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後編 最終章「確約」
軍の対処
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アリスも好きな幹部たちと一緒にいれば、数時間という時の流れはすぐに過ぎる。
ジョルネイダ公国の軍艦はもう岸辺まで来ており、兵士たちが地上に降りてくるのも一時間とかからないだろう。
しばらくすれば街の中を歩き始めるはずだ。
小高い丘から見下ろすアリスたちには、その様子がはっきりと見えている。
「しかし、アリス様ッッ! 本当に軍は使わずしてよろしいのでしょうか!」
「今回はね、ベルに一掃してもらおうかなーって」
「え!? あたしですか!?」
「うん」
アリスはニコリと笑顔を作る。子供がするような、無邪気な笑みだった。
彼女にとって、これから言い渡す命令が楽しみでしょうがない。とはいえ、アリスは〝それ〟を最後まで見届けられないので、楽しさ半分、虚しさ半分だ。
「完全体で暴れてみたいでしょ?」
「……はい?」
「完全体になって蹂躙してみたらどうかなーって」
「えぇえぇええぇえぇ!?!?」
「一回も解放したことないでしょ」
「いやいやいや、アリス様。何言ってんですか!」
ベル・フェゴールの完全虫化。
それは強大な力を引き出すことの代償として、理性も知性も失う。ベルの意識も野生的で本能だけに従う、完全な虫になる。
仲間であろうと敵であろうと、誰彼構わず攻撃を仕掛ける。人間でも魔族でも誰でも関係がないため、イルクナーに人がいる状況で命令するやり方ではない。
それに完全体は、彼女が戦闘不能になるまで続くのだ。
「これだけ幹部が揃ってるなら、止められるよね?」
「勿論です」
「当然ですッッ!」
「あーしも頑張りますっ」
「えぇ~……」
自分では制御できない完全体は、ベルにとって歩く失敗だ。
アリスがそう〝設定〟したのならば否定は出来ないが、この世界に来てからベルは失敗続き。そうそう簡単に開放などしたくない。
止めるとなれば、幹部が全力で止めに入ることになる。それか最悪の場合、アリスの手を煩わせることとなるのだ。
「心配なら、エンプティの亜空間でやったらどう? イルクナーには被害はなし、勇者とも切り離せる」
「それが良いかと。私の管理下でしたら、どうにでもなります」
「でしょー」
「え、え、本気ですか?」
「嫌なの?」
「嫌では……ないですけど……」
ベルとしては――ベルの理性としては断りたい。
しかしはっきりとノーと言えないのは、彼女が今まで殺人衝動を必死に我慢してきたからだ。
欲求不満、鬱憤がたまる。そんな状況で、こんな命令をされれば。真っ先に否定など出来ない。
ベルの中には、完全体になって暴れまわりたいと期待している自分もいるのだ。
「大丈夫。サクッと勇者を殺して、私が目を覚ましてあげるよ」
「……。…………やりたい、です」
「よろしい。ではベルは先に亜空間へ。ジョルネイダの軍が入り次第、力の解放」
「……はいっ!」
あれだけ躊躇っていたものの、返事は明るかった。
幾度の失敗を重ねてきた彼女にとって、その失敗をしてもいいと許されたようなものだ。寛大で、絶対的な魔王たるアリスに、多大なる感謝の念を向けた。
ベルが精神統一も兼ねて準備運動をしていると、見知った人間の少年が近づいてくる。この場にいる人間は一人だけ。リーベだ。
リーベはキラキラと目を輝かせて、ベルを見つめている。
まるで、少年が〝かっこいいもの〟を見て、心を躍らせるようだ。
「ベル、虫になるの?」
「え、あぁ、坊ちゃん……。はい……」
「かっこいい、見たーい!」
「絶ッッ対、ダメッッですッッ」
「えー」
キマイラやヒュドラからはじまり、ハインツのドラゴン形態などが好きなリーベにとって、強い虫というものは憧れだ。最近では、アリスが連れ帰った魔獣も好きらしい。
しかも幹部が変身するというのだから、それは興味がある。
