わたしと人魚の待ち合わせ

塵芥ゴミ

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わたしと人魚の待ち合わせ

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早朝の砂浜で、歌うのが好きだ。わたしはいつか、ミュージシャンになることを夢見ている。誰にも言えない秘密だ。
高校に進学して間もなく、転校生が現れた。髪型はしっかりセットされている清潔感のある短髪。体付きはかなり筋肉質で、日に焼けたニコニコ笑顔をしている。

「水野ハジメです。よろしくね!」

誰にでも声をかけるようなお人好しだった。もちろん、わたしにも声をかけてきた。休憩時間、わたしは音楽を聴きながら眠るのが好きだった。それを妨害されたのは久し振りだった。

「早川さん、何聴いてるの?」
「……言わなきゃダメ?」
「知りたいから」
「なんで?」
「え?クラスメイトじゃん」
「……馴れ馴れしいね」

わたしはボソリと呟いた。何度もねだるのでわたしは可哀想になってきて、わざわざ音量を上げて聴かせてやった。

「へぇ……なかなか渋いね。これさ、かなり古い曲だよね?」
「練習してるんだよ。……だから聴かせたくなかったの」
「ふーん……」

水野くんは賢い。テストで一番の点数を取っていた。どうやら、何でもできる人間らしい。クラスメイトたちが蟻のように集う。

「水野くんって、どこを目指してるの?」
「部活やってないの?」
「やってないし、やらないよー」

運動部の連中が顔を見合わせる。

「勿体ないって!バスケ部来いよ!水野!」
「いや、陸上競技に興味あるよね!?水野くんはさ!」
「俺さ、部活動やらないって決めてんだ。ごめんね……」

水野くんはこの学校にやってきてから、毎日どこかの部活動に勧誘されている。

「水野くん!び、美術部ならばどうですか?」
「聞いてなかったの!?俺さ、部活動やらないってばー!」

困惑する水野くん。休憩時間には彼を中心として、クラスメイトたちが集まっている。水野くんが来てから、クラスが明るい。ムードメーカー。天性の根明。……机に突っ伏してるわたしとは、違う世界の人間だ。
きっと、この世界が自分を中心に回っていると勘違いしているのだろう……。

放課後。クラスメイトたちが楽しそうに各々の居場所に向かうのを眺め、わたしはゆっくりと教室を出た。すると、目の前に水野くんがいた。廊下に佇んで、水を飲みながら外を見ている。わたしは気付かれないようにスッと躱した。しかし、彼は行く手を阻むように立ち塞がった。右へ行くと、水野くんも一緒に動いた。

「えっと……わたしに何か用かな?それとも、嫌がらせ?」
「早川さん。ここってさ、軽音楽部あるよね?」
「は?」
「軽音楽部入ればいいのに、勿体ないよ?ほら、音楽好きでしょ?」

水野くんは微笑む。わたしはキッと睨みつけた。そして、スルーした。……意味わからん。こいつ、なんかムカつくんだけど。

「この感じ、明日は雨かな?晴れると思う?」

水野くんは後ろから付き纏ってきた。わたしは無視を決め込んだ。あまりにもしつこいので、振り返る。

「わたしさぁ、暇じゃないんだよね!」
「えっ?でも、早川さんは部活動してないよね?いつもすぐ帰ってるでしょ?」

図星。こいつ、わたしのことかなり知ってやがる……。

「あ、もしかして、塾?」
「そう!塾!」

わたしは咄嗟に嘘を吐いて、走って帰った。


次の日は雨だった。

「雨か……サイコーじゃん」

雨は好きだ。雨の日は傘で視線を隠せるから。ウキウキしながら学校へ向かう。すると、目の前を水野くんが歩いていた。なぜか傘は差していない。……昨日は可哀想なことをした。しばらく悩んで、結論を導き出す。水野くんの肩を指で突いた。

「おはよう……水野くん」
「おはよう!早川さん!」
「あの……水野くん、傘は?」
「え?いらないよ?」
「え?いらないの?」

困惑していると、水野くんは手を振って慌てる。

「いらない……じゃなくて、忘れたんだ!そう、忘れた!」

わたしはしばらく様子を見て、そっと入れてやった。

「ありがとう、悪いね!」
「いや、見捨てられんでしょ……。一応クラスメイトだし、そんなに濡れて着替えあるの?」
「体操服があるけど?」

わたしはさらに困惑してしまう。

「……え?い、一日中、体操服でいいの?」
「うん」

我が校の体操服はかなりダサい。もしや、水野くんは服に無断着なのか?

