上 下
18 / 33

連載17:三億

しおりを挟む
連載17:三億

「そいつらから連絡は?
こっちから連絡は取れないの?!」
「今は取れません。
あちらから掛けてくる以外は…、
今は待つしか無いんです…」
「待つ?
待つなんて出来ない…。
なぜもっと早く教えてくれなかった…。
なぜもっと早くあたしに…」
「……すいません…」

 長い長い沈黙。

「…姉さんの息子、ユウキを知ってる?」
「…はい」
「もしかしたらここに来たんじゃ…」
「えぇ、初めて会いました…」
「今どこに居るのか分かる?
連絡出来ないんだ…」
「彼は彼でユィナたちを探してくれていました。
でも、警察に行くと行ったまま所在は…」
「そう、あいつも知ってたって事か…。
これからあたしは呼ばれた警察に行って来る…」
「こ、この事は…」
 ミィナは焦り祈るように、
ヒロミを見ていた。
「悩んでる、悩んでるさ。
だから正直分からない。
でも、行って新情報はないか聞いて来るしか…」

 何も答えられないミィナと分かれた彼女は、
「こっちに詳しい腕の良い探偵を用意して、
あっち系の連中でも構わない。
ギャラなら問わないから大至急お願い。
あと、重要な用件はこの電話に回して…」
 会社の顧問弁護士に連絡し、
警察に出向いたが、
東京で聞かされた以上の事は分からず、
なんとかしろと逆に問い詰めはじめていた。

*ホテルのヒロミ

 数時間後、
ホテルの部屋で一人気落ちしている彼女の下へ、
頼んでいた探偵から連絡が入っていた。
『コンゴウさんですか?
私、連絡を貰った…』
「探偵さんね?」
『はい。
カナモリ興信所のカナモリです』
「私こっち全然分からないの、
事務所行けばいい?
あぁでも、
もし良かったらこっちへ来て貰えないかな…。
外へ出る気になれない…」
『こっちに明るくないとの事でしたのでお迎えに、
ロビーに来ています』
「ここのロビーは狭すぎる。
部屋へ来れる?」
『普段は伺わないんですが、
今回はご紹介と言う事ですから伺いますね』

 部屋へ招かれた探偵が名刺を渡すと、
ヒロミは早速、
携帯に収めていた娘の写真を見せ、
ベッドに置いていた。

「この兄妹の居場所を探して欲しい」
「どういったご関係で?」
「娘。コンゴウ、ユィナ。
養女だけどね…。
こっちはユィナの腹違いの兄、アキラ」
「失踪人届けは?」
「行方不明とか家出とかじゃない。
誘拐された…」
「は、犯罪。ですか…」
「そしてこいつら…。
こいつらの所在地、
今現在居る所を突き止めて!」
 彼女は、
ミィナが話してくれた犯人の、
住所、氏名をメモしていた物を差し出していた。
「この人たちは?」
「犯人…」
「そ、それならすぐ警察に…」
 ポケットから慌ててハンカチを出す
探偵は汗を拭い、かなり引いていた。
「なんとしてでも娘を救いたい。
警察はあてにならない…。
無理なら帰っていいさ。
こんな仕事、
普通、興信所の人間が
受けるはず無い…」

「お役に立てそうに無いです。
こちらが警察に、
ごやっかになりそうなのは…。
悪い事は申しません、
すぐ警察に」
「危ない事はしなくていい。
…聞かされた通りギャラは弾む」

「一つ質問が…」
「何?」
「彼らを最後に見た場所は?」
「黒コゲ死体の事件知ってる?
あそこ…」
「い、今の今ニュースを騒がせているあの事件…」
「そう…」
 頷きながら答えたヒロミ。
「すいませんでした。
わざわざご紹介してもらって参りましたが…、
もちろんこの件は決して口外しませんので、
ご安心下さい…。
では、失礼します」

 狭い部屋のベッドに腰掛け、
ユィナの写真を見ていた探偵は、
立ち上がっていた。
「やくざでもいい。
誰か、紹介してくれないか。
あなたが仕切ってくれてもいい。
あたしの知り合いは、
こっちに詳しいとは思えないし、
関東の奴らがドカドカ来て、
別の問題が起きても…」
「…やくざ、ですか。
あいつら使うと、
あなたの今後に、
差し障りが出る可能性が…」
「…どうでもいい。
あたしは母親になりたい。
それだけ…」
 小さな窓に立ち尽くす背の高い女は、
ずっと外の景色を見ていた。