しかしながらベルにとっては、アリスの息子に危害を加える可能性があることだ。自分をかっこいいと褒めてくれるのは嬉しいが、理性も知性も失われてしまう以上、どんな結果を引き起こすのか分からない。
幹部相手ならばまだしも、ただの人間であるリーベに見せられるはずがないのだ。
『ほら、大人しくこっちで宿題やりましょ』
「はぁーい」
イヴに連れられて、リーベは再び木陰の方へと移動する。
不貞腐れた表情だったものの、アリスの補佐をするために勉強は欠かせないと、気分を切り替えていた。
『なぁ、魔王よ』
「ん?」
『わしが言うのもなんだが、本当に殺すのか』
エレメアは、今までで一番神妙な面持ちで話しかける。
それは普段からからかわれているエレメアではなく、数百年生きてきた精霊たる威厳のある顔だった。
雰囲気が変わったことで、アリスも質問を真面目に受け取った。
「別に初めてじゃないよ。リーベのこと、聞いてないの?」
『む? 貴様の子じゃろう?』
「育ての親って意味ではね。あの子、パルドウィンの勇者の子だよ?」
『なんじゃとお!?』
リーベは、パルドウィンの勇者であるオリヴァー・ラストルグエフと、その恋人のユリアナ・ヒュルストの子供だ。
二人は愛を育み、ユリアナの体には命が宿った。
それが欲しくなったアリスは、ユリアナを拉致。母体から引き剥がして、魔力を与え続けて育て上げた。
それがリーベである。
リーベは見た目が十歳程度ではあるものの、本当の年齢は一歳にも満たない。アリスが無理矢理肉体年齢を引き上げて、脳みそに直接知識を植え付けたことで、現在の姿になっている。
さらに言えば、魔力を与えて育てた結果、〈暴食〉というデメリットともなるスキルを得てしまったのだが。
『もうわしが何を言おうとも無意味じゃな……』
「引き止める気だったの?」
『一応精霊としてなぁ……』
「そっか。ありがとう。でもこれは、使命でもあるし、ずっと楽しみにしていることなんだ」
『……無駄ということじゃな』
「ごめんね」
謝罪を述べたものの、微塵も〝悪い〟とは思っていない。無邪気に笑うその表情がすべてを物語っていた。
エレメアもそれを察したのか、自分ではどうにも出来ないと諦めたのか。空中で横になると、「くぁあ」と小さく欠伸をして目を閉じた。
ジョルネイダ公国の軍艦はもう岸辺まで来ており、兵士たちが地上に降りてくるのも一時間とかからないだろう。
しばらくすれば街の中を歩き始めるはずだ。
小高い丘から見下ろすアリスたちには、その様子がはっきりと見えている。
「しかし、アリス様ッッ! 本当に軍は使わずしてよろしいのでしょうか!」
「今回はね、ベルに一掃してもらおうかなーって」
「え!? あたしですか!?」
「うん」
アリスはニコリと笑顔を作る。子供がするような、無邪気な笑みだった。
彼女にとって、これから言い渡す命令が楽しみでしょうがない。とはいえ、アリスは〝それ〟を最後まで見届けられないので、楽しさ半分、虚しさ半分だ。
「完全体で暴れてみたいでしょ?」
「……はい?」
「完全体になって蹂躙してみたらどうかなーって」
「えぇえぇええぇえぇ!?!?」
「一回も解放したことないでしょ」
「いやいやいや、アリス様。何言ってんですか!」
ベル・フェゴールの完全虫化。
それは強大な力を引き出すことの代償として、理性も知性も失う。ベルの意識も野生的で本能だけに従う、完全な虫になる。
仲間であろうと敵であろうと、誰彼構わず攻撃を仕掛ける。人間でも魔族でも誰でも関係がないため、イルクナーに人がいる状況で命令するやり方ではない。
それに完全体は、彼女が戦闘不能になるまで続くのだ。
「これだけ幹部が揃ってるなら、止められるよね?」
「勿論です」
「当然ですッッ!」
「あーしも頑張りますっ」
「えぇ~……」
自分では制御できない完全体は、ベルにとって歩く失敗だ。
アリスがそう〝設定〟したのならば否定は出来ないが、この世界に来てからベルは失敗続き。そうそう簡単に開放などしたくない。
止めるとなれば、幹部が全力で止めに入ることになる。それか最悪の場合、アリスの手を煩わせることとなるのだ。
