天才・新井場縁の災難

陽芹孝介

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第八話 天才・奇才~危ない二人の奇妙な関係~前編

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  ……百合根運動公園……


  百合根運動公園は百合根町の小中高のスポーツ大会や、一般人でも気軽に使用できる公園……夏はプール等の施設も稼動する、百合根町の人々には欠かすことのできない、多目的の運動公園だ。
  その運動公園のもっとも広い総合グラウンドの中央に、人だかりができていた。
  縁と桃子が野次馬の合間を縫って、その中心に近づいて行くと、逸れに気づいた今野刑事が二人に手を上げた。
 「小笠原さんっ!縁君っ!こっちこっち……」
  野次馬でざわつく現場の中で、不思議と今野の声は通った。
  今野の手招きにより、縁と桃子は黄色のバリゲートを潜って、さらに中心に近づく……鑑識や複数の警察官の群の中心に、それはあった。
  灰色のスーツ姿で仰向けに倒れている男性の遺体が……。スーツはバツ状に裂けて、そこから血が滲み、シャツは深紅に染まっていた。
  険しい表情で遺体を眺めている、縁と桃子に今野は言った。
 「三人目の被害者だと思うよ……」
  縁は言った。
 「折紙の数字が『3』って、わけか……」
  今野は頷いた。
 「2件の犯行と、同じ手口だよ……絞殺に切り傷、口の中に星形の折紙……そして数字の『3』……」
  縁は言った。
 「それが……2件同時か……」
  今野は言った。
 「先程確認したけど……百合根野鳥公園も手口は同じだそうだよ……折紙の数字は『4』だったようだよ……」
  縁は言った。
 「被害者二人の素性は?」
  今野は言った。
 「わかっている範囲だけど……三人目の被害者は川西光一かわにしこういち……36歳、独身男性……会社員、住所は百合根北……そして、四人目の被害者が小岩井三郎こいわいさぶろう……32歳。同じく独身男性で……職業は、今のところ不明……住所は百合根東だ……」
  桃子は言った。
 「川西が何故会社員だと?」
  今野は言った。
 「社員証が財布に入っていました……。問い合わせたところ……2年前から百合根北の工場で働いているそうです」
  縁は言った。
 「住所は二人とも免許証から、判明したんだな……それにしても……」
  縁は顎を摘まんだ。
 「どうして二人なんだ?そして何故一人残した?」
  縁は川西の遺体の側に近寄った。
 「ちょっと縁君……」
  今野の制止を聞く事なく、縁は遺体に顔を近づけた。
 「右脇腹から右脇にかけて、紫斑しはん……。それに、手には縛られた跡……なるほど……」
  そう言うと縁は、今野に言った。
 「今野さん……野鳥公園の遺体にも紫斑があるか、確認してくれる?」
 「えっ?あ、ああ……わかったよ、ちょっと待ってて……」
  そう言うと今野は、スマホを取りだし電話を掛けた。
  桃子は縁に言った。
 「紫斑が出るのは不思議ではないだろ?」
 「出血量がそんなに多くないからね……紫斑が出てもおかしくないけど……」
  すると電話を終えた今野が言った。
 「縁君……野鳥公園の遺体にも、川西さんと同じ箇所に紫斑が出ていたようだよ」
  それを聞いて縁はニヤリとした。
 「やっぱりな……。今野さん、死亡推定時刻は?」
 「二人とも昨夜の午後11時~翌午前1時の間のようだけど……」
  縁は言った。
 「おそらくこれから、司法解剖をおこなうと思うけど……二人からは睡眠薬が検出されると思うよ……」
  桃子は言った。
 「何かに気づいたな……」
  縁はニヤリとした。
 「二人は別の場所で殺されている……。しかし、それよりも気になる事がある」
  今野は目を丸くした。
 「二人が別の場所で殺されたのが、わかっただけでも、重要なのに……まだあるのかい?」
  縁は表情を険しくした。
 「どうして一気に二人も殺した?犯人は焦っているのか……」
  桃子もそれに同意した。
 「確かにそれは感じる……」
  縁は言った。
 「ただわかっているのは、俺達に考える時間を与えたくないようだ……」
  しかし縁は、それらとは別に違和感を感じていた。根拠はない……ただ直感的に違和感を感じていた。


