上 下
5 / 14

scene.5 ユリエルの帰還

しおりを挟む



----------
名前 ユリエル/Uriel
性別 男/Male
称号 慎重/Prudence
位階 熾天使/Seraph
階級 一級/The First
階層 上級三隊/First Sphere
役職 天使長/Manager
所属 司法省/司法長官
----------


借りていた本を返すために、ミシャは図書館を訪れ、特に理由はなかったもののとある資料を閲覧していた。偶然、本を借りに来たフィールはその姿を見付け、いつになく真剣な表情のミシャを冷やかしにそばへ寄る。


「……それ、そこまで眉間にしわを寄せなくちゃいけないもの?」

ミシャの閲覧している資料は、いわゆる「住民台帳」のようなもので、エデンの天使全員が名前を連ねている。閲覧できる情報には段階があり、いま手にしているものは制限の掛かっていない一般情報のみが記載されているものだ。

「いえ、司法長官、まだ籍あったんだなと思って」
「いま "伝授の期間" で地上にいるだけでしょう?」
「……戻って来るらしいのよね、そろそろ」
「あ、それで確認してたのね」
「はあ……気が重いわ……」
「ユリエルさまって、そんなに気が重くなるような方だった……?」
「わたしは、ルフェルのほうがラクだから……」
「……あなただけよ、ミシャ……大天使長さまが司法長官代理を降りたら法務部で宴会が続くわよ……」

上級の天使には "伝授の期間" があり、その間は地上の人間に神の叡智である "知恵" や "閃き" を授け、人間が誤った心を持たぬよう助言を行い、生きるうえでの支援をする。通常その期間は一年ほどだが、ユリエルは "信心深い生活" "芸術面での閃き" "予言と警告の告知" と伝授の範囲が広いため、期間が定められていない。


----------
名前 ルフェル/Lufel
性別 男/Male
称号 忠義/Faith
位階 熾天使/Seraph
階級 特級/The Highest
階層 上級三隊/First Sphere
役職 大天使長/The Sovereign
所属 内務省 総合情報局 秘密情報部
----------


「ルフェル……安全保障省所属だと思ってたら内務省なのね」
「内務省におられるから、警備関係も管轄してるんじゃない?」
「さぞかし立派な要職に就いてるかと思ってたけど、肩書ないのね」
「ああ、諜報部にいるならその辺の情報は一般情報には載らないんじゃない?」
「司法長官と代わってくれないかしら……」
「そんなことしたら法務部が毎日お通夜になるじゃない……」

フィールは不思議に思った。あの大天使長を悪し様に罵り、貶し、数々の暴言を浴びせても平気な顔のミシャが、なぜここまでユリエルの帰還を憂いているのだろう、と。


----------
名前 アヴリル/Averiel
性別 男/Male
称号 節度/Temperance
位階 熾天使/Seraph
階級 一級/The First
階層 上級三隊/First Sphere
役職 天使長/Manager
所属 安全保障省 防衛総局/大元帥・最高司令官
   警務部 戦闘部隊・刑事部 精鋭部隊・公安部 特殊部隊
----------


「どう考えてもルフェルってこっち側じゃない?」
「まあ、闘う方というイメージはあるけど」
「むしろ、大元帥さまのほうが不釣り合いな気がするもの」
「見た目の話なら、大天使長さまもまったく戦闘向きではないと思うわよ」

いわゆる "エデンの軍隊" をまとめる大元帥アヴリルは、黙って座っていると性別を勘違いされ、それどころか気軽に遊びに誘われるほど、普段は威圧感がなく控え目な印象だった。腰まで伸ばした灰茶の髪は絹のように滑らかで、濃緑と薄茶の混ざるヘーゼルの瞳は大きく、その瞳は常に潤み憂いを湛えていた。

しかし実態は、立ち上がれば5フィートと10インチ(約178cm)の長身で、6ポンド(約2.7kg)の剣を片手で振り回す猛者であり、手練手管の限りを尽くす腕利きの指導者だ。迂闊に声を掛けた者が、あとで泣きを見るのは明らかだった。


----------
名前 ファルエル/Pharuel
性別 女/Female
称号 慈愛/Charity
位階 座天使/Throne
階級 三級/Third
階層 上級三隊/First Sphere
所属 保健福祉省 医薬衛生局 審査管理部
----------


