私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい

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第103話 国王の足音

松明の薄暗い明かりだけが頼りの冷たい石造りの牢獄。藁が少し敷かれているだけの床に、オスカーとマリアは無造作に放り出された。


「うわあっ!」

「きゃああっ!」


衛兵たちの足音が遠ざかると、再び暗闇の中に二人の声が響き始めた。



「……あぁ、寒い……痛い……どうして私がこんな目に……お前のせいだ……お前が……」

「まだ言うの!? あんたが不甲斐ないからでしょ!」


懲りるということを知らない二人は、牢の中でも再び言い争いを始めようとした。
 
だがその時、地下牢の奥へと続く階段から、カツン、カツンと、硬い靴音が響いてきた。



ただの衛兵の歩みではない。それは、この世界そのものを支配しているかのような、絶対的な威厳と重圧を伴う足音だった。
 
松明の明かりが揺れ、数人の近衛兵を引き連れた一人の男が鉄格子の前に姿を現した。

豪奢なマントを羽織り、王家の紋章が刻まれた首飾りを身につけたオスカーに似た男。現国王であり、オスカーの実の兄であった。


「……あ、兄上……!」


オスカーは弾かれたように顔を上げ、鉄格子にすがりついた。

国王は、香草を染み込ませた純白の絹のハンカチを口元に当て、眉間に深い皺を刻みながら牢の中の弟を見下ろした。
 


「……我が弟ながら、見下げ果てた姿だな」


地下牢の空気さえ凍りつかせるような、凄まじく冷たい声だった。もう怒りもなかった。そこにあるのは、完全に底が抜けた呆れと、身内としての深い失望だった。

兄にとって、弟のオスカーは「頭の出来は良くないが、無邪気で可愛げのある弟」だった。だからこそ、国一番の賢女であるエリザを娶らせ、侯爵という地位を与えて庇護してきたのだ。

だが今、目の前にいるのは愛人とともに悪臭を放ち、泥と汚物にまみれた姿で檻の中に這いつくばる薄汚れた獣でしかなかった。あの程度の洗浄では、臭いも汚れもどうすることもできないのだ。



「貴様のような阿呆には、分不相応な『素晴らしい才覚を持つ妻』を疎んじ、己の欲望のままに低俗な女に溺れ……挙句の果てに、裏庭の井戸の底で泥水をすすって命乞いをするとは。我が王家の歴史において、これほど滑稽で恥知らずな真似をした者は、お前が初めてだぞ、オスカー」

「ち、違うのです兄上! 誤解です! 私はこの女に騙されたのです! この女が、私に『呪術』か何かをかけて……っ!」


オスカーは必死に言い訳を並べ立て、マリアを指差した。
 
すると、名前を呼ばれたマリアは、国王というの存在に、己の歪んだ生存本能を刺激された。



(こ、このお方なら……このお方に取り入れば、ここから出られるかもしれない!)


マリアは這いつくばったまま前髪をかき上げると、できる限りしなやかな動きで鉄格子へと擦り寄った。

そして、上目遣いで国王を見つめ、甘ったるい声を絞り出した。

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