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第36話 父親になる覚悟
その日の午後、レインバーグ侯爵邸の庭園には柔らかな風が吹いていた。
色とりどりの花々が咲き乱れ、小鳥たちがさえずる楽園。
だが、その美しい風景の片隅に、ドブネズミのようにうずくまる男がいた。
オスカーである。彼は昨日、警備兵につまみ出されたにもかかわらず、懲りずにまた生垣の隙間から離れを覗いていた。
服は泥だらけで、髪には枯れ葉が絡まっている。その姿は、かつての煌びやかな王弟の面影など微塵もない。
(……許さん。絶対に許さんぞ)
オスカーは血走った目で庭を睨みつけていた。
(昨日の屈辱は忘れられない。エリザもノアも、どうかしている……きっと一時的に気が動転しているだけだ)
だが、彼の視線の先にある光景は、そんな希望的観測を冷酷に打ち砕くものだった。
白いガゼボの下。エリザ、ノア、そして男がテーブルを囲んでいた。
(あ、あいつだ! 間違いない!)
妻と子供の心を奪った憎悪すべき男、レオナルドがそこに座り笑っていた。
(私の家族を支配し、自分の手のひらで転がして……)
オスカーはその姿が許せず、目の前にいることが耐えられなかった。
三人は、ただお茶を飲んでいるだけではない。その空気感が、あまりにも完成されていた。
レオナルドが何かを話すと、ノアが目を輝かせて笑い、エリザが恥ずかしそうに頬を染める。
まるで、最初からその三人が家族であったかのように自然で温かい。
「……ッ!」
オスカーの爪が、手のひらに食い込む。
(そこは私の席だ。あそこでノアと笑い合っているのは父親であるべきで、エリザが頬を染める相手も夫であるはずだ。あいつは泥棒だ。私の人生を盗んでいる)
風向きが変わり、彼らの話し声が漏れ聞こえてきた。
「……エリザ」
レオナルドの、低く響く真剣な声だった。
「私は、ノアの剣の師匠としてだけでなく……彼の人生を導く『父親』としての役割も担いたいと考えている」
「えっ……レオナルド様……?」
「もちろん、エリザが許してくれるならば。私は、エリザとノアを守る盾となり、生涯をかけて愛し抜くことを誓う」
プロポーズ。いや、それ以上に重く神聖な誓いの言葉。エリザが目を見開き、その瞳に涙を溜める。
「……私で、よいのでしょうか。一度結婚に失敗し、傷ついた私などで……」
「エリザだからこそだ。過去の痛みを知るエリザだからこそ、私はエリザと共に未来を歩きたい」
レオナルドがそっとエリザの手を取る。エリザは抵抗せず、その大きな手に自分の手を重ねた。
「……はい。私も……ノアも、レオナルド様となら……」
その瞬間。オスカーの頭の中で、何かが焼き切れる音がした。
(ふざけるな!)
自分がいるのに、まだ離婚も成立していないのに、目の前で行われる裏切りの儀式。
心の中で怒りと悔しさが混ざり合い、胸の奥が引き裂かれるような思いに駆られた。それが彼を無理にでも前へ進ませた。
「やめろおおおおおおっ!!」
バリバリバリッ!
オスカーは生垣を突き破り、庭へと転がり出た。
色とりどりの花々が咲き乱れ、小鳥たちがさえずる楽園。
だが、その美しい風景の片隅に、ドブネズミのようにうずくまる男がいた。
オスカーである。彼は昨日、警備兵につまみ出されたにもかかわらず、懲りずにまた生垣の隙間から離れを覗いていた。
服は泥だらけで、髪には枯れ葉が絡まっている。その姿は、かつての煌びやかな王弟の面影など微塵もない。
(……許さん。絶対に許さんぞ)
オスカーは血走った目で庭を睨みつけていた。
(昨日の屈辱は忘れられない。エリザもノアも、どうかしている……きっと一時的に気が動転しているだけだ)
だが、彼の視線の先にある光景は、そんな希望的観測を冷酷に打ち砕くものだった。
白いガゼボの下。エリザ、ノア、そして男がテーブルを囲んでいた。
(あ、あいつだ! 間違いない!)
妻と子供の心を奪った憎悪すべき男、レオナルドがそこに座り笑っていた。
(私の家族を支配し、自分の手のひらで転がして……)
オスカーはその姿が許せず、目の前にいることが耐えられなかった。
三人は、ただお茶を飲んでいるだけではない。その空気感が、あまりにも完成されていた。
レオナルドが何かを話すと、ノアが目を輝かせて笑い、エリザが恥ずかしそうに頬を染める。
まるで、最初からその三人が家族であったかのように自然で温かい。
「……ッ!」
オスカーの爪が、手のひらに食い込む。
(そこは私の席だ。あそこでノアと笑い合っているのは父親であるべきで、エリザが頬を染める相手も夫であるはずだ。あいつは泥棒だ。私の人生を盗んでいる)
風向きが変わり、彼らの話し声が漏れ聞こえてきた。
「……エリザ」
レオナルドの、低く響く真剣な声だった。
「私は、ノアの剣の師匠としてだけでなく……彼の人生を導く『父親』としての役割も担いたいと考えている」
「えっ……レオナルド様……?」
「もちろん、エリザが許してくれるならば。私は、エリザとノアを守る盾となり、生涯をかけて愛し抜くことを誓う」
プロポーズ。いや、それ以上に重く神聖な誓いの言葉。エリザが目を見開き、その瞳に涙を溜める。
「……私で、よいのでしょうか。一度結婚に失敗し、傷ついた私などで……」
「エリザだからこそだ。過去の痛みを知るエリザだからこそ、私はエリザと共に未来を歩きたい」
レオナルドがそっとエリザの手を取る。エリザは抵抗せず、その大きな手に自分の手を重ねた。
「……はい。私も……ノアも、レオナルド様となら……」
その瞬間。オスカーの頭の中で、何かが焼き切れる音がした。
(ふざけるな!)
自分がいるのに、まだ離婚も成立していないのに、目の前で行われる裏切りの儀式。
心の中で怒りと悔しさが混ざり合い、胸の奥が引き裂かれるような思いに駆られた。それが彼を無理にでも前へ進ませた。
「やめろおおおおおおっ!!」
バリバリバリッ!
オスカーは生垣を突き破り、庭へと転がり出た。
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