上 下
10 / 33

連載10回目:豪華ディナー

しおりを挟む
連載10:豪華ディナー



 検問を強化するため警官達が緊急増員されていき、
市内から続く道々にパトカーや警官の数が増え、
町は重々しい雰囲気に包まれていった。

 防犯カメラで特定された数台の車種だけが止められてゆき、荷台を確認されていた。
何事です?と聞くドライバーたちには緊急検問とだけ説明し捜査は続けられていた。

 二人の刑事は署に連絡がこないか今も詰めていた。
「今のところそれと言った怪しげな車は発見されてませんね」
「どっかで休憩中か…」
「ミタさん。
これって本当にただの誘拐なんでしょうか、
アキの母親は父親とは離婚して現在は母子だけだそうで、
確かに母親の実家は金持ちでしたが身代金などの要求はまだ来ていないし…」
「んだなぁ。
しかもチヒロとか言う共謀させられてる子の兄、
ユウキだっけ?
彼も誰かに口止めされてるとは思えないしな」
「犯人の目的って…」
「ユィナ、チヒロ、アキの接点を、
その関係性を分かっていた犯人、
痩せた男はこの子達の誰かと知り合いだった、
特にアキという娘。
看護婦や母親まで…それほどまでにして拉致してった理由…」
「ノムラが死んだのは火事のせいなんでしょうか?
もし仮に誰かにやられたと考えるなら犯人は痩せた男。
だけど、サイトウて線もまだまだ残りますよね」
「とりあえずはミナヨだ、
誰に刺されたのかがまだだしな。
まぁ今日は進展ないみたいだし帰ろうかね。
イシバシおまえも帰れや」
「あ、はいお疲れ様でした」

*犬の車

 車に乗せてしまったアキを心配するチヒロ。
今の彼女に必用な医療品は、
たまたま居合わせた看護婦を脅した犬が用意させた物で足りるはずだったが、
命乞いしたその看護婦も目撃されてしまったアキの母親も彼はハンマーで殴り殺していた。

 そしてチヒロは、
ユィナに向かって叫んでいた。
「こうなったのは全部おまえのせいだ。
ねーちゃまがこうなったのも!
死んだらどーしてくれる、
おまえが行くの地獄しかないんだ!」

 少し離れたような位置から壁をドンドン叩くような音がし、
絶叫する誰かの声は篭っていて聞こえ辛かったが、
『今の声は…いまの声って…誰なの、女?!』
 声の主が若そうな女だと分かったユィナだった。
だがその事で痩せた男一人の犯行だと思っていたものがもう一人居る女の共犯者の存在に、
実は前々から自分の事を狙っていた計画的な犯行のように思え精神的に参り始めていた。

 彼らの乗った車はフェリーに乗ろうと函館方面へ向かっていた。
凄いスピードで追い越して行くパトカーに道を空けながら、
法定速度を遵守していた。
「あぁこんないっぱい走ってるよぉ…だ、
大丈夫なんでしょうね?!
もっと速度出しなさいよぉ、
おねーちゃま死んじゃう!
あんた責任取れるの?!」
「返って怪しまれます…。
今は神に祈りましょう…」
 その額から一筋の脂汗が首元へ流れるのを見ていたチヒロは、
このべっとりとした汗にまみれていく犬の体を想像し身震いしてしまっていたが、
「何よ偉そうに犬のくせに牧師にでもなったつもり!」
「…少し落ち着いてチヒロ様」
「あぁあああイライラする!
こっちも人一人殺して来たんだもう後が無いんだ!
楽園が遠すぎるならいっそその辺で殺して…ねーちゃまを病院へ、
ねぇ病院に…」
「行かなくてはなりません…
アキ様が楽しみにしておられた楽園に…
私とアキ女神様だけの…」
「ねぇ死んじゃったらそこへ行けないって何度も言ってるよね、
ねぇ聞いてる?」
「………」
 何も答えようとしない犬にアキという支えが無くなっている今、
自分はこいつにとって2番手でしかないんだと、
犬と一緒に居れば居るほど心細く気弱になっていくチヒロだったが気丈に振舞うしかなく、
犬と合流する地点まで歩きずくで待ち続けた彼女もまた汗にまみれ、
「うぅうううううううシャワー浴びさせろー!!」
 その可愛い顔はどこかで着けた泥で汚れていた。

