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13:噂のキス

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13 噂のキス



 …そして、イリは、座り込んでしまった。


「…タカにぃ~の子供…

 …アタシじゃだめみたい…


 ぁ。タカにぃ~って言っちゃった…」


 きんつばは、イリの顔をペロペロなめていた。


辛くて、悲しくて、怖くて、寂しくてたまらない…イリ?

世界に一人ぼっちのような…イリ?

犬を撫でるイリからは、

以前とはまったく違う、別人のような雰囲気が漂っていた…。

そして、きんつばのお腹を撫でたとき、

「あっ!

 

 赤ちゃん?

 

 赤ちゃんいるんだ!

 ママになるんだね。

 元気な子を産むんだよ~


 アタシも赤ちゃん欲しかったな…。


 えっ!?……」


 思わぬ言葉が口を伝い、そっときんつばを抱くと、尻尾がパタパタ揺れた。


コンコン


 ノックの音がした。


「え? うわぁ!」


 振り向くと、開けっ放しのドアに男の人が立っていて、イリは犬を抱き身構えてしまった。


「な、なんですか! あいつの手下?!


 近づかないで~!!」


 犬を背で押さえ、ジリジリ下がるイリ。


「んーさっきからずっと見てたけど、大丈夫?

 とても、深刻そう…」


 男の人は中へ入って来た。


「だ、誰なんです~~~あなた!」


 声はかすれ、震えるイリ。


「え? ここの部屋の主だけど? 


 まぁ正しくはばーちゃんのだけどね」


 そう言うと、大きくて重そうな皮製かばんを下ろした。


「あぁああ あぁあああ~ ごめんなさい~


 この子が逃げ回ってやっと捕まえれたらここに来ちゃっててぇ~


 いけませんねーこの子ったら アハ」


 犬の頭を押さえ、自分も一緒にペコペコし、ペロッと舌を出した。


「人が居たからこっちも、びっくりしたよ。 


 でも、ここはそーいう場所だからさ。


 てっきり君も、書きに来たんだと思ってたけど?…」


「いえいえ違います違います。


 落書きなんかしてません! 本当!」


「落書きか~ そっか、ほんとに知らずに来たみたいだね」


「うん。…入った瞬間びっくりしちゃった。


 でも、この部屋ってなんなんですか?


 人が住んでるとは思えないし」


 二人は所狭しと書き連ねられた、相合傘の書き込みを見回した。

「んーここは”恋人たちの部屋”」


 男がスイッチを入れると、淡い紫の光が真っ白い部屋を間接的に照らし、とても幻想的な雰囲気になった。


「こ・い・び・と・た・ち・の・へ・や?


 え?! それって、もしかして… キャーー♪」


 よからぬことを想像したイリは顔を真っ赤にし、 犬の口を両側へめいっぱい広げ照れ隠しした。


きんつばは涎をボトボト垂らした。


「え? あはははははは 違う違う


 顔赤くされると、こっちも照れてしまう。


 面白い子だね~ あはははは


 あ。俺、深紫タカオミって言うんだけど、君は?」


「フカムラサキ たたたたたたタカオミ~~!」


13-1 噂のキス


「~もしかして、下の惣領さんとお知り合いとか?」


「知ってるの? 


 ダブルタカとか呼ばれてたよ昔は~


 会うの久しぶりでさー


 ここに住んでるって知って驚いたよ~♪

 下行ったけど留守みたいでさ。


 君の名前は? 近所の子?」

「ぇ! あ! あ、アタシそろそろ失礼しまーっす。


 友達が心配してるかもなので!


 ごめんなさい。 ほんっとこの子ったら~


 あははは さー帰ろう~」


 犬をせりたて急いで部屋を出ようとすると、きんつばはまたもやジャンプした。

小柄なイリの腰から、グキッ!っと嫌な音がしたが、犬を背負ったままヨタヨタと駆けて行った。


「…大丈夫か~?

 結局名前ー教えてくれなかった。

 あははは でも、

 ばーちゃんの占いやっぱすごぃ!」


 突然現れた二人目のタカオミは、ぎくしゃく走るイリをドア越しに見送った。


『タカちゃん。あんたあの部屋で、

 とびっきりの可愛い子♪~っと…までは

 分からないがー

 きっと出逢うはずじゃ…お前の…

 だが、くれぐれも言っておくが…』


「ほんっとっ!

 ほんとに逢えたよ~


 運命の子に!」

 二人目のタカオミは大きくガッツポーズした!





 アヤンは魔法使いのおばーさんと話した”掟”をなんとか思い出そうとした。


でも、子供の頃の記憶はどこか曖昧で、ぼんやりしていたが、


このことだけは覚えていた。

「…片思いを勝手に成就させるのは…

 呪いでもあるって…」

 アヤンは低く静かに話した…。


「ゲゲッ!」


「呪…ですか」


 ミサキとカナは目を見合わせた。

「うん…でも、あたちは次の日、


 紫の小部屋に忍び込んだにょの…


 そして、いっぱい書かれた相合傘の壁に、


 書いちゃった…

 そしたら…」


「う~ん…そーんなことがあったのか… 


がきんちょの頃なら、俺だってだーれにも話せないな…


 恋人たちの部屋。実は呪の部屋…!


