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約束─壊れたセーブデータ─
どこか遠くから声がして、イヤな匂いの予兆を感じる。誰かが馬乗りになって、自分の首に手を添えた気がする。
ぼうっとその姿が浮かび上がった。
嫌いな男の体に憧れた先輩の首が付いている。煙がかったように見えなくなっていても、確かにそれが忌々しい男の首だと何故だか分かるのだ。
そのうち、太い指が俺の頸にめり込んで行く。首を絞められると馬く呼吸が出来なく手、息が浅くなって往く。意識が遠のいてゆく感覚にヒドく恐怖を憶え、何度も何度も何度も死にたく無いと何度も強く念じた時──いつもベッドから跳ね起きる。
冷や汗が背を伝っている。俺は息を荒らげていた。
俺はたまに夢を見る。
過去の嫌な出来事を繰り返して定着させるような記憶の整理。あまりに醜悪な夢。
馬鹿な男に身体を弄ばれていたあの悪夢の日々。十年経っても傷は癒えないのだと、震える体を抱きしめて、もう何分も膝を抱えている。
俺は忘れたつもりでも、俺の身体が覚えている。
息が、上手くできない。まるで本当に首を絞められたかのように苦しい。肩で息をして、時々嗚咽を漏らしながらなんとか呼吸を整えようとする。
コンコンと自室の入口からノックの音がした。
「……尾上さん、大丈夫ですか」
向こう側から高松の声がする。ドアの隙間から光が漏れていた。
「入りますよ」
こんな姿を見られたくない。そう思っても声すらまともに出せず、掠れた否定の言葉が口から溢れるだけだった。
顔を上げると、酷く顔を歪めた高松が目の前に立っていた。どうしてお前がそんな顔をするんだ。
高松は俺の顔を見るなりベッドの上に座り込んだ。そして、目線を合わせてくる。
「尾上さん、抱きしめてもいいですか」
うん、と呟いた。高松はすぐ俺に抱きついて強い力で俺を抱きしめた。
背中に手を回す。だんだんと腕に力が入って、高松に縋ってしまっていた。少し落ち着いてきたのにまた息が上がってしまう。
高松は何も言わない。何も聞かない。
「たかまつ」
嫌なことを思い出したんだ。無理矢理見せられたんだ。
あぁそうだ、俺の人生はいつだって、暗く細い道の上を小さな灯りを頼りに歩くようなものだった。いつだってタバコの煙を纏っていて、見通しが悪くて、気づけば同じ所をグルグルと回っている。
──苦しみたくない。そんな思いが強すぎる。
「……死にたくない。死にたくないんだ」
涙は枯れ果てて、流れることもない。首を絞められた時も、殴られた時も涙なんて出なかった。無為にでも生きていたい。無様でもいい。死ぬのは怖くて仕方がないんだ。俺を何も『無』い世界に連れていかないでくれ。
「大丈夫だよ、尾上さん」
高松は温かい。
──俺は冷たい。
「大丈夫。絶対に大丈夫。……俺が言うから間違いないよ」
俺は何も話していない。だから高松も何も知らない。
それなのに高松の言葉はいつだって暖かかった。なんの根拠もない言葉も高松を通せば大きな意味を持った。彼が言うのなら、本当に大丈夫なんだろうと。一歩踏み出す勇気をくれる。事情も何も話せなくても、俺は高松の『存在』に救われるんだろう。今までもそうだったから、きっとこれからもそうなんだ。
でもそれじゃダメだ。これは俺の問題で、俺の人生なんだから。俺は──救われる前に変わりたい。
「もうこんな事ないから大丈夫だ。お前に迷惑なんてかけないから」
「そういう意味じゃないよ。俺は」
「分かってるよ。お前がいれば……ずっとこうやっていてくれれば、大丈夫だと思うんだ」
高松の言葉を遮ってまで言いたかったのはこんな月並みな言葉じゃない。それでも適当な言葉が見つからなくて。
「だから、このままいてくれ……」