   ……警視庁……


  縁と桃子は昨日と同じく、警視庁の会議室にいた。
  昨日と違い、縁と桃子の他に、加山と今野の両刑事、そして有村もいた。
  有村は言った。
 「縁と桃子ちゃんには……継続して今野君か加山君をローテーションで付けるから」
  縁は言った。
 「刑事と一緒の方が行動しやすいからな……」
 「私は縁と二人の方がいいのに……」
  桃子は不満そうだ。
  有村は今野と加山に言った。
 「そういうわけだから……二人は組織とは別に、縁と桃子ちゃんと自由に動いてね……」
  今野と加山は緊張感のある表情で、敬礼した。
  有村は言った。
 「じゃあ……ささやかながら、独立チームの捜査会議でも始めましょうか」
  有村の号令に、今野が口を開いた。
 「司法解剖の結果ですが……死亡推定時刻は二人とも午前0時前後……。後、縁君が言った通り睡眠薬が検出されました」
  有村はニヤリとした。
 「さすがだねぇ……縁……」
  縁は言った。
 「遺体に紫斑がでていたからね……それで思ったんだよ……別の場所で殺されたってね」
 「なるほど……それで紫斑と睡眠薬か……」
  桃子は納得したようだ。
  加山は目を丸くした。
 「どういう事です?」
  縁は言った。
 「つまり犯人は二人に睡眠薬を投与し、何処かに拉致し……そこで絞殺し、二人の遺体を車のトランクに入れた……」
  桃子が言った。
 「二人の遺体を横向けにしてか……。成人男性二人を車のトランクに入れるとなれば、横向けにしなければ入らない……」
  縁が言った。
 「そういう事……紫斑が出たのはその時だね……」
  有村はニヤリとした。
 「それで遺体の右脇腹と右脇に出たってわけか……」
  縁は続けた。
 「そして犯人は川西の遺体を運動公園に……小岩井の遺体を野鳥公園に遺棄して、それぞれの胸にバツ状の傷を付けた……出血量が少なかったのはそのためさ……」
  加山は感心した様子で言った。
 「なるほど……」
  有村が言った。
 「そこで問題なのが……次は誰が狙われるかだ……」
  縁は言った。
 「ほんとは三人まとめて殺害するつもりだったからね……」
  有村は思わず目を丸くした。
 「何だって?」
  縁は言った。
 「三人ってなると、トランクに入らないから……」
  桃子は言った。
 「つまりそれが理由で三人は助かったと?」
  縁は言った。
 「悔しいけど、そういう事……でも、次に殺されちゃったら意味がないよ……」
  有村は険しい表情で言った。
 「何としても防がないと……」
  縁は言った。
 「今回もご丁寧に、現場と住所の距離は長いからね……あっ、そうだ有村さん……」
 「なんだい?」
 「一応検問をはっておいて……犯人はそれを見越して、車を使わないと思うけど……一応ね」
 「わかった……今野君……」
  有村が今野をチラリと見ると、今野は「了解しました」と言い、会議室を出て行った。
  縁は言った。
 「犯人は俺達に考える時間を、与えたくないようだから……今晩動くかもしれない……」
  有村は言った。
 「そう考えるのが妥当だね……」
  縁はスマホを取りだし、それを操作しながら画面を見つめている。
  桃子は言った。
 「何かを調べてるのか?」
  縁は頷いた。
 「ああ……有村さんからのメール……被害者の素性をね……」
  有村は言った。
 「それなら資料にして持ってきたよ……今朝の二人の分も……」
  縁は言った。
 「じゃあ……それ貸して……」
  縁は有村から資料を受けとり、それを桃子に渡した。
 「はいっ、桃子さん……」
 「やれやれ……わかったよ……今朝の二人だな?」
  桃子は縁から受けとった資料に目を通した。
  すると、桃子がすぐに何かに気づいたようだ。
 「これって……どっかで聞いたことが……」
  縁はそんな桃子に反応し、横から資料を覗いた。
 「気になる事があった?」
 「いや、この川西が前に勤めていた『K洋菓子』って確か……」
  有村が言った。
 「それは僕も気になった……その『K洋菓子』って……訴えられてるんだよ……ブラックで」
  縁が言った。
 「ブラック企業か……」
  縁は額を指でトントン叩きながら、何かを考えている。
  有村は言った。