「へえ、フィールって医薬衛生局にいるのね」
「だから、傷の手当てはできると何度も言ったでしょ……」
「まさか専門職だとは思ってなかったから」
「あなた、周りのことに関してちょっと疎過ぎない?」

フィールことファルエルは、病気や怪我で苦しむ人間に治癒を促す天使……の見習いだ。女天使にしては珍しくショートヘアだが、その理由が "寝るときに邪魔になる" ということからも窺えるように、美しさを探求するつもりが一切ないため、しばしば美の女神フローディアから苦言を呈されている。


----------
名前 ミシェリエル/Michaeriel
性別 女/Female
称号 正義/Justice
位階 座天使/Throne
階級 三級/Third
階層 上級三隊/First Sphere
所属 司法省 法務局 法務部
----------


「わたし、ミシャの名前初めて知った気がするわ……」
「周りに疎いのはどっちなのよ」
「でも、さすが正義の称号を持つだけあって、仕事も堅いわね……」
「なぜわたしが、と思わなくもないんだけど」

ミシャは、はあ……と大きな溜息を吐くと、身上資料を司書に返し、重い足取りで図書館をあとにした。


───


朝の朝礼、昼の中間報告、夕方の終礼のため、法務部に勤める天使は一日三回、司法長官の執務室に顔を出さなければならない。中間報告のため執務室に向かったミシャは、扉の前で息を潜めたむろする天使たちを訝しんだ。

「なぜ入らないの?」
「……ミシャ、ありがとう。きみを待ってたんだ」

すると扉が開き、ミシャは誰かに背を押され、つんのめるように執務室の中へと入った。それに続いてぞろぞろと入室する天使たち。司法長官の机の右側で立っているルフェルは、ミシャと目を合わせたあと、黙って目を伏せた。椅子に座り、背を向け窓の外を眺めていたそのひとは、ゆっくりと椅子を回転させ、並んでいる天使たちに向かい合う。

「……二十八秒ほど遅いようやけど……きっと僕の時計が狂うてるんを、教えてくらはったんやろなあ」
「も、申し訳ございません!」
「どないしはったん? お礼、言うてるだけやのに」
「二十八秒……遅れまして、申し訳ございません…」
「いや、遅刻なん? そら気付かへんかったわ」
「申し訳ございません…」

司法長官であるユリエルは、穏やかな笑顔で天使たちを見渡し、物腰柔らかく訊ねた。

「いまの責任者、誰なん?」

天使たちの目が一斉にミシャに注がれ、ミシャは足元を見つめたまま答えた。

「わたく」
「わたしだが」

机の横で立っていたルフェルが口を開く。

「いまの責任者、ということなら長官代理のわたしだが」
「……そやったらええわ、えらい伸びのびやったはるようで、よろしいなあ」
「すまんな、もう少し引き締めるべきだったか」

……これ以上締め上げられたら吐血くらいじゃ済みません大天使長……天使たちは全員同時に思った。


帰って来る、とは聞いていたものの、まさか日中に帰って来るとは誰も思っていなかった。司法長官が帰って来た戦慄と、司法長官代理である大天使長が撤退する安堵……ふたつの大きな思いに、天使たちは揺れ動いていた。大天使長さまは怖い……しかし、司法長官は……ヤバい……


───


「……大天使長、帰らはらへんの?」
「引継ぎ資料の確認中だが……何か問題でも?」
「相も変わらずせつろしいおひとやな。まあ、よろし」

打ち合わせ用のテーブルで資料の確認をするルフェルを横目に、ユリエルは椅子から立ち上がり、机に腰掛け脚を組んだ。少しクセのある赤い髪に、澄み渡る青空のような薄青の瞳。少年の面影を残しながらも、振舞いは優雅でたおやかだった。頬まで伸びた前髪をかき上げ、執務室の扉の前に並ぶ天使たちを見渡す表情も穏やかだ。

「終礼のあとやのに、残ってもうて堪忍え」

そう言うとユリエルは右手を開き、手のひらの上に青い炎の玉を浮かべ、それを扉の前で並ぶ天使たちに向かいふうっと吹き飛ばした。青く燃える炎は数名の天使の羽根や髪を焼き、燃え尽きて消えた。

