私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい

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第86話 血を超えた家族の絆

「私の古くからの知人に、王宮の宝物庫の修復も任されている、偏屈だが凄腕の時計技師がいてね。彼に頼み込んで、欠けた歯車の一つ一つから新しく削り出してもらった。……」


レオナルドは事もなげに言ったが、あの複雑なからくり時計を完全に破壊された状態から元通りにするには、どれほどの莫大な費用と気の遠くなるような労力がかかったことか。エリザには想像もつかなかった。
 

(……ありがとうございます、レオナルド様……心から)


エリザの胸は、涙が溢れそうなほど揺れ動いた。


レオナルドは、法的な手続きでオスカーを断罪しただけではない。カイルという悪意によって奪われたノアの小さな尊厳を、ノアの止まってしまった時間を、こうして完全な形で取り戻してくれたのだ。



「ノア。君の大切な時間は、もう誰にも壊させない。この時計は、これから先もずっと動き続けるんだ」


レオナルドの低く温かい声が室内に響く。
 
ノアは時計を両手でしっかりと握りしめた。その目から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。


「レオナルドおじ様……っ!」


ノアは椅子から飛び降りると、真っ直ぐにレオナルドの胸に飛び込んだ。



「ありがとう……っ、ありがとう! ぼくの時計……うわぁぁんっ!」

「よしよし。もう泣かなくていい。これからは、楽しい時間をたくさん刻んでいこう」


レオナルドはノアの小さな体を、細身でありながらも鍛えられた力強さを感じさせる腕でしっかりと抱きとめ、その背中を優しく撫でた。
 
血の繋がりなど、なんの価値もない。自分が苦しい時に寄り添い、共に涙を流し守り抜いてくれる存在。

ノアにとって、レオナルドはすでにであると同時に、たった一人のになっていた。



(ノア、あなたをこんなに大切にしてくれる父親に出会えて、本当に良かったわね)


その二人の姿を見て、エリザの目からも止めどなく涙が溢れ出した。
 
オスカーとマリアに虐げられ、冷たい侯爵邸で息を潜めて生きていた日々が、まるで遠い前世の幻のように思える。
 
今、目の前にあるこの温もりこそが、自分が命を懸けて守りたかったものであり、レオナルドが命を懸けて与えてくれた真実の愛の形だった。



「レオナルド様……」


ノアが泣き疲れ、大事そうに時計を握りしめたままレオナルドの腕の中でうとうとし始めた頃。
 
エリザはそっとレオナルドの隣に歩み寄り、彼の手を両手で包み込んだ。


「何から感謝を伝えれば良いか、言葉も見つかりません。貴方は私たちの命を救ってくださっただけでなく……心まで、すべて救い上げてくださいました」

「感謝など不要、エリザ。私はただ、愛する人が悲しむ顔を見たくなかった。そして、二人が笑ってくれることが、私にとっての唯一の救いだと思ってる」


レオナルドは空いている方の手で、エリザの頬に伝わる涙を長い指でそっと拭った。
 
その触れ方は、壊れ物を扱うように繊細で、どこまでも甘い熱を帯びていた。



「エリザ」


その深く甘い響きに、エリザの心臓がトクリと大きく跳ねる。


「オスカーとの過去という鎖は、もう完全に断ち切られた。ノアの時計も、再び動き出した。……これからは、私と同じ時間を歩んでほしい。エリザとノアの未来を、私のすべてを懸けて守らせてほしい」


それは、偽りのない魂からの求婚だった。
 
エリザは溢れる涙を拭うことも忘れ、満面の春の花が咲き誇るような美しい笑顔で頷いた。



「はい……っ。喜んで、レオナルド様。私たちを……貴方の傍に置いてくださいませ」


レオナルドはエリザの手を引き寄せると、その白い手の甲と薬指の付け根に、誓いの証のように深く長く口付けを落とした。
 
窓から差し込む光が寄り添う二人と、腕の中で眠る小さな少年を黄金色に包み込む。


静寂に満ちた部屋の中に、ノアの胸元に抱かれた銀のからくり時計が刻むという澄んだ音が、心地よく響き渡っていた。

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