 ひた走る車の中で永遠の沈黙が流れていた。
最初に口火を切ったのはチヒロ。
「アキさん…大丈夫だよね、ね、ね?」
「………」
「あぁでもこっちもお腹空いて死にそうだ。
ねぇやっぱその辺で殺めちゃって豪華ディナーとかどうすか。そしてアキさんを~…」
「…後ろなんかあるはずです。
探してみてください」
「『チェッ、こんな時ママなら…』
う~んこったれ!」

 彼女はブツブツ言いながら目当ての物を探し、
缶コーヒーのプルトップを外しストローを差し込むとまず犬に飲ませ、
ホルダーに置けとその手に握らせていた。
「あ、ありがとうございます…」
 一つ後ろの席で眠ったままのアキの手をこわごわと握りまだ暖かいと安堵し、
点滴の量を見てサンドイッチにかぶり付いた。

「アキさんとはそもそもどういう関係?」
 モグモグ動いている口。
「………」
「話したくなかったらいいけど…、
しかし凄かった私ゲーゲー吐いた。
あ、やば、食べてるとこだた…」
 犬が見せた写真、
焼却炉の中を思い出してしまっていた。
「でもさ溶鉱炉って言ってなかった?
鉄溶かす。確か」
 返答がある事を期待してはいなかったが、
「す少し勘違いされてますが…クックックックック…そうです凄い勘違いですチヒロ様!」
 犬は突然歯を剥き出し押し殺した声で笑い肩を揺らしていた。
『うわぁああああ笑ってるこいつ笑ってるよぉおおおお、
キモぃいいいいい!』
 そして犬は何も無かったように、
まただんまりを決め込んでいた。
「君はぁあああ!
無口かと思えば喋るし、
喋らせようとすると黙る…、
ねぇもっと知りたい事あるんだ。
すんごい興味あるの聞くけど、
おねーちゃまとエチした?
さぁどっちだ話すか話さないのかぁああああああああ~どっちでもいいわぁあああ!」
 またコンビニ袋を漁るチヒロ。
おにぎりの袋を破り海苔をうまく巻けずなんとか必死で巻こうとするが破いてしまい、
あちこちボロボロのおにぎりを今食べ終わり、
お茶を飲み音を立て口をゆすぐとゴクリッと飲み干していた。

 アキの手を握り流れる景色を見つめていた彼女、
あくびを一つすると船を漕ぎ出していた。

 パッと目を開けたチヒロ。
アキに変化は無いと安心し、
寝ぼけ眼を擦りながらナビを見ようとしていた。
「ま、まだ着かない? あとどれくらい…」
 すると、
「犬は人と交じり合えません…」
 ポツリと口を開いた犬。
「犬には飼い主様、女神様だけが全て…」
「後ろを振り向けませんもし何かあったらと思うと怖くて怖くて、
死ぬほど心配してます…。
張り裂けそうです…。
ココロ…。
だからだからだから…」
 とつとつと話す犬にまた沈黙が訪れ、
「…私も同じ」
 と返すとチヒロは、
おかしなことに気づいた。
「函館向かってないじゃん!
なんでルートかえとるーと?
病院向かう気になった?
ひゃ~もぅ安心だ~よぉ~アキねーちゃま~♪」
「………」
「また黙るのか糞犬!!」
「豪華ディナーの時間です…」
 すぐに返ってきた答えに、
目を丸くしているチヒロだった。

 車窓は変わり続け、
今はどこか山辺の町を通り過ぎようとしていた。

「ねぇ楽園ってどこにあるの、東京のどこ?」
「場所なら既にご存知のはずです…」
「へ?へ?へ? 知るわけないじゃん。
何言ってんだこの人じゃなくて犬。
ねぇどこに向かってるのよぉ答えろぉおお!」
「………」
「ほんとに豪華ディナーなの?
そんな事より病院が先…、
ねーちゃま死んじゃうってば!
『怖いこわいよぉお。
ユィナの事なんかどうでもいいけど、
もしもしもしもアキさんが…。
おにいちゃん、
おにぃちゃん、
にぃちゃま!』」
 愛しい義兄の顔が浮かんでは消えていた。
アキの居た病院で自分を止めようとし成す術なく崩れていったユウキ、
そこから逃げてしまった自分。
『あぁあああああおにぃちゃん!』
 連絡を取る事はできない、
自分の携帯もミィナのバッグ全ての私物を犬は取り上げ、
今は手の出せない鍵の掛かった荷台に転がっているはずだった。

