もうあなた達を愛する気持ちはありません。

小野 まい

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第11話 緊張と緩和

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「イザベラは、私が自分に夢中だと思っている裸の王様だ。ギルバートは、そのおこぼれに預かる哀れな子犬だ。……我々は今、特等席で彼らの喜劇を鑑賞している観客なんだよ」

「……喜劇、ですか」 

「そうだ。彼らが愛を囁けば囁くほど、破滅へのカウントダウンが進む。君はそのスイッチを握っている。そう思えば、彼らの甘い言葉も、『断末魔の予行演習』に聞こえてこないか?」

 
断末魔の予行演習。


(なんて悪趣味で、素敵な表現だろう)


ふっと、私の肩から力が抜けた。クライドは私の頬から手を離すと、乱れていた前髪を指でいて整えてくれた。



「そうだ、その顔だ。……素顔の君は、そんなに可愛いのだから、眉間に皺を寄せていては勿体ない」

 
ドクン。不意打ちの言葉に心臓が跳ねた。鏡の中の私は、さっきまでの般若のような顔が嘘のように、少し赤くなって呆けた顔をしていた。


「……義兄様、それは反則です」

「事実を言ったまでだ。さあ、練習だ。私をギルバートだと思って、『最高の笑顔』を見せてくれ」

 
私は深呼吸をした。目の前にいるのは頼れる共犯者。私は彼のために、そして自分のために最高の女優にならなければならない。



「……おはようございます、ギルバート様。今日も素敵ですね」

 
かつて彼に向けた無垢な愛情を仮面にして、私は精一杯に口角を上げて小首を傾げた。クライドは一瞬、目を細めた。そして満足そうに頷いた。


「合格だ。……その笑顔を向けられるギルバートが、少し羨ましくなるほどにな」 

「もう、からかわないでください」 

「本心だとも。……よし、出発の時間だ」



アークライト別邸の門前に、私のために用意された馬車が待っていた。

見送りに出てきたクライドは、すでにの仮面を被っていたが、私に向ける目だけは同志としての熱を帯びていた。


「何かあれば、すぐにブローチの裏のボタンを押せ。私の私兵が飛んでいく」 

「はい。……あの、義兄様」 

「なんだ」

 
私は馬車の窓から身を乗り出し、小声で言った。



「ありがとうございます。私、一人だったらきっと潰れていました」

 
クライドはふっと笑った。それは昨夜、私が心を奪われたあの不敵で美しい笑みだった。


「礼を言うのはまだ早い。すべてが終わった時、勝利の美酒を酌み交わそう。……行ってこい、アリーナ」 

「はい!」

 
馬車が動き出す。遠ざかる彼の姿が見えなくなるまで私は見つめていた。



(不思議だ。昨日の夜はあんなに絶望していたのに、今は身体の奥底から力が湧いてくる)

  
胸元のサファイアのブローチを、服の上からぎゅっと握りしめた。


(これは、彼との契約の証。私は一人じゃない)

 
馬車は市街を抜け、公爵本邸へと向かう。そこは敵地だ。姉のイザベラと、婚約者のギルバート。そして彼らに同調する者たちが待ち受ける伏魔殿。

 
私は鏡を取り出し、もう一度自分の顔を確認した。ニッコリと笑う。


(完璧だ)


どこからどう見ても、姉を慕い婚約者を愛する鹿だ。



「さあ、始めましょうか。……待っていて、お姉様。あなたの愛する妹が、最高の罠を持って帰ってきたわよ」

 
私は静かに呟いた。私たちの復讐劇の幕開けだ。
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