 部屋を出る前に、
一礼しようとしていたカナモリだった。
だが、探偵はそのまま、
「3倍なら。
あと、ご承知のとおり私に出来るのは、
報告のみです…」
 と話していた。
「分かってる…。
本当に危ない事はしないで、
あたしの望みは、
警察の捜査を逐一監視して…。
出来るだけ早く彼らの居場所を…、
そしたらこっちで勝手に」
「分かりました。契約書は後ほど」

 依頼主から、
兄妹の写真を自分の携帯に転送し、
メモを写した探偵は、
車に戻るとすぐに、
警察無線にチューニングを合わせ、
携帯を掛けていた。
「カナモリです。
黒コゲ死体の事件で、
なんか貰える情報ないです?」
「えぇ分かってますけど、
それは言えません」
「今回はかなり弾めますよ?」
「どこまでなら?」
「ちょっと先輩!
真っ赤なスポーツカーだけって…、
それで足取りは何処まで…。
だから言えませんって…。
でも先輩が想像してる通りかも。
はい?」
 この探偵のセールスポイントは、
警察の人間と懇意にしているのが
”売り”のようで、
「この仕事、楽勝?」
 と、鼻歌を歌い始めていた。

*アキラ

「ヒロミと話したか?」
 またかけてきた、アキラの電話を受けたミィナ。
『……えぇ…』
「…そうか。
じゃあそろそろ犯人を登場させる。
ついに悪漢登場だ!」
『…彼女は警察に全て話したかもしれない』
「そもそもそーいう計画じゃない…、
それならそれで構わない…」
『あの人たちに手を出さないで…、
警察に全部話すのアキラ、
今なら…、
今しか無いの!』
「フフッ。
よーく考えたら直接手を掛けなくても、
周りからジワジワ締め付けていけば、
おまえに本当の地獄を見せられるような気がしてきた…。
そのうち廃人になって野垂れ死ぬのかもなぁ…。
うひゃはははは」
『考え直して…』
「遅いって、何度も言うよ?
もぅ遅い!
ユィナも俺と行きたがってる」
『どこへ? どこなの…』
「ハーレムかな? ククククッ。
俺はあんたが望んだとおり、
あいつと幸せになるから何も心配いらないよママァ…、
クフフッ」
『アキラ!!』
「おまえはあの化け物家主と慰め合ってくれ。
何も出来ない自分を呪いながら…」

*ヒロミ

 次の日の午後。
ヒロミの部屋にはウィスキーが置かれ、
その半分が空になっていたが、
それでも眠れなかったような彼女がホテルで悶々と過ごしていると、
タバコが切れたとバッグを漁り、
「あぁ、これがあった…」
 あの小瓶を手に、
ミィナに電話しようとしたが、
自分の携帯を持っていないような彼女のため、
「買って行くか…」
 と、ホテルを出て行った。

*ミナヨの病室

「これ使って…、
あたし警察には行った…。
行ったけど何も進展は無かったよ…。
結局、あの話しもしなかった…。
あんたの望み通りか…」
「ぁ、ありがとう…」
 携帯を受け取るミィナ。
「あぁあと、
これどうすれば?
あんたに頼まれてた姉さんの細胞…」
「…そ、それは、
担当医のサイトウ先生…」
 ミィナはオイカワ看護師の連絡先を教えていた。
「分かった…。
でも、少しここに居てもいい?」
 椅子に座わり窓際にもたれ彼女、
『目が赤い…』
 憔悴しきった顔をミィナは見ていた。

*屋敷のカオル

 その頃ヒロミの屋敷に電話が、
犯人からの電話が掛かって来ていた。
対応したのはカオル、
彼女は家主のふりで話していた。
「それでどうすれば…」
『…返して欲しいのなら金を用意しろ』
「幾らでしょうか」
『三億…』
「分かった…。
受け渡し場所は?」
『…追って連絡を入れる。
警察には知らせるなよ?
娘たちがどうなっても知らない…』
「き、切らないで…、
娘の声、
ユィナの声を聞かせなさい…。
無事なんでしょうね?!」
『連絡する…』
「待って!!」

 カオルは機械的に変換された犯行声明を録音し、
ついに来てしまったとヒロミに録音データを送信すると、
今後この電話は直接自分が受けるからと
一切関知してはならないと指示されていた。
「わ、分かりました…」
 カオルの顔にも汗が滲んでいた。

