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ノーマル:石と罠 奥山麻人
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悪夢に落ち続けている気分だった。
漫画の登場人物のように鋭く剣を落とされる剣は、するりと当たり前のように目の前の、そういう知識があればゴブリンと呼ばれるに相応しいような人型小柄の緑色で、人からして醜い容姿をもった生き物の首に吸い込まれ、流れるようにそれをすとんと落とした。
人でないものの首。
誰が言ったかモンスター。しかし、命尽きるまでの短い間、ぶしゅぅと壊れた霧吹きの如く確かに体液が噴き出すそれは、まぎれもなく生命体のそれである。
しかしもって、死ねば役目は終わりとばかりに消えていく、多くのプレイヤーらが常識としてきた生物の理から見て埒外のモノでもあった。
今だ慣れない生命を奪う感覚に、何かが流れ込んでくる感覚に、麻人は手も体も震えそうになる事を認めないわけにはいかなかった。
「……ふぅぅぅぅ。アクティブな奴は全部片付いたな」
「そうだね……近くに反応はないよ」
主にRPGなどではシーフ・スカウト系と呼ばれる罠や警戒などを担当する役割につく美憂が警戒のスキルを使って近くにモンスターがいないことを確認すると、三人はふっと息をつく。
「そっちのGシステムの具合はどうだ? 違和感はなかったか?」
昭がイベントリから体力回復水を取り出して二人に投げ渡しながら聞く。小休止でもしようということだろうと、学生の二人は『ありがとう』と受け取ってそこまで体力が減っているわけではないが、水分補給的にも休憩的な意味でも素直に飲んだ。味がレモン水に近く、悪くないという理由もある。
学生である麻人と美憂とは違い、もう少し年かさがあるように見える昭は二人にはいつも冷静で落ち着いて見えた。麻人と昭はこのダンジョンで初めて会ったが、気遣ってもくれるし組んで良かったと思っている。
仲間になるのだから、気楽な口調で話すようにしようと提案もしてくれて、なるべく上からにならないようにしてくれているように思えた。
「あぁ、やっぱりARPGシステムは使いやすい……と思う。ただ、MPってシステムが入ってっていうか……スキルを使ったの代償っていうか、体力とかそういうのが減っていく感覚がなくなったから管理は癖をつけないと危ないとも思ったかな」
「RPGシステムの職業系列も順調だよ。マップっていうのかな、感覚的だったのが脳内に画面として投射されているっていうか、視覚的にわかるっていうか……?」
「なるほど。俺の方の格闘ゲームシステムの方も悪くはないが、そちらも悪くなさそう――というよりも、すぐ強くなるならそちらほうが早そうだな」
この三人がいるのは難易度ノーマルの、石と罠と名付けられたダンジョンである。
石の通路、石の部屋が続く。そして名前の通り罠がいろいろと貼られている。
三人で組むようになって数日。
三人とも慎重派だったことから、どうやら複数階層あって下っていくのだということがわかっていながら1Fで実験を続けているという状況だった。
実験しているのは珍しくはない。ここ以外にもちらほら1Fでとどまっている姿を通りざまみることができる。
ただ、基本的に情報は積極的に共有されていないのだ。掲示板を通して、公開記録を通して、というパターンはあっても、積極的交流は減る傾向にあった。
ただでさえ、和気藹々の雰囲気は作りようがなかったし、そういう人間が少なかったらしいというのもあって静かなダンジョンだったが、PKがそれを加速させたのだ。
掲示板は嘘がつける。公開記録も公式でなければ嘘がつけるし、公式であってもどうやら『本人がそれを真とすれば書ける』らしいと判断しているため信用ができない。
だから、結局自分達で試すしかない。そういう思考に落ち着いているのだ。
「MPは消費するとどうなるんだ?」