 「でも他の三人とは関係なかったんだよね……」
  桃子は言った。
 「川西もブラックの被害を受けていたのだろうか?」
  縁は額を叩きながら呟いた。
 「ブラック……被害……」
  桃子は縁を不思議そうに見た。
 「どうした?縁……」
  次の瞬間……縁は目を見開き、桃子が持っていた資料を取り上げ、勢いよく資料を捲り、目を通した。
 「一人目は専門学校出身……二人目は職を点々としていて……三人目はブラック企業……四人目は心療内科……」
  縁はブツブツ言いながら、資料をまじまじと見ている。
  有村と加山は縁の様子に呆気にとられ、桃子は不思議そうに縁に言った。
 「いったいどうした?ブツブツ言って……」
  縁は資料を読むのをやめた。
 「わかった……共通点……」
  縁の言葉に一同は揃って、目を丸くした。
  有村は言った。
 「ほんとかい!?縁……わかったって……」
 「あくまで可能性の1つだけど……」
  桃子も聞いた。
 「それは……なんだ?」
  縁は言った。
 「この四人は……おそらく心に何らかの傷を抱えている……」
  一同は揃って、再び目を丸くした。
  縁は言った。
 「急いで裏をとってほしい……彼らが百合根で暮らし始めて、どのような扱いを受けてきたのかを……」
  すると加山が勢いよく言った。
 「自分が調べて参りますっ!」
 「ちょっと加山君……」
  有村の制止を聞かずに、加山は会議室を飛び出して行った。
  桃子は呆れた様子で言った。
 「騒がしい男だな……いいのか?警視殿……」
  有村は苦笑いした。
 「いいんじゃない?裏をとるくらいなら、彼でも大丈夫でしょ……しかし何で気づいた?」
  縁は言った。
 「三人目の川西を基準で考えてみた……川西は前職がブラック企業だろ?資料によると2年前まで勤めていたようだけど……」
  有村は頷いた。
 「それは間違いないよ……」
  縁は言った。
 「それで他の三人の2年前を見てみたら……河野は美容関係の専門学生で、井小山は職を点々とし、小岩井は5年も心療内科に通っている」
 「つまり……どういう事だ?」
  桃子はいまいち理解できていないようだ。
  縁は「あくまで主観だ」と、前置きして言った。
 「河野は専門学生だったにも関わらず、現在はフリーター……おそらく就職活動がうまくいかなかったんだろ……。そして、井小山は職を点々としているのは……職場に馴染めないとか、トラブルが多くて職を変えざる終えない。そして小岩井は心療内科……」
  有村は言った。
 「なるほど……皆それぞれストレスを抱えているわけか……」
  縁は言った。
 「かなりアバウトだけど……現状考えられる可能性は、これしかない……」
  桃子は言った。
 「しかしストレスを抱えている者など、いくらでもいるぞ……」
  縁は言った。
 「確かにそうだけど……でもそのストレスが四人と、最後の一人を……五人を繋ぐ共通点なんだ……何かあるはずなんだ」
  縁は髪をクシャクシャした。
 「何かあるはずだ……五人が共有する何かが……」
  桃子も考え込んだ様子を見せた。
 「う~ん……繋がり……趣味が同じとか」
  有村が言った。
 「サークルじゃないんだから……」
  縁は呆れ気味に言った。
 「二人ともちゃんと考えろよ……年もバラバラなのにサークルって………うん?」
  縁は顎を指で摘まみながら呟いた。
 「サークル……サークル……」
  縁は目を見開き、二人を見た。
 「わかったかも……」
  有村と桃子は目を丸くした。
  縁は有村にある事を伝えた……それを聞いた有村はさらに目を丸くした。
 「なるほど……確かに可能性はある」
  縁は言った。
 「だからそれらで利用されている、アカウントを全て調べて」
 「わかった!すぐに指示する……」
  そういうと有村は慌てて会議室を出て行った。
  縁は桃子に言った。
 「俺達は百合根町に戻ろう……次の犯行現場を特定しないと……」
 「しかし縁……それが本当に繋がりなのか?」
 「まだ確証はない……だけど、現状で考えられる可能性はそれしかない……」
  縁と桃子は一度、百合根町に戻る事にした……時刻は午後2時過ぎ……日付が変わるまで、残り10時間を切っていた。