「それにしても雨はいいね。雨は心が和む、安らぐ、包まれてる気がする。雨の日は落ち着く」

水野くんは目を閉じて微笑んだ。

「それ、わかるよ。わたしも雨が好きだからね」

そう言うと、水野くんは嬉しそうな顔でわたしを見つめた。

「……そういえばさ、なんで軽音楽部の話したの?」
「えっ?音楽好きなんでしょ?」
「そりゃ、まぁ……そうなんだけどぉ」

軽音楽部、入ってた。……でも、わたしは逃げるように辞めてしまった。合わなかった。みんな、適当にやっていた。わたしのように大きな夢を見てなかった。自分だけ必死にやってるのをバカにされたのが特に悔しかった。

「えっと、なんかあったの?」

こ、こいつ……わたしの心にズカズカと入ってきやがる。
澄み切った瞳、そんな濁りのない目で見られるとわたしは恥ずかしくなる。わたしは、酷く淀んでいる。

「こ、こっからは水野くん一人で行くこと!」
「なんでさ!?目的地一緒だよね!?」
「付き合ってると思われるでしょ!?水野くんのこと、好きな子たくさんいるんだよ!?」
「そうかなぁ……?」

わたしたちは雨の中、離れ離れになって学校へ向かった。水野くんは宣言通り、一日中、体操服だった。水野くんは嘘をつかない。とにかく誰に対しても優しい。スクールカースト最下部のこんなわたしにも仲良くしてくれる。目が合うとヒラヒラと手を振ってくれる。たまに犬みたいに寄ってきて、猫みたいに悪戯をする。
……しかも、優等生で話術に長けていて、気遣いができる。女子人気も高い。完璧超人かよ。

ある日、誰かが廊下で話しているのを聞いた。

「水野くん、めちゃくちゃ水泳ができるんだってさ……。しかも、水泳部の進藤くんよりも速いんだって」
「あたし、水野くんの体見たよ。やっぱり予想通り、日焼けしててムキムキだったよ」
「ホント!?じゃあ、水泳選手なのかな?」
「三階からプール見えるでしょ?あそこからなら、見えるよ」

……あいつ、ホントに超人なのかもしれない。わたしは完璧な人間が嫌いだ。でも、水野くんは……なんか違うんだよな。

やがて、放課後がやって来る。わたしはいつも通り、一番最後に教室を出る。すると、そこには戸惑っている水野くんがいた。

「あはは、傘盗られたみたい……」

わたしは困惑する水野くんの横をスッと素通りした。

「酷いや!入れてくんないの、早川さん!?」
「……なんで?クラスメイトたちと……金子くんや三ツ谷くんといたじゃん?」
「提出物があってさ、職員室行ってたんだ。その間にみんな、もう帰っちゃったよ」
「……そう」

わたしは靴を置いて、ゆっくりと履いた。制服をグイッと引っ張られる。顔を上げると、水野くんがへの字口をしていた。

「もしかして……俺のこと、嫌いなの?」

……え?

「俺、悪いことした?人知れず、傷付けることがあるんだよ。だから、早川さんのこと、傷付けたかもしんない」

わたしは困惑した。嫌いなわけがない。むしろ、仲良くしてくれる分、水野くんのことが少し好きだ。こんないいヤツ、他にはいないと思う。

「嫌いじゃないよ。……ほら、早く来なよ」

パッと顔を明るくして、傘に駆け込んできた。風に乗って、なんだか爽やかな香りがした。

「ありがとう、早川さん!やっさしいんだもんな!早川さんは!」
「……うん、別にいいよ。てか、褒められても嬉しくないし」
「嬉しくないの?」
「うん……恥ずかしくなるだけ。褒めるなら金をくれと思う」

沈黙が続く。でも、沈黙を雨が掻き消してくれる。だから、雨が好きだ。

「あのさ、俺……ずっと見てたんだよね」
「は?」
「遠くから、見てたんだ。たぶん気付いてないと思う。俺さ、その時からずっと気になってるんだ」
「えと、何を?」
「キミをだよ。早川さん」

真っ直ぐな眼差しを向けられた。わたしは首を捻る。……待て待て。クラスでも浮きまくってる、このわたしのことをずっと見ていただと?それはつまり……。わたしはサッと血の気が引くのを感じた。俯いて、白状する。

「気付いた?わたしね……クラスメイトに嫌われてるの」
「え……そうなの?」

ポカンとした顔があった。あれ?……会話ミスったかな?

