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第72話 予期せぬ再会
少し眺めた後、ガラスケースの中に飾られていた小ぶりだが非常に質の高い、銀とサファイアの可憐な髪飾りを選び出した。
「これからは……私に、貴女を飾らせてくれないか」
周囲に人がいるのも構わず、レオナルドはエリザの耳元で甘く熱を帯びた声でそう囁いた。
エリザの頬が、一瞬にして林檎のように真っ赤に染まる。
「レ、レオナルド様……っ」
「おじ様、ママの顔が赤いよ? 熱があるの?」
「ち、違うのよノア!」
無邪気に首を傾げるノアの言葉に、エリザは慌てて顔を両手で覆った。
レオナルドはくすくすと低く笑いながらその髪飾りを購入し、店を出てからそっとエリザの結い上げた髪に挿してくれた。
冷たい銀の感触と彼の手の温もりが、エリザの心をこの上なく満たしていった。
街を歩き回り買い物を楽しんだ三人は、少し休憩を取るために大通りに面したオープンテラスのカフェへ向かった。
白いパラソルが並び通りを行き交う人々を眺めながら、優雅にお茶を楽しめる王都でも人気の店だ。
「私が席を取ってくる。エリザとノアは、メニューを見ていてくれ」
「ありがとうございます。……ノア、何が飲みたい? 甘いホットチョコレートにする?」
「うんっ!」
レオナルドが店員に声をかけに行っている間、エリザはノアと手を繋いだまま、空いているテラス席を探して視線を巡らせた。
そして。
「あっ……」
不意に、エリザの口から小さく驚きの声が漏れた。
視線の先、通りの隅に近い少し薄暗いテラス席に、見覚えのある二人の男女が座っていたのだ。
一人は、体格は良いものの背中を丸め、ひどく疲労困憊した様子で安物の薄いコーヒーを啜っている男。
もう一人は、以前は華美なドレスを着飾っていたはずが、今日は装飾の少ない地味な平服に身を包み不満げに口を尖らせている女。
オスカーの友人であった騎士ブライアンと、マリアの友人であった令嬢ニーナだった。
(……あの方たち……)
エリザの足が止まる。彼らは、オスカーとマリアの不倫を真実の愛と囃し立て、社交界においてエリザを冷酷で無理解な悪妻として触れ回った張本人たちである。
エリザが侯爵邸で孤立を深めていた頃、彼らはエリザを見るたびに嘲笑の視線を向け、「愛されない哀れな女」と陰口を叩いていた。
エリザにとって、彼らは過去の苦しい記憶を呼び起こす。いわば呪いの残滓のような存在だった。
エリザは無意識に息を潜め、彼らの会話に耳を傾けてしまった。
「……あーあ。冗談じゃねえぜ。なんで俺が、入隊したばかりのヒヨッコ共に顎で使われなきゃならねえんだ」
ブライアンが、テーブルにドンッと乱暴にカップを置いて毒づいた。
「今日なんて、新人の剣の素振りの回数数えと、馬小屋の掃除だぞ? 俺は『副隊長候補』だったんだぞ!? オスカーの奴を庇ったせいで、俺まで連帯責任で『一番下の雑用係に降格』だ。解雇されなかっただけマシだと言われたが、こんなの死ぬより辛い生殺しじゃねえか!」
彼は髪を掻き毟りながら、己の不幸を呪っていた。
熱血漢で豪快な男を気取っていたブライアンにとって、後輩から見下され命令される毎日は、彼の矮小なプライドを粉々に打ち砕いていたのだ。
「これからは……私に、貴女を飾らせてくれないか」
周囲に人がいるのも構わず、レオナルドはエリザの耳元で甘く熱を帯びた声でそう囁いた。
エリザの頬が、一瞬にして林檎のように真っ赤に染まる。
「レ、レオナルド様……っ」
「おじ様、ママの顔が赤いよ? 熱があるの?」
「ち、違うのよノア!」
無邪気に首を傾げるノアの言葉に、エリザは慌てて顔を両手で覆った。
レオナルドはくすくすと低く笑いながらその髪飾りを購入し、店を出てからそっとエリザの結い上げた髪に挿してくれた。
冷たい銀の感触と彼の手の温もりが、エリザの心をこの上なく満たしていった。
街を歩き回り買い物を楽しんだ三人は、少し休憩を取るために大通りに面したオープンテラスのカフェへ向かった。
白いパラソルが並び通りを行き交う人々を眺めながら、優雅にお茶を楽しめる王都でも人気の店だ。
「私が席を取ってくる。エリザとノアは、メニューを見ていてくれ」
「ありがとうございます。……ノア、何が飲みたい? 甘いホットチョコレートにする?」
「うんっ!」
レオナルドが店員に声をかけに行っている間、エリザはノアと手を繋いだまま、空いているテラス席を探して視線を巡らせた。
そして。
「あっ……」
不意に、エリザの口から小さく驚きの声が漏れた。
視線の先、通りの隅に近い少し薄暗いテラス席に、見覚えのある二人の男女が座っていたのだ。
一人は、体格は良いものの背中を丸め、ひどく疲労困憊した様子で安物の薄いコーヒーを啜っている男。
もう一人は、以前は華美なドレスを着飾っていたはずが、今日は装飾の少ない地味な平服に身を包み不満げに口を尖らせている女。
オスカーの友人であった騎士ブライアンと、マリアの友人であった令嬢ニーナだった。
(……あの方たち……)
エリザの足が止まる。彼らは、オスカーとマリアの不倫を真実の愛と囃し立て、社交界においてエリザを冷酷で無理解な悪妻として触れ回った張本人たちである。
エリザが侯爵邸で孤立を深めていた頃、彼らはエリザを見るたびに嘲笑の視線を向け、「愛されない哀れな女」と陰口を叩いていた。
エリザにとって、彼らは過去の苦しい記憶を呼び起こす。いわば呪いの残滓のような存在だった。
エリザは無意識に息を潜め、彼らの会話に耳を傾けてしまった。
「……あーあ。冗談じゃねえぜ。なんで俺が、入隊したばかりのヒヨッコ共に顎で使われなきゃならねえんだ」
ブライアンが、テーブルにドンッと乱暴にカップを置いて毒づいた。
「今日なんて、新人の剣の素振りの回数数えと、馬小屋の掃除だぞ? 俺は『副隊長候補』だったんだぞ!? オスカーの奴を庇ったせいで、俺まで連帯責任で『一番下の雑用係に降格』だ。解雇されなかっただけマシだと言われたが、こんなの死ぬより辛い生殺しじゃねえか!」
彼は髪を掻き毟りながら、己の不幸を呪っていた。
熱血漢で豪快な男を気取っていたブライアンにとって、後輩から見下され命令される毎日は、彼の矮小なプライドを粉々に打ち砕いていたのだ。
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