何も見えない闇の中、縋った一縷の光が俺を温かく照らしていた。
ぼうっとその姿が浮かび上がった。
嫌いな男の体に憧れた先輩の首が付いている。煙がかったように見えなくなっていても、確かにそれが忌々しい男の首だと何故だか分かるのだ。
そのうち、太い指が俺の頸にめり込んで行く。首を絞められると馬く呼吸が出来なく手、息が浅くなって往く。意識が遠のいてゆく感覚にヒドく恐怖を憶え、何度も何度も何度も死にたく無いと何度も強く念じた時──いつもベッドから跳ね起きる。
冷や汗が背を伝っている。俺は息を荒らげていた。
俺はたまに夢を見る。
過去の嫌な出来事を繰り返して定着させるような記憶の整理。あまりに醜悪な夢。
馬鹿な男に身体を弄ばれていたあの悪夢の日々。十年経っても傷は癒えないのだと、震える体を抱きしめて、もう何分も膝を抱えている。
俺は忘れたつもりでも、俺の身体が覚えている。
息が、上手くできない。まるで本当に首を絞められたかのように苦しい。肩で息をして、時々嗚咽を漏らしながらなんとか呼吸を整えようとする。
コンコンと自室の入口からノックの音がした。
「……尾上さん、大丈夫ですか」
向こう側から高松の声がする。ドアの隙間から光が漏れていた。
「入りますよ」
こんな姿を見られたくない。そう思っても声すらまともに出せず、掠れた否定の言葉が口から溢れるだけだった。
顔を上げると、酷く顔を歪めた高松が目の前に立っていた。どうしてお前がそんな顔をするんだ。
高松は俺の顔を見るなりベッドの上に座り込んだ。そして、目線を合わせてくる。
「尾上さん、抱きしめてもいいですか」
うん、と呟いた。高松はすぐ俺に抱きついて強い力で俺を抱きしめた。
背中に手を回す。だんだんと腕に力が入って、高松に縋ってしまっていた。少し落ち着いてきたのにまた息が上がってしまう。
高松は何も言わない。何も聞かない。
「たかまつ」
嫌なことを思い出したんだ。無理矢理見せられたんだ。
あぁそうだ、俺の人生はいつだって、暗く細い道の上を小さな灯りを頼りに歩くようなものだった。いつだってタバコの煙を纏っていて、見通しが悪くて、気づけば同じ所をグルグルと回っている。
──苦しみたくない。そんな思いが強すぎる。
「……死にたくない。死にたくないんだ」
涙は枯れ果てて、流れることもない。首を絞められた時も、殴られた時も涙なんて出なかった。無為にでも生きていたい。無様でもいい。死ぬのは怖くて仕方がないんだ。俺を何も『無』い世界に連れていかないでくれ。
「大丈夫だよ、尾上さん」
高松は温かい。
──俺は冷たい。
「大丈夫。絶対に大丈夫。……俺が言うから間違いないよ」
俺は何も話していない。だから高松も何も知らない。
それなのに高松の言葉はいつだって暖かかった。なんの根拠もない言葉も高松を通せば大きな意味を持った。彼が言うのなら、本当に大丈夫なんだろうと。一歩踏み出す勇気をくれる。事情も何も話せなくても、俺は高松の『存在』に救われるんだろう。今までもそうだったから、きっとこれからもそうなんだ。
でもそれじゃダメだ。これは俺の問題で、俺の人生なんだから。俺は──救われる前に変わりたい。
「もうこんな事ないから大丈夫だ。お前に迷惑なんてかけないから」
「そういう意味じゃないよ。俺は」
「分かってるよ。お前がいれば……ずっとこうやっていてくれれば、大丈夫だと思うんだ」
高松の言葉を遮ってまで言いたかったのはこんな月並みな言葉じゃない。それでも適当な言葉が見つからなくて。
「だから、このままいてくれ……」
何も見えない闇の中、縋った一縷の光が俺を温かく照らしていた。
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