「え……?水野くん、他に何か言いたかった?」

水野くんは腕組みをして、深刻そうな顔で口を開いた。

「早川さん、もしやイジメられてるの?」
「そんなことはないよ」
「よかったー……」
「で、何が言いたかったの?水野くんは」

水野くんが立ち止まる。目の前に、水玉模様の傘が揺れている。傘の中には長身の綺麗な女性がいた。長い黒髪を靡かせ、ツカツカと歩いてくる。……誰だ、この美人は!?大人の色気が凄まじい……。

「ハジメくんが……バカな息子がいつもお世話になってます」

女性はペコリと頭を下げた。いい香りがする……。

「ま、魔女め……こんなとこまで来やがったか」

ま、魔女!?
母親らしき女性は微笑みながら、水野くんの腕を引っ張っていく。

「ほら、行くよ。ハジメくん。あなた……これから、何をしなければならない。ちゃんと理解しているかな?ルールも理解しているかな?」
「……わかってますよ。早川さん!じゃあね、また!」

わたしたちは手を振って別れた。水野くんが何を言いたかったのか、知ることができなかった。……というか、反抗期なのか?水野くん。



「よッ!一緒に帰ろうよ!」
「えぇ……?」

放課後、水野くんは仲良しの連中よりもなぜかわたしを優先するようになった。女子たちに関係性を訊ねられたが、わたしは友達だと必死に弁明した。休み時間も取り巻きに付き纏われる。

「早川さん。あまり、近付かないほうがいいよ。ほら……みんな、勘違いするし」
「でも、わたしから誘ってないんだけど……」
「そんなわけないよね?」

わたしは腕組みをして悩んだ。その気持ちわかる。わたしだって、信じられないからさ。

「正直、わたしも困ってるんだよね。だから、本人にそれとなく言ってくれないかな?わたしに会いに来るなと」
「……ホントに伝えるよ?いいの?」
「うん。じゃあ、お願いね……。わたし、一人が好きだからさ」

わたしがそう言うと、女子たちは顔を見合わせ戸惑う。彼女たちは水野くんにそのことをしっかりと告げたと思う。それでも、水野くんはわたしの元へやって来る。そして、楽しそうにベラベラベラベラ、今日あったことをわたしに話し始める。

あいかわらず、放課後、二人で帰る。度々、お母さんが現れた。そして、水野くんは呆気なく連れて行かれる。そんな日々が続く。

とある日の休憩時間。音楽を聴いていると水野くんがやって来た。机に肘をついて、わたしの顔を見つめてくる。わたしは目を合わさず、イヤホンを外した。

「水野くんってさ……」 
「何?」
「……もしかして、マザコン?」
「……ちがーうッ!!」

水野くんは机を叩きながら、プンスカ怒った。

「門限厳しかったり?」
「……まぁ、そんなところかな。やらなきゃならないことがあるんだ」
「受験勉強?」

水野くんは腕組みをして唸る。

「受験勉強みたいな?調査みたいな?バイト的な?……とにかく酷く退屈なんだ、それは」
「ふーん……というか、若いよね。お母さん、三十歳くらいに見えるけど?」
「ありゃ、魔女だからな」
「美魔女ってこと?」

水野くんはそれっきり、何も言わなくなった。チャイムが鳴り、水野くんは席に戻った。なんだかモヤモヤした。なぜか、もっと知りたくなった。それは……それはなんでだろ?


早朝、ギターを背負って向かうのは、砂浜。一通り、歌うと水を飲む。朝日を浴びながら目を閉じる。この瞬間も好きだ。ここには、好きが詰まっている。気配を感じて、振り返る。人影があった。

「誰かいるの!?」

怖くなって石を投げた。すると、岩陰から男が出てきた。それはなんと、水野くんだった。

「……ごめん。聴きたくて……ここに来たんだ」
「そうなんだ。……ん?聴きたくて?」
「ごめん、ずっと前から見てた」

それって……ストーカー?