「心配なら、エンプティの亜空間でやったらどう? イルクナーには被害はなし、勇者とも切り離せる」
「それが良いかと。私の管理下でしたら、どうにでもなります」
「でしょー」
「え、え、本気ですか?」
「嫌なの?」
「嫌では……ないですけど……」
ベルとしては――ベルの理性としては断りたい。
しかしはっきりとノーと言えないのは、彼女が今まで殺人衝動を必死に我慢してきたからだ。
欲求不満、鬱憤がたまる。そんな状況で、こんな命令をされれば。真っ先に否定など出来ない。
ベルの中には、完全体になって暴れまわりたいと期待している自分もいるのだ。
「大丈夫。サクッと勇者を殺して、私が目を覚ましてあげるよ」
「……。…………やりたい、です」
「よろしい。ではベルは先に亜空間へ。ジョルネイダの軍が入り次第、力の解放」
「……はいっ!」
あれだけ躊躇っていたものの、返事は明るかった。
幾度の失敗を重ねてきた彼女にとって、その失敗をしてもいいと許されたようなものだ。寛大で、絶対的な魔王たるアリスに、多大なる感謝の念を向けた。
ベルが精神統一も兼ねて準備運動をしていると、見知った人間の少年が近づいてくる。この場にいる人間は一人だけ。リーベだ。
リーベはキラキラと目を輝かせて、ベルを見つめている。
まるで、少年が〝かっこいいもの〟を見て、心を躍らせるようだ。
「ベル、虫になるの?」
「え、あぁ、坊ちゃん……。はい……」
「かっこいい、見たーい!」
「絶ッッ対、ダメッッですッッ」
「えー」
キマイラやヒュドラからはじまり、ハインツのドラゴン形態などが好きなリーベにとって、強い虫というものは憧れだ。最近では、アリスが連れ帰った魔獣も好きらしい。
しかも幹部が変身するというのだから、それは興味がある。
しかしながらベルにとっては、アリスの息子に危害を加える可能性があることだ。自分をかっこいいと褒めてくれるのは嬉しいが、理性も知性も失われてしまう以上、どんな結果を引き起こすのか分からない。
幹部相手ならばまだしも、ただの人間であるリーベに見せられるはずがないのだ。
『ほら、大人しくこっちで宿題やりましょ』
「はぁーい」
イヴに連れられて、リーベは再び木陰の方へと移動する。
不貞腐れた表情だったものの、アリスの補佐をするために勉強は欠かせないと、気分を切り替えていた。
『なぁ、魔王よ』
「ん?」
『わしが言うのもなんだが、本当に殺すのか』
エレメアは、今までで一番神妙な面持ちで話しかける。
それは普段からからかわれているエレメアではなく、数百年生きてきた精霊たる威厳のある顔だった。
雰囲気が変わったことで、アリスも質問を真面目に受け取った。
「別に初めてじゃないよ。リーベのこと、聞いてないの?」
『む? 貴様の子じゃろう?』
「育ての親って意味ではね。あの子、パルドウィンの勇者の子だよ?」
『なんじゃとお!?』
リーベは、パルドウィンの勇者であるオリヴァー・ラストルグエフと、その恋人のユリアナ・ヒュルストの子供だ。
二人は愛を育み、ユリアナの体には命が宿った。
それが欲しくなったアリスは、ユリアナを拉致。母体から引き剥がして、魔力を与え続けて育て上げた。
それがリーベである。
リーベは見た目が十歳程度ではあるものの、本当の年齢は一歳にも満たない。アリスが無理矢理肉体年齢を引き上げて、脳みそに直接知識を植え付けたことで、現在の姿になっている。
さらに言えば、魔力を与えて育てた結果、〈暴食〉というデメリットともなるスキルを得てしまったのだが。
『もうわしが何を言おうとも無意味じゃな……』
「引き止める気だったの?」
『一応精霊としてなぁ……』
「そっか。ありがとう。でもこれは、使命でもあるし、ずっと楽しみにしていることなんだ」
『……無駄ということじゃな』
「ごめんね」
謝罪を述べたものの、微塵も〝悪い〟とは思っていない。無邪気に笑うその表情がすべてを物語っていた。
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