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神界転生

新婚旅行〜凶獣 饕餮(トウテツ)

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海渡山の朝
降り注ぐ太陽の光は晩秋らしく柔らかい。
ひんやりとした山頂の空気、湖からは水蒸気が湖面に漂う。

先に目覚めた鈴兎は何年もの間この場所で毎日迎えていた朝の景色も、今は懐かしくその視界に映った。

 湖面に漂う朝靄が晴れると目を見張る光景が現れた。
岸辺に近い湖面一面 季節外れの睡蓮が色とりどりに咲き誇っている。
  え~っ!

鈴兎は裸足で湖まで駆け出していた。

海渡山の紅葉は山裾まで拡がり山頂近くの湖の周辺は木々の落葉が、始まり僅かにのこる赤や黄に紅葉した葉が湖面の睡蓮の紅色 薄紅 白の色と相まって美しい錦絵を思わせる。

鈴兎は 湖の岸辺 舟寄せの桟橋を たったったと駆けてゆき その突端で 大きく手を広げて深呼吸した。

 あぁ~何ていい香り! 気持ちいい!

その場に屈み 透明な湖水を眺めてみると睡蓮の葉の隙間から小魚が忙しなく朝食の藻を食んでいる。

『お前達‥相変わらず元気ね‥』

以前であれば、この地の土 木 水 草花 それらに触れた瞬間 この地を神から預かる地仙が姿を現すはずであった。
この地を守護している地仙 周徳こそ鈴兎の師匠だった。

‥‥今朝はまだ師匠も目覚めていないよう‥

いきなり猫神皇太子に呼び出され 弟子を妻にする と言われたら、高齢の師匠が仰天して腰を抜かすかも知れないと取り越し苦労することも忘れない鈴兎だった。


足元の湖面の睡蓮が 僅かに湖水の乱れる波動にゆらゆらと揺れ幅が大きくなっている事に鈴兎は全く気がついていなかった。


『小糸っ ‥!』

     ヒャッ!

桟橋の下の湖面の小魚がピチャピチャと跳ねたかと思うと 後ろから捕まえられ 猛烈な速さで後退し そして上空に急上昇した鈴兎は 相当な力が全身にのしかかり まさに目を回すほどの衝撃を受けた。

意識も朦朧として 何がどうなったのか‥わからないまま 抱えられた状態で 空中で静止すると、

『小糸っ 大事ないか?』

その声は はっきりとはしない遠くから囁かれているようだったが 耳触りの良い 聴き慣れた響きだった。

意識の薄れる中で 鈴兎は頷いた。

『小糸っ しっかりしろっ これから起こる事は凶事に繋がるやもしれぬ! 今から星君と青牙を呼ぶからそれまで意識を飛ばすなっ 』

『痛いっ!』
蒼霊は鈴兎の太腿の内側を鋭く尖った爪で引っ掻いた。

ズッキン ズッキンと痛みが鈴兎の意識を保たせる。


『小糸‥すまない お前の肌を傷つけてしまった‥後からどのような罰も受けよう、今は我慢してくれ‥』

抱えられた胴体は前屈みになり だらりと伸びた二本の足、左側の内股から赤い一筋の線が足元に流れだす。


 オギャァァァァーそこの小賢しい猫め
 よくも私の食事を横取りしよったなぁー
 その娘諸共お前も喰ってやろう
   ギャャャャウォギャャ


『饕餮(とうてつ)!… 昔の勢いはどうした?えらく鈍くなったじゃないか!』


  煩いっ ウギャャャァァー 


  兄上!な、何事っ!

  
青牙‥っ!鈴兎を頼んだ‥

蒼霊に至急来いと呼び出された青牙は瞬間移動で海渡山のただならぬ邪気に恐怖すら覚えた。

兄上っ~っ 湖面に浮かぶ化け物は‥! まさかっ

『そのまさかよ 鈴兎を安全な所まで連れて行ってくれっ』

 兄上っ 兄上は?