 引っ切り無しに携帯が鳴っていた。
自分が寝ているのか起きているのかすら分からなくなっているユィナは、
闇に目を凝らしても目を瞑っても永遠に続く悪夢を見続け、
その音のする方へなんとか体を動かそうとしていた。

 ずっと握り締めていた四角いプラスチックケース。
今はそれが小さな玉を転がし穴に入れる玩具だと分かっていた。
その箱をなんとか壊せないかと床に叩き突けていたが、
左腕、肘の先しか使えない縛られた状態で思うように力がだせず叩いては諦め、
力を込めてはを繰り返していた。

 だがいきなりそれは割れ、
小さな玉がどこかに転がっていく音がしていた。
指に傷を負い一瞬手を離してしまったが、
すぐに破片を探し痛がる手でまさぐると、
大きな破片は見つからず粉々に砕けた物ばかり、
大きな物をと必死に探すが袋の中に散らばるばかりで、
チクチクと肌に触る破片は彼女を少しずつ傷つけ、
「助けて誰か助けて!」
 必死で叫んでいた。

 ユィナの入れられた麻袋が揺れている。
車が減速してゆく振動で狭い空間に揺れていた。
「はいこっちこっち、こっちで停車して」
 そして車は、警官の回す携帯電灯に指示され、
国道沿いの検問で止められていた。

「何かあったんですか?
引っ切り無しにパトカー走ってますけど…」
「緊急手配された車両の一斉検問なんです。
ご協力ください」
「…はい」
「免許証出してください」
 運転手が差し出すと、
もう一人居る警官は鋭い目で中を覗き、
思わず目を逸らしていた。
中の女たちはキスを交わしていた。
見られたと思った女は、
もう一人の女が露出させた胸を
まさぐるのを止め、
慌てて服の前を調えてあげると、
神妙な顔になっていた。
「彼女たちは…?」
「従業員です…」
「……どちらへ行かれますかね?」
「お客の所まで彼女たちを送りに…、
この先の×××ホテルまで…」
 意味の分かる警官は
やれやれと言った顔で、
荷台を開けろと指示していた。

 ハッチが開かれた。
そこには雑多な物が置かれていたが
目に付くのは、
布が掛けられ人の座り込んだ様にも見える、
こんもりとした塊だった。
目配せした警官たち。
「あーすいませんこれなんでしょう?」
「え?…」
「中見せてもらえません?」
「あ…はい」
 布を外す運転手。
警官たちがそれを見た瞬間だった。
背後の道から
もの凄い勢いで走り去る
一台の車に遭遇していた。
「おぃおぃありゃなんだ」
「ご協力感謝します。
安全運転で!」
 言い残す警官たちは
慌ててパトカーに乗り込むと、
けたたましいサイレンを響かせ
消えて行った。

 そこにあった物は
折りたたまれた車椅子に山積みにされた、
女性物のセクシーなドレスや下着、
「客の趣味は色々なんです…」
 犬はそう説明し、
『た助かった…』
 チヒロも脂汗を滲ませていた。

 ユィナは眠っていた。
警官に遭遇した事に気づく事は無く
車は今、砂利道に揺れる舗装されて無い道を通り、
どこか小さな町を通り過ぎようとしていた。

*病院

 アキラが立っていた。
信じられない光景に思わず身を起こそうとしたミィナ。
「起きるな今、死なれると困る…」
 囁く声で諭した息子は、
「で、ユィナは誰に狙われてるんだ?」
 もう一度囁くと、
寄り添いたくは無かったが、
仕方なく母の傍で聞き耳を立てたアキラに、
詳細な話を聞かせはじめたミィナだった。

『ほっほぉーやっぱそうか!
酒に強いあいつがへべれけなんかになる訳無いんだ。
あの二人になんか盛られてたんだ。
もう少し早くその話しが分かってれば、くっそー!
…だが、こいつの姉がユィナを見て狂った?
見ただけで気が狂うほどの衝撃って??
訳が分からん、なんだそりゃ。
こいつの家系はキ●ガイだらけか…』
 ミィナは自分がどう思われてていても彼の思惑がなんであれ、
目の前でひとしきり考え込んでいるような息子しか頼れない事を分かっていた。
「俺にそんな事頼んだって無理、
後は警察に任せるしかないだろ…。
まるで雲掴む話…。
しかも俺はこれ以上ここに居たくは無い…」
 と、早々に退散しようとする息子の後姿に、
『ユィナを救って。あなたしか居ない!』
 心の中で叫ぶミィナの頬に滲ませた涙が零れ落ちていた。

