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第76話 崩れ落ちるプライド
ブライアンは毎日、自分より年下の新兵たちから「おい、雑用係! 馬の糞を片付けろ!」と顎で使われる屈辱。
ニーナのほうも毎日、薄暗い部屋で修道院の老婆から「お前は恥知らずな罪人だ」と罵られ小遣いを一銭も貰えず、大好きな恋愛小説を燃やされた絶望。
(私たち……どうしてこんな相手に喧嘩を売ってしまったの……?)
虚勢のメッキが音を立てて剥がれ落ち、彼らの薄っぺらい精神が限界を迎えてひび割れていく。
その耐え難いストレスが、目の前で光り輝くエリザを見たことで、奇妙で身勝手な論理へとすり替わり一気に爆発した。
ガタンッ!
突然、ブライアンが椅子を蹴倒すようにして立ち上がり、そのままカフェの石畳の上に両膝を激しく打ち付けて崩れ落ちた。
「お、俺が悪かったぁぁぁっ!!」
テラス席に、男の情けない絶叫が響き渡った。周囲でお茶を楽しんでいた客たちが、ギョッとして一斉にこちらを振り向く。
「許してくれ! エリザ様! 俺が馬鹿だった! オスカーの奴に唆されて、あんたの悪い噂を流したのは俺だ! 本当に申し訳なかった!」
ブライアンは額を石畳に擦りつけんばかりにして、公衆の面前で無様な土下座を始めた。
「もう嫌なんだ! 新人のガキ共に馬鹿にされて、毎日馬小屋の掃除ばかりさせられるのは! 俺は優秀な騎士だったはずなんだ! 頼む、あんたから王宮か団長に口添えしてくれ! 『もう許してやってくれ』って、一言でいいから言ってくれぇ!」
「わ、私もよ! 私も謝るわ!」
ブライアンの狂態に釣られるようにニーナも椅子から滑り落ち、エリザの足元にすがりつこうとした。
「ごめんなさい! マリアの言うことばかり信じて、貴女を虐めてごめんなさい! だからお願い、お父様に言って! 『お小遣いを元に戻してあげて』って! 毎日毎日、道徳の分厚い本を書き写すのはもうたくさんよ! 私、新しいドレスが欲しいの! 恋愛小説が読みたいのよぉぉっ!」
鼻水と涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、大声で泣き喚く男女。
かつて社交界で真実の愛の理解者として、得意げに振る舞っていた彼らの姿はそこにはなかった。
あるのはただ自分の犯した罪の報いを受け止めきれず、他人に責任を押し付けて助けを乞う、赤ん坊よりも幼稚で滑稽な生き物の姿だけだった。
周囲の客たちは完全にドン引きし、ヒソヒソと蔑みの視線を向けている。
その地獄絵図のような光景を見下ろしながら、エリザの心の中は不思議なほど静まり返っていた。
(ああ……なぜこの人たちは、こんなにもみっともないの)
以前の私なら、彼らにこんな風にすがりつかれたら、恐怖で後ずさるか暗い復讐心を満たして笑っていただろう。
だが、今のエリザの胸に湧き上がったのは、怒りでも優越感でも哀れみですらなかった。
ただ純粋に呆れと困惑だけだった。
(今の私には、心にさざ波すら立たない)
自分を満たしてくれる本物の愛を知った人間にとって、過去の亡霊たちの戯言など道端のささやかな石の弾む音に過ぎなかった。
ニーナのほうも毎日、薄暗い部屋で修道院の老婆から「お前は恥知らずな罪人だ」と罵られ小遣いを一銭も貰えず、大好きな恋愛小説を燃やされた絶望。
(私たち……どうしてこんな相手に喧嘩を売ってしまったの……?)
虚勢のメッキが音を立てて剥がれ落ち、彼らの薄っぺらい精神が限界を迎えてひび割れていく。
その耐え難いストレスが、目の前で光り輝くエリザを見たことで、奇妙で身勝手な論理へとすり替わり一気に爆発した。
ガタンッ!
突然、ブライアンが椅子を蹴倒すようにして立ち上がり、そのままカフェの石畳の上に両膝を激しく打ち付けて崩れ落ちた。
「お、俺が悪かったぁぁぁっ!!」
テラス席に、男の情けない絶叫が響き渡った。周囲でお茶を楽しんでいた客たちが、ギョッとして一斉にこちらを振り向く。
「許してくれ! エリザ様! 俺が馬鹿だった! オスカーの奴に唆されて、あんたの悪い噂を流したのは俺だ! 本当に申し訳なかった!」
ブライアンは額を石畳に擦りつけんばかりにして、公衆の面前で無様な土下座を始めた。
「もう嫌なんだ! 新人のガキ共に馬鹿にされて、毎日馬小屋の掃除ばかりさせられるのは! 俺は優秀な騎士だったはずなんだ! 頼む、あんたから王宮か団長に口添えしてくれ! 『もう許してやってくれ』って、一言でいいから言ってくれぇ!」
「わ、私もよ! 私も謝るわ!」
ブライアンの狂態に釣られるようにニーナも椅子から滑り落ち、エリザの足元にすがりつこうとした。
「ごめんなさい! マリアの言うことばかり信じて、貴女を虐めてごめんなさい! だからお願い、お父様に言って! 『お小遣いを元に戻してあげて』って! 毎日毎日、道徳の分厚い本を書き写すのはもうたくさんよ! 私、新しいドレスが欲しいの! 恋愛小説が読みたいのよぉぉっ!」
鼻水と涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、大声で泣き喚く男女。
かつて社交界で真実の愛の理解者として、得意げに振る舞っていた彼らの姿はそこにはなかった。
あるのはただ自分の犯した罪の報いを受け止めきれず、他人に責任を押し付けて助けを乞う、赤ん坊よりも幼稚で滑稽な生き物の姿だけだった。
周囲の客たちは完全にドン引きし、ヒソヒソと蔑みの視線を向けている。
その地獄絵図のような光景を見下ろしながら、エリザの心の中は不思議なほど静まり返っていた。
(ああ……なぜこの人たちは、こんなにもみっともないの)
以前の私なら、彼らにこんな風にすがりつかれたら、恐怖で後ずさるか暗い復讐心を満たして笑っていただろう。
だが、今のエリザの胸に湧き上がったのは、怒りでも優越感でも哀れみですらなかった。
ただ純粋に呆れと困惑だけだった。
(今の私には、心にさざ波すら立たない)
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