もうあなた達を愛する気持ちはありません。

小野 まい

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第30話 震える婚約者

「だって、本当のことですもの。それに、ギルバート様、なんだか息が荒くて……お姉様とお話しするのが、そんなに『興奮』することなのですか?」

 
私の決定的な一言が、静寂な温室に響き渡った。
 
ギルバートは絶望に顔を歪め、姉様は扇を握る手をワナワナと震わせている。
 


「……ほう」

 
義兄様が、低く獲物をいたぶるような声を出した。彼はゆっくりと立ち上がり、ギルバートの背後へと回った。


「私の妻は、大変魅力的な女性だ。男が魅了されるのも無理はない。……だが」

 
義兄様の手がギルバートの肩にポン、と置かれた。
 

「ヒィッ!」


ただそれだけなのに、ギルバートは悲鳴を上げて首をすくめた。その体は、カタカタと音を立てて震えている。



「魅力的な花には、棘がある。そして、他人の庭に咲く花に無断で触れようとするコソ泥には……腕を切り落とす罠が仕掛けられているものだ。……そうだろう、ロンベルク卿?」

「あ、ああ、あぁ……っ! はっ……はっ……あ……あぁ……」

 
ギルバートは恐怖のあまり声にならず、ただうめき声を上げるだけだった。そして過呼吸のような状態で、息が荒れ身も心も揺れる。
 

「それに、ロンベルク卿は婚約しているアリーナを置き去りにして、どうしてイザベラとばかり話しているんだ? 許されることか?」

「う、うぅ……す、すみません……僕が、よくありませんでした……」


義兄様の殺気は、常人のそれではなかった。王宮で幾多の敵を沈めてきたのプレッシャーが、コンサバトリーの空気を完全に支配している。



「ク、クライド! 冗談が過ぎますわ! ギルバートが怖がっているじゃないの!」


姉様が甲高い声で抗議するが、義兄様は冷たい視線で彼女を一瞥しただけだった。


「冗談? 私は『常に本気』だぞ、イザベラ。……ああ、そういえば」

 
義兄様はギルバートから離れ、再び自分の席に戻った。そして紅茶を一口飲み、何でもないことのように言った。



「先日、王都の治安維持局から報告があってね。学園周辺で、悪質な『変質者』が出没しているらしい」

「へ、変質者……?」

 
ギルバートの肩が大きく跳ねた。



「ああ。白昼堂々、高級ランジェリーショップで『真っ赤な女性用下着を買い漁る男』がいるそうだ。なんでも、婚約者がいるにもかかわらず、隠れてこそこそと……。まったく、貴族の風上にも置けない『下劣な男』だ。もし私の目の前にそんな輩が現れたら、即刻、社会的に抹殺してやるところだが」

 
義兄様の言葉のナイフが、ギルバートの心臓を正確に貫いた。
 

(ぼ、僕のことじゃないか!? どうして公爵が知ってるんだ!?)


ギルバートの目は限界まで見開かれ、口からは泡を吹きそうなほどパクパクと動いている。
 
昨日、エマが流した噂。それが、国の要職にある公爵の耳にまで届いている。自分の不名誉な行動が、すべてこの男に筒抜けになっていることにギルバートは震えが止まらない。

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