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第32話 夫は勝手な解釈
王宮の大理石の床に響いた国王の怒号は、まだオスカーの耳の奥で反響していた。
『離婚協議書』その言葉の重みが、じわじわと彼の胃を締め上げていた。
「くそっ、兄上も大袈裟なんだ……。離婚だなんて、そんなことありえない」
夕暮れの王都。馬車を呼ぶ金すらなく、オスカーはトボトボと石畳を歩いていた。冷たい風が擦り切れたコートの隙間から入り込み、彼の痩せた体を震わせる。
離婚されれば、全てが終わる。王族としての身分、住む場所、そして何よりプライド。だがオスカーの脳内では、驚くべき速さで事実の改ざんが行われていた。
(そうだ。エリザは寂しいんじゃないか? 私がマリアにかまけていたから、拗ねているんだな)
確かに、マリアに肩入れしすぎたと彼なりに反省していた。
「まったく、年齢的には大人であるべきなのに、まるで子供のように面倒を見なければならない女だ」
彼はニヤリと笑った。
「女の嫉妬は『愛の裏返し』だ。ならば解決策は簡単だ。私が広い心でエリザを許し、少しばかり愛を与えてやればいい」
そうすれば彼女は感激して涙を流し、再び自分のもとに戻ってくるだろう。予算も復活し、またあの温かいスープとふかふかのベッドが手に入る。
「よし、今すぐ離れに行こう。……だが、手ぶらでは格好がつかないな」
オスカーはポケットを探った。指先に触れるのは、糸くずと埃だけでコインの一枚もない。
花屋の店先には、色鮮やかな薔薇が並んでいる。今の彼には高嶺の花だ。
ふと、視線を足元に落とす。街路樹の根本に土埃にまみれて、小さな白い花が咲いていた。ペンペン草(ナズナ)と黄色いタンポポだ。
「……これだ!」
オスカーは膝をつき、それらをむしり取った。金で買える宝石や温室育ちの薔薇なんて、俗物が贈るものだ。
(エリザへの愛には、この自然のままの素朴な花こそが相応しい)
かつて学生時代、エリザとピクニックに行った時、彼女は野花を見て微笑んでいたじゃないか。
「待っていてくれ、エリザ。私がこの『純愛のブーケ』で、君の凍った心を溶かしてあげるからね」
オスカーは手にした雑草の束を持ち上げ、まるで勝利を収めたかのように歩き出した。
その後ろ姿は惨めで不格好で、目を背けたくなるほど痛々しかった。
レインバーグ侯爵邸、東の離れ。そこは本館とは対照的に、温かな光に包まれていた。
美しく手入れされたイングリッシュガーデン。風に乗って、焼き立てのアップルパイの甘い香りが漂ってくる。
オスカーは生垣の隙間から中を覗くと、テラスでお茶を楽しんでいる二人の姿が見えた。エリザとノアだ。
エリザは薄い紫のドレスを纏い、髪を緩く編んでいる。その表情は、オスカーが見たこともないほど穏やかで、内側から発光しているように美しい。
ノアもまた、頬を紅潮させて楽しそうに笑っている。その手には、先日の誕生日でレオナルドから贈られた剣の模型が握られていた。
「……へえ、楽しそうじゃないか」
妻と子供が幸せそうに過ごしているのを見ると、オスカーは胸にじわじわとした痛みを感じ、息が詰まりそうになった。
『離婚協議書』その言葉の重みが、じわじわと彼の胃を締め上げていた。
「くそっ、兄上も大袈裟なんだ……。離婚だなんて、そんなことありえない」
夕暮れの王都。馬車を呼ぶ金すらなく、オスカーはトボトボと石畳を歩いていた。冷たい風が擦り切れたコートの隙間から入り込み、彼の痩せた体を震わせる。
離婚されれば、全てが終わる。王族としての身分、住む場所、そして何よりプライド。だがオスカーの脳内では、驚くべき速さで事実の改ざんが行われていた。
(そうだ。エリザは寂しいんじゃないか? 私がマリアにかまけていたから、拗ねているんだな)
確かに、マリアに肩入れしすぎたと彼なりに反省していた。
「まったく、年齢的には大人であるべきなのに、まるで子供のように面倒を見なければならない女だ」
彼はニヤリと笑った。
「女の嫉妬は『愛の裏返し』だ。ならば解決策は簡単だ。私が広い心でエリザを許し、少しばかり愛を与えてやればいい」
そうすれば彼女は感激して涙を流し、再び自分のもとに戻ってくるだろう。予算も復活し、またあの温かいスープとふかふかのベッドが手に入る。
「よし、今すぐ離れに行こう。……だが、手ぶらでは格好がつかないな」
オスカーはポケットを探った。指先に触れるのは、糸くずと埃だけでコインの一枚もない。
花屋の店先には、色鮮やかな薔薇が並んでいる。今の彼には高嶺の花だ。
ふと、視線を足元に落とす。街路樹の根本に土埃にまみれて、小さな白い花が咲いていた。ペンペン草(ナズナ)と黄色いタンポポだ。
「……これだ!」
オスカーは膝をつき、それらをむしり取った。金で買える宝石や温室育ちの薔薇なんて、俗物が贈るものだ。
(エリザへの愛には、この自然のままの素朴な花こそが相応しい)
かつて学生時代、エリザとピクニックに行った時、彼女は野花を見て微笑んでいたじゃないか。
「待っていてくれ、エリザ。私がこの『純愛のブーケ』で、君の凍った心を溶かしてあげるからね」
オスカーは手にした雑草の束を持ち上げ、まるで勝利を収めたかのように歩き出した。
その後ろ姿は惨めで不格好で、目を背けたくなるほど痛々しかった。
レインバーグ侯爵邸、東の離れ。そこは本館とは対照的に、温かな光に包まれていた。
美しく手入れされたイングリッシュガーデン。風に乗って、焼き立てのアップルパイの甘い香りが漂ってくる。
オスカーは生垣の隙間から中を覗くと、テラスでお茶を楽しんでいる二人の姿が見えた。エリザとノアだ。
エリザは薄い紫のドレスを纏い、髪を緩く編んでいる。その表情は、オスカーが見たこともないほど穏やかで、内側から発光しているように美しい。
ノアもまた、頬を紅潮させて楽しそうに笑っている。その手には、先日の誕生日でレオナルドから贈られた剣の模型が握られていた。
「……へえ、楽しそうじゃないか」
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