私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい

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第115話 満ちあふれる恵み

「マリア、背中を流すよ。……ああ、こんなに汚れて……」

「オスカーも……髪の毛、泥だらけよ。私が洗ってあげる……」


二人は、高級な石鹸をたっぷりと泡立て、互いの体を洗い合った。
 
薔薇の芳醇な香りが、井戸の底でこびりついた排泄物と腐敗の匂いを打ち消していく。爪の間に詰まった黒い泥をこすり落とし、脂でベタベタになっていた髪を指の腹で丁寧に洗う。
 
汚れが落ちていくたびに、彼らは人間としての最低限の尊厳を取り戻していくような錯覚に陥った。



「もう、オスカー……やめて、くすぐったいってば」

「いや、しっかり洗わないと駄目だぞ!」


オスカーとマリアは、ぎこちない笑みを交わしつつも、ついにはふざける余裕まで生まれ、緊張の糸が少しずつほぐれていくのを感じていた。



「うぅっ……うっ、ぐすっ……」

「マリア……泣いているのか?」

「だって……温かいんだもの……。いい匂いがして、息も苦しくなくて……私、私……生きてる……!」



マリアの目からポロポロと涙がこぼれ落ち、湯船に波紋を作った。それは、恐怖や屈辱の涙ではなく、純粋な喜びと安堵の涙だった。
 
オスカーもまた、綺麗になったマリアの顔を見て声を出して泣いた。

汚れを完全に落とし切り、看守が用意してくれた新しい(とはいえ粗末な麻布だが、清潔な)服に着替えた二人は、もはや先ほどのではなくなっていた。



「よし、綺麗になったな。次は飯だ。エリザ様からたっぷりと金を預かっているからな、特別に厨房の奴らに腕を振るわせたぞ」


看守長が鉄格子越しに差し出したのは、大きなお盆だった。そこに置かれていたのは、固い黒パンや塩水のようなスープではない。

エリザはオスカーに金貨を五枚施すと、看守長にも二人の目の届かないところで、『彼らを手厚く扱ってください』と言い添えてお金を渡した。



「お、おおぉ……っ!!」


オスカーとマリアの目が、信じられないものを見るように見開かれた。
 
木のお椀になみなみと注がれているのは、ゴロゴロとした肉と野菜がたっぷりと煮込まれた、とろみのある濃厚なブラウンシチュー。そしてその横には、湯気を立てるふかふかの白い丸パンが二つ。

それは、大貴族の食卓に比べれば庶民的なメニューかもしれない。しかし、極限の飢えと寒さを経験した今の二人にとっては、王宮のフルコースにも勝るだった。



「ほ、本当に……私たちが……た、食べていいのか……!?」

「す、凄い! こんな美味しそうなの久しぶり」

「さっさと食え。冷めちまうぞ。ただし、エリザ様への感謝の祈りを忘れるなよ」

「……エリザ様、マリアを助けてくださって、ありがとうございます……っ!」

「……エリザ様、こんなにしてくださって……心から感謝します!」



二人はエリザへの感謝をいい終えると、お盆にすがりつくように飛びつき、スプーンも使わずにパンを千切ってシチューに浸した。


「はむっ……! う……う、美味いっ!!」


オスカーが叫んだ。濃厚な肉の旨味と、野菜の甘みが溶け込んだ熱々のシチューが、空っぽの胃の腑に染み渡っていく。柔らかい白パンの甘みが、口の中でとろけた。

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