「うーん。減るだけだと影響がないんだ。本当に、目の前にゲームみたいに映ってるゲージが減ってくのがわかるだけっていうか……全部なくなるとどうなるかは、まだ」
「それは……ちょっと怖いか。どうする? ……MP消費、君たちは検証しておいた方がいいと思うか?」
ARPGシステム。
Gシステムと呼ばれる項目を実装することで得られるものの一つだ。
ゲームシステム、アクションアールピージーシステム、でほぼルビは間違いなのであろうが、不親切に選択欄ではそう表示されてはいなかった。だから、不信がって最初は選ぶ人間も少なかったようだ。
体感でなんとかするしかない初期状態と違って、数値がわかって動きにも補正がかかるGシステムは三人全員にとってありがたいものであった。強さの数値が目に見えてわかって、それを体でも体感できるというのは、安心できる度合いが桁外れていたのだ。
麻人は剣道はやったことがある。
しかし、真剣など振ったことはなかった。それは所詮授業剣道であり、修練を続けてきたものでもない。剣術のように実践を見据えるようなものを会得しているわけでもない。
そんな人間が、まともに生物相手に剣など振れようはずもないのだ。
それが――今なら、他人でも真っ二つにできるだろう程の鋭さで剣を落とすことができる。
「うん。正直、やっておいた方がいい気はする。するけど……正直、怖い」
びゅん、と恐怖を振り払うように剣を一振り。
適当に振ったはずのその一撃は鋭く、綺麗だ。麻人自身、自らやっていてほれぼれするほどのもの。
それでも、顔は青ざめる。
どうやらノーマルはイージーやチュートリアルほどではないとはいえ違和感はそこまで酷いようではない、という実感が麻人にはある。
掲示板等での情報収集で見た限りでしかないが、相対的に見てノーマルはやはりハード以上と比べると格段に初期の身体強化度合いも慣れも早い、らしいという情報を得ている。
こうして自覚できるくらいには強くもなっている。
順調に思える。少なくとも、今まで劇的に困るほどの出来事に直面はしていない。
だからか、三人は一度も死亡したことがないのだ。
(俺は、俺たちは、一度も死んだことがない……一度も死亡したことがない、ってのも表現的には変な話だよな。場所が、日常ならだけど)
ぶるりと、意識せずに体が震える。
嘘か真か、死の体験はよく掲示板に書き込まれる。
もちろん、嘘らしきものは大量にあるのだ。
思ったほどでもなかったという発言もある。
それでも――麻人にとって真に迫って見えるものは、大抵『あんなものは経験したくないしするべきじゃない』もの扱いしかされていなかった。
単純に、蘇るということも信じられない。
ダンジョンで死亡した他の無関係のプレイヤーを共有スペースやダンジョン内でも再び見る機会もあった。
あったが、それでも。
「た、試さなくてもいいんじゃない? 無理、に。しなくても……いいかなって。ほら、あの、試して死んでも、試さなくて死んでも、生き返っちゃうのが本当なら、結局一緒だと思うし……ほら! だってMPなくなったらし、死んじゃうゲームとかあるじゃん!」
「落ち着いてくれ。すぐに試そうという話じゃなくて、試したほうがいざという時に安心かどうかを……」
「多田野さんはっ! MPとかないから言えるんだよ! そんな、そんな簡単にっ」
「……美憂」
「あ……えっと、ごめん、なさい……」
三人とも未だ一度も死んだことはない。
死んだことはないが、三人のうち――美憂は一度死にかけてはいる。
そのため、死に対する恐怖が美憂は特に高かった。
「別に、気にしてはいない。死にたくないのは俺も同じだしな」
「――どちらにしても、共有スペースか、試せるなら誰かのルームで試そう。ダンジョンで試す必要はないだろ?」
「あぁ……確かに。それはそうだ。俺も変に気が急いているのかね。すまんな二人とも。帰って話をするべきだった」
文句も言わず、先に特に悪くもないのに年下に謝ってくれて、不満を特に顔に出したりもせずにただ苦笑だけ落とした昭は、麻人にはありがたい存在だった。