「俺、ファン一号でいいかな!?」
「えっ?まぁ、いいけど、人に聴かせられるほど」
「聴けるんだよ!もうキミの実力は素晴らしい!」

水野くんは熱心に語る。いかに、わたしの演奏が、歌声がすぐれているかを。わたしは恥ずかしくなって俯いて聞いていた。

「……じゃあ、もう行くね!また後で!」

水野くんは走って、帰っていった。一番、気になること。それは、一体、いつから知ってたんだろうか?ということだ。


ある日、水野くんと買い物をする約束をした。どうしても来て欲しいのだと……伝えたい話があるのだと。わたしは水野くんのことが知りたくて、承諾した。しかし、美魔女のお母さんと一緒にいた。

「ちくしょー。バレた、ごめん」
「いいってば……そんなこともあるよ」
「ハジメくん、駅前のスイーツを買ってきなさい。五分以内で。言い訳は許さないから、よーいドン」

お母さんは手を鳴らした。水野くんは慌てて駆け出した。お母さんはくるりとわたしの方へ振り向いた。

「あなた、好きなの?ハジメくんのことが」
「……うーん、わかりません」
「なら、なぜ許可したの?」
「それは……知りたかったから。もっと深く知りたかった」
「あの子はね、やるべきことがあるの。それと、許婚がいるのよ?」
「許婚!?この時代に?」

お母さんは頬を触りながら、うーんと唸った。

「……これはね、人権侵害じゃなくてね。えっと、指令でも命令でもなくて……」

水野くんが息を切らして帰ってきた。額に汗が浮かんでいる。

「おまたせ!……何話してたの?」

水野くんが買ってきたクレープに、魔女は大きくかぶりついた。

「秘密。これは女子会なのよ?」

買い物は何事もなく終わった。帰り際、お母さんはわたしに紙切れを差し出した。ピッと差し出された紙切れには、連絡先が書かれていた。

その日の夜。長文のメッセージが届いた。どうやら、あまり仲良くしてほしくないらしい。

「彼は名家の息子で、その優れた血を繋ぐために、選ばれた女性と結ばれることになっています。これは双方の合意があり、また二人は昔からの親友、幼馴染でもある……かぁ」

わたしは声を出して、メッセージを読む。そして、読み終えるとベッドに寝転んだ。

「そっか……そうだよね。水野くんは庶民じゃなかったわけだ。どこかの財閥のお偉いさんの子なのかもしれない。そのレベルならば、許婚は当たり前なのかな?」

翌日。学校へ向かう足取りが、なんだか重い。それはなぜか分からなかった。

「おはよ!なんか、元気ないな……。もしかして、魔女になんか言われたのか?」
「えっ?そんなことはないけど?」
「ならいいけど……あまり信じちゃダメだぞ?魔女は嘘を吐くんだからな?」
「嘘?」
「御伽噺でも意地悪だろ?魔女はそういう、意地悪なものなんだよ!」

水野くんは拳を握って、怒った。その日の昼休みは教室が騒がしかった。水野くんに縋り付く人物がいた。

「おい!いい加減決めてくれよ!水野ォ!水泳部に来い!!」
「だから、部活動しないよ」
「頼むよ!マジで!お前だけが頼りだ!」

水野くんは、進藤くんの制止を振り払った。進藤くんはひっくり返って転んだ。クラスメイトたちがあざ笑う。

「進藤、必死過ぎだろ!マジ頭おかしいってば!」
「あいつ、息継ぎナシで五十メートル泳いでやがんだよ……」
「え?それがどうしたの?」

クラスメイトたちは首を捻る。進藤くんは顔を真赤にして熱弁する。

「そんなヤツいねぇよ!お前ら、オリンピック見たことないのかよ!?あいつ、バケモンだぜ!バケモン!」
「でも、五十メートル潜水できるなんてフツーなんじゃねぇの?」
「バッカ!ヤツがしてたのは潜水じゃねえんだわ!クロールよ!クロール!息継ぎナシで、俺より速い記録出せるかよ!」

バケモン……。化け物。全て、化け物だというなら説明がつく。あんなに若いお母さんがいることも化け物なのだとしたら……。


「今日も一緒に帰ろう!」

水野くんに誘われてコクリと頷く。二人で歩く。なんだか嫌な気配がする。ふと、顔を上げると交差点の先に佇んでいるお母さんの姿があった。

「ハジメくん……あなた、今日も早川さんと一緒なの?」
「……悪いかよ?」
「その口ぶり、反省してないってわけね?」
「あの……わたしも、家に着いていってもいいですか?」

