私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい

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第26話 息子の誕生日

その日、王都の空は抜けるように青かった。街中が祝祭の空気に包まれている。

名門レインバーグ侯爵家の跡取り、ノア・フォン・レインバーグの七歳の誕生日パーティーが開かれるからだ。

しかし、その喧騒から切り離された薄暗い部屋に、二つの影があった。


「ない! ないわ! 私のドレスはどこ!?」

 
マリアがクローゼットをひっくり返しながら絶叫した。ハンガーは虚しく揺れるばかりで、そこにかかっているのはヨレヨレの普段着と、シミのついたネグリジェだけ。

彼女を彩った季節ごとの流行を取り入れた最高級のドレスたちは、一枚も残っていなかった。


「……売っただろう」

 
部屋の隅で塗装の剥げた椅子に座り込んだオスカーが、死んだ魚のような目で呟く。


「先週の食費と、借金の返済で消えた。忘れたのか?」 


助けを求めた友人からも金を貸してもらえなかったので、仕方なく高金利で少し怪しいところから借りる羽目になった。

それからも、また同じようなリスクのある場所でお金を調達するという、抜け出せない悪循環を繰り返していた。


「嘘よ! 全部じゃないでしょ!? あのアメジストのネックレスは!? あれがあれば、シンプルなワンピースでも何とか……」 

「あれはカイルのおもちゃと、マリアが欲しがった輸入菓子に消えた」

 
オスカーは力なく首を振った。彼自身の正装ももうない。王族として仕立てた金糸の礼服も、家紋入りのカフスボタンも全て質屋に流れた。

今の彼に残っているのは、サイズの合わない古着のシャツとプライドの残骸だけだった。


「どうするのよ! 今日はノア君の誕生日パーティーよ!? 王宮で開かれるのよ!?」


王族の親しい貴族や侯爵家という子供が特別な地位を持っている場合、その誕生日は王室の一大イベントとして行われることがある。

王宮で開かれる誕生日パーティーは単なるお祝いではなく、社会的な地位や政治的なつながりを強化するための重要なイベントでもあるからだ。



「私は……行けない」

 
オスカーが掠れた声で言った。


「なんで? あなたは侯爵でノア君の父親でしょ? 他の貴族もたくさん招待されるのよ! それにあなたのお兄様の国王陛下に挨拶をしないと……」


マリアが詰め寄る。彼女にとってパーティーはノアを祝う場ではなく、自分が王弟の妻として社交界に返り咲くチャンスだった。

この国の現国王は、オスカーの五つ年上の実兄である。前国王の父から譲位されて三年。その治世は安定しており、民衆から厚い信頼を寄せられる理想的な王。

姉のヴィヴィアン同様、オスカーが苦手として頭の上がらない人物だ。


「着ていく服がない。ノアのプレゼントを買う金もない。……こんな惨めな姿で、兄上や姉上、貴族たちの前に出られるか」


オスカーは息子の誕生日が近づくたびに心が重くなり、どう対処すべきか悩み続けていた。

返事をしなければならないことはわかっていたが、ずっと先延ばしにしていた。

 

『おい見ろ、あれが王弟か?』

『物乞いかと思った』

『恥ずかしい王子だわ』


彼には、そんな幻聴が聞こえてくる。想像するだけで吐き気がした。見下していた連中が、落ちぶれた自分を見て嘲笑う光景。



「じゃあ、なんて言うのよ! 欠席なんてありえないわ!」 

「……手紙を書く」

 
オスカーは震える手でペンを取った。それが自分を追い詰めることになるとも知らずに、惨めさを隠すために必死で強がりを見せる。


『息子ノアの誕生日パーティーは欠席させていただく。マリアとカイルが寂しがっているため、彼らの傍にいてやりたいのだ。二人を愛する私を、どうか理解してほしい』

 
これならシングルマザーの幼馴染と、その子供思いの優しい夫ということではずだ。


(これで大丈夫だ。問題ない)


オスカーは自分にそう言い聞かせ膝を抱えた。窓の外を見ると遠くの丘の上に建つ王宮が、煌々と輝き始めているのが見えた。

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