漫画の登場人物のように鋭く剣を落とされる剣は、するりと当たり前のように目の前の、そういう知識があればゴブリンと呼ばれるに相応しいような人型小柄の緑色で、人からして醜い容姿をもった生き物の首に吸い込まれ、流れるようにそれをすとんと落とした。
人でないものの首。
誰が言ったかモンスター。しかし、命尽きるまでの短い間、ぶしゅぅと壊れた霧吹きの如く確かに体液が噴き出すそれは、まぎれもなく生命体のそれである。
しかしもって、死ねば役目は終わりとばかりに消えていく、多くのプレイヤーらが常識としてきた生物の理から見て埒外のモノでもあった。
今だ慣れない生命を奪う感覚に、何かが流れ込んでくる感覚に、麻人は手も体も震えそうになる事を認めないわけにはいかなかった。
「……ふぅぅぅぅ。アクティブな奴は全部片付いたな」
「そうだね……近くに反応はないよ」
主にRPGなどではシーフ・スカウト系と呼ばれる罠や警戒などを担当する役割につく美憂が警戒のスキルを使って近くにモンスターがいないことを確認すると、三人はふっと息をつく。
「そっちのGシステムの具合はどうだ? 違和感はなかったか?」
昭がイベントリから体力回復水を取り出して二人に投げ渡しながら聞く。小休止でもしようということだろうと、学生の二人は『ありがとう』と受け取ってそこまで体力が減っているわけではないが、水分補給的にも休憩的な意味でも素直に飲んだ。味がレモン水に近く、悪くないという理由もある。
学生である麻人と美憂とは違い、もう少し年かさがあるように見える昭は二人にはいつも冷静で落ち着いて見えた。麻人と昭はこのダンジョンで初めて会ったが、気遣ってもくれるし組んで良かったと思っている。
仲間になるのだから、気楽な口調で話すようにしようと提案もしてくれて、なるべく上からにならないようにしてくれているように思えた。
「あぁ、やっぱりARPGシステムは使いやすい……と思う。ただ、MPってシステムが入ってっていうか……スキルを使ったの代償っていうか、体力とかそういうのが減っていく感覚がなくなったから管理は癖をつけないと危ないとも思ったかな」
「RPGシステムの職業系列も順調だよ。マップっていうのかな、感覚的だったのが脳内に画面として投射されているっていうか、視覚的にわかるっていうか……?」
「なるほど。俺の方の格闘ゲームシステムの方も悪くはないが、そちらも悪くなさそう――というよりも、すぐ強くなるならそちらほうが早そうだな」
この三人がいるのは難易度ノーマルの、石と罠と名付けられたダンジョンである。
石の通路、石の部屋が続く。そして名前の通り罠がいろいろと貼られている。
三人で組むようになって数日。
三人とも慎重派だったことから、どうやら複数階層あって下っていくのだということがわかっていながら1Fで実験を続けているという状況だった。
実験しているのは珍しくはない。ここ以外にもちらほら1Fでとどまっている姿を通りざまみることができる。
ただ、基本的に情報は積極的に共有されていないのだ。掲示板を通して、公開記録を通して、というパターンはあっても、積極的交流は減る傾向にあった。
ただでさえ、和気藹々の雰囲気は作りようがなかったし、そういう人間が少なかったらしいというのもあって静かなダンジョンだったが、PKがそれを加速させたのだ。
掲示板は嘘がつける。公開記録も公式でなければ嘘がつけるし、公式であってもどうやら『本人がそれを真とすれば書ける』らしいと判断しているため信用ができない。
だから、結局自分達で試すしかない。そういう思考に落ち着いているのだ。
「MPは消費するとどうなるんだ?」
「うーん。減るだけだと影響がないんだ。本当に、目の前にゲームみたいに映ってるゲージが減ってくのがわかるだけっていうか……全部なくなるとどうなるかは、まだ」
「それは……ちょっと怖いか。どうする? ……MP消費、君たちは検証しておいた方がいいと思うか?」