母親の顔が、無表情から一気に満面の笑みに変化した。

「お、お邪魔します……」

小さな一軒家だ。玄関も部屋の中も綺麗だ。不必要なものがまるでない。もしかして、かなり神経質なのかもしれない。

「あら、困ったわ。……お茶菓子がないわ」
「いりませんよ」
「でも、せっかくの客人なのだから、ね?……ハジメくん?」

水野くんは眉間にシワを寄せて、面倒臭そうに立ち上がった。

「……アイスでいいだろ?」
「あら、頼まれてくれるの?優しいね、ハジメくんは……」
「……選択肢はないからな」
「新発売のおもちアイスをお願いね、ハジメくん」

去り際に、水野くんはわたしに囁いた。

「早川さん。気を付けろ、魔女にペースを呑まれるなよ?」
「どういう意味?」
「すぐ帰って来るから、それまで耐えろ……ってことだよ」

バタン。お母さんの手により、扉が閉められた。

「あなた、あたしとお話したいんでしょ?」

わたしたちはテーブルを挟んで向き合った。

「失礼なことをうかがいますが……」
「あら、何?」
「……あなたはホントに母親なんですか?」

お母さんはコップをそっと置いた。そして、優雅に微笑む。

「どうしてそう思うの?」
「すいません。なんとなくです……。でも、まるで他人行儀に思えます」
「早川サクラ」

フルネームで呼ばれてギョッとする。

「早川家の家族構成は四人家族。一家を支えるのは、父であるユウイチ。禿げてきてるのが一番の悩み。〇〇工場に勤務しており、ユリという妻がいる。ユリは専業主婦で、実家は東京都〇〇にある。好きなお菓子はコンソメポテチ。妹のヒマリは小学生。バカな姉のことは見下している。好きな男の子は、近所に住むヤマトくんで初キスはもう済ませた」

わたしは驚きのあまり立ち上がった。嫌な汗がブワッと吹き出る。しかし、魔女は容赦なく続ける。ツララのようなトゲのある鋭い視線をわたしにぶつけながら。

「ペットには三毛猫のオスで三歳になったばかりの、マイケルがいる。好きなのは、カーテンを破壊すること」
「や、やめてください……」
「早川サクラ。あなたはシンガーソングライターを夢見てる女の子。ギターは三つ持っている。動画作りをしようと目論んでいる。初恋の人は小学校のイケメン先生。でも、未成年者への淫行で捕まったバカな先生。愚かにも今でもたまに思い出して、好きだと思っている。頭を撫でられたことを今でも……」
「イヤッ!!」

わたしは耳を塞いだ。わたしの肩を掴むとお母さんは囁く。

「あのね?あなたの部屋のこと家具の配置まで、何もかもが筒抜けなのよ?」
「もう聞きたくありません。ごめんなさい……」

お母さんは鋭い目つきを向けて、紅茶を飲んだ。

「詮索するということはそういうことなの。理解してるの?」
「……ごめんなさい。もう二度としません。許してください」

涙が出そう。怖すぎて、吐きそう。この人、ヤバい人だ……。

「ただいま!!」
「……あら、頼んだアイス買ってきてないの?」
「売り切れてた、だから、これを代わりに」
「あら、残念……」
「水野くん。も、もう帰るね……」

わたしは震える足で立ち上がる。

「早川さん、待ってよ!ほら、アイス溶けちゃう……」
「家に行くなんてバカだよね。なんでこんなことしたか、自分でもよくわからなくて……」

水野くんは驚いた顔をした。そして、真剣な面持ちで口を開いた。

「ごめん。俺はキミが好きだ……」
「え?」
「好きなんだよ。ずっと昔から。だから」

水野くんにギュッと手を握られた。細い手が伸びてきて、引き剥がされた。

「そこまでだよ、それ以上は許さないからね」
「また……変な真似しやがったな?ババア!」
「ババアだと!?よし、帰って説教だ!とにかく、あなたは出ていくこと!」

わたしは乱暴に家からつまみ出された。罵り合う声が聞こえる。

「……水野くん、わたしが、わたしのこと好きなの?」

手に感触が残っている。大きくて優しい手だった。わたしは首を振る。でも、水野くんはストーカーだ……。でもよく考えてみれば……わたしもストーカーみたいだよね?