 ちびっとだけ こえぇえええ~~」


 ミサキは自分の肩を抱いた。


「…そのおばーさんの話すごい…

 たしかに、祈りを裏返せば一種の呪ですもの…」


「どどどどどうしよう? イリの名前が書かれてさ、もし、もしも!!」

 アヤンは怖くて震えた…。


「あほーーーー!

 よーく聞け!

 もし、その話しがホントなら、あっちこっち死人だらけ~~だ。

 そんなこと信じられねぇーー

 眉唾だ! やっぱ わはははは」


「でもでも、このままだと…イリちゃん…」


「うん…そーなんだ。そこなんだ!

 俺らに出来ることってやっぱ、

 タカオミには、後ほど吊るし上げるとして!

 とりあえず祈って上げることも重要みたいだ…。

 あいつの性格考えると…ちょっとどころか、

 かなり…コ・ワ・イよぉ~~!」

 へたり込み、蒼ざめるミサキだった。


「ダメ! 変なこと考えちゃダミー!!」

 アヤンは変な汗をかき、ミサキの背を叩いた。


「でもさ、そんな大昔の話し? どーやって探せば良いのやらだ…」

 ミサキは腕組みし、天井を見上げた。


「ごめんにょ 覚えが悪くて…」


「あやまるこたーなぃ!

 アヤンはなーんも悪くねぇし

 トモヤが良い情報探したかもだし!」


「そ、そうねーー イリの弟も ミヨちゃんもいるし~」

 ミサキとアヤンの顔に笑顔が戻った。


「そうです! 携帯♪ 携帯~♪」

 

 カナが思い出したように誰かに携帯をかけはじめた。


「お。誰にかけたん?」


「良い情報教えてもらえるといぃにゃ~

 カナ~がんばー♪」

 二人はカナに、もっと近づいた。


「あ。お久しぶりです♪ 

 あ。はぃ 私も元気です。 

 お忙しいときにお電話してごめんなさい。

 あの、唐突ですが。 お笑いにならずに聞いてもらえますか?」

『~とっても嬉しいですよ。

 そんな、改まらないでいつでも待ってるのに。

 うん? え? ほぉーそんな噂が?

 ー面白いね~ でも、僕は残念だけど…』

「うわぁー 明王タケルにかけたのか~ フィアンセの御曹司!」

「たまに経済雑誌とかに載ってるの見るにょ~」

「す、すげぇ~~♪」

「ありがとうございました♪ じゃー切りますね♪」

『~また、ヒルロンホテルでごはんでも食べましょう。嬉しかったよ声が聞けて』

 カナは携帯の彼に軽く、おじぎをし、

御曹司の声はとても低かったが、話し方は優しくミサキもアヤンもうっとりしていた。

「わ! 今、にゃんかホテルディナーとか聞こえたぁ~」

「カナー 俺もつれてけー ガルーー

 うまいもん喰わせろぉ~ ジュルルルル」

「そのうちね~ うふふ♪ 

 でね。彼自身は分からないって、でも、

 うちの学校に仕事関係で懇意にしてる会社の

 ご子息がいらっしゃるとかで、

 なんでも、その方この手の都市伝説情報に強い。って、

 教えてもらいましたわ~♪」

「おぉーーだれだれ?」


「えーっと、鹿児ヤスヒロさん♪」

「誰それ!!!」


「だりぇだっけ!!!」


「え? なんか… 名前を聞いても記憶にございません!

 みたいなぁ~

 おぞましい悪魔の響きガガガガ!

 なぁ~ワトソンくん!」

 ミサキは、アヤンを見て言った。


「…なんか、ぉ、悪寒がして、

 思い出したくにゃいよーな…

 なぁーワトソンく~ん!」

 アヤンは、ミサキを見て言った。二人とも主人公だった。


「カナー! 早まるな!! やめろぉーー」


「うぎゃーー話すだけで別の呪ぃがぁ~!」

 二人は大慌てで、

「ゾンビーズ~! BHB! オタクヒッキーズ

 @亜オダヘ;りイbヅエpウィガフェブぐわガー

 ダメ!ー ダメ!ーダメ~~ノォーーー!」

 意味不明なことをまくし立て、カナから携帯を奪おうとしたが、


「もしもし、初めまして。わたくし風祭カナと申します」


 ひらりひらりと、交わされてしまった。


「うぎゃーー か~けちゃった! かーけちゃったぁ」


「うううううーー よりによって、

 にゃんであいちゅ!? め、眩暈が~」


 へたり込んだミサキとアヤンは、抱き合いながら空の彼方へ昇天した…。


13-2 噂のキス


「んー なんだかすぐ見つかったなぁ…

 このページがきっと噂の核」

「そうだな! そーだよ!