「ああ、僕としたことが、手元が狂うてしもた」

そしてもう一度、手のひらで炎を作ると、その炎はひとりの天使の頬を焼いて、燃え尽きた。

「……っ!」
「そら熱いやろな、ここエデンの火ぃやさかい水晶介さへんし」

机の上で優雅に脚を組んだまま、ユリエルは穏やかな表情を崩すことなく優しく続けた。

「時間厳守は鉄則や……ひとりの失態は全員の失態、逆もまた然り。覚えとき? 自分のしょうもないミスで、他のもんが痛い思いすることかてあるゆうことや。ほな、お疲れさん」


───


ミシャたちは顔に火傷を負ったアニエルを診療所へ連れて来た。フィールが火傷の状態を診ながら塗り薬を調合していたが、話が話なだけにうろたえた。まさか直接炎で焼くなんて……

「司法長官……女の子でも容赦ないな」
「でも、遅れたことは事実だから」
「そうだけど……これから一週間、無事でいられるのかな」
「ああ……引継ぎ期間は大天使長さまと司法長官、両方いるのか……」
「それ、どんな奈落……」

天使たちは大きな溜息を吐き、アニエルの頬を覆う痛々しいガーゼを見てさらに深い溜息を吐いた。ルフェルがかばってくれなかったら、顔を焼かれていたのはわたしよね……とミシャも溜息を吐く。その様子を見て、フィールが心配そうに言った。

「ユリエルさまのお帰りを憂いていたのは、こういうことだったのね……」
「二十八秒よ? たった二十八秒遅れただけで、顔を焼くなんてどうかしてるわよ」
「それは確かに……大天使長さまに相談してみるとか」
「同じ場所にいたけど、何も言わなかったわ」
「力関係があるのかしら」
「どっちにしろ権力者なんて横暴でわがままで自分勝手で他人の気持ちなんてわかんないのよ」


───


次の日、ユリエルの執務室では、朝礼開始時間の五分前に全員が揃い整列していた。椅子に座り窓の外を眺めていたユリエルはゆっくりと立ち上がり、相変わらず穏やかな顔を崩さずに、整列する天使たちの前に立った。

「時間厳守は鉄則や、て昨日言うた気ぃすんねやけど……僕の勘違いやったんやろか」

遅れないように、絶対遅刻だけはしないように集まった天使たちは、意味がわからず立ち尽くしていた。

「五分も前に来るやつがあるかいな。僕にかて都合ゆうもんがあるやろ」


───


「おまえらこんな所で何してるんだ」

執務室の外の廊下で並んでいる天使たちを見て、ルフェルは訝し気に訊ねた。

「司法長官に……今日はもう帰れと言われまして」
「……今度は何を?」
「五分前に集まるのは早過ぎると……」
「……くだらん」

ルフェルは執務室に入って行った。しばらくすると、大量の書類を抱え廊下に出て来たルフェルは、その書類をドサッと床に置き、所在なく立ち尽くす天使たちに言った。

「午後からの審理で使う証拠資料を抜き出してまとめてくれ」
「……何件分ですか?」
「三件だ。実質証拠だけでいい」

そう言うと、ルフェルは再び執務室へと戻って行った。もしかしたら大天使長さまが、この場を取り成してくれるかもしれない、という淡い期待を抱いた天使たちだったが、大量の資料を前にうなだれるしかなかった。いや、うなだれている時間などない。

「これ、事件別に分かれてるのかな」
「……分かれてないみたいね。番号がバラバラ」
「この中から今日使う三件分だけを……?」
「しかも、補助証拠は除かなくちゃいけない、と……」

床に這いつくばり、天使たちは大慌てで資料の確認を始めた。事件番号、調書を作成した日付け、審理予定日、で分けつつ内容に目を通し、補助証拠のみを取り除く……が、しっかり把握しないと間接証拠と混同することもあるため、資料の内容を読み解く必要がある。十五名で手分けをするが、とにかく時間の掛かる作業だった。


───


しばらくすると執務室の扉が開き、中から出て来たユリエルは作業途中の資料をパラパラと確認した。

「補助証拠資料と間接証拠資料、混じってるで」
「も、申し訳ありません!」
「かまへんかまへん、どうせ全部に目ぇ通すわけあれへん」

いや、大天使長さまは全部に目を通すに違いない、と十五名は血走った目で思った。そしてそのあと、なぜ混ざっていたのか、どういう確認をしたのか、内容が理解できないのか、その程度の知識しかないのか、首の上についているものは飾りなのか、と詰められる未来まで容易に予測できた。

