十人十色の強制ダンジョン攻略生活

ほんのり雪達磨

文字の大きさ
64 / 296

そこだけ晴れの日

しおりを挟む

 施設は、家よりは温かかった。
 後遺症で歩きにくさは未だあるものの、餓えずに済むというのは素晴らしい事だと感じている。

 そして、その大体が虫よりもずっと舌に合うのだから、多少量が少なかろうが食事の面で不満など持ちようもなかった。

 ただ、施設でも手を掴んでくれる人はいなかったし、表面上の温かさ以外はなく、その中は冷たいものであった。
 仲良くなろうとした。
 どういう流れか少年になった彼自身は記憶していないが、病院にいって、流されるままに施設に放り込まれた。

 叩く人とは会えないままだ。どなったのか、どこにいるのかも定かではない。それは、少年を慮ってそうされているわけではないことも自覚していた。目は口ほどにものを言ったのだ。要するに『面倒ごとにこれ以上関わりたくない』だった。

 少年は、叩く人を可哀そうに思う。
 恨んではいなかった。
 怒っているというわけでもなかった。

 親という生き物は、自分という子供という生き物を作っておきながら放置したという事はわかっている。
 それは、とても悲しかった。
 愛情という形は今もわからないままだから、ただ悲しかった。

 叩く人は親になれなかった人なのだ、と少年は思うのだ。自分も、子供になることができなかったからだとも少年は思ってしまっていた。

 きっと、叩く人も自分と同じく手を握ってもらえなかったのではないか、と少年は思うのだ。
 最終的に生まれたのは、憐れみのような何かだった。
 怒りは湧かず、恨みも湧かず、復讐したいとは塵とも思わなかった。

 きっと、誰かが手を握ってくれていれば、叩く人ははならずに済んだだろうにと、憐れんだのだ。

 子供が持つ当然の、愛情が欲しいと求めることもできず、ただただそこには憐れだという感情があった。
 自分の手が小さい事も、つかめないこともわかっているから、ただそうするしかなかった。

「――――」

 遠くで声が聞こえる。
 いつものことだ。

 少年はその手も掴むことができない。
 どうしようもない。

 みな目を伏せて耐えている。そうするしか手段を知らないのだ。
 少年は自分に学がないことを知っていた。

 だから、手段がわかない。他のもののように怯えや怒りに震えてはいないが、どうしようもないことを知っているので、動けない。

 仲良くなろうとした。
 ここ施設で仲良くなろうとしたものたちが幾人かいた。
 ぎこちなく、あるいは笑顔でその先に続きそうなものだっていたのだ。

 しかし、いつの間にかその子らは目から光が消えていて、異性に、あるいは同性に、おびえるような有様になっていた。

 先はいつの間にかなくなっていて、つなぐ手は残されていなかった。
 何をされたのか、され続けて居るのか。

 少年には詳しく、細かく想像することはできない。
 ただ、拒絶の声が聞こえる。嫌だ嫌だという声だ。手を伸ばそうとする、少年でも知っている種類の声だ。
 耳をすませば、その声は頻繁に聞こえてくることに気が付くのだ。

 手が伸ばされている。
 手が伸ばされている。

 誰か手が届く人がその手を掴んでくれることはあるだろうかと考えた。
 結果、その手は、きっと掴まれないだろうと少年は結論付けている。経験からしても、きっとそうだと。

 己はどうだろうか? と、少年は考えた。
 想像してみる。

 まず、手が伸ばされているなら掴みたいと思った。
 そして、現実を直視して――手を掴むことはできそうにない、という結論だけがそこに残った。

 何が行われているかはわからないが、邪魔をすれば暴力が襲ってくるだろうことはわかった。邪魔をしなくても、ここでも見えない場所には暴力をよく振るわれるのだから、当然の想像だった。

 前の叩く人よりはマシだったから、それ自体は少年の心を震わすことはなかった。少年にとって、大人が、自分の都合で自分を叩くという行動をすることは普通だったからだ。暴力に恐怖を覚え居ている、というわけではない。

(嫌なのだろう。しかし、僕には何の力もない。手を掴もうとしたって、つかめなければいないのと一緒なんだ――『きっと』って思って、そうならなかった時、それはとてもひどい事なんだ。僕はそう思った、きっと、他の人もそうだ。ここでつかめないのに掴もうとするのは、よくない事なんだ)

