パーフェクト・ドリーム

星野ステラ

文字の大きさ
6 / 42

おかえり、カレーライス

しおりを挟む

 尾上さんはカレーが好きなので、カレーを作る機会は多い。俺は元々料理をする人間じゃないし、作るのが楽な料理は結構ありがたい。食器を洗うのがとてつもなく面倒くさいけど、尾上さんが洗うからと気は楽だ。それもこれも尾上さんがカレーが食べたいと言うから。
 だから、今日はカレーを作る。材料は揃っているから帰ったら急いで準備しないと。
 ……と思っていたのに。急に仕事が舞い込んで、残業する羽目になってしまった。そこまで遅くならなければ良いけどなあ。とりあえず尾上さんにLINEして、夕飯のこと伝えなきゃ。
 L I N Eのアプリから、一番上にピン留めしてあるトーク画面を開いた。
『残業になっちゃったから、ご飯作れる時間に帰れないかも(>_<)なんか買うかして食べてください』
 すぐに既読がついた。尾上さんはもう会社を出ているんだろう。どこにも寄らず、そのまま帰るのかな。
『今日カレーにするって言ってたよな?』
『そうですよ。』
 少し時間を空けて、尾上さんから返信が来た。
『じゃあ俺が作る』
「えっ」
 職場なのに思わず声が出た。この人は本気で言っているんだろうか。
『いいんですか❗❓』
『任せとけ』
 まさか尾上さんが作るって言い出すなんて……。流石にカレーくらいは作れると思うけど、料理をしているのは見たことがないし不安だ。慣れないから包丁で指切ったりしそうだな。玉ねぎで涙目になるだろうし、具が全部デカイのにじゃがいもは溶けている……きっと。そもそも、じゃがいもの芽の取り方分かるのかな。家にあったものは芽を気にするほどではなかったはずだけど、記憶は定かではない。
『じゃがいもの芽はとってくださいよ。人参は皮むいてね』
 馬鹿正直な尾上さんの事だ、経験もないのに包丁で皮むきをしようとするのだろう。
『ピーラー使ってね』
『分かった』
 作り方はカレールーの箱を見れば分かるだろう。それでも不安なので、早めに帰って様子を見たい。出来るだけ急がなければ。



「ただいま」
 結局、二十時頃に目処がついて、二十一頃には家に帰ることが出来た。玄関からカレーの良い匂いがして、食欲をくすぐる。お腹が空いてきた。これは期待出来るかもしれない。
「おかえり。カレー出来たぞ」
 エプロンをした尾上さんが出迎えてくれた。普段は俺が着けている花柄のエプロンだ。顔がにやけてしまう。……尾上さん可愛い。新妻じゃん。
「良い匂いしますね。上手く出来ました?」
「そりゃ、俺だってカレーくらい出来る」
 腰に手を当ててやけに得意げだ。左手は絆創膏が何枚か貼ってあってボロボロなのだが……。やっぱり指切ったのかな。尾上さんはとにかく不器用で、例えばカッターとか、手先を使うものが極端に苦手だ。だから頑張ったんだなと思う。
「えらい!」
 気が向いただけだとしても、普段は面倒くさい、出来ないとゴネているから褒めてあげたい。褒められて恥ずかしがる尾上さんを抱きしめて撫で回したい。
「ほら、早く食べようぜ」
「まず味見していいですか?」
「いいぞ」
 器に盛り付ける前に味チェックだ。キッチンに向かうとカレーの匂いはいっそう強くなる。ただ、どうも嫌な匂いも混じっている気がしてならない。
 鍋の蓋を開ける。お玉でかき混ぜると、案の定というか、想像していた通り底が焦げている。煮ている時に目を離したんだろう。そこまで酷くもなさそうだけど、焦げの匂いって結構気になっちゃうからどうしたものか。お玉でカレーを少しすくって、豆皿に入れた。少し水分が多くてシャバシャバなのは気になるが、思い切って啜る。
 うわ、やば。
 思わず顔をしかめてしまった。とにかくしょっぱいし、謎の苦味があってはっきり言って不味い。カレーをこんなに不味く出来るのはもはや才能だ。
「尾上さんこれ味見した?」
「途中ちゃんと味見したぞ」
「いや、最後に! 自分でも食べてみてくださいよ」
 尾上さんは促されるまま豆皿のカレーを啜る。一瞬で顔が歪んだ。ほら見たことか!
 美味いと言われたらどうしようと思っていた。安心した。味見して『これ』だったら、味覚が狂っているとしか思えない。
「まっっっずいな!! うわ……これは、その……スイッチ入れっぱなしでコーヒーメーカーに放置してたコーヒーとか、網の端っこに放置されてる焼きすぎてほぼ炭になった焼肉みたいな……」
 混乱しているのかあまり要領を得ない。不味いという点はお互い一致しているが、同じものを食べているのにどうしてこうも感覚が違うんだ。ほぼ炭って、自分が焦がしたからだろう。
「どうしたらこうなるの……」
「レシピ通り作って味見したんだけど、高松のカレーと味が違うから、隠し味を入れた」
 頭を抱えてしまった。料理が下手な人はレシピ通り作らない、というのは本当だったんだなあ。よく分からない隠し味を適当に入れておきながら、本人はレシピ通り作ったと言い張るのだからタチが悪い。
「何入れたんですか」
「ウスターソースとインスタントコーヒーと」
 しょっぱいのと苦味の正体が分かった。ついでにこのカレーがこんなにシャバシャバな理由もわかった。
「どんだけ入れたんですか!」
 ウスターソースもインスタントコーヒーも、カレーの隠し味としてはメジャーなものだ。大方、ネットで検索して一番上に出てきたものを入れたのだろう。気持ちは分かる。
「ソースは大さじ一。コーヒーは小さじ二」
 いやいやいや、それだけの量じゃこうはならないでしょ。
「……尾上さん大さじって」
「これで測れば良いんだろ?」
 尾上さんが見せてきたのは、200ミリリットルの計量カップだった。そりゃ多いわ。
「じゃあ小さじは?」
 普通よりちょっと大きめのスプーンを持ってきた。明らかに『小さじ』ではないだろ。この人もしかして、さじの意味を分かっていないのか。
「計量スプーン見たことないんですか!?」
「見たことはあるけど、ここにそんなもんないだろ。大さじって50ミリリットルだから……」
「ちょっと待ってください……大さじは15ミリリットルですよ。あと、計量スプーンならそこの引き出しにあります……」
 流石に計量カップいっぱいに入れているわけではないと知って安心した。尾上さんはたまにズレているところがあって、心配になる時がある。本人は気にしているのかいないのかすら分からないが、俺が支えにならなければと、もはや使命感まで抱いている。
「あれ? 間違えて覚えてて、そのままだったのか」
 心なしか尾上さんがしょんぼりしている。本当はソースとコーヒー以外にも何か入れただろうと詰め寄るつもりだったが、流石に可哀想になってきた。ヤバいものを生成したのは確かだが、尾上さんがせっかくやる気を出してしてくれたんだから、料理に興味を持ってもらいたい。なんとか次に繋げるために、ここは俺が頑張るところだ。
「これからリカバリーします!」
 我ながら無謀なチャレンジだ。正直出来るか分からないけど、やるだけやってみよう。





