26 / 103
第25話 夫は震え続ける
矛先を向けられたブライアンが、裏返った声で答える。
「い、いえ! オスカーが犯罪者ならば、当然の報いです! ですが、私はただ友人の言葉を信じて……」
「信じた? 騎士が、裏付けも取らずに片方の言い分だけを信じて、エリザ様の名誉を毀損したと言うのか?」
レオナルドが一歩踏み出す。その威圧感にブライアンは後ずさり、椅子に躓いて無様に尻餅をついた。
「それは『友情』ではない。ただの『共犯』だ。貴殿のような軽率な者が騎士団にいるとは……由々しき事態だな。騎士団長に伝えておくかな」
ブライアンの顔から血の気が引く。騎士団長と昔からの知り合いでもあるレオナルドの一言は、彼の実質的な解雇宣告に等しい。
「そしてニーナ嬢」
ヴィヴィアンが冷たく微笑んだ。
「貴女、『嫉妬から虐めている』と言いましたわね? わたくしの親愛なる友人エリザを、そのような低俗な女と愚弄しましたわね?」
「ひっ……ち、違います! 私はただ……」
「根拠なき噂で王家の血縁者(オスカー)の不祥事を隠蔽し、被害者であるエリザを貶める。これは王家への反逆にも等しい行為ですわ。……貴女の家には、後ほど『正式な抗議文』を送らせていただきます。覚悟はよろしくて?」
ニーナが白目を剥いて崩れ落ちた。実家の父親に知られれば勘当どころでは済まない。修道院行きか、あるいはもっと酷い末路か。
サロンは静まり返っていた。さっきまでブライアンたちに同調していた貴族たちは、蜘蛛の子を散らすように距離を取り、関わり合いになるのを避けている。
「……行くか」
レオナルドが短く告げ、ヴィヴィアンと共に踵を返す。彼らは一度も怒鳴らなかった。ただ、事実と権力を行使しただけだ。
それだけで、ブライアンとニーナの社会的生命は完全に絶たれた。
その一部始終を見ていたオスカーとマリアは、ガタガタと震えていた。
「う……嘘だろ……?」
震えでオスカーの歯がカチカチと鳴る。助けてくれるはずの友人たちが、一瞬で捻り潰された。
エリザのバックには、王女と次期宰相がついている。その事実を、改めて骨身に染みるように思い知らされた。
「もう……誰も味方はいないの……?」
マリアが絶望的な声で呟く。
「俺は騙されたんだ! オスカーの奴が嘘をついたんだ!」
「マリアのせいよ! あの女を守らなければ、こんな状況にならなかったのに!」
サロンの中ではブライアンが叫び、ニーナが泣き喚いている。醜い責任のなすりつけ合い。それが、自分たちが信じていた友情の成れの果てだった。
「に、逃げるぞマリア!」
オスカーはマリアの手を引き、その場から逃げ出した。もしブライアンたちに見つかれば、何をされるかわからない。
二人は裏路地を走った。息が切れ、肺が焼け付くように痛い。しかし、どれだけ走っても、恐怖と絶望は振り払えなかった。
自分たちはもう、社交界という光の世界には二度と戻れないのだと、夜の闇の中で二人は知った。
残されたのは借金と、互いへの不満と果てしない後悔だけ。
「……クソッ! クソッ! どうしてこうなった!」
オスカーがゴミ箱を蹴り飛ばす。
「きゃあっ!」
中から飛び出したドブネズミに驚いてマリアは悲鳴を上げた。ドブネズミは嘲笑うように二人を見上げて、闇の中へと消えていった。
「い、いえ! オスカーが犯罪者ならば、当然の報いです! ですが、私はただ友人の言葉を信じて……」
「信じた? 騎士が、裏付けも取らずに片方の言い分だけを信じて、エリザ様の名誉を毀損したと言うのか?」
レオナルドが一歩踏み出す。その威圧感にブライアンは後ずさり、椅子に躓いて無様に尻餅をついた。
「それは『友情』ではない。ただの『共犯』だ。貴殿のような軽率な者が騎士団にいるとは……由々しき事態だな。騎士団長に伝えておくかな」
ブライアンの顔から血の気が引く。騎士団長と昔からの知り合いでもあるレオナルドの一言は、彼の実質的な解雇宣告に等しい。
「そしてニーナ嬢」
ヴィヴィアンが冷たく微笑んだ。
「貴女、『嫉妬から虐めている』と言いましたわね? わたくしの親愛なる友人エリザを、そのような低俗な女と愚弄しましたわね?」
「ひっ……ち、違います! 私はただ……」
「根拠なき噂で王家の血縁者(オスカー)の不祥事を隠蔽し、被害者であるエリザを貶める。これは王家への反逆にも等しい行為ですわ。……貴女の家には、後ほど『正式な抗議文』を送らせていただきます。覚悟はよろしくて?」
ニーナが白目を剥いて崩れ落ちた。実家の父親に知られれば勘当どころでは済まない。修道院行きか、あるいはもっと酷い末路か。
サロンは静まり返っていた。さっきまでブライアンたちに同調していた貴族たちは、蜘蛛の子を散らすように距離を取り、関わり合いになるのを避けている。
「……行くか」
レオナルドが短く告げ、ヴィヴィアンと共に踵を返す。彼らは一度も怒鳴らなかった。ただ、事実と権力を行使しただけだ。
それだけで、ブライアンとニーナの社会的生命は完全に絶たれた。
その一部始終を見ていたオスカーとマリアは、ガタガタと震えていた。
「う……嘘だろ……?」
震えでオスカーの歯がカチカチと鳴る。助けてくれるはずの友人たちが、一瞬で捻り潰された。
エリザのバックには、王女と次期宰相がついている。その事実を、改めて骨身に染みるように思い知らされた。
「もう……誰も味方はいないの……?」
マリアが絶望的な声で呟く。
「俺は騙されたんだ! オスカーの奴が嘘をついたんだ!」
「マリアのせいよ! あの女を守らなければ、こんな状況にならなかったのに!」
サロンの中ではブライアンが叫び、ニーナが泣き喚いている。醜い責任のなすりつけ合い。それが、自分たちが信じていた友情の成れの果てだった。
「に、逃げるぞマリア!」
オスカーはマリアの手を引き、その場から逃げ出した。もしブライアンたちに見つかれば、何をされるかわからない。
二人は裏路地を走った。息が切れ、肺が焼け付くように痛い。しかし、どれだけ走っても、恐怖と絶望は振り払えなかった。
自分たちはもう、社交界という光の世界には二度と戻れないのだと、夜の闇の中で二人は知った。
残されたのは借金と、互いへの不満と果てしない後悔だけ。
「……クソッ! クソッ! どうしてこうなった!」
オスカーがゴミ箱を蹴り飛ばす。