次の日。水野くんは何もなかったかのように振る舞う。しかし、その顔には絆創膏が貼ってあり、目元には大きな青痣ができていた。

「水野くん……それ、虐待?」
「虐待よりひでーよ!あのクソ魔女……絶対に許さねー!」
「わたしは……」
「早川さん。俺さ、もうじきいなくなるんだ」

水野くんは神妙な面持ちで呟いた。

「えっ?」
「魔女が国に訴えたんだ。そんで、呆気なく決められた。俺は仕事ができるが適任じゃなかった、と……」
「どういうこと?」

意味がわからない。

「だから、証明してくる。俺はやるべきことをちゃんと果たしたんだ。そのついでに、キミを……。キミをここから連れ去りたい……」

水野くんはそう言うと、困惑するわたしの頬を優しくなでた。

「できないかもしれない。でも、キミに触れて思ったんだ……。キミが好きでたまらないんだ。優しいところも、ダメなところも、全部好きなんだよ」
「……ま、待ってよ。言ってることわからないよ。どういうこと?」
「わからなくてもいい。でも知ってて欲しい。俺、好きなんだ……」

水野くんがガタンと椅子を鳴らして立ち上がった。

「俺、早川さんのことが大好きなんだよ!!みんな、俺、早川さんと付き合いたい!!」

教室中がざわめく。わたしはポカンとした。水野くんはわたしを見ると微笑んだ。

「……だから、それだけは覚えておいてほしい」


放課後。大雨が降る。わたしたちは傘を差し歩く。わたしは戸惑った挙げ句……告白の返事はしなかった。

「付き合いたいって、どういうこと?」
「叶わないかもしれないから、叫んだ。忘れてくれていい……」
「わたしは……」

もし、できるなら付き合いたい。水野くんなら、わたしはたぶんわたしらしくいれる気がする……。

水野くんの視線が固まった。表情も固まっている。視線の先には、お母さんはいない。水野くんは橋の欄干に掴まって、焦り出す。川の側にはランドセルが置いてある。川を見ると、濁流に飲まれて溺れている子がいた。

「傘持ってて……俺、助けてくる」
「待ってよ!まだ!何も!」

手放したくない。わたしは荷物と傘を放り投げて、水野くんにしがみついた。

「ば、バカッ!!」

水野くんの腕に抱かれ、二人で落下した。濁流に飲まれるわたしたち。わたしは、息ができずにそのまま意識を失った。夢を見た。水野くんと一緒に歌っている夢を。……それは幸せな夢だった。

気が付くと、目の前で魔女が苛立ちながら貧乏揺すりをしていた。魔女はわたしが起きたことに気付くと、大きな溜め息を吐いた。

「あなたは橋から飛び降りてない」
「えっ?」

魔女はわたしの顔を指差して呟く。

「……いいね?ここで、ずっと寝ていた。いいね?」
「は、はい……」
「お?目が覚めたんだ、よかった」

水野くんは髪をタオルで乾かしながら微笑んだ。魔女はギロリと睨んだ。

「溺れた子はいない!いいね!?助けてもいない!いいね、二人とも!?」
「は、はぃ……」

わたしは小さく丸まった。水野くんはわたしにホットココアを手渡して微笑む。

「子どもは生きてるから安心してね、早川さん」

魔女は長い脚を組んで、ソファにもたれた。

「まったく、めちゃくちゃだよ!あんたが来てからずっと碌なことがない!監視なんて、猫に任せてた!今までこんなことはなかった!!だから、言ったんだ!!『憧れを抱いてるヤツは省け』と!!任務には、感情を優先させてはならないんだよ!?」

水野くんに、クッションを投げつけた。水野くんは俯く。

「罰なら受けます。罪も承知の上です」
「はぁ……情が湧くのはわかる……。ほら、基本理念を言え」
「深く関与しない。馴染む。目立たない」
「それを!覚えてろ!ボケナス!オタンコナス!百回死ね、調子乗りが!」

