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陽芹孝介

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第五章 新たなる悲劇

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  ……五日目…午前十一時……


  昨日は脱出に関して皆で遅くまで話し合いをし、そのまま解散した。
  皆は僅かながらの希望にすがるように……しかし、はじめて皆が一つにまとまった感じは確かにあった。
  本当は最初から皆、気づいていたのかも知れない……ここが現実世界で無い事を。
  電波が無い事や、定まらぬ方位磁針、転送倉庫……。気づいていて知らぬ振りをし、現実逃避をしていた。
  だが希望が出来た事によって、皆が一つの目標に向かった。
  葵はパソコンに向かって、髪をクルクル回しながら考えている。
 脱出という希望を。
 「やはりこのシステムがどう考えても怪しい……」
  すると美夢が、葵好みのアイスカフェラテを差し出した。
 「なんなんだろね?それ」
 「これが脱出の鍵になるはずなんだが……パスワードがどうしてもわからない」
  美夢は葵のメモを覗いた……何やら数字や記号が書いてある。
 「なぁに?このメモ?」
 「これは各部屋のドアに記載されている数字や記号をまとめた物だ」
  葵は美夢にメモを覗いた渡した。
  メモにはこう書いてある。
  01=↑6-6
  02=→6-6
  03=↑2-6
  04=→2-11
  05=↑3-7
  06=→2-9
  07=↑3-5
  08=→4-11
  09=↑2-6
  10=→2-11
  11=↑0-0
  12=→0-0
  と、長々と記載されている。
  美夢は言った。
 「なにこれ?」
 「おそらく暗号だ……。僕の見立てでは、この暗号を解いたら、このシステムのパスワードがわかると思ったんだが……」
 「だか?」
 「どう考えても7桁にならない。いや、思い当たる7桁のパスワードは試したが、開かない……」
 「しっかりしてよ……」
  美夢の激を無視して葵はつぶやいた。
 「そもそもなぜ奇数になるんだ?……いや、そもそも数字ではないのか?……僕の知らない事か?……だとしたら、わかりようがない……僕だって知らないものは知らない……」
 「何をブツブツ言ってんのよっ!とりあえずこれ飲みなっ!」
  葵は美夢に言われるまま、アイスカフェラテを飲んだ。
 「うまいな……」
 「あたりまえじゃん……何年作ってると、思ってんの?」
 「それもそうだ……そういえば、美夢が作ったのを飲むのは久しぶりだ」
 「それ飲んで頑張ってよっ!葵だけが頼りなんだからねっ!」 
  葵と美夢が話していると、部屋のドアに激しい音が伝わる。