「午後の審理は僕も立ち会うさかいに、要らんもん混じっとったら除けといたるわ」

そう言うと「ちょう借ってくで」とアニエルの腕を掴み、ふたりでどこかへ行ってしまった。

「司法長官……礼儀作法には厳しいけど、職務に関しては甘いというか」
「そうだな……でも大天使長さまは職務に関して激辛だから」
「法務部での立場って、どっちが上なの?」
「それは司法長官じゃない? 大天使長さまはあくまでも代理だし」
「でも階級は大天使長さまのほうが上のような……?」
「所属する部署においては、関係ないんじゃない?」


───


ユリエルはアニエルを連れ、省内ではもう使われていない古い司書室の扉を開けると、アニエルを中へと促した。昨日の遅刻の件と火傷の件で緊張感を漂わせるアニエルを見て、ユリエルは頭をさげた。

「ごめん」

驚きで言葉の出ないアニエルの頬を覆うガーゼをそうっと剥がすと、ユリエルは左手でその頬の火傷を覆った。

「あ、あの……司法長官さま?」
「ほんま、堪忍な。可愛かいらし顔に痕でも残ったら、辞職もんやで」

さっきまでひりひりしていた頬の痛みがなくなり、アニエルが不思議に思っていると、ユリエルに頭を引き寄せられ、アニエルの心臓は限界まで速度を増した。し、司法長官さま、近い近い!!

緩くクセのある前髪の隙間から、澄んだ空色の瞳が覗く。猫のようなアーモンドアイの虹彩は大きく、瞳の中にダリアが花開いたような模様がくっきりと刻まれ、神秘的な雰囲気を醸し出す。時折少年のようにも見える顔が、いまはとても落ち着いた大人の顔をしていた。

「うん、痕は残ってへんな。触った感じもすべすべやし、大事ないやろ」
「え……もしかして、火傷の心配をしてくださったんですか?」
「そらそうやろ、なんぼ見せしめのためゆうても、フォローはしとかんと」
「そんな……わたしなんか傷のひとつやふたつ残っても」
「あほう、べっぴんさんに傷痕残すなんて、紳士としてあり得へんわ」

そう言うとユリエルは、剥がしたガーゼをアニエルの頬に戻し、口の前でひと差し指を立てた。


───


十五名の天使たちが必死に分けた資料を前に、法の女神ユスティアの執務室では、ユスティアと罰の女神ミーシス、死の女神フィオナ、それからユリエルとルフェルが座っていた。ユリエルは資料に手を伸ばしパラパラと目を通しながら、その中の数枚を横に避けた。三件分の資料を確認したあと、避けた資料を手に取りユリエルは立ち上がった。

「いややわ、資料間違うて持って来てるわあ……堪忍、少ぅし待ってくらはります?」
「地上から戻ってすぐだから、疲れもあるのかもね。いいわよ」

ユスティアに言われると、ユリエルは優雅に執務室から退出し、走った。

ユリエルの執務室で職務に当たっていた天使たちは、突然のユリエルの帰室に驚き慌てふためいた。常に優雅な司法長官が……息を切らして駆け込んで来るとは、一体……

「余計なもん混じっとるだけやったらええけど、足りひんもんあるやないか」
「ええっ!」
「朝の資料、どこや」

資料の束を前に、ユリエルがパラパラと確認して行く。天使たちも手伝い、必要な資料を探す。束の中から三枚、資料を手にしたユリエルが執務室を出ようと振り返り……入口で立っている大天使長と目が合った。

「ほお……資料が足りなかったと見える」
「いまはええやろ、大天使長。時間あれへんからあとでよろしいがな」


審理……永遠に終わらなければいいのに、と天使たちは思った。大天使長に頼まれた資料の仕分けに不備があり、そのせいで司法長官を走らせ、挙句司法長官に資料を探させ、その現場を大天使長に押さえられる……これ以上の不幸はない、と天使たちは肩を落とした。


───


終礼の時間になる十秒前に、天使たちは執務室に集まった。十秒なら……早過ぎないだろう、と椅子に座り窓の外を眺めるユリエルの後姿を仰いだ。ゆっくりと椅子を回転させ天使たちに向き合うと、ユリエルは穏やかな笑顔で立ち上がり、机に腰をおろした。

