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第14話 理不尽の極み
空が泣いていた。王宮からの帰り道、馬車の屋根を叩く雨音は激しさを増し、まるで天がこの屋敷の行く末を嘆いているかのようだった。
玄関ホールで私は濡れたショールをメイドに渡しながら、背後で繰り広げられる醜悪な光景に冷ややかな視線を送った。
「くそっ! どいつもこいつも、俺を馬鹿にしやがって!」
オスカーが濡れたコートを床に叩きつけた。美しい大理石の床に泥水が飛び散る。
使用人たちがビクリと身を縮めるが、誰も拾おうとはしない。主への敬意は、すでにこの屋敷から消え失せていた。
「オスカー……。みんな見てたわ、私のこと笑ってた……」
マリアが化粧の崩れた顔で泣き言を漏らす。二人は王宮からの追放という現実を受け止めきれず、そのストレスを爆発させる場所を探していた。
「おい、酒だ! 強い酒を持ってこい! 今すぐにだ!」
オスカーが怒鳴り散らす。私はため息をつき、適当にあしらっておきなさいとセバスチャンに目配せをした。
もう彼らに関わるのは時間の無駄だ。私は自室に戻ろうと階段に足をかけた。
その時だった。
「……お父様?」
階段の踊り場から、小さな声が降ってきた。ノアだった。パジャマ姿で、愛用のクマのぬいぐるみを抱いている。
外の雷鳴に怯えて眠れなかったのか、それとも父親の帰りを待っていたのか。その瞳には不安と、ほんの僅かな期待の色が宿っていた。
「お帰りなさい。……お洋服、濡れちゃったの?」
純粋な気遣いだった。どんなに冷遇されても子供にとって父親は英雄であり、世界の半分なのだ。ノアはおずおずと階段を降りてきた。
しかし、今のオスカーにとって、その純粋さは猛毒だった。自分の惨めさを映し出す鏡でしかなかった。
「……なんだ、その目は」
オスカーが低い声で唸る。酔いと恥辱で充血した目が、我が子を睨みつけた。
「お前もか。お前も俺を、惨めな男だと笑うのか!」
「え? ちがうよ、僕……」
「黙れ!」
雷のような怒号がホールに響く。ノアが小さな体を震わせて立ち尽くす。マリアがその様子を見て、歪んだ優越感に浸るように口を挟んだ。
「そうよぉ。ノア君ってば、いつも私とカイルのこと、意地悪そうな目で見てるものねぇ。今日私たちが酷い目にあったのも、きっとノア君が心の中で『ざまあみろ』って思ってたからじゃない?」
根拠のない言いがかり。けれど、今のオスカーにはそれが真実に聞こえた。彼は自分を肯定してくれる言葉なら、どんなに歪んだ論理でも飛びつく状態だったのだ。
「そうだ……。元はと言えば、時計の一件からおかしくなったんだ。お前が大げさに騒いで、マリアたちを悪者にしたから、姉上(ヴィヴィアン)まで誤解したんだぞ!」
オスカーがノアに詰め寄る。大人の男の威圧感に、六歳の子供が勝てるはずがない。ノアは後ずさり、壁に背中をつけた。
「お父様、ごめんなさい……僕、そんなつもりじゃ……」
「口先だけの謝罪などいらん!」
オスカーは乱暴に髪をかきむしり、とんでもないことを口にした。
「誠意を見せろ。……そうだ、お前の部屋だ」
「え?」
「お前の部屋は日当たりがいい。そこをカイルに譲れ。カイルはお前よりも良い子なんだ」
「お父様……」
「そんなカイルは、今日怖い思いをして泣いていた。あの子を慰めるために、お前のお気に入りの部屋とおもちゃを、全部カイルにあげるんだ」
私は耳を疑った。正妻の子である嫡男の部屋を、愛人の連れ子に奪わせる? それは単なる部屋の移動ではない。
この家の跡取りとしての地位、そして家族としての居場所の剥奪を意味する。
玄関ホールで私は濡れたショールをメイドに渡しながら、背後で繰り広げられる醜悪な光景に冷ややかな視線を送った。
「くそっ! どいつもこいつも、俺を馬鹿にしやがって!」
オスカーが濡れたコートを床に叩きつけた。美しい大理石の床に泥水が飛び散る。
使用人たちがビクリと身を縮めるが、誰も拾おうとはしない。主への敬意は、すでにこの屋敷から消え失せていた。
「オスカー……。みんな見てたわ、私のこと笑ってた……」
マリアが化粧の崩れた顔で泣き言を漏らす。二人は王宮からの追放という現実を受け止めきれず、そのストレスを爆発させる場所を探していた。
「おい、酒だ! 強い酒を持ってこい! 今すぐにだ!」
オスカーが怒鳴り散らす。私はため息をつき、適当にあしらっておきなさいとセバスチャンに目配せをした。
もう彼らに関わるのは時間の無駄だ。私は自室に戻ろうと階段に足をかけた。
その時だった。
「……お父様?」
階段の踊り場から、小さな声が降ってきた。ノアだった。パジャマ姿で、愛用のクマのぬいぐるみを抱いている。
外の雷鳴に怯えて眠れなかったのか、それとも父親の帰りを待っていたのか。その瞳には不安と、ほんの僅かな期待の色が宿っていた。
「お帰りなさい。……お洋服、濡れちゃったの?」
純粋な気遣いだった。どんなに冷遇されても子供にとって父親は英雄であり、世界の半分なのだ。ノアはおずおずと階段を降りてきた。
しかし、今のオスカーにとって、その純粋さは猛毒だった。自分の惨めさを映し出す鏡でしかなかった。
「……なんだ、その目は」
オスカーが低い声で唸る。酔いと恥辱で充血した目が、我が子を睨みつけた。
「お前もか。お前も俺を、惨めな男だと笑うのか!」
「え? ちがうよ、僕……」
「黙れ!」
雷のような怒号がホールに響く。ノアが小さな体を震わせて立ち尽くす。マリアがその様子を見て、歪んだ優越感に浸るように口を挟んだ。
「そうよぉ。ノア君ってば、いつも私とカイルのこと、意地悪そうな目で見てるものねぇ。今日私たちが酷い目にあったのも、きっとノア君が心の中で『ざまあみろ』って思ってたからじゃない?」
根拠のない言いがかり。けれど、今のオスカーにはそれが真実に聞こえた。彼は自分を肯定してくれる言葉なら、どんなに歪んだ論理でも飛びつく状態だったのだ。
「そうだ……。元はと言えば、時計の一件からおかしくなったんだ。お前が大げさに騒いで、マリアたちを悪者にしたから、姉上(ヴィヴィアン)まで誤解したんだぞ!」
オスカーがノアに詰め寄る。大人の男の威圧感に、六歳の子供が勝てるはずがない。ノアは後ずさり、壁に背中をつけた。
「お父様、ごめんなさい……僕、そんなつもりじゃ……」
「口先だけの謝罪などいらん!」
オスカーは乱暴に髪をかきむしり、とんでもないことを口にした。
「誠意を見せろ。……そうだ、お前の部屋だ」
「え?」
「お前の部屋は日当たりがいい。そこをカイルに譲れ。カイルはお前よりも良い子なんだ」
「お父様……」
「そんなカイルは、今日怖い思いをして泣いていた。あの子を慰めるために、お前のお気に入りの部屋とおもちゃを、全部カイルにあげるんだ」
私は耳を疑った。正妻の子である嫡男の部屋を、愛人の連れ子に奪わせる? それは単なる部屋の移動ではない。
この家の跡取りとしての地位、そして家族としての居場所の剥奪を意味する。
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