もうあなた達を愛する気持ちはありません。

小野 まい

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第27話 見えない行為

アークライト公爵邸のコンサバトリー(温室)は、色鮮やかな薔薇と希少な蘭の香りで満ちていた。
 
ガラス張りの天井からは柔らかな陽射しが降り注ぎ、白亜の円形テーブルには王室御用達のマイセンのティーセットと、宝石のように美しい三段のケーキスタンドが並べられている。
 
すべてが完璧で優雅で、この世の春を体現したかのような空間。しかし、私の口に運ばれたダージリンの最高級茶葉は、まるで泥水のような味がした。



「――まあ、ギルバート。あなた、少しお痩せになったんじゃない?」

 
イザベラ姉様が、手元の銀スプーンに指先を滑らせ甘ったるく声をこぼした。
 
彼女は今日、透けるような真紅のドレスを身に纏っていた。胸元はふくよかな谷間が覗くほど深く開き、公爵夫人というよりは夜の高級娼婦のような妖艶さを放っている。


「そ、そんなことはありませんよ、イザベラ様。少し、学園の生徒会の仕事が立て込んでおりまして」

 
私の対面に座るギルバートが、引きつった笑顔で答えた。彼の目の下にはうっすらとクマができて顔色は青白い。



の余波で、彼は学園で針のむしろに座らされている。

にもかかわらず、諸悪の根源であるイザベラに呼び出されれば、尻尾を振って駆けつけずにはいられないのだ。
 

(滑稽な犬ですね)


それが今のギルバートへの私の評価だった。


「仕事熱心なのは結構だけれど、無理はいけないわ。アリーナも心配しているでしょう?」

「ええ、もちろん。ギルバート様、お疲れなら少しお休みになった方が……」

 
私が、何も知らない純真な婚約者の仮面を被って小首を傾げると、姉様はクスッと嘲るように笑った。



「うふふ、アリーナは優しいのね。でもね、男の人っていうのは、休むよりも『癒やし』が必要な時があるのよ。……ねえ、ギルバート?」

 
姉様が、意味ありげにギルバートを見つめる。
 
その瞬間、ギルバートの肩がビクリと跳ね、彼の手からティーカップがカチャリと音を立ててソーサーに落ちた。


「っ……あ、はい。そう、ですね……」

 
ギルバートの声が裏返る。彼の額に、じわりと脂汗が浮かぶのを私は見逃さなかった。
 
テーブルの上では、姉様は肘をつき手には扇を持っている。しかし、私の視界の端で彼女の真紅のドレスの裾が不自然に揺れているのが見えた。
 
 

――衣擦れの音。
 
シュルリ、という微かな音が、テーブルの下から響く。

 
(間違いない。姉様は今、靴を脱いでいる)


そして、ストッキングに包まれたその足を、向かいに座るギルバートの脚に這わせているのだ。
 


「……っ、ふぅ……」

 
ギルバートが、耐えきれないように微かな吐息を漏らした。
 
彼の手がテーブルクロスをギュッと握りしめる。顔は真っ赤に上気して目は泳いでいた。
 

「うふふふ」


イザベラが色香を帯びた微笑を見せた。姉様の足先は彼のふくらはぎから膝、そして太ももへとゆっくりと執拗に這い上がっているのだろう。

妹である私という観客の目の前で隠れて情事を楽しむ。その強烈な背徳感に、姉様は目を潤ませて陶酔している。

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