「お疲れさん。何や、変わったことあったもんいてる?」

特に何かを報告する天使はいないようだった。

「ほな、今日はあがってや。明日またおきばりやす」
「あの……」
「どないしたん?」
「今朝の資料の件……申し訳ありませんでした」

執務室がざわついた。ユリエルが資料を取りに帰って来た時、部屋にいなかった天使たちは事情を知らない。資料の仕分けが終わったあと、それぞれ外で仕事をしていた天使たちは、何があったのかと慄いた。

「審理も滞りなく済んでるし、なんも問題あれへん」
「しかし、大天使長は……」
「……司法長官が問題ないと言っている以上、わたしに言うことはないが」
「やて、よかったなあ。ほな、気ぃ付けて帰りや」


───


「ねえ、わたしたちのいない間に何があったの?」

ミシャはルフェルの部屋でベッドを占領したまま、仕方なく椅子に座るルフェルに訊ねた。

「朝、きみたちが仕分けた資料、足りなかったんだよ」
「ええっ!?」
「それに気付いたユリエルが、足りない資料を取りに戻って、資料の束から必要なものを三枚見つけたのさ」
「……何でそこまで知ってて怒らなかったの? 大天使長さまは」
「司法長官が問題ないって言うんだから、僕が口を出すことじゃない」
「あ、やっぱり法務部では大天使長より司法長官のほうが立場が上なのね」
「職務に関していえば僕は素人だからね」
「はあ、でもまたあの細かい礼儀作法に付き合わなくちゃいけないかと思うと……」
「いい上長だと思うけどな」
「二十八秒でブチ切れられたら……たまらないわよ」
「まあ確かに、その辺りは細かい気もするけど」


───


次の日の朝は十五秒前に執務室に集まり、法務部の天使たちは窓の外を眺めるユリエルの背中を、緊張しながら見つめていた。ユリエルは振り向かず、そのまま穏やかな声で話をし始めた。

「おはようさん、今日はお裁きのある日ぃやけど、その前にちょう訊きたいことが」

天使たちに戦慄が走り、ミシャもアニエルも固唾を飲んだ。机の横にいたルフェルも、また何を言い出すのかと、少々呆れながら耳を傾ける。

「僕の机の上……親切になおしてくらはったん、誰やろ」
「あ、わたくしですが……」

ひとりの天使が答えると、ユリエルはゆっくりと椅子を回転させ天使たちに向き合い、いつものように机に腰をおろして脚を組んだ。

「そらおおきに。きれいにしてるつもりやったけど、わざわざお忙しい方がなおしてくらはったところ見ると、えらい汚してたんやろなあ。ほんま、僕の至らんとこ教えてくらはって、身ぃが引き締まる思いやわ」

……これは、直訳すると、勝手に机の上を触りやがって、ということだろうか。

「そやけど、遠回しに "あんたの机荒れてる" 言うてるようなもんやさかいに、ちょう気ぃ使たほうええんちゃいます?」

……まさか、単なる親切心をここまで深読みされるとは思ってもみなかった。

「あとでお裁き、付き合うてもろか。罪人、暴れよるやろけど、やいと据えたってや」


───


やくたいなおひと、ユリエルは、少しくせのある赤い髪をたおやかにかき上げ、空色に光る猫のようなアーモンドアイを少し細めて穏やかに笑う。口角の上がったくちびるは、悪戯心を忘れない少年のようでもあり、緩くアーチを描く上向きの眉は、いけずな性格をそのまま表したようだ。

組んだ脚の先までが雅やかで、はんなりとした雰囲気を醸しながら、侘び寂び躾と礼儀作法に厳しいユリエルは、エデンに帰って来た。司法省の天使たちは、結局心休まることもなく、鬼のような大天使長を見送り、悪魔のような司法長官の元でこれからも泣かされ続けるだろうことは、言うまでもなかった。


ミシャとフィールがアニエルに呼ばれ、古い司書室でのことを聞くのは、これからもう少しあとのお話。


───


※ せつろしい:気忙きぜわしい・忙しい/しょうもない:つまらない/ちょう:ちょっと・少し/借って:借りて/なおして:片付けて/やいと:お灸/やくたいな:迷惑な/いけず:意地悪/
しおりを挟む

処理中です...