『あ!
あの人らなんか情報持って無いかな蛇の道は蛇って言うし。
ついでに礼言っとくか』
 病室を出て携帯を掛けに外へ出ようとしたアキラだったが、
廊下の角から二人の男がこちらに近づいて来るのを見て、
待ち合わせた刑事たちだと足を止めていた。
「アキラさんですか?」
 ミタ刑事が話しかけていた。
「はい、お世話になります。
ミタさんですね?」
「ご足労に感謝します。
お母さんとはもうお会いに?」
 二人は共に警察手帳を見せていた。
「はい今しがた会って来ました…」
「大事に至らなくて本当に良かったです」
「ありがとうございます。
…でもまさかこんな事が起こるなんて、
ユィナは無事なんでしょうか?
なんで誘拐なんか…、
僕には皆目検討が…」
「こちらも検問広げて必死で捜索しております。
決して気落ちなどされず…」
「はい…」
 落胆してる風に自分を見せているアキラだった。
「ところで」
「はい?
『…なんだよ俺忙しいんだけど…』」
「お母さん何かお話になりました?
事件の事」
「いえ、泣いてばかりで何も。
母とは疎遠気味だったもので…」
「そうですか…」
「ちなみに、
楽園って聞いて何か思い当たる事ありません?」
 もう一人の刑事がメモを手に、
いきなり話しかけていた。
「ラクエン…、
何の事ですかね?」
 いきなり聞かれ頭を捻るアキラだったが、
その言葉は母からも聞かされていて、
さらに考え込んでいた。
「あ、分かりましたでは暫らくお母さんお借りしますね。
今日はどちらかにお泊りです?」
「あぁはい、
昔の友達らと久しぶりに飲もうかと、
あとは流れで」
 別れ際に、互いに頭を下げあうスーツ姿の男たち。

 アキラは外へと急ぎながら速攻連絡を入れるとすぐに繋がり、
中年男の怒号が聞こえアキラは耳から携帯を引き離していた。
「そんなに怒鳴るなよ」
『…返せ。
おまえまさか試し打ちとかしてないだろうな!』
「一発だけ…」
『バカヤロウ!
おまえ自分がやった事わかってんのか?』
「うん。分かってるつもり…」
『分かって無いおまえはなんにも!
どこに居るどこだちきしょう、
今は動けないから無理だが、
いつまでこっち居る?
いつまでだ』
「そう怒らないでよ俺だってびっくりしたんだ。
俺、昔から拳銃興味あったの知ってるよね?
だからつい…」
『………』
「おじさんに久々に怒られて感無量だよ…僕」
『ふざけるな!』
「でもこっちも聞きたいさ、
なんであんなの持ってたん?
昔やくざだった? 今は?」
『……分かった教えてやろう馬鹿兄貴の為に、
そう俺は今もやくざな家業に身を置いてる…。
その銃の弾数えたか?
2発無かっただろ意味分かるよな…』
「今は3発ね。なんだよ…」
『その銃は今も警察が追ってる殺人事件に使われた証拠品…。
分かったらさっさと返せ…』
「おっおっさんが殺ったのか?!」
『信じろ…。
それは預かってるだけの大事なブツなんだ、
だから返してくれ俺もやばい』
「…やっべぇ~マジか…で、
誰が誰を殺した銃なの?
そこまで話してくれたら…」
ブツッ
「な、なんだよ切るなよおっさんコラ!」
 携帯はおじさんの頭の血管が切れるように切れていた。
『うわぁそんな銃に俺の指紋がべったり。
しかも一人やってる…
だがまぁどうって事ない誰も俺が持ってるなんて思いも寄らない、
さっきの刑事たちだって…』
 アキラは腰に手を当て感触を確かめる素振りを見せ、
「ふふっ」
 不敵に微笑むと、
『今持ってる訳ないだろ飛行機で来たんだ…あ、
だめだ怒らせちゃ…』
 病院から出てすぐの壁にゴツゴツ頭をぶつけ、
すぐに掛け直していた。

