかからないだろう。
 しばらくすれば街の中を歩き始めるはずだ。
 小高い丘から見下ろすアリスたちには、その様子がはっきりと見えている。

「しかし、アリス様ッッ! 本当に軍は使わずしてよろしいのでしょうか!」
「今回はね、ベルに一掃してもらおうかなーって」
「え!? あたしですか!?」
「うん」

 アリスはニコリと笑顔を作る。子供がするような、無邪気な笑みだった。
 彼女にとって、これから言い渡す命令が楽しみでしょうがない。とはいえ、アリスは〝それ〟を最後まで見届けられないので、楽しさ半分、虚しさ半分だ。

「完全体で暴れてみたいでしょ?」
「……はい?」
完全体むしになって蹂躙してみたらどうかなーって」
「えぇえぇええぇえぇ!?!?」
「一回も解放したことないでしょ」
「いやいやいや、アリス様。何言ってんですか!」

 ベル・フェゴールの完全虫化。
 それは強大な力を引き出すことの代償として、理性も知性も失う。ベルの意識も野生的で本能だけに従う、完全な虫になる。
 仲間であろうと敵であろうと、誰彼構わず攻撃を仕掛ける。人間でも魔族でも誰でも関係がないため、イルクナーに人がいる状況で命令するやり方ではない。
 それに完全体は、彼女が戦闘不能になるまで続くのだ。

「これだけ幹部が揃ってるなら、止められるよね?」
「勿論です」
「当然ですッッ!」
「あーしも頑張りますっ」
「えぇ~……」

 自分では制御できない完全体は、ベルにとって歩く失敗だ。
 アリスがそう〝設定〟したのならば否定は出来ないが、この世界に来てからベルは失敗続き。そうそう簡単に開放などしたくない。
 止めるとなれば、幹部が全力で止めに入ることになる。それか最悪の場合、アリスの手を煩わせることとなるのだ。

「心配なら、エンプティの亜空間でやったらどう? イルクナーには被害はなし、勇者とも切り離せる」
「それが良いかと。私の管理下でしたら、どうにでもなります」
「でしょー」
「え、え、本気ですか?」
「嫌なの?」
「嫌では……ないですけど……」

 ベルとしては――ベルの理性としては断りたい。
 しかしはっきりとノーと言えないのは、彼女が今まで殺人衝動を必死に我慢してきたからだ。
 欲求不満、鬱憤がたまる。そんな状況で、こんな命令をされれば。真っ先に否定など出来ない。
 ベルの中には、完全体になって暴れまわりたいと期待している自分もいるのだ。

「大丈夫。サクッと勇者を殺して、私が目を覚ましてあげるよ」
「……。…………やりたい、です」
「よろしい。ではベルは先に亜空間へ。ジョルネイダの軍が入り次第、力の解放」
「……はいっ!」

 あれだけ躊躇っていたものの、返事は明るかった。
 幾度の失敗を重ねてきた彼女にとって、その失敗をしてもいいと許されたようなものだ。寛大で、絶対的な魔王たるアリスに、多大なる感謝の念を向けた。

 ベルが精神統一も兼ねて準備運動をしていると、見知った人間の少年が近づいてくる。この場にいる人間は一人だけ。リーベだ。
 リーベはキラキラと目を輝かせて、ベルを見つめている。
 まるで、少年が〝かっこいいもの〟を見て、心を躍らせるようだ。

「ベル、虫になるの?」
「え、あぁ、坊ちゃん……。はい……」
「かっこいい、見たーい!」
「絶ッッ対、ダメッッですッッ」
「えー」

 キマイラやヒュドラからはじまり、ハインツのドラゴン形態などが好きなリーベにとって、強い虫というものは憧れだ。最近では、アリスが連れ帰った魔獣も好きらしい。
 しかも幹部が変身するというのだから、それは興味がある。
 しかしながらベルにとっては、アリスの息子に危害を加える可能性があることだ。自分をかっこいいと褒めてくれるのは嬉しいが、理性も知性も失われてしまう以上、どんな結果を引き起こすのか分からない。
 幹部相手ならばまだしも、ただの人間であるリーベに見せられるはずがないのだ。

『ほら、大人しくこっちで宿題やりましょ』
「はぁーい」

 イヴに連れられて、リーベは再び木陰の方へと移動する。
 不貞腐れた表情だったものの、アリスの補佐をするために勉強は欠かせないと、気分を切り替えていた。


『なぁ、魔王よ』
「ん?」
『わしが言うのもなんだが、本当に殺すのか』

 エレメアは、今までで一番神妙な面持ちで話しかける。
 それは普段からからかわれているエレメアではなく、数百年生きてきた精霊たる威厳のある顔だった。
 雰囲気が変わったことで、アリスも質問を真面目に受け取った。

「別に初めてじゃないよ。リーベのこと、聞いてないの?」
『む? 貴様の子じゃろう?』
「育ての親って意味ではね。あの子、パルドウィンの勇者の子だよ?」
『なんじゃとお!?』

 リーベは、パルドウィンの勇者であるオリヴァー・ラストルグエフと、その恋人のユリアナ・ヒュルストの子供だ。
 二人は愛を育み、ユリアナの体には命が宿った。
 それが欲しくなったアリスは、ユリアナを拉致。母体から引き剥がして、魔力を与え続けて育て上げた。
 それがリーベである。
 リーベは見た目が十歳程度ではあるものの、本当の年齢は一歳にも満たない。アリスが無理矢理肉体年齢を引き上げて、脳みそに直接知識を植え付けたことで、現在の姿になっている。
 さらに言えば、魔力を与えて育てた結果、〈暴食ブリーミア〉というデメリットともなるスキルを得てしまったのだが。

『もうわしが何を言おうとも無意味じゃな……』
「引き止める気だったの?」
『一応精霊としてなぁ……』
「そっか。ありがとう。でもこれは、使命でもあるし、ずっと楽しみにしていることなんだ」
『……無駄ということじゃな』
「ごめんね」

 謝罪を述べたものの、微塵も〝悪い〟とは思っていない。無邪気に笑うその表情がすべてを物語っていた。
 エレメアもそれを察したのか、自分ではどうにも出来ないと諦めたのか。空中で横になると、「くぁあ」と小さく欠伸をして目を閉じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

【死に役転生】悪役貴族の冤罪処刑エンドは嫌なので、ストーリーが始まる前に鍛えまくったら、やりすぎたようです。

いな@
ファンタジー
【第一章完結】映画の撮影中に死んだのか、開始五分で処刑されるキャラに転生してしまったけど死にたくなんてないし、原作主人公のメインヒロインになる幼馴染みも可愛いから渡したくないと冤罪を着せられる前に死亡フラグをへし折ることにします。 そこで転生特典スキルの『超越者』のお陰で色んなトラブルと悪名の原因となっていた問題を解決していくことになります。 【第二章】 原作の開始である学園への入学式当日、原作主人公との出会いから始まります。 原作とは違う流れに戸惑いながらも、大切な仲間たち(増えます)と共に沢山の困難に立ち向かい、解決していきます。

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。 授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。

処理中です...