 ある種子供が持つような、無謀な蛮勇もしないし、万能感も少年は持っていなかった。
 無力。
 その感覚だけが強く、強く、少年を支配している。

 少なくとも、ここで餓えることだけはない。寒さに震えることもない。殴られ方には気を付けなければならないが、傷で息絶えるような確率だってずっと低い。

(ただ手を伸ばしても、誰も掴んでくれないんだ。自分でつかみたいなら、つかめるような何かがいるんだ。そして、何かがないなら、掴もうとしても酷い『嫌』が増えるだけなんだ)

 嫌な声が聞こえる。
 少年は耳をふさぐことはない。

 ただ、それを受け止めている。
 そうすることしかできない以上、そうするのが当然だと思ったから。




 ある日、あの日のようにざぁざぁと雨が降る中を歩いていると、少年は一人の男と出会った。
 正面を見て歩いていたはずなのに、目に雨が入った瞬間にいつの間にか現れていた。
 それは奇妙な男だった。

「やぁ、少年。こんにちは」
「こんにちは、いい天気ですね」
「……雨だよ?」
「……? だからじゃないですか」

 挨拶を返すと、不思議そうな顔をされ、少年は首を捻った。
 男は『まぁいいか』と呟くと、ぱちんと指を一つならす。

「晴れた?」

 スポットライトを照らすように、男と少年がいるところだけ雨が避けるように。
 日が差している。

 丸く、切り取られた、光の空間。
 それは、どこか強く少年の心を引き付ける風景。

「不思議かい?」
「不思議ですね、でも、とてもきれいだと思いました」
「君も、やってみたいと思う?」

 問いに、少し考える。

「この景色もきれいですけど……雨も降らせるなら」
「雨が好きなのかい?」
「雨は飲めるけど、晴ればかりだと乾くから……です」

 男は一つ頷く。
 切り取られたような晴れの中で話す二人は目立つはずなのだが、人々は知らぬように通り過ぎるばかりで誰も疑問を持った様子もない。

「なぁ君。実はね、君は特別なんだ。君、いつからか強い光が見えるようになっただろう? あぁ大丈夫。僕もそうさ。他にも何人かいる。そういった存在だってだけ」
「お兄さんも見えるんですか? これが見えたら天気が操れるの?」
「天気が操れるだけではないよ。それは使い方ひとつで凄いことができる力だ。うん……僕の名前は――そうだな、『スカウト』と呼んでくれればいいよ。そういう役割。スカウト、わかる?」
「わかりません」
「わからないかぁ、まぁ、君みたいに見える人を探して集めてる人って思ってくれたらいいかな」

 男――スカウトはそういうと、もう一つぱちんと指を鳴らした。
 すると、閉じるように晴れ間は消えていき、再び少年は雨に包まれる。
 気付けば、スカウトは目の前にはおらず、立ち止まる少年を邪魔そうに歩いている人たちが見ていた。

『少年、その光に集中することを覚えるんだ。その光はきっと少年を助けてくれる。その光は力なのだから。もっともっと、使えるようになった時、また会おうね――僕たちは、同じ力を得た仲間なんだから』



 数日後、少年は施設を移動することになった。
 少年がいた施設の人間大人が全員死んだからだ。子供たちは全員ではないが多く含まれている。

 どこか満足そうな笑みを浮かべる少年の事は誰も疑いはしなかった。
 施設を調べると怪しげな情報がたくさんでてきたし、何せ大人は周りは燃えていないのに炭のようになって変死しているし、子供たちは安らかな表情をして眠るようにしてこと切れていた。

 何をどうすればそんなことをできるかわからなかったし、その日少年は偶然でかけていたのだから。
 少年は満足そうだった。

『もう死んでしまいたい』
『こんな毎日は嫌だ』
『こんな世界にいたくない』
『こんな奴ら死んでしまえ』

 という気持ちは叶えてあげられたのだ。
 初めての友達になれたかもしれない人たちの手を掴むことができたと思ったから、少年は満足そうだった。
 少年は、自分の生きる意義のようなものを見つけたのだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

催眠術師は眠りたい ~洗脳されなかった俺は、クラスメイトを見捨ててまったりします~

山田 武
ファンタジー
テンプレのように異世界にクラスごと召喚された主人公──イム。 与えられた力は面倒臭がりな彼に合った能力──睡眠に関するもの……そして催眠魔法。 そんな力を使いこなし、のらりくらりと異世界を生きていく。 「──誰か、養ってくれない?」 この物語は催眠の力をR18指定……ではなく自身の自堕落ライフのために使う、一人の少年の引き籠もり譚。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

最初から最強ぼっちの俺は英雄になります

総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!

クラス転移したからクラスの奴に復讐します

wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。 ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。 だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。 クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。 まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。 閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。 追伸、 雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。 気になった方は是非読んでみてください。

処理中です...