「聞いてる?…」
 説明したアキラ、
『………どどういう事なんだ。
本当の話なんだろうな!
それを先に言え!』
 震え声のおじさんが言葉に詰まりながら話している。
「ごめん」
『なんかパトカー多いなと思ったらそういう事だったなんて…』
「みたい…、
ブツはどうにかして返すから、
なんか知らないか?
おじさんしか頼める人が居ない」
『さすがに分からん。
その手の人に聞くことは出来るできるが…、
犯人はいったい誰なんだ…、
心当たりは無いのか?』
「犯人らしき人物なら、
そうかなって思える奴は居る」
『そいつなのか?』
「いやただ一回だけすれ違っただけで、ただの感…」
『だけど検問があちこち張られてるだろうから、
迂闊には動けないだろう…』
「…変態ヒロミの出番か?」
『バカ言え、
コンゴウさんを巻き込むな!
なんか誤解してるだろうけど、
あの人は本当に良い人なんだ過去を知ったら驚くぞ…』
「壮絶な過去?!
どうでもいい。
どこへ向かっているのかが分かれば…、
楽園?」
『ん? らくえんって言ったのか?!
なに言ってるんだバカ兄…』
「…う、うるせぇ刑事が言ったんだ。
楽園を知らないかって」

 ひとしきり話した後、
結局は何も分からず二人の会話は終わり、
おじさんはこっちでもなんとか調べるから、
逐一連絡をくれと言っていた。
『そんな所あるなら俺が先に到着して制覇したい…』
 アキラの思い描くその場所は、
計画していた事がうまくいっていたら到達出来たかもしれない場所。
ちんけ過ぎる自分にそんな夢のような楽園があるとしたら、
妹を救うしか手は無かった。
『くそっ!
バカ妹のせいでなんで俺がこんな目に、
実行犯はきっとあの時の痩せた男。
あいつはホテルマンなんかじゃない、
バッグ持ち歩くホテルマンなんかいない』

 アキラがユィナを迎えに行った部屋の前に奇妙な男が立って居た。
その足元に黒い鞄が置かれていたのを彼は覚えていた。
”検問が敷かれて迂闊には動けない”
「その辺にあるってことか?」
 おじさんの言葉を思い出し、
考えあぐねていたが誰かに連絡を取り始めていた。
「ヒナちょっと頼みが…」
『どしたの…』
「番号教えて欲しい知ってるか?」
『すぐには。でもなんで…、お母様には会えた?』
「なんでもいいから早くしろ」
『ごめん…なさい』



 刑事たちは病院の小さな食堂でやっと飯にありつけると食事をし、
ミナヨの証言について話し合っていた。
「小さなナイフで刺されたんですよね彼女、
おかしくないですか?」
 イシバシは店主の差し出す餃子を受け取るとラーメンの中に全部入れてしまい、
一気に食べ始めていた。
「あぁ犯人は主に鈍器のような物使ってるしな。んんん~」
 ミタは若い刑事のその食べ方に、
やれやれと言った渋い顔をしていた。
「しかもですよ犯人はミナヨの居場所、
あの車を止めていた所へやって来て、
揉み合いになって刺されたって言ってましたけど、
事前に何らかのやり取りがあって、
あそこで合流したとしか思えませんよ」
「所持品もなんも無いしなぁ、
携帯すら。調べようない…」
「どこまでも用意周到な犯人ですね。
というよりミナヨも噛んでますよ」
「俺もそう思うけどな…、
ユィナは養女に出されていたし、
旦那は殺され、
殺した息子とは疎遠…、
ついでに親戚も無い天涯孤独の様なミナヨ。
なぜか犯人と一緒に居るユウキの妹チヒロ、
なぜか連れ去られたアキという恋人…。
金目的ではない犯人との接点、
目的や動機は?!」
 ミタのラーメンをすする手が止まった。
「なんでしょうね…」
 イシバシは水を飲んでいた。
「サイトウに会いに行くか、
保守義務とやらを突付きに」
「はい!」
「犯人はとっくに道外へ出たかー?
こんな大規模な検問を突破するとは…」
「防犯カメラに写った時間から考えても、
有り得無くはないですね…」

しおりを挟む

処理中です...