「う、美味い。お前すごいな……?」
 尾上さんは鍋の前で感動していた。
 ネットで情報を集め、悪あがきを繰り返し、色んな手を尽くしてリカバリーをした結果、奇跡的に美味しいカレーが出来上がったのだ。我ながらすごいと思った。
「自分でもすごいと思います……」
 正直なところ、イチから作り直した方が美味しいものが作れるんだけど、不用意に尾上さんを傷つけたくない。全否定だけはダメ。
 それにしても『アレ』からこの味にした俺は天才じゃないか。料理の才能があるとしか思えない。
「余計な事してごめんな」
「ううん。俺のために作ろうとしてくれたんでしょ? 嬉しいです」
 尾上さんが俺の事を思って、気まぐれでも苦手な料理をしようとしてくれた。その気持ちだけで嬉しいのだ。
「いつも任せっきりだから、悪いと思って」
 バツが悪いのだろう。そんなこと気にしなくてもいいのに。
「そうだ。良かったら、今度一緒に作りませんか?」
 尾上さんに少しでも料理を覚えてもらいたい。俺が家を開けている時、具合が悪い時でも『自炊をする』という選択肢を増やしておきたいから。そうじゃないと、ものぐさな尾上さんがカップ麺とコンビニ弁当の生活に戻ってしまう……!
「お前と一緒なら絶対失敗しないな」
 嬉しそうに言うから、こちらまでつられて嬉しくなってしまう。笑顔が見られて良かった。
「何にしようかな」
「カレーが良い」
「いいですね、リベンジしますか!」
 一緒に作るならきっと楽しいし、上手くできる。ちょっと豪華にして、上に揚げ物でも乗せるか。カツでもいいし、唐揚げでもいい。何も決まっていないけれど、今から楽しみで仕方がない。
「おう。あのな……」
 尾上さんが言い淀む。顔を顰めたまま口を開かない。仕方がないので大人しく待っていると、そっぽを向いてしまった。
「たぶん勘違いしてると思うけど、カレー自体はそこまで好きじゃないんだ。お前の作るカレーが好きなんだよ」
 思わず面食らってしまった。少し恥ずかしそうに言うのが、あまりにも可愛くて嬉しくて。
「え……あ、あの。また作ります!」
 何度もカレーを作ってしまいそう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

今度こそ、どんな診療が俺を 待っているのか

相馬昴
BL
強靭な肉体を持つ男・相馬昴は、診療台の上で運命に翻弄されていく。 相手は、年下の執着攻め——そして、彼一人では終わらない。 ガチムチ受け×年下×複数攻めという禁断の関係が、徐々に相馬の本能を暴いていく。 雄の香りと快楽に塗れながら、男たちの欲望の的となる彼の身体。 その結末は、甘美な支配か、それとも—— 背徳的な医師×患者、欲と心理が交錯する濃密BL長編! https://ci-en.dlsite.com/creator/30033/article/1422322

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

チョコのように蕩ける露出狂と5歳児

ミクリ21
BL
露出狂と5歳児の話。

先輩、可愛がってください

ゆもたに
BL
棒アイスを頬張ってる先輩を見て、「あー……ち◯ぽぶち込みてぇ」とつい言ってしまった天然な後輩の話

処理中です...