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第36話 すれ違う偽装恋人
「それではアーサー。今週末に王宮で開かれる夜会。さっそく、わたくしの『愛する恋人』としてエスコートをお願いしてもよろしくて?」
「は、ははっ! こ、この命に代えましても、完璧に演じ切ってご覧に入れます……ッ!!」
アーサーは握られた手の感触に震えながら、声の裏返りを必死に抑えて首を垂れた。
かくして、二人の奇妙な偽装恋人生活が幕を開けた。
数日後。夜会に向けた恋人としての振る舞いの練習と称して、エレオノーラは公爵邸の庭園をアーサーと共に散策していた。
「ねえ、アーサー。恋人同士なのだから、もう少し距離を詰めて歩かないと不自然ですわ」
「こ、これ以上ですか!? い、いや、これでも十分に近いかと……私の剣帯がお嬢様のドレスを傷つけてはいけませんし……」
「お嬢様、ではなくてよ? 恋人同士が『お嬢様』はおかしいでしょう。さあ、練習です。私の名前を呼んでみて?」
柔らかな日差しが庭を満たし、淡い緑の香りが漂う午後だった。
エレオノーラが小悪魔のように微笑んで顔を覗き込んでくる。アーサーは、自分の心臓が口から飛び出しそうになるのを必死に堪えていた。
普段は冷酷無比で泣く子も黙る氷の騎士が、今は生まれたての小鹿のように足元を震わせている。
「エ、エ……エレ、オノーラ……」
「ふふっ、声が震えていますわよ? もっと堂々と。では次は、腕を組んでみましょうか」
エレオノーラは全く悪びれる様子もなく、スッと自分の細い腕をアーサーの鍛え上げられた太い腕に絡ませた。
「――ッ!!!」
柔らかな胸の感触が、腕越しに伝わってくる。
(ちか、近い……! 香水の匂いが……いや、それより、私の心臓の音がうるさすぎてバレるのではないか!?)
アーサーの顔はたちまち青ざめ、影が差したかのように血の気が引いた。しかし、次の瞬間には耳の先まで真っ赤に茹で上がった。
「まあ、アーサー? どうしてそんなに硬直しているの? まるで丸太のようですわ」
「も、申し訳ありません……っ! なにぶん、女性と腕を組むなど、母親以外では初めての経験なもので……! 慣れるまで、今しばらくの猶予を……!」
「ふふっ、意外とうぶなのね。では、夜会までにしっかり特訓しなければなりませんわね」
楽しそうに笑うエレオノーラの隣で、アーサーは内心で天を仰いだ。
(ああ、神よ……! これは極上のご褒美であると同時に、あまりにも過酷な拷問です……! 夜会本番までに、私の胃袋と心臓はもつのでしょうか……!)
周りから見れば、息を呑むほど美しくお似合いのカップル。
しかしその実態は、鈍感すぎる令嬢と愛が重すぎて触れるだけで致死量のダメージを受ける狂信騎士という、ポンコツ極まりない二人だった。
だが、この甘くドタバタな特訓が、やがて社交界に強烈な嵐を巻き起こす。そして、あのしつこい元婚約者にも容赦のない現実を突きつけ、最大の武器となることを二人はまだ知らなかった。
「は、ははっ! こ、この命に代えましても、完璧に演じ切ってご覧に入れます……ッ!!」
アーサーは握られた手の感触に震えながら、声の裏返りを必死に抑えて首を垂れた。
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数日後。夜会に向けた恋人としての振る舞いの練習と称して、エレオノーラは公爵邸の庭園をアーサーと共に散策していた。
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「こ、これ以上ですか!? い、いや、これでも十分に近いかと……私の剣帯がお嬢様のドレスを傷つけてはいけませんし……」
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エレオノーラが小悪魔のように微笑んで顔を覗き込んでくる。アーサーは、自分の心臓が口から飛び出しそうになるのを必死に堪えていた。
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「エ、エ……エレ、オノーラ……」
「ふふっ、声が震えていますわよ? もっと堂々と。では次は、腕を組んでみましょうか」
エレオノーラは全く悪びれる様子もなく、スッと自分の細い腕をアーサーの鍛え上げられた太い腕に絡ませた。
「――ッ!!!」
柔らかな胸の感触が、腕越しに伝わってくる。
(ちか、近い……! 香水の匂いが……いや、それより、私の心臓の音がうるさすぎてバレるのではないか!?)
アーサーの顔はたちまち青ざめ、影が差したかのように血の気が引いた。しかし、次の瞬間には耳の先まで真っ赤に茹で上がった。
「まあ、アーサー? どうしてそんなに硬直しているの? まるで丸太のようですわ」
「も、申し訳ありません……っ! なにぶん、女性と腕を組むなど、母親以外では初めての経験なもので……! 慣れるまで、今しばらくの猶予を……!」
「ふふっ、意外とうぶなのね。では、夜会までにしっかり特訓しなければなりませんわね」
楽しそうに笑うエレオノーラの隣で、アーサーは内心で天を仰いだ。
(ああ、神よ……! これは極上のご褒美であると同時に、あまりにも過酷な拷問です……! 夜会本番までに、私の胃袋と心臓はもつのでしょうか……!)
周りから見れば、息を呑むほど美しくお似合いのカップル。
しかしその実態は、鈍感すぎる令嬢と愛が重すぎて触れるだけで致死量のダメージを受ける狂信騎士という、ポンコツ極まりない二人だった。
だが、この甘くドタバタな特訓が、やがて社交界に強烈な嵐を巻き起こす。そして、あのしつこい元婚約者にも容赦のない現実を突きつけ、最大の武器となることを二人はまだ知らなかった。
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