 ヤッスーはあの子と! 僕はメグミさまーっと、

 これで、両思いになれるぅ~ イェーーーィ!」

 喜んでいたのはヨッシーだけで、

ヤスヒロとハイタッチしようとしたが、

無視され、トップページを声に出して読み始めた。


 彼らが見つけたのは、とてもシンプルなサイトだった。

中を見るには、会員登録とお金が必要だったが、


トップページのカウンターは、とんでもない桁数のMAXで止まり、

会員数も、はんぱ無い数だった。

一部読める、寄せられたコメントには、

なんと、海外有名スターの写真付きで、

[梅子はすばらしぃ~♪ 誰にも教えたくなかった。]

と、書いてあった。


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占い師:デーィプパープル梅子の

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「………」

 そして、ヤスヒロはヨッシーを見た…。

「霊感商法…」

 ヨッシーが先に言った。

ガウルルルルルルルー ウガガガガガ!

「まぁー乗せられた僕も馬鹿だった…ってことですな ケッ!」

 ヤスヒロは唸り、吐き捨てるように言った。

「で、でもさ嘘とは限らないよ、嘘とはっ!

 他のページでも、この梅子の占いは凄いって、

 書いてたジャンか!」

 ヨッシーは喰い下がった。

「まぁー君が一人でいけばぁ~?

 僕は降りる… 勝手にお金捨ててくればいい…

 特製ストラップ後で見せてね~♪」

 ヤスヒロは、二台のモニターの電源を切った。


「ふん! 僕だけが幸せになるなんて嫌だったから

 君も誘ったのに! 

 親友だと思ってたのに、どうやらこれまでだ!

 もういい一人で幸せになってやるぅ~」

 ヨッシーが、消されたモニターのスイッチを入れ、メモを取ろうとペンを出した。

「あ! 妹がいいよぉ~ お宝下着履けるよ?

 ギャーハッハッハッハ!!」

 ヤスヒロは腹を抱えて笑い、椅子をギシギシ揺らした。

すると、携帯が鳴り、覚えの無い着信番号だった。

「どなたさん?」

『はじめまして。風祭カナと申します』

「あん!…そ、そんな古典的な悪戯にはもう、

 ひっかからんぞ…

 誰だって? もう一度名を名乗れ~!」


『風祭カナです。 鹿児ヤスヒロさんですよね?

 間違ってました?』

「(ゲゲゲゲゲエゲッ!

 聞き覚えのあるこのしとやかなこの声!

 天上に住む麗しの~ご令嬢~!

 ごごごごごご! ご本人だ~~!)

 はっ! はい?

 な、なんのご用でショッカー!!」


 ヤスヒロはサッと、椅子の上で正座した。


「…じゃ僕はこれで、後悔してもしらんからなぁー フンッ!」

 ヨッシーは、席を立った。


「いてらしゃーぃ♪」

 送話口を押さえ、ヤスヒロはヨッシーに手を振った。





「ハァアアアア~ 仕方ないぁか… あいつらには、あいつらなりの

 利用法もあるか… ハァ~

 俺イリの様子見てくらぁ~

 ついでに、お花摘み行ってきますわ~ オホホホ」

 ミサキはうなだれて寝室を出ると、全開の窓でマドレーヌが何かに威嚇していた!

「ここは! ご当地じゃないーー!
 そんな脅しなんか怖くなーぃ!!」

「イリーーー!」

 ここは二階…だが、ミサキは構わず助走をつけた!






「え? 風祭さんも”恋人たちの部屋”さ、探してるの?

 それで、ぼ、僕が紹介されて?

 うんうん。 知ってる、知ってる。明王さん~

 (うわぁあああ~~ こ、これは奇跡だ~!)

 実はもう調べたんだよねー♪♪

 どどどっど、どしましょうか~?

 ななななな、なんだったら。僕んち来ませんか?

 住所ハァ~ハァハァハァ~

 (うわぁあああああ! 何口走ってるんだぼくぅうう!)

 え?! 

 あぅあぅあぅあぅあぅ~~」

 ヤスヒロの声は裏返り、バクバクの心臓は、血流を急激に増し爆発しそうだった!

『え!?』

 ドアノブを握り、帰ろうとしていたヨッシーが慌てて振り向くと、滝のような汗を流すヤッスーが爆死する前に言った。

「来るぅ~」

ドカーン!!!!

 辺りにヤッスーの破片が飛び散った。


「誰が… ~でも、もうそんなの知ったこっちゃない。 アディオス!」

 その時。急にドアが開いた。

ドガッ!

「ギャッ!」

 ドアに叩きのめされたヨッシーは、持っていたペンが、

なぜか鼻に突き刺さり血を噴いた!

 入って来たのはもちろんこの方。

ヤッスーが忌み嫌う、実の姉。S系アイドルタレントの”めぐみさまん”だった。

「あん? 馬鹿どもは、おねんねか?

 おもろそうなネタオシエロ~!」

 と、まずヨッシーの胸ぐらを掴み往復ビンタした!

すると、彼のポケットから、例のお宝が、ポロポロッと落ちてしまった…。

メグミはニヤ~っと笑った。
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