  ………ドンッドンッドンッ………。
  ………ドンッドンッドンッ………。

  今日の集合時間は11時30分のはず。
  椿が「昼食の準備かしたい」との事で、いつもより30分早めたのだが……。
  それ以前に激しすぎる音に、葵は異常事態が起こったと、すぐに察知した。
  ドア穴から外を確認すると、有紀がドアを激しく叩いていた。
  葵がドアを開けるなり、有紀が言った。
 「葵!美夢!よかった……無事か……」
  葵は外の様子を確認すると、ある程度理解できた。
 「有紀さん……慌てる原因はあの煙ですか?」
  葵が言うように広場の方から煙が上がっている。
  葵が言った。
 「有紀さんや歩さんが皆の部屋を回っているという事は……焼死体で誰だかわからない……て、とこですか?」
  有紀が言った。
 「そうだ。広場には焼死体がある……今も燃え上がってる……」
 「とにかく行きましょう……」
  広場に向かうと、それは鮮明になって目の前に現れる。
  葵たちが到着すると、既に堂島夫婦と容子もおり、少し後に歩が九条たちを連れてきた。
  この場にいないのは…………順平だった…。
  歩が言った。
 「順平君か?」
  歩が疑問に思うのも無理はなく……それ程に燃え上がり、近づく事さえできない。
  葵は目を見開いて言った。
 「とにかく消火を……確認しないと……」
  葵がそれに近づこうとすると、光一が葵を抑えた。
 「月島殿っ!よせっ!この炎では無理だっ!」
  光一が言うように、この炎に近づくのは自殺行為とも言える。
 「くそっ!……」
  葵は珍しく怒りを露にし、コンクリートの地面を何度も殴り付けた。
  炎が燃え上がる前で、皆は葵の行動を見ていた。皆はそれぞれ葵の様に怒りに満ちたり、悲壮感を漂わせたりといった表情をそれぞれしている。
  やがて葵の右拳は血塗れになるが……葵は止めようとはしない。
  すると歩は葵の右腕を掴んだ。
 「もうやめな……自分を責めるのは……これじゃあ……いつもと逆だよ」
  葵は言った。
 「無理矢理にでも一人にさせるべきではなかった……僕が甘かった……。同じミスをしてしまったんです」
  九条が言った。
 「君のせいじゃないよ……まとめる事ができなかった、僕ら年長者の責任だ」
  九条も拳を握りしめている……彼からも悔しさが伝わる。
  すると皆に追い討ちをかけるように、焼死体の側で軽く爆発が起こる。
  有紀が言った。
 「爆発物かっ!?」
  広場の土が舞い上がっている。
  椿が言った。
 「ここは危険ですっ!一度避難をっ!船長っ!」
  椿に促され山村は言った。
 「皆さんっ!一ノ瀬の言うように、いったんパーティールームに……」
  歩が賛同する。
 「そうだっ!正午にリセットされるなら……あと、30分程だ。ここは一度避難だ!まだ爆発する可能性もある!」
  こうして皆はパーティールームに一度避難した。
  皆はそれぞれ息を切らしている。席に着く者……その場に座り込む者や……。
  葵は後者でその場に座り込んでいる。
  容子が言った。
 「ほんとに……順平君だったの?」
  葵は少し落ち着いたのか、息を整えて、声を荒げる事なく言った。
 「おそらく順平君で間違いないでしょう……彼の眼鏡が火が届くか届かないかの位置に落ちてました。今ごろそれも炎に焼かれているでしょうが……」
  山村が言った。
 「しかし、いったいどうやって火を?火は厨房にしかありませんし、爆発物や火気の物や危険物は転送倉庫から出す事はできませんよ?」
  葵は言った。
 「方法は有ります……実験室の薬品を使用すれば簡単にね……。ガラス片が現場で確認できました」
  ガラスという言葉に歩が反応した。
 「……モロトフカクテル……」
  葵が歩に同意した。
 「モロトフ火炎手榴弾……通称モロトフカクテル……旧ソ連軍がよく使った兵器です。古いですが……使い手にとっては、安全性の高い火炎瓶です」
  美夢が言った。
 「でもどうやってそんなの……」
  有紀が言った。
 「塩素酸塩と硫酸があれば、可能だ」
  葵が言った。
 「火炎瓶として投げつけたか、もしくは……殺害した後に死体に塩素酸ナトリウムを撒き、少し離れたところで硫酸の入った瓶を投げつけたら火が着きます」
  山村が言った。
 「では、爆発は?」
  葵は気のない返事をした。
 「おそらく僕らの死角になる所にスプレー缶などを、何本か置いてたのでしょう……」
  九条が言った。
「スプレー缶は火が当たると破裂するからね……それなら、軽い爆発はいくらでも起こせるか……」
  椿が言った。
 「自殺と、いう事は?」
  歩が言った。
 「それは今更ないでしょ……。昨日、順平君の部屋に行って、脱出を話し合った事をメモにしてドアに挟んだからね。ノックも返してくれたし、挟んだメモも受け取ったよ。ドア越しだけど……」
  九条が言った。
 「希望があるのに、自殺はないな…」
  光一が言った。
 「これで、外部犯だと決まったな……今朝8時に集まり、その後9時に解散し……先程まで皆が部屋にいたのだ。アリバイは成立する」
  九条が言った。
 「そのようだね……今までの通り警戒は怠らないようにして、脱出方法を考えよう」
  その時のパーティールーム内で、ドンッと激しく音がなった。
  音を発したのは葵だった。床を両手で勢いよく叩いた音だった。
 「くそっ!何故だ?」
 「……葵……」
  美夢心配そうに葵を見ている。
  葵は正直戸惑っていた。こんな事は久しくなかった事だ。
  ……外部犯であるはずがないっ!その為の団体行動だった……。お互いを見張る意味もかねて……。
  葵は一人、床を睨み付けて考えている。
  ……たしかに堂島先生のいう通りだ。しかし…今回に限って何故、全員にアリバイがある?そして何故火を使った?僕は何かを見落としているのか?
  だが、そんな葵をあざ笑う者がいる。
  (フフフ……内部犯のはすが、外部犯だった……。混乱してますね……)
  (ただ、やはり侮れませんね……月島葵君。あの爆炎の中でも冷静に観察している……)
  (だが……まだまだこれからですよ。君は私のスピードについてこれますか?)
  (まぁ、仮についてこれたとしても……最後に勝つのは、この私です)
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