ARPGシステム。
Gシステムと呼ばれる項目を実装することで得られるものの一つだ。
ゲームシステム、アクションアールピージーシステム、でほぼルビは間違いなのであろうが、不親切に選択欄ではそう表示されてはいなかった。だから、不信がって最初は選ぶ人間も少なかったようだ。
体感でなんとかするしかない初期状態と違って、数値がわかって動きにも補正がかかるGシステムは三人全員にとってありがたいものであった。強さの数値が目に見えてわかって、それを体でも体感できるというのは、安心できる度合いが桁外れていたのだ。
麻人は剣道はやったことがある。
しかし、真剣など振ったことはなかった。それは所詮授業剣道であり、修練を続けてきたものでもない。剣術のように実践を見据えるようなものを会得しているわけでもない。
そんな人間が、まともに生物相手に剣など振れようはずもないのだ。
それが――今なら、他人でも真っ二つにできるだろう程の鋭さで剣を落とすことができる。
「うん。正直、やっておいた方がいい気はする。するけど……正直、怖い」
びゅん、と恐怖を振り払うように剣を一振り。
適当に振ったはずのその一撃は鋭く、綺麗だ。麻人自身、自らやっていてほれぼれするほどのもの。
それでも、顔は青ざめる。
どうやらノーマルはイージーやチュートリアルほどではないとはいえ違和感はそこまで酷いようではない、という実感が麻人にはある。
掲示板等での情報収集で見た限りでしかないが、相対的に見てノーマルはやはりハード以上と比べると格段に初期の身体強化度合いも慣れも早い、らしいという情報を得ている。
こうして自覚できるくらいには強くもなっている。
順調に思える。少なくとも、今まで劇的に困るほどの出来事に直面はしていない。
だからか、三人は一度も死亡したことがないのだ。
(俺は、俺たちは、一度も死んだことがない……一度も死亡したことがない、ってのも表現的には変な話だよな。場所が、日常ならだけど)
ぶるりと、意識せずに体が震える。
嘘か真か、死の体験はよく掲示板に書き込まれる。
もちろん、嘘らしきものは大量にあるのだ。
思ったほどでもなかったという発言もある。
それでも――麻人にとって真に迫って見えるものは、大抵『あんなものは経験したくないしするべきじゃない』もの扱いしかされていなかった。
単純に、蘇るということも信じられない。
ダンジョンで死亡した他の無関係のプレイヤーを共有スペースやダンジョン内でも再び見る機会もあった。
あったが、それでも。
「た、試さなくてもいいんじゃない? 無理、に。しなくても……いいかなって。ほら、あの、試して死んでも、試さなくて死んでも、生き返っちゃうのが本当なら、結局一緒だと思うし……ほら! だってMPなくなったらし、死んじゃうゲームとかあるじゃん!」
「落ち着いてくれ。すぐに試そうという話じゃなくて、試したほうがいざという時に安心かどうかを……」
「多田野さんはっ! MPとかないから言えるんだよ! そんな、そんな簡単にっ」
「……美憂」
「あ……えっと、ごめん、なさい……」
三人とも未だ一度も死んだことはない。
死んだことはないが、三人のうち――美憂は一度死にかけてはいる。
そのため、死に対する恐怖が美憂は特に高かった。
「別に、気にしてはいない。死にたくないのは俺も同じだしな」
「――どちらにしても、共有スペースか、試せるなら誰かのルームで試そう。ダンジョンで試す必要はないだろ?」
「あぁ……確かに。それはそうだ。俺も変に気が急いているのかね。すまんな二人とも。帰って話をするべきだった」
文句も言わず、先に特に悪くもないのに年下に謝ってくれて、不満を特に顔に出したりもせずにただ苦笑だけ落とした昭は、麻人にはありがたい存在だった。
応援ありがとうございます!
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