「きゃあっ!」
中から飛び出したドブネズミに驚いてマリアは悲鳴を上げた。ドブネズミは嘲笑うように二人を見上げて、闇の中へと消えていった。
あなたにおすすめの小説
真実の愛の裏側
藍田ひびき
恋愛
アレックス・ロートン侯爵令息の第一夫人シェリルが療養のため領地へ居を移した。それは療養とは名ばかりの放逐。
男爵家出身でありながら侯爵令息に見初められ、「真実の愛」と持て囃された彼女の身に何があったのか。その裏に隠された事情とは――?
※ 他サイトにも投稿しています。
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
「仲睦まじい夫婦」であるはずのわたしの夫は、わたしの葬儀で本性をあらわした
ぽんた
恋愛
サヤ・ラドフォード侯爵夫人が死んだ。その葬儀で、マッケイン王国でも「仲睦まじい夫婦」であるはずの彼女の夫が、妻を冒涜した。その聞くに堪えない本音。そんな夫の横には、夫が従妹だというレディが寄り添っている。サヤ・ラドフォードの棺の前で、夫とその従妹はサヤを断罪する。サヤは、ほんとうに彼らがいうような悪女だったのか?
※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
【結婚式当日に捨てられました】身代わりの役目は不要だと姉を選んだ王子は、隣国皇帝が私を国ごと奪いに来てから後悔しても手遅れです。
唯崎りいち
恋愛
結婚式当日、私は“替え玉”として捨てられた。
本物の姉が戻ってきたから、もう必要ないのだと。
けれど——
私こそが、誰も知らなかった“本物の価値”を持っていた。
世界でただ一人、すべてを癒す力。
そして、その価値を知るただ一人の人が、皇帝となって私を迎えに来る。
これは、すべてを失った少女が、本当に必要とされる場所へ辿り着く物語。
十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。
あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。
宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。
対極のような二人は姉妹。母親の違う。
お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。
そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。
天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。
生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。
両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。
だが……。運命とは残酷である。
ルビアの元に死神から知らせが届く。
十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。
美しい愛しているルビア。
失いたくない。殺されてなるものか。
それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。
生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。
これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。
結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です
柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。
そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。
真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。
けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。
「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」
彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。
アンリは実は、亡き国王の婚外子。
皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。
「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった
歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。
だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」
追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。
一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。
誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。
「その言葉は、もう翻訳できません」
婚約破棄された悪役令嬢ですが、面倒なので全部放置します
かきんとう
恋愛
王都の大広間に、どよめきが広がった。
天井から吊るされた巨大なシャンデリアが、何百もの蝋燭の光を反射し、きらきらと輝いている。その光の中心に立つ私は、妙に他人事のような気分で、その場の空気を眺めていた。
「エレノア・フォン・リーベルト! 私は貴様との婚約をここに破棄する!」
高らかに宣言したのは、第一王子であり私の婚約者でもあったアルベルト殿下だった。
周囲の貴族たちが一斉に息を呑み、次の瞬間には小声のざわめきが連鎖のように広がっていく。
――ああ、ついに来たのね。