   ……午後4時…喫茶店風の声……


  警視庁から百合根町に戻ってきた縁と桃子は、遅めの昼晩兼用も予て風の声でパスタを食べながら、百合根町の地図とにらめっこをしていた。
  縁は言った。
 「四ヶ所の事件現場は、全て『公園』だ……だとすれば次も公園の可能性が高い……」
  桃子が言った。
 「しかし公園と言っても……結構な数だぞ?目立った公園は残り3つ……」
  縁が言った。
 「百合根中央の『百合根中央公園』、百合根東『百合根が丘展望公園』……最後に百合根北の『百合根桜木公園』……公園の多い町だな……」
  桃子が言った。
 「こんな事件がなければ……レジャースポットの多い良い町なのにな……」
  すると縁のスマホに着信が入った……有村からだ。
 「もしもし……有村さん……」
 「あっ、縁?……ちょっと厄介な事になった……」
  有村は少し焦った様子だったのが、受話器越しでも感じとれた。
 「厄介な事って?」
 「次に狙われる可能性のある人物がわかったんだけど……」
 「ほんとかよ!?で、誰だよっ!?」
 「名前は、山崎留衣やまさきるい……15歳。高校一年生の女子だ。何人か該当する者もいるが……一番有力なのは彼女だ」
 「高1女子……2年前は中学生か……」
 「そうだよ……縁も考えてると思うけど、酷い虐めにあっていたそうだ……」
 「やっぱり……それで、厄介な事って?確保したの?」
  有村はバツが悪そうに言った。
 「それが……家を昼過ぎに出て行ったきり……連絡が取れないらしいんだよ……」
  縁の表情は険しくなった。
 「ヤバ過ぎるな……」
 「とにかく百合根町全域に限界体制を轢いたから……縁達は今何処?風の声?」
 「風の声だけど……」
 「犯人が動き出した可能性があるから……縁達はそこでおとなしくしておいてよ……わかったねっ!?」
  そう言うと有村は、一方的に電話を終えた。
  桃子は心配そうな表情で縁に言った。
 「警視殿だろ?なんだって?」
 「犯人が動いた……だからおとなしくしてろって……」
  桃子も表情を険しくした。
 「なんだと!?」
 「ターゲットは、おそらく犯人に呼び出されて……出て行ったんだ……」
  縁はカウンターテーブルの上に、地図を広げ直して、じっと地図を見つめた。
 「考えろ……次は……」
  縁は目を閉じた……頭の中でこれまでの事を思い浮かべた。
  星形……数字……折紙……バツ状の傷……絞殺……公園……。
  すると縁は目を見開いた。
 「星だっ!」
  縁は地図にある殺害現場の箇所を、マジックで印をした。
  そして印の箇所を、事件があった順に線で繋いでいく……すると……。
  桃子が言った。
 「これは……『五芒星』……」
  縁が繋いだ線により、地図には『五芒星』が浮かび上がった。
  縁は言った。
 「やっぱり星には意味があったんだ……。星は殺害人数と、殺害場所を示唆していた……」
  桃子は言った。
 「この五芒星でまだ事件が起きていないのは……」
  縁は言った。
 「『百合根が丘展望公園』……急ごう……」
  縁と桃子は風の声を飛び出した。
  飛び出した二人を見て、店主の巧は呟いた。
 「おとなしくしてろって……言われなかったっけ?」
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