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第46話 枯れた心が潤う
仮の恋人という大義名分のもと、無防備な愛しい主君の笑顔と触れ合いを間近で楽しむという、甘美で絶望的な日々が続いていた。
「恋人同士なら、もっと自然なスキンシップが必要ですわ。さあ、練習よ。立ってちょうだい」
「は、はい」
立ち上がったアーサーに対し、エレオノーラはスッと両腕を伸ばして彼の首にふわりと腕を回した。
「――――ッ!?」
至近距離。ほんの数センチ先には、エレオノーラの透き通るような白い肌と、長いまつ毛に縁取られた美しい瞳がある。彼女の髪から漂う甘い百合の香りが、アーサーの嗅覚を強烈に刺激した。
「ほら、アーサーの手はわたくしの腰へ。夜会のバルコニーで人目を忍んで愛を語らうなら、これくらい密着しないと不自然でしょう?」
「お、お嬢様……! こ、これは、あまりにも……その、私の理性が……いえ、心臓が持ちません……ッ!」
アーサーの顔が一瞬にして沸騰したように真っ赤に染まった。
彼の手はエレオノーラの細い腰の数センチ手前で、まるで目に見えない壁に阻まれたようにガタガタと震えている。
愛してやまない主君の柔らかな体に触れるなど不敬の極みであり、同時に彼の中の男が暴発しそうになる危険極まりない行為だった。
「まあ、アーサーったら。顔が真っ赤ですわよ? これしきで動揺していてはボロが出ますわ。ほら、しっかり抱き寄せて」
エレオノーラは全く悪びれる様子もなく、さらに体をすり寄せてくる。
彼女にとっては信頼できる仕事相手との演技指導に過ぎないのだ。下心がないからこそ、その行動は残酷なまでに無防備だった。
「う、うおおおぉぉ……っ!」
アーサーは内心で血の涙を流しながら、震える手でそっと本当に触れるか触れないかのギリギリの力で彼女の腰を抱いた。
(神よ……! 私は前世でどれほどの大罪を犯したというのですか……! これは天国にして地獄、あまりにも甘すぎる拷問です……!)
致死量の甘さと緊張感に、アーサーの屈強な胃袋がキリキリと悲鳴を上げていた。
そんな甘すぎる特訓は、日常のあらゆる場面で行われるようになった。
ある日のティータイム。温室のテラスで向かい合って座っていた二人の前に、色鮮やかなマカロンが運ばれてきた。
「アーサー、お仕事お疲れ様。はい、あーん」
エレオノーラはピンク色のマカロンを指でつまみ、アーサーの口元へと差し出した。
「なっ……!? お、お嬢様!? 私のような者が、主君から直接食べ物を賜るなど――」
「またそんなお堅いことを。私たちは恋人同士ですのよ? さあ、口を開けて」
小首を傾げて天使のような笑顔で迫ってくるエレオノーラ。
アーサーは冷や汗をだらだらと流しながら口を開けた。エレオノーラの細く白い指先が、彼の唇にほんのわずかに触れる。
「……っ!!」
パクッ、とマカロンを口に入れた瞬間、アーサーは全身を硬直させた。
マカロンの甘さなど全く感じない。ただ、唇に残った彼女の指の感触だけで脳細胞が焼き切れそうだった。
「美味しい? ふふっ、アーサーってば、本当に面白い反応をするのね。なんだか可愛いわ」
「か、可愛……っ!? 騎士に向かって可愛いとは、最大の侮辱……いえ、お嬢様からのお言葉であれば、それは至上の喜びでございます……!」
混乱の極みにあるアーサーの様子を見て、エレオノーラは楽しげに笑い声を弾ませた。
(……不思議ね。乾いた心に、やっと潤いが戻った気がする)
アーサーの不器用で大袈裟な反応を見ていると、エレオノーラの胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
「恋人同士なら、もっと自然なスキンシップが必要ですわ。さあ、練習よ。立ってちょうだい」
「は、はい」
立ち上がったアーサーに対し、エレオノーラはスッと両腕を伸ばして彼の首にふわりと腕を回した。
「――――ッ!?」
至近距離。ほんの数センチ先には、エレオノーラの透き通るような白い肌と、長いまつ毛に縁取られた美しい瞳がある。彼女の髪から漂う甘い百合の香りが、アーサーの嗅覚を強烈に刺激した。
「ほら、アーサーの手はわたくしの腰へ。夜会のバルコニーで人目を忍んで愛を語らうなら、これくらい密着しないと不自然でしょう?」
「お、お嬢様……! こ、これは、あまりにも……その、私の理性が……いえ、心臓が持ちません……ッ!」
アーサーの顔が一瞬にして沸騰したように真っ赤に染まった。
彼の手はエレオノーラの細い腰の数センチ手前で、まるで目に見えない壁に阻まれたようにガタガタと震えている。
愛してやまない主君の柔らかな体に触れるなど不敬の極みであり、同時に彼の中の男が暴発しそうになる危険極まりない行為だった。
「まあ、アーサーったら。顔が真っ赤ですわよ? これしきで動揺していてはボロが出ますわ。ほら、しっかり抱き寄せて」
エレオノーラは全く悪びれる様子もなく、さらに体をすり寄せてくる。
彼女にとっては信頼できる仕事相手との演技指導に過ぎないのだ。下心がないからこそ、その行動は残酷なまでに無防備だった。
「う、うおおおぉぉ……っ!」
アーサーは内心で血の涙を流しながら、震える手でそっと本当に触れるか触れないかのギリギリの力で彼女の腰を抱いた。
(神よ……! 私は前世でどれほどの大罪を犯したというのですか……! これは天国にして地獄、あまりにも甘すぎる拷問です……!)
致死量の甘さと緊張感に、アーサーの屈強な胃袋がキリキリと悲鳴を上げていた。
そんな甘すぎる特訓は、日常のあらゆる場面で行われるようになった。
ある日のティータイム。温室のテラスで向かい合って座っていた二人の前に、色鮮やかなマカロンが運ばれてきた。
「アーサー、お仕事お疲れ様。はい、あーん」
エレオノーラはピンク色のマカロンを指でつまみ、アーサーの口元へと差し出した。
「なっ……!? お、お嬢様!? 私のような者が、主君から直接食べ物を賜るなど――」
「またそんなお堅いことを。私たちは恋人同士ですのよ? さあ、口を開けて」
小首を傾げて天使のような笑顔で迫ってくるエレオノーラ。
アーサーは冷や汗をだらだらと流しながら口を開けた。エレオノーラの細く白い指先が、彼の唇にほんのわずかに触れる。
「……っ!!」
パクッ、とマカロンを口に入れた瞬間、アーサーは全身を硬直させた。
マカロンの甘さなど全く感じない。ただ、唇に残った彼女の指の感触だけで脳細胞が焼き切れそうだった。
「美味しい? ふふっ、アーサーってば、本当に面白い反応をするのね。なんだか可愛いわ」
「か、可愛……っ!? 騎士に向かって可愛いとは、最大の侮辱……いえ、お嬢様からのお言葉であれば、それは至上の喜びでございます……!」
混乱の極みにあるアーサーの様子を見て、エレオノーラは楽しげに笑い声を弾ませた。
(……不思議ね。乾いた心に、やっと潤いが戻った気がする)
アーサーの不器用で大袈裟な反応を見ていると、エレオノーラの胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
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