『まさかの 饕餮(とうてつ)をこのまま捨て置くわけにもいくまい?』


  しかしっ 兄上だけでは、
『いいから 小糸を任せた。何かあったら許さぬ!』

『蒼ちゃん ごめん ごめん こんな朝早くから 騒がせたね 』

なっ南斗星君! 兄上と御関係が?

『青牙 星君が 加勢してくれるそうだから、お前は安全な場所で小糸と見物しておれ』

 兄上 見物って‥天君に知らせて天軍に任せては?


『それには 及びませんよ。ニ皇子 私と蒼霊君で片付けます』


『蒼ちゃん 無理しないでよ~ 少し弱らせたら後は僕が捕縛するからさー』

南斗星君は地上から まるで他人事のように見物しようとしていた。

 
   っ‥何なんだ!南斗星君は!

青牙は 蒼霊と共に闘いたかった。



蒼霊は 東王父から拝領した神剣【不死東木剣】を取り出した。

『饕餮‥その醜き姿、二度と私の前で見せるでないわっ!』

蒼霊の姿はみるみる豹変し漆黒の黒髪は銀白色に色変わりし、眼は吊り上がり虹彩に至っては青緑から黄金色に変幻し縦一文字の瞳孔は饕餮だけを射程に入れたように一本の糸ほどに縮んだ。

カッと口を開けると真っ赤な唇はみるみる耳まで裂け その口から生えた牙の鋭さは饕餮の虎の牙に勝るとも劣らない。

『饕餮‥大人しく南斗星君に従えばお前の命は取らぬ‥しかしまだこの上 天界を喰らいつくそうとするのであれば 今この場で渾沌に落としてやろう』

空高く舞いがった蒼霊の尾が普段の数倍の量のように毛が逆立ち 銀白色に変化した長い髪は渦を巻いて蒼霊の躰の回りを自由自在に取り囲み始めた。


饕餮は、ほとんどが頭と顔の凶獣で額には捻じ曲がり前に突出した二本の角があり、人面を呈しているがその口からは虎の牙が二本上下に生えている。

『蒼霊よ 随分と偉くなった物言いよ そのへらず口もこれまでよ』

と、言うか 饕餮は、目にも留まらぬ速さで口を目一杯開けて蒼霊を喰らいつくそうと 飛んできた。

 『 キャァァーッ あなたぁぁ、、』



   小糸‥⁉︎


大きく開いた口は蒼霊の頭上で今にも咥え込もうとした瞬間、蒼霊はその身軽さで 回転しながら饕餮の頭上高く舞い上がると 饕餮の背後に降下して不死東木剣を饕餮に突き立てた。

オギャーァー ギャァー オギャーァー 

まるで赤子の泣き声のような断末魔が 海渡山に響き渡ると 南斗星君が待ってましたとばかりに、

魔除の陣形を組み 饕餮はその陣に取り込まれて消滅してしまった。



『ヒェ~ヤバかったぁ‥寸分でひと呑みされるとこだった‥フー』



『蒼霊君‥久しぶりだね、君の元神‥相変わらずカッコいいわっ
天界広しといえど君ほど麗しい元神は無いわ‥ 君が現役の帝君と一緒に戦っている姿が見たかったなぁ』




『星君‥そもそも、あんたがサボってるからこんな事になったんだっ 反省してくれっ!』




『たしかに‥まぁ でもさ、いい方に考えれば?うさちゃんは君に何かあったら死にそうな顔して心配していたし、饕餮は帝君の強烈な修為を帯びた神器【不死東木剣】で貫かれてもう復活する事は金輪際不可能なわけだし‥いい事尽だと思わないかい?』



『勝手だよなぁ‥‥ところで 地仙の爺さんは?‥‥まさか‥‥』



『周徳さん‥残念ながら 饕餮に食われちゃってさ‥』



南斗星君は笑顔で鈴兎の師匠が饕餮の餌食になったと言う。


『笑い事かぁ? 星君から小糸に説明してくれよっ !』



『そうだよな‥それぐらいは させて頂くよ‥』








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