私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい

文字の大きさ
33 / 104

第32話 夫は勝手な解釈

王宮の大理石の床に響いた国王の怒号は、まだオスカーの耳の奥で反響していた。
 
『離婚協議書』その言葉の重みが、じわじわと彼の胃を締め上げていた。


「くそっ、兄上も大袈裟なんだ……。離婚だなんて、そんなことありえない」

 
夕暮れの王都。馬車を呼ぶ金すらなく、オスカーはトボトボと石畳を歩いていた。冷たい風が擦り切れたコートの隙間から入り込み、彼の痩せた体を震わせる。

離婚されれば、全てが終わる。王族としての身分、住む場所、そして何よりプライド。だがオスカーの脳内では、驚くべき速さで事実の改ざんが行われていた。


(そうだ。エリザは寂しいんじゃないか? 私がマリアにかまけていたから、拗ねているんだな)


確かに、マリアに肩入れしすぎたとしていた。



「まったく、年齢的には大人であるべきなのに、まるで子供のように面倒を見なければならない女だ」


彼はニヤリと笑った。


「女の嫉妬は『愛の裏返し』だ。ならば解決策は簡単だ。私が広い心でエリザを許し、少しばかり愛を与えてやればいい」


そうすれば彼女は感激して涙を流し、再び自分のもとに戻ってくるだろう。予算も復活し、またあの温かいスープとふかふかのベッドが手に入る。


「よし、今すぐ離れに行こう。……だが、手ぶらでは格好がつかないな」

 
オスカーはポケットを探った。指先に触れるのは、糸くずと埃だけでコインの一枚もない。

花屋の店先には、色鮮やかな薔薇が並んでいる。今の彼には高嶺の花だ。
 
ふと、視線を足元に落とす。街路樹の根本に土埃にまみれて、小さな白い花が咲いていた。ペンペン草(ナズナ)と黄色いタンポポだ。



「……これだ!」

 
オスカーは膝をつき、それらをむしり取った。金で買える宝石や温室育ちの薔薇なんて、俗物が贈るものだ。
 

(エリザへの愛には、この自然のままの素朴な花こそが相応しい)


かつて学生時代、エリザとピクニックに行った時、彼女は野花を見て微笑んでいたじゃないか。


「待っていてくれ、エリザ。私がこの『純愛のブーケ』で、君の凍った心を溶かしてあげるからね」

 
オスカーは手にした雑草の束を持ち上げ、まるで勝利を収めたかのように歩き出した。

その後ろ姿は惨めで不格好で、目を背けたくなるほど痛々しかった。



レインバーグ侯爵邸、東の離れ。そこは本館とは対照的に、温かな光に包まれていた。
 
美しく手入れされたイングリッシュガーデン。風に乗って、焼き立てのアップルパイの甘い香りが漂ってくる。

オスカーは生垣の隙間から中を覗くと、テラスでお茶を楽しんでいる二人の姿が見えた。エリザとノアだ。


エリザは薄い紫のドレスを纏い、髪を緩く編んでいる。その表情は、オスカーが見たこともないほど穏やかで、内側から発光しているように美しい。
 
ノアもまた、頬を紅潮させて楽しそうに笑っている。その手には、先日の誕生日でレオナルドから贈られた剣の模型が握られていた。



「……へえ、楽しそうじゃないか」


妻と子供が幸せそうに過ごしているのを見ると、オスカーは胸にじわじわとした痛みを感じ、息が詰まりそうになった。

あなたにおすすめの小説

真実の愛の裏側

藍田ひびき
恋愛
アレックス・ロートン侯爵令息の第一夫人シェリルが療養のため領地へ居を移した。それは療養とは名ばかりの放逐。 男爵家出身でありながら侯爵令息に見初められ、「真実の愛」と持て囃された彼女の身に何があったのか。その裏に隠された事情とは――? ※ 他サイトにも投稿しています。

「仲睦まじい夫婦」であるはずのわたしの夫は、わたしの葬儀で本性をあらわした

ぽんた
恋愛
サヤ・ラドフォード侯爵夫人が死んだ。その葬儀で、マッケイン王国でも「仲睦まじい夫婦」であるはずの彼女の夫が、妻を冒涜した。その聞くに堪えない本音。そんな夫の横には、夫が従妹だというレディが寄り添っている。サヤ・ラドフォードの棺の前で、夫とその従妹はサヤを断罪する。サヤは、ほんとうに彼らがいうような悪女だったのか?  ※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です

柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。 そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。 真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。 けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。 「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」 彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。 アンリは実は、亡き国王の婚外子。 皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。

「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった

歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。 だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」 追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。 一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。 誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。 「その言葉は、もう翻訳できません」

結婚式当日に捨てられた私、隣国皇帝に拾われて過保護に溺愛されています~今さら姉を選んだ王子が後悔しても手遅れです~

唯崎りいち
恋愛
結婚式当日、私は“替え玉”として捨てられた。 本物の姉が戻ってきたから、もう必要ないのだと。 けれど—— 私こそが、誰も知らなかった“本物の価値”を持っていた。 世界でただ一人、すべてを癒す力。 そして、その価値を知るただ一人の人が、皇帝となって私を迎えに来る。 これは、すべてを失った少女が、本当に必要とされる場所へ辿り着く物語。

騎士の妻ではいられない

Rj
恋愛
騎士の娘として育ったリンダは騎士とは結婚しないと決めていた。しかし幼馴染みで騎士のイーサンと結婚したリンダ。結婚した日に新郎は非常召集され、新婦のリンダは結婚を祝う宴に一人残された。二年目の結婚記念日に戻らない夫を待つリンダはもう騎士の妻ではいられないと心を決める。 全23話。 2024/1/29 全体的な加筆修正をしました。話の内容に変わりはありません。 イーサンが主人公の続編『騎士の妻でいてほしい 』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/96163257/36727666)があります。

【完結】すり替えられた公爵令嬢

鈴蘭
恋愛
帝国から嫁いで来た正妻キャサリンと離縁したあと、キャサリンとの間に出来た娘を捨てて、元婚約者アマンダとの間に出来た娘を嫡子として第一王子の婚約者に差し出したオルターナ公爵。 しかし王家は帝国との繋がりを求め、キャサリンの血を引く娘を欲していた。 妹が入れ替わった事に気付いた兄のルーカスは、事実を親友でもある第一王子のアルフレッドに告げるが、幼い二人にはどうする事も出来ず時間だけが流れて行く。 本来なら庶子として育つ筈だったマルゲリーターは公爵と後妻に溺愛されており、自身の中に高貴な血が流れていると信じて疑いもしていない、我儘で自分勝手な公女として育っていた。 完璧だと思われていた娘の入れ替えは、捨てた娘が学園に入学して来た事で、綻びを見せて行く。 視点がコロコロかわるので、ナレーション形式にしてみました。 お話が長いので、主要な登場人物を紹介します。 ロイズ王国 エレイン・フルール男爵令嬢 15歳 ルーカス・オルターナ公爵令息 17歳 アルフレッド・ロイズ第一王子 17歳 マルゲリーター・オルターナ公爵令嬢 15歳 マルゲリーターの母 アマンダ・オルターナ エレインたちの父親 シルベス・オルターナ  パトリシア・アンバタサー エレインのクラスメイト アルフレッドの側近 カシュー・イーシヤ 18歳 ダニエル・ウイロー 16歳 マシュー・イーシヤ 15歳 帝国 エレインとルーカスの母 キャサリン帝国の侯爵令嬢(前皇帝の姪) キャサリンの再婚相手 アンドレイ(キャサリンの従兄妹) 隣国ルタオー王国 バーバラ王女