この人、怖い……。

「あんたもあんたよ!忌々しい!こんなクソガキ一人に……」

わたしへと矛先が向かう。水野くんは魔女に掴みかかったが、呆気なく弾かれた。まるで見えない壁に阻まれるように。

「その態度が、気に食わないと言ってるんだよ……!!何もわかっちゃいない!!補給品も、金も、渡した塩も、部屋も全部返してもらう!!もちろん、許可証もだよ!!」
「あなたは、本物の魔女なんですか?」
「あぁ、そうさ……!!魔女だよ!!あたしは!!」
「……ナミさん!それは言っちゃダメなのでは?」
「あーん?誰のせいでこうなった?水野きゅんのせいだろぉ?ここで殺すぞ?」

魔女は水野くんを蹴ると、天井をゆっくりと見上げた。魔女は潤んだ目をしている。あぁ、諦めた人間の顔をしてる……。

「……もういいのさ、ここを出る。人間共も気付き始めてる。このバカ女が筆頭さ。そもそも……魔女の証明できないだろう?こんな小娘に……」
「じゃあ、もしかして……水野くんは?人間じゃないの?」
「今は人間だけど、ただの人間じゃない……」

水野くんは申し訳無さそうにうつむく。

「ごめん、俺は人魚なんだ」

……人魚?

「だから、泳ぎが速かったのか!なるほど~!」

わたしは理解が及ばず、小学生のような感想を呟いた。それを聞いて、魔女は吹き出した。

「たぶん、もう会えなくなる」
「それは、ホントなの?」
「俺は……もうダメらしい。でも、いつか……戻って来る。俺のことが好きだったら……その、待ってて欲しい。迎えに行くから」

わたしは水野くんの手を握った。

「わたし、歌うから!歌い続けるから!聴こえるように!歌うから!」

水野くんは優しく微笑んだ。

次の日、水野くんの家は無くなっていた。更地になっていた。

「水野くんは、転校しました」

先生はそう言うと、何事もなかったかのように教室を出て行った。クラスメイトは魔法がかかったかのように、すんなりと受け入れた。変わらない毎日。それでも、変わらない日課。わたしは無我夢中で歌った。海へと、水平線へと叫んだ。この高ぶる気持ちを。

やがて、わたしはボチボチ有名なシンガーソングライターになれた。マイクに唇を寄せて、カメラに向かって弾き語る日々。歌で、飯を食うことができるほどになれたのだ。……でも、満たされない。心がポッカリと空白なまま。水野くんが、あなたがいなきゃ意味がないんだ。

今日は、とある雑誌のインタビューを受ける。

「早川サクラさんの日課はなんですか?」
「海で歌うことですかね……」
「じゃあ、もしかしたら……どこかの海に行けば、早川サクラに会えるんですかね?」
「会えませんよ……たぶん、もう二度と」
「あはは!噂通り、ボンヤリしてますね!」

インタビューの仕事を終える。わたしはまた曲作りに励む。

次の日になると、わたしはフラフラしながら海へ向かう。ギターを取り出して、弾き語る。やがて、鬱憤を晴らし切ると目を閉じる。気配がして、振り返る。そこには観客がいた。懐かしい、日に焼けた笑顔。

「相変わらず綺麗な声だね」

あぁ、なんて懐かしい声なんだろう。止め処なく涙が溢れてきた。

「早川さん……元気してた?」
「……待ってたんだよ?」
「ごめん。遅くなって」

わたしは水野くんに抱き着いた。

「……早く、わたしを連れて行ってほしい」
「うん、いいよ。特別に許可を得てきた。……でもね、条件があるんだ」
「全てを捨てなきゃならない。身一つでしか、行けないんだ。そこで、改造手術を受けてもらうことにもなる。試験もある」

わたしはコクリと頷く。

「大丈夫、わたし平気だよ。でも……ギターどうしよう」
「ギターは向こうにもある」
「そっか。じゃあ、お別れの挨拶してくる!」

わたしは家に向かって走り出した。引退宣言動画を投稿し、家族にも遺書を遺した。わたしは人間として、生きることは辞めた。みんなには申し訳ないとは思う。……でも、これがわたしなんだ。わたしの決めた人生なんだ。

「じゃ、行こうか」

水野くんに手を引かれて、海へ向かう。どうやら、海底には、居住空間があるらしい。そこでの暮らし、慣れるのは大変だろう。でも、まぁ悪くないかなと思う。彼がいるなら、きっと。素敵な毎日があるはずだ。
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