*ミナヨの病室

 震える彼女は送られてきた録音を、
ミィナと一緒に聞き、
警察に電話を入れていた。が、その手は急に止まっていた。
『もし…』
 もし、
もしも…、
もしもユィナが…、
その言葉が頭の中でせめぎあったまま凍り付いていた。
「探偵…、カナモリにも伝えないと」
「雇ったんですか?!」
「そう。
心もと無い警察の動向を報告してもらう為に、
捜査員の数は多いに越した事はないさ…」

 だが電話は掛かってこなかった。
それから暫らくしてもかかってくる気配は無く、
時間の欲しいアキラの思惑は、
母たちを苦しめていった。

*タドコロ編集長

 締め切りに追われ、
仕事をこなしてるタドコロ女史のデスクには、
ヤナギハラの希望した契約書が、
目に付く所に置かれていたが、
着いても良い時間帯に彼は姿を見せず、
それどころか連絡が来てから数日経っても現れる事は無かった。

『…よそに企画持ち込んだか?
小太りカメラマン!』
 タバコを揉み消しては、
新しいのに火を点け貧乏揺すりしながら、
入稿間近の原稿をチェックし終わり、
今日はこれが最後だと、
もう一度だけ携帯を鳴らしていたが、
もう一度留守電に切り替わっていた。
「待ってるんだけど、どうなってるのかな?
他所に売ったならそう言いなさい!
とにかく一度連絡ちょうだい。
今日はこれで帰るから明日必ず連絡寄こす事!」
 留守電にその旨伝えた彼女。
憤慨したまま、
椅子から勢い良く立ち上がり、
「これだから素人は! じゃ帰ります」
 怒鳴る彼女に編集員たちは、
いつもの事だと気にも留めず、
出て行く彼女に挨拶していた。



 地下駐車場に降りたタドコロ。
自分の車にキーをかざしロックを解除すると、
柱の影から男がヌゥッと現れていた。
「誰?!」
「こんばんは…」
「あぁあなたは、フ、フクモトさん?」
「俺いつ死ぬんでしょう…」
「え?」
「ヤナギハラさんは、
何も答えてくれませんでした…」
「あぁそ、そうなんですか。
あの、
彼が今どこにいるか分かりませんか?」
「知ってますよ…」
「ど、どこに?」
「楽園に…」
「ラクエン??」
「…そう書いてありました…。
壁のすみに小さな文字で
”僕の楽園”って…」
「ヤナギハラが言っていた場所?!
それはどこ…」
「一緒に行きませんか?」
「今日はちょっと用事があって、
そ、それよりその場所教えてもらえたら…」
 虚ろな顔のフクモトに、
今まで以上におかしいと感じたタドコロは、
車に飛び乗ろうとした。
「あなたなら、
あなただったら、
教えてくれますよね?」
 彼女は駆け出した彼に肩を掴まれそうになったが、
寸でで座席に滑り込みドアをロックすると、
バンッ!
 窓を叩かれ、
『あぁあああ…』
 顔を押し当てられていた。
涎まみれの口が糸を引き、
もう一度叩かれていた。
今度はフロントガラス、
フクモトはボンネットに上がり込んでいた。
「ヤナギハラさんは、ほらぁ~」
 見せ付けられたカメラのビューワー、
「そ、それはあいつのカメラ?!」
 そこには生きているのか死んでいるのか分からない、
小太りな男がベッドに括り付けられた姿が写し出され、
頭から真っ赤な血で染まっていたが、
「彼ならここに居ますよ?
いつも一緒だったし寂しくて…、
一人は嫌なんです。
一人はぁああ…」
 フクモトは持っていたバッグを開けると、
中に真っ黒い何かが転がっていたが、
凝視したタドコロは、
焼け爛れた塊、
生首の見開かれた目を見てしまっていた。
「教えてくれ! 教えてくれ!
俺はいつ死ぬ?? 教えてくれ!」
「ぎゃあああああああああああ!!」
 女史の悲鳴が上がり、
アクセルを強く踏み込んだ車が急発進すると、
エンジンは唸り、
タイヤの磨耗するかん高い音が駐車場に響いた。
だがフクモトのせいで前を塞がれている車は、
ハンドルを切り損ない、
出入口付近の角に激突していた。

*つづく
しおりを挟む

処理中です...